猫編 あーりん不思議な夢をみる

寝つきの悪い夜だっだ。


愛梨沙は、特に疲れていたわけではなかった。





6月にはいったばかりで特に暑いというほどでもなかった。





目が冴えてしまうのだ。





愛梨沙は、しばらくの間、右に左にゴロゴロと寝返りを打っていたが、落ち着かず、起き上がり、ベッドに腰掛けた。





時計は、午前2時をさしていた。





愛梨沙は、欠伸を二、三度したあと、立ち上がり、窓のカーテンに何の気なしにてをやった。





窓の外からは、午前2時に不釣り合いな光が一筋見えた。





愛梨沙は、「あれ?」と思ったが、カーテンを開けたときにはもう見えなかった。





車かなにかの光だったのかも、愛梨沙は、思った。





静かな夜だっだ。





暗い町並みを見ているうちに、睡魔が少しずつちかよってくるのがわかった。





愛梨沙は、頭が、ぼうっとしてきた。





よかった、やっと眠れそう、愛梨沙が、そう思った瞬間、何者かに両目をグッと押し広がれるような感覚に襲われた。





「なにを」





誰もここにいないのはわかっていたが、あまりにリアルな感触が、愛梨沙に、そういわせたのである。





もう、寝る。今、寝る。


意地でも寝てみせる。





ナントシテモ寝てみせる。


愛梨沙は、無理やり目を閉じようとムキになった。





すると、今度は,顔をガシッと両手で、両脇から挟まれたような感覚に襲われた。





「なんと」





思わず、愛梨沙は、口に出した。





そして、そのまま窓の斜め右下45度に首をもっていかれたのである。





飼い主がペットをしつけるような強制的なリードの扱いに似て、高校生の愛梨沙には、腹立たしく感じた。


おまけに相手は、居るのだか居ないのだかそれもわからないのである。





それが余計に愛梨沙の怒りに拍車をかけた。





「今度は、何?」





愛梨沙は、操り人形のように、ただ事の成り行きに身を任せるしかなかった。





向かされた方に目を向けると、道路をはさんだ斜め前の家のブロック塀が見えた。





その上に何かがちょこんとあるのが見えた。





ぼんやりとランプの灯りのように淡くゆれている。


まあるい雪だるまのような固まり。





愛梨沙は、そう思った瞬間、寝落ち前の境界線にいるような温たい感覚に襲われた。





そして、ふわりとからだが軽くなり、ベッドに優しく倒された。





「おやすみなさい」





愛梨沙は、言い終わるやいなや、深い眠りについた。





愛梨沙は、すぐに眠りに落ちた。





それこそ、深い、暗い闇のなかに吸い込まれていくように深い眠りだった。





そして、夢を見た。





「夢?」疑問符をつける必要はなかった。





愛梨沙にはそれが、夢だとわかったからだ。





根拠があったわけではない。





ただ少し、戸惑ったのは、妙に現実的だったからである。





愛梨沙は、草の上にいた。





木々が見え、田んぼや畑が広がり、周りには山々が広がっていた。





いわゆる田舎ののんびりとした風景に見えた。





その畑の一角で作業する二人の姿が見えた。男性と女性。





楽しそうに見える。





まだ、昼日中だというのに、うすぼんやりとした夕暮れ時のような世界。


不釣り合いな自分の格好。





それとは対照的に愛梨沙は、鳥の声、草や風の感触、生々しい風景、土の匂いを感じ取っていた。





「ココハドコナノ?」





愛梨沙の胸にそんな疑問がよぎった。





そこで、場面は切り替わった。





暗い小屋の中、外は激しい雷雨。





ふわふわの白い毛並みの大きな物体。


「ね・・・こ?」





愛梨沙の背丈以上ありそうな猫だ。





何かを守るようにそっと包み込んでいる。





よく見ると人、それも男のようだ。猫の頬には涙が一筋伝っていた。





ここで、再び場面が切り替わった。





一瞬、猫がものすごい形相で走って行ったかと思うとなぜか今度は、愛梨沙は、自分が何者かに追われる夢に切り替わった。





「一体、なんなの・・」


愛梨沙は、ただ、夢中で逃げるしかなかった。





身体中擦り傷やらアザだらけになっていた。





「痛い」鈍重な痛みが愛梨沙の左肩に走った。





ソフトボールほどの大きな石だった。





「冗談じゃない」





愛梨沙は、懸命に走った。





その途中で、愛梨沙は、自分が四つ足で空を駆けていることに気づいた。





「うそ」


空の風が心地よい。





しかし、そんなことより今は、逃げなくては。





イッタイナニカラ、愛梨沙には、そんな疑問を解き明かしている暇はなかった。





とにかく、遠くへ。





できるだけ遠くへ。





その事のみを考え、足を前へ前へと繰り出した。





時に、岩にぶつかり、時には、獣に追われ、山の中、水の中。





晴れた日も雨の日もかけ続ける、そんな夢が一晩中続いた。











「ぎゃーっ」





次の日、愛梨沙は、目を覚ますと、目覚まし時計を見て、声をあげた。





