第六十四話 そうだ、海へ行こう!

 

「アァララララララララララ、アラッァ!!……さん、どうもこんにちわ」


「百発ぐらい殴られた気分だけど、ボクは新木です、どうもこんにちわ」


 ホォォッ、と甲高い息吐きをしながら右手を前にして構えている猿渡美里。左手の親指で時折鼻頭を弾いてるあたり、世紀末救世主ではなくて燃えるドラゴンなのだろうか?


 因みに椅子に座ったまま構えてるので、闘おうというわけではないようだ。


「すいません、仕込まれました」


 構えを解いて恥ずかしそうに右手で頭を押さえ頬を赤く染める猿渡さん。


「へぇ~、アンタもARAっていうんだ……どうもこんにちわ」


「急に少女漫画ネタを入れてくるなよ……何度も言うがボクは新木だ、どうもこんにちわ」


 恥ずかしがる猿渡さんについて弄る前に、横に座る樹下桜音己がボケてきた。


 煙草を吸う真似をしているが、どうにも下手くそである。煙を吐くタイミングと唇から指を離すタイミングが合っていないからだろう。


「すいません、仕込みました」


 達成感溢れる表情、所謂どや顔で瞳を輝かせながら樹下桜音己はボクを見ていた。


 樹下桜音己の部屋に入ると、樹下桜音己と猿渡美里は二人仲良く並んでドア向き、つまりボクに向かって、座っていた。猿渡さんが座っているのは、いつもボクに用意される椅子だった。


 今日は服装も二人仲良くお揃いのTシャツにデニムだ。


 樹下の黄色いTシャツにはバナナを掴もうとしてバナナの皮に滑る猿がデジタルな感じにプリントされている。所謂、デジタルロックってやつだな。


 ん、デジタルポップ?


 まぁ、ともかくデジタルなんちゃら。


 髪はポニーテールに結ってあって、お約束の様にシュシュが付いている。


 猿渡さんのTシャツは白地で猫を被った女性のドアップが印刷されている。猫に食われた様な迫力ある構図だが、女性はウィンクしながら舌を出している。こちらはファンクだかパンクだかという感じ。


 髪は相変わらずスポーティーなショートカット。オシャレに敏感な女子高生とはいえ、野球部なので健康的な黒髪。


 しかし、同じ様な服装な割には樹下はラフな印象で猿渡さんはスポーティーな印象と、まったく違う印象を受けるのは何故なんだろうか?


 髪型か、肌色か。


 はたまた、人格だろうか?


 さて、姉妹の様に並んで座る二人だが一方は恥ずかしそうに下を向き、一方はどや顔でボクを見続けている。


「ツッコむところは色々あるが、面倒なので置いとくとして。猿渡さんは今日は?」


 ボクの宣言にどや顔だった樹下の頬が膨らむ。別に誰かに空気を注入されたわけではなくて、いつも通りの不満アピールだ。


 面倒と言ったからにはそれすらも相手をしてやるのが面倒なので、ボクは構わず猿渡さんの返事を待った。


「あ、今度三人で海に行こうと思ってまして、今日はその打ち合わせです。新木さんが来るのは聞いていたので私も帰ろうと思ったんですけど、ネコがどうしてもやっておきたいネタがあると」


「すいません、仕込みました」


 猿渡さんに続いて先程と同じ様に、気を取り戻した様に、樹下は達成感溢れる表情を作り直した。


 どうしても、という執念が何だか怖いがどうやらこの溢れんばかりのどや顔から察するに長らく温めていたネタの様だ。


「君の情熱はわかったから、その鬱陶しいどや顔と、仕込みました、って言い方をやめなさい」


 はーい、とふて腐れた物言いをする樹下はその言い方に反して満足そうに笑みを浮かべた。


 それにしても、海、か。


 そういえば、今年は海やプールといった泳ぐ行為なんてしてないなぁ。八月ももう終わるとはいえ、この暑さはまだまだ続きそうだからまだ海も遅いわけではないって事かな。


 海というキーワードから、目の前の女子高生二人の水着姿への想像が働きそうになったが、そういうのはいけない気がしてボクは視線を窓へと移した。


 窓の外では殺人的な太陽光線が街中に照りつけていた。


 相変わらず程よく冷房の効いたこの部屋から外を見ているだけで、先程まで外にいた暑さが思い出される。夏はどうにも終わりそうにない。


 犬飼君には、女心と秋の空、という先人のありがたい言葉を授けたが秋までまだ時間がありそうだ。


 青少年が悩むにはありがたいロスタイムと言えるかもしれない。


 まぁ、その青少年はまた海になぞいって二人の水着を目の当たりにして悩むのかもしれない。


 羨ましい悩みである。


 そんなことなら、あと二三回脳天チョップをかましておけばよかった。

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