回想 月千代

室町時代最盛期、三代将軍、足利義満が、この世を去り、その子らの権力争いが、激化する頃、とある村に清兵衛と言う男がいた。





にゃー子はその飼い猫で、当時、月千代と呼ばれ、大変可愛がられていた。しかし、村の中には清兵衛が猫を飼うことを快く思っていない者たちが少なからずいた。





というのは、猫又が人を襲った話は、それより少し前、鎌倉時代頃からささやかれていたらしく、清兵衛の村でも猫を飼うのは、極力控えるよう村の掟に記されていたからである。





そして、つい先日も山一つ越えた小さな集落が、猫又に襲われ、人々が食い殺されたというのである。





月千代も齢は、十を遥かにこえ、二十に届こうかというところであった。村人は、月千代が、いつ猫又に成やも知れぬと気を揉んでいた。今のうちに殺処分してしまえと言う者たちもいた。





当の清兵衛は、気にも留める様子もなく、日々を変わらず過ごしていた。月千代も清兵衛の自分に対する愛情をわかっていたので、なにか恩返ししたいと考えるようになっていた。





時が経ち、清兵衛は、目を病気でやられた。足、腰もめっきり弱くなっていった。





清兵衛に報いたい、まず、清兵衛がなにを欲しているか正確に知る必要がある。月千代は、人の言葉を完全に解するようになった。





清兵衛もそんな月千代を気味悪がるどころか、むしろ喜んでいた。身寄りのないせいかもしれない。娘一人授かった気でますます月千代をかわいがった。





月千代の方も、可愛がられれば可愛がられるほど嬉しく、なお、一層清兵衛に尽くした。





清兵衛の身の回りの世話を一つまた一つ覚えるうちに月千代は、とうとう猫又になった。





猫又になったことで、月千代は、二つの大きな力を手にいれた。


一つは神通力。敵を攻撃したり、身を守ったり、治癒する能力である。


もう一つは生命力。体力も桁外れになり、若さを取り戻した。





月千代は、怪しまれないためにも人になろうと考えた。住み込みの女中ということにすれば、辻褄もあう。そのための手段を案じていた。


とはいえ、月千代は、人に化けることができなかった。





そのため、人の魂と入れ替わることで人になった。生きている者であっても構わなかったが、猫又にとって変わられた者の気持ち、はたまた、その家族やらの気持ちを考えると気の毒で、月千代は、身寄りのない死体を拝借することにした。。時代が時代だけにこと欠かなかった。





五里十里も翔べば、誰も知らない、頃合いの者が少なからず見つかった。月千代は、その中の一人の中に魂を宿した。





幸か不幸か、人から猫又になったり、猫に化けることは可能だった。ただ、猫からは、宿り主本人にしか戻らなかった。





やがて、清兵衛は大病を患った。月千代の神通力をもってしても寿命にはかなわない。三か月ももてばいいほうであろう。月千代は、自分のふがいなさに悔し涙するしか方法はなかった。





そんな月千代を察して、清兵衛は自分が弱っているにもかかわらず、逆に励ました。 





月千代は、そんな清兵衛の優しさにまた涙するのであるが、唇をかみしめ必死でこらえた。





そして、清兵衛を看取るまで二度と涙すまいと誓い、明るく看病したのである。











猫又となった月千代は、月に一度猫又の集会に出かけねばならなかった。





清兵衛が寝静まったのを確認して夜な夜なこっそりと出かけた。集会は、猫又に欠くことのできないものの一つであった。





そう、猫又にも掟があったのである。月千代の住む、山城国には、月千代をふくめ、五匹の猫又がいた。


頭を務めていた虎丸、虎丸の妻の竹。長寿、霧舟そして、月千代がその顔ぶれであった。 





虎丸は、新入りの月千代に仲間となる条件として、人の心の臓を持ってくるよう要求した。それも、飼い主である清兵衛のものをである。





拒めば殺される。月千代は、自分の命なんてどうでもよかった。





清兵衛には、心よりの愛情を注いでもらった。だから、月千代は、端から清兵衛を殺す気など毛頭もなかった。ただ、清兵衛を残して死ぬのだけは、つらかった。せめて、自然の成り行くまま、清兵衛の最期を看とってやりたい。それこそ、最高の恩返しではないか、月千代は、そう考えていた。





しかし、掟はそれをゆるしてはくれなかった。 一週間。それが月千代に与えられた時間であった。





清兵衛が自然に死ぬにはまだ、だいぶある。自分が死んでしまえば、もう清兵衛の面倒を見る者はいない。





清兵衛が目を病んでから、村人も清兵衛と距離を置くようになっていたからだ。





逃げるにも身重の清兵衛を連れまわすことはできない。かといって別の者の心臓では、猫又を欺くことはできない。





月千代は二日、途方に暮れていた。



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