第四十三話 事情聴取

警察が現場に駆けつけた頃には騒動と近づくサイレンの音に野次馬がかなりの数集まっていた。


「ご協力ありがとう」


 野次馬から少し離れた場所、和美はパトカーの陰で協力という形で事情聴取を受けていた。最初に通報した者の責務だ、と和美は警察が来るのを待っていたが小早志は休校してる手前面倒だと帰っていた。また明日学校で、と先に帰る旨を伝えてくる小早志を一人で帰すのは気が引けたが呼び止める前に警察が駆けつけて小早志はそそくさと帰っていった。


「これってやっぱり最近の通り魔事件と同じなんですか?」


「いや、まだ調べ始めたところだからね、簡単には結びつけれないね。そういう先入観は事件解決には邪魔になってしまうからね」


 制服警官が笑みを浮かべながらメモを書いていた。口元に笑みを浮かべるものの目は真剣そのままで、本心から笑っているわけではないことはすぐわかった。


「通り魔事件だろうと別だろうと事件は事件だからね。心配になるだろうけど、大丈夫、僕達警察官が必ず捕まえるからね」


 メモに目をやりながら制服警官は言うので、こういうのは目を合わせたりするもんじゃないのかと和美は思ったがわざわざ訂正するほどのことでもないかと口を挟まなかった。


「それにしても──」


 制服警官がメモを書き終えたら解放されるのかとじっと待っていた和美に、制服警官はようやく顔を上げて目を合わせた。


「君、恐がらないんだね?」


「え?」


「いやね、現場の状態を見たけどさ、結構ショッキングな状態だったじゃない。大体の人はああいうの見るとトラウマとまでは言わないけど心的ストレス抱えてさ、恐怖だったり不安だったりが伺えたりするんだけど。君はどうも平然としてるというか・・・・・・」


「あ、あの、その、現実感が無いというか、その・・・・・・」


 指摘されて初めて自分の感情の異常を知る。和美は自分が恐がっても驚いてもいないことに今さら気づいた。小早志のように悲鳴を上げかけたわけでもない。死体を見て初めに思ったのは、通り魔が近くにいない可能性についてだ。自分自身の危機感察知についてだけ気を張っていたといえる。


 逃げようとしてたわけでもなく、状況が状況なら対峙しようとも考え始めていた。人が死んでいるのにだ。人が殺されているのにだ。それが恐らく四件目であると理解しながらも、自分が通り魔に殺されるとは微塵も思わずに和美はそこに立っていたのだ。


 麻痺してる。鬼と対峙したこと、それを乗り越えて来たことで、自分は大丈夫だと錯覚している。決して自分の力では無いのに。ほぼ奈菜の力によるものなのに。


 和美はそこまで思い至ると急激に恐くなってきた。通り魔、死体、自分。死が側に近づいていたのに、鈍感になった自分は──。


「おっと、別に否定とかしてるわけじゃないんだよ。そうだね、君の言う通り現実感ってのは無いのかもしれないな、ああいう現場ってのはドラマとかの世界だからね。そういう人ももちろんいるから、君の感覚は間違ってはいないんだ。ただ、そういった感覚を持った人は後から現実だと認識してからが心的ストレスとして大変だからね。あー、最近は学校にもカウンセラー? あー、スクールカウンセラーって言うんだっけ? そういう人にも頼ってね、って話でね」


 制服警官はじっと見つめ返す和美にばつの悪そうな顔をして少し早口で弁解する。余計なことを口走った、ということなのだろう。


「・・・・・・はい、そうします」


 和美はスクールカウンセラーの齋藤を思い浮かべていた。大柄で人懐っこい笑顔の男性教員。矢附にいじめであるという事実を伝えた人物。信用足る人物なのかもしれないが進んで頼る気にもならなかった。


「あー、聴取で遅くなってしまったから家まで送ろう」


 辺りはすっかり暗くなり、駅周辺ということもあり仕事帰りの野次馬がどんどんと増え続けていた。


「いえ、あのパトカーで家までってなると両親が余計な心配をしてしまうので」


「しかし、こんな事件があったばかりだし、第一発見者は君ということになるからね。一人では危なくて帰せないよ」


 小早志の事が頭を過る。明日学校でと言っていたが素直に帰ったのだろうか? 小早志は通り魔を探していると言っていた。帰らずに夜の街を徘徊してるのでないか?


「母が・・・・・・母親が迎えに来てくれると連絡してくれてますので」


「そうかい? じゃあ、お母さんが来るまで人の多いとこにいるんだよ? 通り魔は人気の無いとこに現れるらしいからね」


 和美は制服警官に一礼して、一先ず駅方面へと歩きだした。一先ず、警察の目から、現場から離れた場所まで辿り着いたら、少し捜索を始めよう。きっと小早志は通り魔を探しているはずだ。和美に《お手伝い》を頼んできたあの目は、素直に帰るとは決して思えない目だったから。

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