第三十話 食品売り場

 奈菜が突っ込んでいくあとを和美は追いかけた。鬼祓いの仕事をするために格闘術でも習っているのか、手馴れた身体捌きで次々と人々を倒していく。時には殴り、時には蹴り、時には投げた。


 打ちこぼしを和美が担当する。先陣切って進む奈菜に注目がいくので大体が不意打ちの形になった。剣道は習っていたというものの格闘術としては初歩ほどもかじっていないので、奈菜についていく一歩一歩に不安が増していく。女子高生二人が多数の老若男女を殴り倒していくなど成立してることに不安しか感じない。


「怪我させないようにとか言ってなかったっけ?」


「中途半端にやっちゃうとまたすぐ起き上がってきて余計に怪我させちゃうから」


「よーわかっとるやん。んーと、おらんもんやなー」


 何人目かの客に大根を投げ怯んだところを蹴り飛ばして、奈菜は辺りを見回した。突っ込みつつも周りを警戒して囲まれないように進んでいると食品売り場に辿り着いていた。その他の売り場と同様、商品は散乱としていたが食品ということもあり状況の凄惨さは増していた。


 奈菜は落ちているトマトを拾い振りかぶって投げつける。食べ物を粗末にしてはいけないと誰かに怒られそうな気もするが、目の前ではその食べ物が踏みつけられていた。


「これってさ、鬼のこと解決したとして散乱した商品とかどうにかなるの?」


「そういうのは解決してから考えよう」


 和美の心配をよそに奈菜は落ちている商品を拾い上げては利用して道を切り開いていく。行く先々で殴り合う人々がいて、近寄ればその注目は奈菜と和美へと向いた。


 襲いかかる人々を捌きながら奈菜は周囲の確認を忘れない。鬼主の気配は未だに見当たらない。赤い鬼の影響が強すぎて周りには常に鬼の気配がうっすらとあるものの、鬼の主たる強い意思は感じられない。


「笠原さん達、無事逃げられたかな?」


「そろそろ逃げ出した誰かが警察に連絡してる頃やろか?」


「警察って、どんどん話が大きくなっちゃってるけど大丈夫なの?」


「そういうのは解決してから考えようって言うてるやん」


 奈菜の返答に先行き不安になりつつもそれを奈菜に問いつめても仕方のないことだと和美は息を吐いた。これ以上不安を募らせるよりも事態の解決を一刻も早く行う方が賢い選択だろう。和美も奈菜と同じ様に辺りを見回した。


「四階から降りながら探っとってんけど、こうも見つからんもんか」


「常に移動してる人? いや、それは奈菜なら気配でわかるか。今店に居ないとか?」


「鬼主不在で事態が変化する可能性は、んーと、無いとも言えんけど。だとすると上司とかや無くて客かな?」


「外出してるってのはあるんじゃない。例えば・・・・・・思いつかないけど」


「し、支店長会議じゃないかな?」


「あー、そういうのあんねや・・・・・・って誰?」


 奈菜と和美の会話に割り込んだか細い声が、生活洗剤棚の裏から聞こえる。二人は左右に分かれ棚を回り込むとそこにいたのは、しゃがみこんだ矢附舞彩だった。


「矢附さん!?」


「あ、や、やっぱり高城さんだ。もう一人は、えっと、西生さん?」


 恐々と顔を上げる矢附。安堵を滲ませながら和美に顔を向けると、奈菜の方に振り向きじっと見つめていた。


「え、西生さんって巫女さんなの?」


「せやで、似合うやろ?」


「奈菜、そういうの今いいから。矢附さん、何でここに?」


「な、何でって、晩御飯を買いに来たの。じ、じゃあ急にこんなことになっちゃって。ふ、二人は大丈夫なんだよね?」


「安心して大丈夫。突然殴りかかったりしないから」


「そ、そうだよね、会話できてるし大丈夫だよね」


 矢附が何度か頷いて立ち上がろうとした時、奈菜と和美はそれぞれ従業員に襲撃されていた。またか、と身を反らし流れるような動きで従業員を避ける奈菜。咄嗟に体当たりで返す和美。


「ええっ、殴りかかったりしないんだよね!?」


「殴りかかられん限りはな」


 矢附に返しながら奈菜は体勢を崩した従業員を引っ張り棚へと倒れこませる。ぐわしゃん、と大きな音を立てて日用品が散らばった。


「ところで、支店長会議って?」


 和美は手を差し出し中途半端な姿勢になっていた矢附の立ち上がりを手伝った。


「あ、えっと、盗み聞きした訳じゃないんだけど、誰かの上司さん探してるんでしょ? もしかして店内に居ないなら支店長さんかと思って」


「支店長さん? 知り合いなの、矢附さん?」


「お、お母さんがね、ここでパートしてるから、何回か挨拶したことあるの。そ、それにエル・プラーザのことはお母さんの愚痴でよく聞いてるから」


「パートしてるって、もしかして今日も仕事なの?」


 嫌なことに思い当たり和美は眉をひそめる。和美の考えてることを察して矢附は首を横に振った。


「ううん、お母さん今日は休みなの。せっかくの休みだし、家でゆっくりしてもらおうと私が代わりに買い物に来たんだけど・・・・・・」


 不幸中の幸い、とはこの場合言うには相応しくないだろう。

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