あーりんにゃー子と出会う
悲喜こもごも
「おー」
女の子ときいて、男子は一斉に色めきだった。
椅子に立つ者。
ガッツポーズをとる者。涙ぐむ者。
色々だった。
「一瞬、イケメン想像したのに、ガッカリ」
女子の気持ちを代弁するかのようにマユは言った。
愛梨沙もそう思った。
でも、ともだちになれるかも・・・。
すぐ頭を切り替えた。
みんなの目線が、前の扉に集中した。
愛梨沙も前を向いていたが、一つ前の席の男子が立ち上がっていたので見えなくなってしまった。
ゆっくり扉が開いた。
静かになった教室に上履きの音がかすかに響いた。
「はじめまして。橘菜子といいます。菜子って言いにくかったらにゃー子って呼んでください。よろしくお願いいたします。」
にゃー子は、そう言うと深々とお辞儀した。
「かわいー」
男子が一斉にどよめいた。
目がハート状態だった。
愛梨沙は、呆れた。
本当、男ってのは馬鹿な生き物だ、そんな風に愛梨沙が、思った瞬間、
「かわいー」
今度は、黄色い声があがった。
女子までも?
愛梨沙は、現状についていけてない自分をヤバイと思った。
そして、席から身を乗りだし角度を変えながら転入生の顔をみた。
「まじ、やばいっす」
愛梨沙は、思わず、口にした。
さらさらの長い髪。
クリッとした、愛らしい猫目。
透き通るような白い肌。
これぞキングオブアイドルといっても過言ではない可愛さだった。
「疲れたー」
愛梨沙は、自宅の玄関に倒れこんだ。
昨晩ろくに寝てないうえに、天真爛漫な転入生、にゃー子のおもりをする羽目になったからである。
隣の席になったとはいえ、いいようにつかわれた感満載の一日であった。
おまけに、にゃー子は帰りまで、愛梨沙についてこようとしたので、さすがに身が持たないと思った愛梨沙は、適当な理由をくっつけて、逃げてきたのである。
ニゲキッタ、モウウゴケナイ、モウウゴカナイ
愛梨沙が、そう思って倒れていると、母親の声がした。
「玄関で何やってるの、トドじゃないんだから起きて早く手でも洗うなり着替えてくるなりしなさい、みっともない」
「と・ど?」
あまりのワードに愛梨沙の乙女センサーが発動した。
「望月愛梨沙17歳。痩せているとは言い難いが、ローレル指数123のこの体、トド呼ばわりとはひでーじゃねいか、えっ、おっかさーんー」
愛梨沙は、床板をたたきながら、合いの手を入れ、見栄をきってみせた。
「くだらないことしてないで、早くしなさい。たい焼きさめちゃうわよ」
まったくとりあおうとしない母親から、トド目の一言が飛んだ。
「たい焼きか」
悪くないな、愛梨沙は、思った。
疲れていたし、
ちょうど甘いものがほしかった。
何より空腹だ。
愛梨沙は、よろよろと起き上った。
「早くしにゃいとなくなるよー」
それは大変だ、鯛平堂のたい焼きが食べれるなんて、そうめったにない、
愛梨沙は、手を洗いに行った。
「はて?」
そこで、愛梨沙は疑問に思った。
そこで、愛梨沙は疑問に思った。
ダレノコエダ?
母親ではない。
聞き覚えはある。
愛梨沙は、まさかと思い、最悪の瞬間でないことを願いつつそっとリビングを覗いた。
愛梨沙が思い描いた、最悪の事実。
にゃー子が、愛梨沙の母親とたい焼きをモシャモシャしながら楽しげに談笑する姿がそこにはあった。
「なんでー」
愛梨沙は、真っ白版のムンクの叫びになりそうな自分を必死でおさえた。
そんな愛梨沙に気付いたにゃー子は
「おじゃまさまー。遅かったにゃー、心配したにゃー」と言いながら、自分の隣の椅子を引いて、愛梨沙をちょいちょいと手招きした。
愛梨沙は、とにかく落ち着くためにも席につき、一口お茶をすすった。
ほろ苦い渋味の中に甘味がある。愛梨沙は、生意気な感想を抱いた。
そして、たい焼きに手を伸ばすと腹のところで二つに割り、頭の方からかぶりついた。
愛梨沙は、しばらく、ゆっくりとたい焼きに没頭することにした。
といっても、耳だけは二人の会話に集中していた。
どういう経緯でにゃー子は愛梨沙の家にいるのか、愛梨沙の母と何の話をしていたのか、それがわかるまで様子見するしかないからである。
そして、だんだん事情が呑み込めてきた。
にゃー子が愛梨沙の家の隣に越してきたこと。
それが昨日の昼であること。
それまで住んでいたお隣の上田さんが、海外出張で家を空けたこと。
その上田さんは、にゃー子の叔父にあたること。
