第10話

 腹立たしい男だった!

 長年公爵家の権威を盾に、下級貴族や士族を踏みつけにしてきたのだろう。

 貴族士族に対する敬意が全くない。

 表面上の礼儀は守っているが、心に誠がないのだ。

 あれでは心有る貴族や士族を味方にするのは不可能だ。


 何よりシンデレラ殿に対する言葉遣いがなっていない。

 勘当したから下民扱いだというように、姫や嬢どころか、様とも敬称をつけない。

 絶対に許せることではない。

 普段からどれほどシンデレラ殿を虐待してきたか、俺自身が見聞きしている。

 

 問題はシンデレラ殿を連れ去ったという男だ。

 シンデレラ殿を陰から護る味方は知っているが、その中に王太子殿下や、アモロ子爵家の腐れ使者が言っていたような人相の男はいない。

 全く知らない男が、なぜシンデレラ殿を連れ去ったのか?

 できるだけ早く調べないと、シンデレラ殿の身が危険だ。


 それにしても、この焦燥感はなんだ?!

 今までどれほど危険な戦場にいても、これほどの焦りはなかった。

 上官の失策で万余の軍勢の中に孤立した時も、これほど心配はしなかった。

 シンデレラ殿の事だけが、俺の心をかき乱し、いたたまれなくさせる。


 シンデレラ殿を一人アモロ子爵家に残してこの地に赴任する時も、心がかき乱されるほど心配だったが、今ほどの焦燥感ではなかった。

 シンデレラ殿には、影から助けてくれる譜代の家臣がいる。

 それを知っていたからこそ、千々に心乱されて想いの中でも、この地で将軍の任務を果たすことができた。


 だが今は違う。

 見知らぬ男がシンデレラ殿を連れ去ったと言う事が、俺の心に嵐を起こす。

 シンデレラ殿を信じている。

 心から信じている。


 だが、シンデレラ殿と供にいるという男の顔や姿を想像しては、怒りが胸の奥底から湧きあがってしまう。

 今直ぐ探しに行きたかった。

 シンデレラ殿を探し出すためなら、将軍の地位もこの国も捨てていい。

 

 本気でそう思った。

 だが、そう思ってはいても、国王陛下に忠誠を誓ってしまっていた。

 今ではシンデレラ殿よりも小さな存在でしかないが、騎士として漢として、一度忠誠を誓ってしまっている。


 それに俺がこの任務を放棄してしまったら、隣国の軍勢が攻めてくるだろう。

 過剰に自分を評価する心算は毛頭ないが、俺が抜けた国境守備隊に隣国軍を押しとどめる力はないだろう。

 そんな事になれば、多くの民が戦乱の中で死傷してしまうだろう。


 そんな愚かな判断をした人間に、シンデレラ殿の夫になる資格はない。

 そう思って我慢するしかない。

 我慢するしかないのだが、どうにもこうにもいたたまれない!

 ここは繋ぎを付けて、陰の護り手に動いてもらうしかない。

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