釣り競争
むかし、むかし。
これはまだ、猫が二本足で歩いていた頃のおはなし。
西に大きな海を臨み、東に大きな山を背負う小さな村に、とら柄が自慢のトラ吉という雄猫がおりました。
働き者のトラ吉は、額に汗してせっせと畑を耕す毎日をおくっております。
そんなある秋の日、海から吹く風がそよそよと気持ち良いものですから、なんだか魚を食べたくなったトラ吉は、釣り竿とかごを両手に持って、海へと出かけることにいたしました。
お気に入りの釣り場へ向かう途中、仲良しであるぶち猫のブチ助が、トラ吉と同じく釣り竿を担ぎながら声をかけてきます。
「なんだいトラ吉どん。トラ吉どんも魚釣りかい?」
「ああ。そういうブチ助どんも魚を食べたくなったのかい?」
「野暮を言うねぇ、トラ吉どん。こんなにお空の高い日は、七輪で脂を焼きながら食うお魚がいっとう旨いに決まってるじゃねぇか」
たしかにたしかに、と頭を振ると、二人は並んで歩き始めました。
「それでブチ助どんは、何匹くらい釣るつもりなんだい?」
「いくつ釣るなんて、みみっちい。おいらは、どーんとでっかいカンパチを釣ってやらあ」
「なんとおっきくでたねぇ。それじゃあおいらは、サヨリでかごいっぱいにしてぇなあ」
「なんだいトラ吉どんもおおきくでたじゃねぇか」
二人は、しっぽをぴんと立てて笑い合います。
「そうだトラ吉どん。どうせなら競争しようじゃないか?」
「競争?」
「おいらがでっかいカンパチを釣りあげるか、トラ吉どんがサヨリをかごいっぱいにするか、どっちが早いかの競争さ」
「おもしろそうじゃないか」
やろうやろう、とそういうことになりました。
海に着くと、二人はおひさまがてっぺんに着いたらおち合う約束して、それぞれお気に入りの釣り場へと別れていきました。
トラ吉は、ごつごつとした岩場にそろりそろりと降りていって、海に竿を垂らしはじめます。
しばらくすると、浮きがぴくりぴくりと動き出したので、慌てて竿を上げればそれは見事なサヨリの姿が。
この調子ならあっという間にかごいっぱいだなあ、なんて顔を洗っていますと、またも浮きがぴくりぴくり。
もう、次々にサヨリが釣りあがって、釣りあがってはかごに入れを繰り返します。
日が高くなるまで休む暇もなく、はて、そろそろかごもいっぱいになっただろうかと振り返ってみたところ、
「あ」
なんと、キツネの親子がサヨリの入ったかごをひっくり返しているではありませんか。
見れば、今しがた釣りあげた大ぶりなサヨリも、二匹の子キツネが頬張っております。
「こら」
と、トラ吉が腰を上げると、親キツネと子キツネたちは残りのサヨリをくわえて逃げ出してしまいます。
残されたのはトラ吉と、空になって転がったままのかごだけ。
これでは競争には勝てないなあ、まいったなあ、と顔を洗っていますと、
「おおい、トラ吉どぉん」
岩場の向こうから、ブチ助が手を振って歩いてきました。
「トラ吉どん。いったいどうしたんだい、このありさまは」
「それがな、ブチ助どん」
残念無念と、キツネの親子にかごいっぱいのサヨリを食べられてしまったことを、背中を丸めて語ります。
すると、ブチ助どんも背中を丸めて、トラ吉どんもかい、と顔を洗いました。
「おいらも一抱えもあるカンパチを釣りあげたんだがなあ。喜んだのもつかの間、トンビがぴゅーっと飛んできて、おいらのカンパチをかっさらっていきやがった」
「なんだい、ブチ助どんもかい」
このままではおいしいご飯にありつけないので、まいったなあ、と二人はおひげを垂らします。
しばらく、ううむと腕を組んで悩んでいると、ブチ助がぽんと手を叩きました。
「それなら、おいらとトラ吉どんと、一緒に釣りをすりゃあいいんじゃねぇかい?」
「なるほど、釣った魚をたがいに見張るって寸法かあ。いいじゃないか」
名案名案と、二人は釣り竿を掲げると、さてそれならどっちの釣り場にしようかと相談を始めます。
「しかし、ブチ助どん。それなら競争をどうするかい?」
「なに簡単よ。今度はうまい魚を釣った方が勝ちってな具合にすりゃあいい」
名案名案と、二人は手を打ちますが、トラ吉は首をかしげます。
「それならおいらは自信があるぞ。なってったって、おいらが釣ったサヨリは、キツネの親子が根こそぎにしちまうくらいだ、さぞ旨かったんだろうさ」
「なにおう、おいらのカンパチだって、トンビが釣る前から狙ってたんだぜ。想像するだけでもよだれがしたたるってもんだ」
なにおう、なにおう、と二人はひげを揺らしますが、互いに言い合うおいしい魚はどちらの手元にもないことに気が付きました。
はやく釣ってお昼にしなければ、と顔を洗ってみせあうと、釣り竿を担いで歩き出しましたとさ。
めでたしめでたし
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