初日の出

 むかし、むかし。

 これはまだ、猫が二本足で歩いていた頃のおはなし。


 西に大きな海を臨み、東に大きな山を背負う小さな村に、とら柄が自慢のトラ吉という雄猫がおりました。

 働き者のトラ吉は、額に汗してせっせと畑を耕す毎日をおくっております。

 年の瀬も迫る大晦日、この日ばかりは畑仕事の手を休めて、仲良しのブチ助を呼んで年越しソバをすすっておりました。

「お、トラ吉どん、お寺の鐘が聞こえてきたぞ」

「そうさなブチ助どん。今年もおしまいだなあ」

 今年一年のあれやこれやをお話していると、鐘の音もいつの間にか止んでいて、とうとう年越しが迫ってきました。

 二人でお山の神社にお参りしようと、しっぽを丸めながら外套を着こんでいると、ブチ助が顔を洗い洗い、

「そういやトラ吉どん。初日の出が海から昇ってくるなんて話は聞いたことあるかい」

「ばかを言いなさんな、ブチ助どん。初日の出だけじゃあなく、お日さまはお山から出てくるもんだろうに」

 家の外に出ると、木枯らしがぴゅうぴゅうとおひげを揺らすものだから、まんまる背中がさらに丸まってしまいます。

 月明かりを頼りに、神社のあるお山を目指して歩きはじめると、ブチ助が話を続けます。

「ばかな話じゃねぇんだ、トラ吉どん。お山を越えて、湖を越えて、ずっとずっと行くとな、東に海があるんだと」

「ははあ、そういうことかい」

 トラ吉が感心したように手を打つと、ブチ助がくりくりおめめを大きくします。

「それでな、今年の初日の出は海から昇るところ見てみねぇかい? きっと、信じられねぇくらいありがたいんじゃねぇかなあ」

「そうかねぇ。お山から覗く初日の出も、十分ありがたいもんじゃないかい」

「なにおう。見てもいねぇうちから決めつけるたぁ、黒猫のじいさまよりも頭がかてぇじゃねぇか」

「なんだい。そこまで言うなら、お参りしたら向かってみるかい」

 そうしようそうしよう、と二人はしっぽを立てて、けれど背中は丸めて神社へ向かうのでした。


 お山の神社には、早すぎたのかトラ吉たちの他には誰もおらず、二人はようようとお賽銭を投げ、大鈴を鳴らします。

 新年の無事と健康をたっぷり時間をかけてお祈りしていますと、わきの草むらが、がさりがさりと音をたてました。

 なんだろうと、トラ吉が目を開けると、なんと茂みから小さなネズミが四匹ばかり、顔を覗かせております。

「見なよ、ブチ助どん。ネズミさんも初詣かね」

「ははあ、ネズミ年だから、神様に挨拶にきたんだろうさね」

 なるほどなるほど、と境内の真ん前を譲ってあげると、おそるおそる茂みから出てきます。

 ところが、折り悪く参道を来る足音が響いてしまって、驚いたネズミたちは出てきた姿勢そのまま、お尻から茂みに隠れてしまいました。

「引っ込んじまったなあ」

「ネズミさん、後ろ向きのまま戻っちまうなんて、よほど驚いたんだろうなあ」

「神様に尻を向けるのが失礼でおっかなかったのかもなあ」

 しょうがない、と二人はおひげを垂らすと、後ろから来たご近所さんたちと謹賀の挨拶を交わして、お山を越える準備を始めるのでした。


 お山を越え、湖を越え、もう一つお山を越えると、なだらかな道へと辿り着きました。

 夜明けまではまだまだ時間がありそうですが、二人は急ぎ足で東を目指します。

 途中、道を間違ったり、野良犬に追われたり、川を渡るために遠回りをしたりしながら、ようやく東の海へと辿り着くころには、まさにお日様が顔を出さんとする直前でした。

「なんとか間に合ったなあ、ブチ助どん」

「そうさなあ、トラ吉どん。ほら、御来光がやってきたぞ」

 冷たい潮風に顔を洗いながら、ちょっとずつ姿を出してくる初日の出を、腰を降ろして並んで眺めます。

 藍の夜空を紅色に塗り替えていけば、波の静かな水面もきらりきらりと輝いて、まるで空気まで改まるような、それはそれはありがたい光景でした。

「ブチ助どん。来る前はああ言ったがね、来てよかったよ」

「そうさな、トラ吉どん。こいつはめでてぇ初日の出だ」

 二人はじっと、明るくなっていくお空を、おめめをきらきらさせて見つめていました。

 ところが、お日様が半分ほど顔を出したところで、トラ吉が呟きます。

「けども、お山の初日の出も見ておきたかったなあ」

「いやあ、トラ吉どん。おいらも実はそう思っていたところさ」

 遠くまできて素敵な初日の出を拝めたのですが、やはり見慣れた村からの朝日が恋しくなってしまったのです。

 それなら、とブチ助がしっぽを揺らします。

「お日様はまだ半分だ。急いで戻れば間に合うかもしらんぞ」

「なるほどなるほど。そいつは良い考えだ」

 急げ急げと、腰を上げて駆け出しました。

 お日様に背を向けて、二人は走ります。一度来た道を、明るくなったこともあって、ずんずんと進んでいきます。

 お日様は、顔を半分出しただけで、二人を追いかけてきます。

 すると、トラ吉は少し不思議に思うことがあって、ブチ助に訊ねました。

「ブチ助どん。ちと思うだがなあ」

「どうしたい、トラ吉どん。急がんと、お日様が昇っちまうぞ」

「いやな、初日の出に背中を向けるのは、罰当たりじゃあなかろうかと思ってなあ」

「ははあ。言いたいことはわかったけれども、そしたらどうしようってんだ」

 うーん、と唸ったトラ吉が、ぽんと手と手を合わせます。

 それから、くるりと体をひるがえして、後ろ向きで走り始めます。

「これなら、ずっとありがたい気持ちでいられるんじゃないかい」

「なるほどなあ。よし来た、おいらもそうしようじゃねぇか」

 トラ吉にならってブチ助も後ろ向きになりまして、二人はえっさほいさと、並んで朝日を拝みながら村を目指しましたとさ。


 めでたしめでたし

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