そして、数秒ほど、時計とにらめっこしてベッドの上で、正座したまま固まっていたが立ち上がり、身支度を整え始めた。


セーラー服とスカート、靴下を両手に掴むと、1階目指して一目散に降りて行った。


夏服で助かった。





愛理沙は、思った。





恐らく、いつもの三倍速くらいは、あるだろう。


スルリと制服に着替えると歯を磨きながらリビングにはいってきた。





「あら、珍しい、早くしないと遅刻するわよ。」


愛理沙の母親は、のんびりした口調で、紅茶をカップに注ぎながら台所で愛理沙に声をかけた。





「知ってたんなら、起してよ。マジで、やばい。あと5分遅かったら間に合わないよ」





「だって、あなたのことだからわかってるものだと思ってたから、子供じゃないんだからってすぐ怒るでしょ」





「むー」





愛理沙は、弁当箱をひょっとつかむと鞄に押し込み、バターロールを口にくわえて玄関に飛び出した。





「急いでるのはわかるけど、車には気をつけなさい。それから、」





「あー聞いてる暇ない、いってきます。」





愛理沙は、いかにもめんどくさそうに、いらいらした口調で母親の言葉をさえぎって、外に出た。





「そうやって、慌てると、あ、忘れ物はない?」


そう、母親が言った時には、もう、愛理沙は、自転車をこいで学校へ向かっていた。





少し冷めていた、ロールパンは、少々手ごわい。


愛理沙は、飲み物を持っていないことを悔やんだが、買っている暇もないので、そのままやっつけることにした。





学校の目前の信号に阻まれ、焦ったが、ロールパンをやっつけ、無事遅刻することなく学校に到着した。





昨日の夢のせいで、ひどく疲れていた。





そこに持ってきて、今朝の寝坊である。愛理沙は、相当こたえていた。





「おはよう」





愛梨沙は、友人のマユとメイに挨拶すると、そのまま机に突っ伏した。





「あーりん、朝から超だるそうなんだけど」





マユは愛梨沙を人差し指でつつきながら言った。


あーりんは、愛梨沙のあだ名である。





「しゃきっとしましょ」





メイが愛梨沙を抱き抱え、起こしながら諭すように言った。





いつもながらふわふわしたつかみどころのない口調である。





「あーりん、髪ー」





マユに言われて愛梨沙はしまったと思った。





急いでいてわすれていたのである。





前髪が決まってないと一日中、へこんだ気持ちで過ごさなくてはならない。





急いで直さねは゛、愛梨沙は、机に突っ伏したまま、鞄のなかをごそごそし始めた。





「世話のやける子だねー」


マユは、鏡とくしをポケットから取り出すと愛梨沙の髪をすきはじめた。


本当はドライヤーも当てたいところだけれど贅沢は言えない。





「ありがとうございます、お代官さま」





ぼちぼちになったところで、愛梨沙は、仰々しく二人に礼を言った。





「苦しうない」





マユから満足げに芝居じみた返答がかえってきた。





「本当は重苦しかったけどね」





後ろで支えていたメイがニヤッとして言った。





「むー」





愛梨沙は、頬を膨らました。





そして三人で顔を見回して笑いだした。





チャイムが鳴った。





愛梨沙のいる三毛根高校2ーDの教室もホームルームがはじまっていた。


 


「静かにして」





そう言ったのは、担任の黛薫子、27才独身であった。教師三年目。キャリアウーマンという言葉がぴったりだ。長い髪のウェーブがなびく。ビシッと着こなしたスーツに隙はない。





生徒の面倒見がよく、姉御肌。





男女問わず好かれていた。





趣味の占いがよく当たるともっぱら評判である。





薫子は、二三度静かにするように注意していたが、一向に止まないので





「ちっ」





と舌打ちするかのように言うと、出席簿でパシーン、パシーンと何人かの生徒の頭をシバいてまわり、大人しくさせた。





「はい、静かに」








薫子は、教壇までUターンして戻ってくるともう一度だけ念を押すようにそう言った。





「えー、今日は出欠の前に紹介しておきたい人がいます」





「お、男できたのか」


男子生徒の一人が茶化した。





「マジ?彼氏?勇気ある奴だなあ」





別の生徒も続いた。





クラス中で笑いが起こった。





バーンと大きな音がした。





薫子が黒板を後ろ手に叩いたのだ。





「お前ら、あほかー。何が悲しうて、生徒に彼氏紹介しなくちゃならんのだ、転・入・生!!このクラスに転入生がき・た・の!」





薫子は、怒って言った。








「あんたたちが騒がしいから怯えちゃったじゃない、女の子なんだから優しくするのよ、さぁ、入って自己紹介して」





薫子は、中の生徒にはきつめに、廊下の転入生には優しく言った。





薫子よ、あんたに怯えてるんじゃないのか?





クラス中の誰もが心の中で、突っ込まずに入れなかったが、「女の子」と聞いてそんなことはどうでもいいこととして忘れ去られた。







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