第五話 想定外の学力

「テスト中だ、私語は慎みなさい」


 威厳ある試験監督のように、ボクは言ってみた。実際試験の種類によってはアルバイトだったりして威厳も何もない試験監督もいたりするらしいが、まぁそこら辺は別としてだ。


「テストより、プライバシーです」


「悪かったよ、だからテストに集中して」


 プライバシー、プライバシー言うならもう少し部屋片付けておけよ。


「もう終わりましたよ」


 あれ、もう二十分も経ったのか? 慌てて時計を見たけれど、十分も経っていなかった。なら、解らなくて途中で投げ出したのか?


 手渡された問題用紙には、答えがきっちり書いてあった。


 一つの漏れもなく。よく見ると、書き直した跡もない。


「見直しは?」


「しましたよ、一度だけ」


 あぁこういうヤツ、クラスに一人は居たな。さっさとテストを終わらして見直しも雑で、時間持て余してたヤツ。


 結局、余った時間に用紙の裏に落書きしてて怒られるんだよなぁ。


「見直しはしっかりするクセつけないと、試験の時にそれで数点損することもあるんだぞ」


「大丈夫ですよ」


 自信満々に彼女は言う。


 そういう変な自信の持ち主が失敗したりするんだが。石橋を叩いて渡る慎重さを、教えなければな。それも、授業の一環だ。


「わかった。じゃあ国語はこれで終了だ。次、数学」


 ハーイ、と彼女は返事する。


 分針が2のところに来てボクは合図する。また、静かにわずかな音だけが部屋に聞こえる。


 さて、本当なら持って帰って答え合わせをするつもりだったんだけど、彼女の変な自信を崩す為には今すぐ採点した方がいいな。変な自信は早めに失くしとかないと後々面倒そうだからな。


 一応答案用紙を持ってきて良かった。備えあれば憂いなし。


 それにしても。


 これは合ってる。


 中学三年生の問題とはいえ。


 これも正解。


 高校生には結構。


 正解。


 難しい。


 正解。


 はず、なんだけど。


 正解。


 正解。


 大体、大学生のボクでも。


 正解。


 悩む。


 正解。


 問題も。


 正解。


 あるのに。


 正解。


 ……正解、正解、正解、正解。


 全問、正解?


 全問正解!


 嘘だろ?


 いや、本当か。十分足らずで出来る問題じゃないぞ、これ。


「先生、どうでした?」


「ん、ああ全問正解だった」


「でしょ。だから大丈夫だって言ったんですよ」


「あぁ、そうだな」


「じゃあ次、コレ」


 驚いたままのボクに、彼女は紙を渡してきた。数学の問題用紙。


「答え合わせ、お願いします」


 分針は3に差し掛かろうとしている。数学のテストを始めて、まだ五分経っていなかった。


「数学は得意なんですけど、理科は苦手なんです」


 そんなことを言ったのは、一時間足らずで全教科の問題が終わった時だった。


 平均、十分。


 言葉通り理科には時間がかかっていたけど、それだって十五分ぐらいで規定時間には余裕があった。


 正直、教科毎に休憩を挟むつもりだったが、そんなものが必要無いかのように彼女は次々とテストに取りかかった。


 今、英語の採点にかかっているがこれまでの教科同様このテストも満点だろう。さっき苦手と言っていた理科だって、結局は満点だったわけだし。


「私、国語も得意なんで理数系じゃなくて国数系なんですよ」


 そんな言い方は聞いたことないんだけど。


「理科の何が苦手なんだい?」


「元素記号の覚え方がよくわからなくて」


「暗記が苦手? そんな風に見えないけど」


 社会の人物名だって、綺麗な字でフルネームしっかり漢字で書けてる。字が綺麗なのは、書道でもやってるのか?


「水兵ヘェイヘェイ! 僕のウ、イェイ!」


「……頭、大丈夫か?」


「う、仕返しですか」


 それもあるが、どうやったらそんな勘違いな覚え方が出来るのか。頭が良さそうなだけに、余計に心配だ。


「ああいう語呂合わせっていうかそういうの苦手なんです」


「いい国作ろう?」


「鎌倉幕府。そのぐらいはわかりますよ。いい国だったかはわかりませんが」


「希望なんだからいいんだよ、そこら辺は」


「いい箱だったのかもわかりませんね」


「だからいいんだよ、そこら辺は。いや、そこら辺を理解するのが勉強か」


 さすがに鎌倉幕府は有名か。


 幼少の頃からどこかで聞くことになるし、テレビをつければ教養番組クイズ番組となんなりと話題になる簡単な覚え方だ。下手すれば、お笑い芸人の漫才のネタにだって出てくる。


 1192年で語呂合せしなくなる、なんてのもネタの一つになってそうだ。


「なんか呪文みたいで覚えれないんですよね」


「嫌だな、そんな呪文」


「ねるねるねるねはへへっ、みたいな」


 昔、そんなお菓子のCMあったな。ていうか、この子は見ていたんだろうか。ボクが幼い頃のCMなんだが。


 それにしても、それと同じもんだと言われても元素記号の覚え方を考えた先生だかは悲しくて仕方ないような気がする。


「そういえば昔算数の単位の覚え方で、キロキロとヘクトデカけてメートルがデシに追われてセンチミリミリってのもありましたよ」


「確かにそれは何かの呪文かもしれないね」


 物語仕立てのようで全く意味がわからないのが、スゴいとしか言いようがない。


 なんだ、センチミリミリって。


「復活の呪文ですよ。おお、勇者よ死んでしまうとは何事か」


「君、さっきからネタが古いよ」


 パスワードを書き取るなんて、もういにしえに近い。もしパスワードで表示されたならスマートフォンでカメラ撮影の時代だ。王様に勇者がスマホを掲げる時代だ。

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