第三十四話 気遣い

 三部が跳躍した。


 人ならざる高さで宙に跳ねると急降下して、ひしゃげたパトカーをさらに踏み潰した。ぐわしゃん、と音を立てパトカーは破片を飛び散らした。


「ハァー、クッタクッタ、ウマカッタ」


 アスファルトに倒れる奈菜を見下ろし三部が発するのは、先程までの三部の声と違う甲高い声。


「ニンゲンノイカリハウマイナ、ヤッパリ。ノー、ミコサン」


「・・・・・・知るか、ボケ」


 頭を打った痛みにぼんやりとする視界。奈菜は身体に力を入れて手足が動くことを確認する。アスファルトに叩きつけられた衝撃に痺れがあり指先は僅かにしか動かない。


「ンー、マダイッパツシカイレトランノニモウタテヘントカ、オモロナイ。エエワ、ソコデジットシトケヤ──」


 三部が口角を上げて笑みを作る。強く悪意をはらんだ微笑み。


「──アッチノニンゲンナグッテクルワ。ナグッテナグッテグチャグチャニシテ、イタダキマス、ヤナ」


 そう言うと三部は再び跳躍した。踏み台にされたパトカーが更にぐわしゃんと歪む。タイヤが外れて飛んでいった。


 奈菜は指を動かした。手足、どの指も僅かにしか反応しない。身体の痺れに腹立たしくなった。


 三部が着地した先には笠原がいた。


「カ・サ・ハ・ラ・サ・ン・サァー。ナニシテンノォ、ニゲルキィ?」


 笠原の横には自転車かあった。自転車のハンドルを掴んでじっと三部を睨んでいた。


「デモ、ムリィィィィ! ニゲレマセェン! ミテミ、アレ! アレ! アレ!」


 三部が到底人間ができない奇妙な顔の動かし方をしてあちらこちらと指を差す。差された先にあるのは半透明の赤い壁。光界に似て非なる赤い光の壁。


 何時、如何にしてそれが出来たのか笠原は知らなかった。西出入り口を出て最初に目に入り現実を疑ったのは、その赤い壁のせいだ。壁は薄いようだが、その壁の出現によってその場にあった物や人が分断されていた。


 車や標識、電柱に人。手首だけが分断された人、足が離れた人、身体が半分になった人。


 エル・プラーザの中も地獄絵図なら外も地獄絵図だった。


「私は・・・・・・私は! 私なりに気を遣っていました。アルバイトだからって、半年間しか働いてないからって、そう思って、余計なことは言わないでおこうとか、変えてみた方がいいんじゃないかって事も経験の浅い私が思いつくならもう誰かが試したんだろうって。下手に仕事を増やしたりご迷惑をおかけするぐらいならって、私なりに気を遣っていたんです」


「アアン? アー、サッキノハナシィ?」


 三部、とは到底思えない奇妙な動きをするソレはニチャァと音を立てて口角を上げる。頬が釣り上がり目を細めそうになるが、目は大きく開いて目玉がキョロキョロと動き回る。


「ンナノ、イマサラドーデモエエヤナイカ。ワカルヤロ、カサハラサン。モウナグラレテクワレルダケヤネンテ」


 キョロキョロと動き回っていた目が笠原を捉えて止まる。それと同時に三部は腕を大きく振りかぶった。殴るというより叩き潰すための縦の振り。


「どうでもよくなんてない!!」


 笠原は怒鳴ると掴んでいた自転車を三部に投げつけた。サドルを掬い上げるように持ち上げての下投げ。がしゃん、と自転車がぶつかり三部は体勢を崩した。


「私が、私が気を遣ったことが悪いなら、それが主任とかを怒らしたって言うなら、こんなことになったのも私のせい? ふざけないでよ、そんなの知らないよ。私、アルバイトしてただけだもん。ちゃんと働いてただけだもん。皆と仲良くしたかっただけだもん!」


 笠原は振り返り二三歩と踏み込むと後ろに立てておいた自転車に手を伸ばす。駐輪場から倒れてきた自転車。ハンドルを掴むと身体を捻りもう一度三部へと投げつけた。


 三部は自転車を手で払いのけ大股で二歩、前へと踏み込んだ。腰を捻り腕を引く。


「ナニサラスンジャボケェ!!」


「笠原さん、危ないっ!」


 柳原が三部の腰めがけてタックルを決める。若い頃にかじったラグビーのタックル。何人もの屈強な男達を倒してきたその体当たりは、三部の動きを一瞬止めれたがそれだけだった。


 大木のようにビクともしない三部に驚愕の顔を上げる柳原。その背中に三部は肘を突き落とした。柳原は衝撃に耐えれず崩れ伏せた。


「柳原さんっ!?」


「アーアー、モウジャマクサイナァ。オマエラ、ナニシトンネン、チャントクエヤ」


 三部が柳原の頭を踏みつける。地面に伏す柳原の周りに赤い水溜まりが広がりそこから赤い腕が生えてきた。


「ウッサイワ、ボケ。イマクウトコヤ」


 次々と腕が生えて柳原の身体を掴んでいく。同様に水溜まりに浸っていた他の人々も赤い腕達に掴まれていく。


「何・・・・・・何なの、コレ?」


 笠原は異様な光景に怯え震えていた。


「アーアー、モウドウデモエエヤナイカ、キィツカッテナグラレテクワレテクレ」


 三部がもう一度やり直すように大きく腰を捻り腕を引いた。

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