回想 月千代2
月千代の胸のうちを誰より理解していたのは、長寿であった。長寿も元は誰かしかの飼い猫であったことから、飼い主がいかに愛情深く猫を愛してくれるかよく知っていた。なればこそ、月千代の胸の苦しみは誰よりも理解できた。
長寿は、月千代の良き相談相手であった。そして密かに長寿は月千代に恋心を抱いていたのであった。
当の月千代は、長寿が相談に乗ってくれるので感謝はしていたが、清兵衛の心配で頭が一杯なので正直それどころではなかった。
それぞれが、思い思いの気持ちを胸に月に手を伸ばしてみる・・・。
しかし、それは、はるか遠く届くことのない痛いほど淡すぎる思い。
そのことは、長寿にも分かっていた。自分の気持ちがたとえ、月千代に届かなくても、長寿は何とかして月千代を救いたいと思っていた。
時の流れをせき止めるために長寿は身を焦がした。
約束の日が来た。
月千代が水を汲みに行った隙だった。
月千代が戻ってくると清兵衛は、のどをやられ虫の息だった。そばには、長寿がいた。
月千代は長寿がやったと直感した。月千代は怒りで、猫又となり、長寿に跳びかかった。
長寿は、月千代のためといった。月千代を生かすためだといった。
月千代には理解できなかった。月千代は長寿を仕留め、清兵衛のもとへ駆け寄った。
最後の最後で、恩をあだで返してしまった。涙があふれてきたその時、珍しくも来客が清兵衛のもとに来た。
中の様子を見た客人は、悲鳴を上げると、一目散に逃げ出した。すぐに村人たちが鍬や鎌を手に駆け付けた。
清兵衛は、村人たちに息絶え絶えで違うというそぶりを見せたが喉をやられていてうまく伝わらない。
そのうち、村人の一人が月千代に襲い掛かった。
清兵衛は、月千代を抱き寄せた。そして声にならない声で逃げろと叫んだ。清兵衛は月千代を最後の力を振り絞って突き飛ばした。
そこで、清兵衛は息絶えた。
襲い掛かってくる村人を払いながら、あふれ出る涙をこらえながら、必死で逃げた。訳も分からず、ただひたすら。
月千代は清兵衛殺しの犯人に仕立て上げられてしまった。
逃げる月千代。
そこへ、竹が姿を現し、月千代の行く手を阻んだ。振り返った月千代の前に霧舟。遅れて虎丸が現れた。
打って出る月千代。竹と霧舟に返り討ちに会う。所詮、なり立ての猫又。他の四匹の猫又とは、格が違いすぎる。
地面に落下していく月千代。とどめを刺しにくる、頭の虎丸。もはやこれまでと観念する月千代。
何者かが、虎丸に一太刀浴びせる。
長寿だった。
長寿は死んではいなかった。村人の注意が月千代にいった隙に、清兵衛の家から逃げ出していたのだ。
長寿は、月千代に逃げるように言った。そして、竹と霧舟の攻撃を凌いだ。
月千代には、もはや何が何だか分らなかった。すべてを整理する時間もなかった。逃げたくもあり、この場の成り行きも知りたくもあった。それは、決して興味本位ではない。
今自分の置かれている立場、そしてこれから月千代が何をすべきかを知るためであった。
虎丸が目覚め、長寿の首筋にかみついた。二匹がかさなるように落ちてきた。
すでに、竹は虫の息、霧舟も横たわったまま動かない、長寿と虎丸もひどい傷を負っていた。
二匹が雌雄を決すると月千代が思った瞬間、思わぬ邪魔はいった。
狐である。銀色の光り輝く毛並みに月千代は息をのんだ。
---と、同時にその狐が何者であるかを認知した。
尻尾が九つある。九尾の狐だった。猫又のかなう相手ではない。神通力の強さは、首の数か尻尾の数で決まる。自分よりも強い神通力を持つ妖怪を倒したのでなければ、神通力の差は、その数のまま決まる。
皆殺し
月千代の頭の中にその言葉がよぎった。月千代の足が恐怖で完全に止まった。
逃げろ、長寿のよく通る声が響き渡った。
我に返った、月千代は振り返らず反対の方へ、飛んだ。虎丸の惨劇のしぶきを浴びた。次いで、長寿の悲しい雄たけびを聞いた。
浴びた血しぶきに仲間のわずかに残る匂い。
月千代は何のために生きるか、何のために走るかわからないまま、ただ、前へ向かって振り返ることなく走り続けた。
独りぼっち。無我夢中で逃げた月千代がそれに気づいたのは半日も後のことだった。
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