キューピッドの矢
前編
私の胸には、深々と矢が刺さっている。これは、転校してから起きた現象。金属製なのか、光沢が綺麗な矢だ。だけど、刺さっているからといって出血は出ていないし、痛みも全く感じない傷一つもついていない。不思議な話だ。
気味が悪いので、ある日私はその矢を抜こうとした。でも矢は動くことはないし、やはり矢から体へ感覚が伝わることはない。手に伝わってくるはずの矢の手触りも、全く感じることは無かった。
そして、矢は周りの人には見えないらしく、胸に刺さる矢を気にする人は誰もいない。電車に乗っても、学校に行っても、もちろん誰も私を見ることは無い。
何が起こったのかと一人で悩んでいたある日、今度は他の人にも矢が刺さっていることに気づいた。刺さっている人もいれば、刺さっていない人もいて、一体何が違うのか、私は気になって調べてみた。
するとどうやらこの矢は、カップルには大概刺さっているものみたいだ。あとは、付き合ってはいないけど、なんか最近この2人の雰囲気いい感じだな……と思ったら、お互いに矢が刺さっていて、その後すぐに付き合うなんてことがあった。
そのことから、この矢は運命的な恋をした時に起こるのではないかと、私は推測した。
だが、問題は残る。もし、運命的な出会いで射たれる矢なら、私に刺さっている矢は何なのだろう。
そもそも、私には碌な出会いがなかった。クラスの皆から虐められていた日々、もし射たれるというのなら、それはキューピッドのやなんかではなく、突き刺さり、血を流し、命を絶やす本物の矢だろう。
だから、私はこの矢が気に食わなかった。意味もわからず、自分を嘲笑うかのように刺さったこの矢を何とかしたい。鬱陶しいから、早く視界から永遠に消し去りたい。
そんな、ストレスの溜まる現状を打開しようと、若干引きつつも友達にこのことを話すことにした。
「私の胸には、矢が刺さってるの」
ファミレスの窓際の席にて、その言葉を言うと、首を傾げて、そして笑われた。
「あははは! でた、美夜の名言」
「真面目に相談してるのに」
そういうと、さらに笑われた。何が面白いのだろう。私には理解ができない。別に、真面目に話を聞けって言ってる訳では無い。単純に、どのタイミングで笑うところがあったのか、理解が出来ないだけだ。
「ごめんごめん。じゃあ、ちゃんと話すよ。何となく言葉から読み取るに、美夜が恋をしたって風に受け取ったけど、それでいい?」
やっぱりそうなんだ。まあ、普段からキューピッド矢だとかは話が出てくるし、それならそう考えてもおかしくはないと思う。
私は頷いた。
「なるほどなるほど……。それで、誰なの?」
「それが、誰なのかわからなくて……」
「分からない? どういうこと?」
「顔も何も、そもそも本当に恋をしてるのかどうか……」
普通に考えたら、面倒なやつだなで終わると思うが、絵里は違って、最後まで耳を傾けてくれるみたいだ。
「……それならさ、探してみようよ。その、矢を射った張本人を」
矢が刺さっているということはつまり、矢を刺した人がいるということ。そうなれば、私はその矢を刺した人を見つけることで、自分の身に突き刺さる矢はなんなのか、分かるかもしれない。
「でも、方法が……」
「そんなの簡単じゃない。男子のナンパと同じよ。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる作戦」
うーん。もっといい作戦もあるとは思うけど、学校の中だけなら、それも一つの手かもしれない。
兎に角数を優先して、ピンと来たところで体当たり。解決するならまず動く。快活な彼女らしい解決方法だと思う。私には向いてないけど。
「ちょっと聞きたいんだけど、好きな人のタイプとかってある?」
「うーん……。タイプで言うと、余り元気な人とかは余り好きじゃないかな……」
「そっかー。大人しめの人ってことかー。よーし! それじゃあ明日からはローラー作戦だね! 」
「探してくれるの? 見つかるのかも分からないのに?」
「あったり前じゃん。だって、美夜の運命の人探し、すっごい面白そうなんだもん。見つけたいでしょ?」
「うーん、まあ、それなら良いけど……」
でも別に運命の人なんかじゃ……。なんて気持ちになったけど、でも折角乗り気になってくれたのなら、私もそれに乗ってみてもいいかもしれない。