にゃー子の父が同じ頃、転勤でここからの通勤が便利だったこと
。
にゃー子の進学に都心のほうが都合がいいこと。
大体そんな、内容であった。
「まさか、うちの愛梨沙と同じ学校で同じクラスだなんて、さっき橘さんの制服をみたとき、もしかしてと思って声かけてみたらそう言うじゃない。びっくりしたわよ」
愛梨沙の母がお茶を汲みながら言った。
「立ち話になっちゃって」
にゃー子が付け加えた。
橘氏の立ち話。くだらないことを愛梨沙はふと考えた。
「そしたら、あーりんのママさんが、上がってお茶でもって誘ってくれたんにゃー」
最後のにゃーは愛梨沙の母に対して同意の意味も半分こもっているように愛梨さには思えた。
その証拠に、愛梨沙の母は、振り向きざまににゃー子に微笑み、首を傾け『ねー』のポーズをとったのである。
短期間で必要以上にフレンドリーになっている。
愛梨沙は、びびった。
にゃー子のこの魅力って一体何なんだ。
まるで、猫がすり寄って、いつの間にか人の膝に入り込んでくるような感じかも…
愛梨沙は、お茶をすすりながらにゃー子の笑顔を眺めていた。
「これから、毎日一緒にゃー」
屈託のない笑顔でにゃー子が笑う。
愛梨沙は、毎日にゃー子と一緒かと思うと気が重くなった。
「にゃーー」
不意に、にゃー子が驚きの声をあげた。
「もう、こんな時間。帰らなくちゃ。ママさんどうもご馳走さまでした。あーりんも今度うちにきて、まだ、越したばっかで片付いてないけど、ではでは、おじゃましました。」
そう言うとにゃー子は、ポーンと毬のように玄関へ駆けていった。
「あら、夕食ぐらい食べてってもらってもよかったのに、残念ね」
愛梨沙の母は、ガッカリしたように、にゃー子の後ろ姿を眺めた。
「あーりん、またあした」
慌てて、玄関まで送りに出た愛梨沙にそう言い残すと、にゃー子は、自分の自宅のドアを開け、中へと消えていった。
また、『あした』
何の変哲もない社交辞令。愛梨沙には『あした』という言葉が妙に気になって仕方なかった。
「まあ、いいか」
愛梨沙は、その後ろ姿を見届けると、左手の中に残った、たい焼きの尻尾のほうをムシャリとかみついた。
その晩、愛梨沙は、丸一日分の疲れをガッツリとるため、早くからベッドに入った。
もう半分寝てるようなものだ。ベッドにからだが吸い込まれていく。
どれくらい時が経っただろうか、愛梨沙は、頬をピチピチ叩かれた気がして、目を覚ました。
あたりを見回しても何もない。
時計は、午前1時を回ったところだった。
もう一眠り、と愛梨沙が、目をつぶろうとした時、まぶしい光が窓から近づいてきた。
「なに?」
愛梨沙が、見守っていると、その光は、窓を越え、愛梨沙の部屋の中に入ってきた。
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愛梨沙は、パニックで声も出ない。
ベッドのなるたけ端の方へ寄り、ピンクのお気に入りの掛布団を盾に固まってしまった。
そうこうしているうちに、光の塊は、まあるい大きな球体となり、人型へと変化した。
「ばんはー。にゃー子こと、橘 菜子。予告通り、昨日の『あした』、あーりんに会うため参上仕りました。」
愛梨沙はにゃー子を指差したまま口だけパクパクさせていた。
「なんで、パジャマなのかって?それは、夜だからじゃにゃいか、愛梨沙君。ほかに質問は?」
愚問だろと言わんばかりのにゃー子の返答に、そこに指差してないから、愛梨沙は突っ
込まずに入れなかったが、まだ声が出ない。
「まあ、聞きたいことは山ほどあるだろうけど・・。まず、私の話をきいて」
にゃー子は、そう言うと、愛梨沙の額に人差し指を当てた。
愛梨沙のパニックは不思議なことに収まった。
「信じられないかもしれないけど、私、猫なの。正確には、猫又と呼ばれる生き物。人間は、妖怪とか化け物っていうんだけどね」
「もう、600年以上昔の話じゃ」
突如、にゃー子の声色や、話し方が一変した。
そして、にゃー子は、再び光に包まれると、形を変え、大きくも気品ある猫へと変わった。
月夜に妖しく映えるその姿。
昨日夢で見た猫だ、愛梨沙は直観的に思った。
普通ならば、恐怖に感じてもいいはずである。
しかし、愛梨沙は不思議と恐怖を覚えなかった。
むしろ、おちついてその後ろ姿を眺めていた。
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