第三十一話 VS那間良

「それじゃあ、その支店長ってのを探そうか」


「店内に居るかどうかもわからないし、闇雲に探してる時間もないでしょ」


 光界の維持ができる時間を考えるとのんびりとしていられない。光界が解除されるとそこに閉じ込めていた人々は再び店内に出てきて目を覚ますや奈菜達の邪魔となるだろう。あるいは、脅威となるかもしれない。そして、被害者ともなる。


「あ、あの、誰かに聞けばいいんじゃないですか? 支店長の場所」


「怒鳴るしか出来へんヤツらしかおらんこの状態で誰が教えてくれんねん?」


 三人がいる食品売り場にも喧騒が響いていた。鳴り止まぬ怒号と鳴り止まぬ何かが倒れる音。


「待って、あの三部って人ならまだ話せる理性があった気がする」


「気がするって、不確かやな」


 笠原を呼び止めた三部。主任と呼ばれたあの男には他に見られない会話する能力がまだ残っていた。


「あとは、可能性としては従業員で外に逃げた人、かな」


「な、中に残ってる人は?」


「それを探すんは、支店長を探すんと同じくらい闇雲やな」


「正直、探してあげたいけどね」


 偶然矢附に出逢えてこうして話を出来ているが、矢附がここに取り残されてるのだとすると他にも同じ様な人物がいてもおかしくはない。和美はそういう人もしっかりと助けてあげたかったが、それが無謀であることは腫れた拳が痛感していた。殴ることもダメージとして残る。


「んじゃ、ウチは三部やな。捕まえて支店長の場所吐かせるわ」


「そんな犯人匿ってるとかじゃないんだから」


「に、西生さん、ひ、一人で行くの?」


「和美には外を調べてもらわんとな。三部がハズレの時用に。んで、矢附は和美についていってここから出ていき。任せたで、和美」


「わかった。近いのは東出入り口だから、そっちに向かう」


 頷き、和美は矢附の手を掴んだ。


「ほな、始めよか」


 奈菜が手を叩きパンと弾ける音を鳴らす。商品棚列を取り囲んでいた人達の足に光の糸が巻き付いた。引っ張る程の長さと強度の無いその光の糸は床へと張りついていた。巻き付き張りついた光の糸が和美への追跡の邪魔をする。


 和美が矢附を引っ張り走り出す。奈菜は一番近い位置にいた男性を前蹴りで押し倒す。男性はその近くに立っていた女性を巻き込んで倒れる。光の糸が音もなく千切れていく。


 矢附は和美に引っ張られ慌てて歩を合わせついていく。その際に何か使えないかと手を伸ばし棚に掛かっていた長尺のプラスチックの箒を掴んでいた。


「た、高城さん、これ使って。手、痛そうだし、何か武器持たないと」


「ありがとう。この箒、傘より丈夫かな?」


「どうかな、試したことないけど。無いよりマシってぐらいかな」


 和美は矢附から箒を受けとると、柄の部分か先の部分かどちらで殴るべきか悩みながら片手での振り具合を試した。


 五番レジを横切ってレジ袋に商品を詰めこむエリアに着くと、そこには背の高い女性に綺麗なフックを当てる那間良がいた。女性がマウスピースを咥えていたなら口から飛び出していただろう。今鮮やかに宙を舞うのは赤い血飛沫だった。


「その痛々しい手の甲を見るに背筋が冷たくなりますよ、那間良さん」


 足を止め矢附から手を離し箒を両手で構える。女性が倒れ行くなか間髪入れず構えを取り直した那間良を見て、和美は覚悟を決めた。中途半端な対応は那間良の拳に貫かれる。


 ボクシングの凶器と呼ばれる拳にプラスチックの箒で対峙するのは心細かった。


 那間良がどれ程ボクシングを嗜んでるのかはわからない。ダイエット程度なのか試合をする程なのか。ただ目の前の鬼の影響を受けた純真な暴力は、構えに無駄を削ぎ落とし刃物のように研ぎ澄まされていた。


 異種格闘技戦なのに、剣先を向けられたような剣道と似た緊張感が走る。


 先手と踏み出したのは和美だった。那間良の間合いより少し有利な長さの箒を縦に振り降ろす。


 ぶおっ、と空気を薙ぐ。那間良は軽くスウェーして和美の一撃を避ける。避けの動作から滑らかに攻撃へと転じる。


 右のジャブ。すぱんっ、と和美の頬を叩く。


 軽い音とは裏腹に和美の身体が弾かれるように浮き上がろうとする。下半身に力を込めて和美はそれを耐えた。


 引きの動きが見えぬほど疾い二発目の右ジャブ。和美は咄嗟に身体を僅かに反らしクリーンヒットを逃れる。


 しかしながら、ジャブは浅くも頬を叩く。仰け反った身体を押され和美の体勢が崩れた。


 二発目のジャブの引きは一発目とは違いしっかりと腰を回転させる。それは、三発目への布石。


 ヤバい、と頭に過り和美は崩れる身体を強引に捻った。空を斬り床を叩いた箒を那間良の足にぶつける。


 那間良の三発目、左ストレートが空を切った。


 舌打ちが聞こえそうな険相の那間良の接近に、距離を取ろうと和美は膝蹴りを繰り出す。


 体勢もままならない状態から突き上げられた膝蹴りを那間良は後ろに下がりあっさり避けた。

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