明日から。明日から少し騒がしい一日になりそう。でも、絵里は楽しそうだし、私にも幾分か利点はある。だから、まあいっか。
「よーし! さっがすぞー!」
次の日になり、気合い満々の絵里と、放課後に運命の糸を辿る、もとい人探しをすることになった。
この学校の生徒人数は300人ほどで、中規模の学校くらいなので、人探しに苦労することは無いと思う。
これを何日くらい続ければ良いのかとか、何日探していなければ諦めればいいのかとか、そういうのは分からない。全て手探りだ。
「絵里、最初ってどこに行くつもりなの?」
「もちろん! 男子バスケ部!」
ああ、絵里が何考えてるか、手に取るように浮かんでくる。どうせ、ピンク色の眼差しで、黄色い声援を送りたいだけだろう。
なんとなく察しはつきながらも、一直線に体育館へ向かう絵里について行く。
そして、体育館の外から同じく男子バスケを見ている女子に紛れて、中を見てみた。
汗をかきながら激しい練習をしている。絵里は「あそこの男子とか、めっちゃかっこよくない?」とかはしゃいでいる。案の定って感じ。
私は、別に人の顔なんて関係がない。だから、騒いでいる絵里は放っておいて、私はバスケ部員を見て、矢の持ち主を探した。
……うーん見た感じは居ない、かな。何回見回しても、この人だって直感的に思うことは無かった。はずれか。
もう私の用は終わったし、次に行きたいけど、絵里はバスケ部に夢中になっていた。もう。何をやってるんだか。でも、絵里らしいといえば絵里らしい。
「絵里。そろそろ次とか行きたいんだけど」
「あ、ごめんごめん。つい夢中になっちゃった。今度は文化部とか見てみよっか。グラウンドは後にして、先に校舎の中を見てみよう」
「うん! でねでね。吹奏楽部にめっちゃカッコイイ人がいてさ」
あー、うん。はい。やっぱりそうですよね。
そうして見に行った吹奏楽部。そもそも男子が少ないのもあって、見に行ったところであてはほとんどなかった。演奏する男子に見とれる絵里。流石、どの部活に行ったとしても、絵里はブレることがないなー。
その後も、美術部、天文部、演劇部と色んな部活を見て回ったけど、結局進展は無し。そうすると今度探すのはグラウンドの部活になるわけなんだけど。
「おい」
「げっ。いのっち先生」
いのっち先生こと、井上先生に出くわしてしまった。担任の先生で、背が高くて筋肉質。余り職員室に留まることはなく、制服のまま寄り道している生徒が居ないか、学校周辺の感じをしてるはずなんだけど……。
運悪く今日は校舎内にいたみたい。
「いのっち言うな。井上先生だろう? 全く、部活に入ってない生徒がこんな時間まで校舎をウロウロしてちゃダメだろう? 高校見学でも行ったらどうだ?」
「もーう。また受験の話?」
「受験の話? じゃない。お前、んな事言ってると中卒で終わるぞ。隣にいる秋原なんて、明日から高校見学行くってのに」
「ええー!! う、裏切ったなぁ美夜ぁ」
「裏切ったじゃない。当たり前なんだよ。お前も頑張れ」
絵里は「ああー! もう!」と言いながらも、内心は焦ってるのか、直ぐに「私も行った方がいいのかな……?」と涙目で見つめてきた。こういう時の絵里は、すごくモテそうなんだけどなぁ……。
彼氏が居ないのはなんでなんだろう。
「あはは……。それじゃあ、明日私と一緒に行く? 予約とかは要らなかったはずだし」
「ほ、本当!? あ、ありがとうー!!」
私に飛びつき、強く抱きしめてきた。
大袈裟な……。でも、心配してるみたいだし、私も少しでも力にならないと。
友達は、かけがえのない仲間だ。日々の日常の中へ溶け込み、その本当の重要さを知らない人が多い。だけど、過去の経験もあって、私は友達の本当の価値を肌で感じている。
二人でいるだけで安らぎや、安心感を覚えて、悩みを抱えた時に共に話し合える。それだけで、私の今ある幸せの半分以上を埋めつくした。
井上先生を無視して私達の空間を作っていた所為で、井上先生の沸点が限界に達しそうだったので、私は抱きついていた絵里を引き剥がして、その場を立ち去った。
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