第四話 復習は大事
ふと、思い出したことがある。いや、気づいたといった方が正しいか。
というか、こんな回りくどい言い方をしてるのも単なる言い繕いというか、なんというか。
ボクは、ここに女子高生と名前のイジリ合いにきたわけじゃない。家庭教師をしに来たんだ。すっかり彼女のペースでふざけてしまった。
「何ですか、これ」
鞄に入れてあった問題用紙を、彼女の机に置いた。
「とりあえず君の実力を知りたいからね。じゃないとボクも何処をどう教えればいいかわからないし」
「初日から抜き打ちだなんて、先生嫌われますよ」
ん、そうなのかな? 厳しくならないように簡単なのを用意してみたんだけど。
「中学三年生レベルの問題だよ、復習だね」
「意外と高校受験の時の方が高校に入ってより難しかったりしますよね」
「言い訳は先に言うタイプ?」
ボクの言葉にムッとした表情を浮かべ樹下桜音己は、ボクの方に向けていた身体を机に向けた。
問題用紙は全部で五枚。
国語。数学。理科。社会。英語。
「一つの教科につき時間は二十分だからね」
ハーイ、と返事をし樹下桜音己は机に転がっていた鉛筆を手に持った。近くにはしっかりと消しゴムが用意されていた。
それにしても、筆箱はないんだな。あ、高校生ならペンケースかな。
「あの時計が四時を差したら始める、いいね?」
ハーイ、とまた返事。
いつの間にか、四時。結局一時間近く、彼女と名前のイジリ合いしてたわけだ。
何をやってんだ、ボクは。
「よーい、始め」
ボクの合図で樹下桜音己は問題に集中した。ボクも、邪魔にならないように音を立てないように、静かに椅子に座った。
文字を書く音。
時計の秒針が時間を刻む音。
わずかな音を立てる冷房。
閉めきった窓の向こうの蝉の声。
午後四時を過ぎようと、窓から見える景色は昼間のように明るい。
マンションの五階から見る景色は、駅前ということもあって殺風景。
込み入った道路。古びたビル。忙しない電車。
景色を見て落ち着く、なんて言葉が出そうにないことは、座ったまま横目で見てるボクにも大体想像がつく。
それどころか、ヒートアイランド現象よろしく、アスファルトの熱気が見える感じがして暑苦しい。
ボクの住むアパートも、大して差は無いのだけど。あるとすれば、階層の差だろうか。
あとは、冷房の弱さによる外との温度差をあまり感じないこと。まぁ実際、景色どうこうより冷房が羨ましかったりするんだが。うちの冷房は効かないし、何より五月蝿い。
そういえば、そういえば。
一人で女の子の部屋に入ったのは、この歳になって初めてだ。
小学校の時にクラスの友達何人かで女の子の家に遊びに行った思い出がなぜかあるが、それぐらいしか女の子の部屋なんて思い出がない。
こんなボクにも彼女なんてものがいてくれたりするんだけど、訳あって彼女とはボクの部屋で会う事が多く、未だに彼女の家を訪ねた事がない。
つまり、今、ボクは。不謹慎ながら女の子の部屋というものに、興味津々なのである。変態的な意味は無くてだ。
女の子の部屋=ピンク。
なんて、安易なイメージを完全否定するほどこの部屋にはピンクは無く、壁は白、ベッドも白いシーツ。
机は勿論木の色、茶色で。テレビを置くスペースが真ん中に大きく空いた、天井まである大きな本棚も茶色。横に置いてある本棚の半分ぐらいのCDラックは、スチール。洋服タンスってやつは、濃い木と薄い木って違いで並んで置いてある。
全体的に安易なイメージの女の子色ってのが、無い。
皆にさん付けされる熊のぬいぐるみも無いし、ちゃん付けされる猫のぬいぐるみも無い。
ベッドの上にはそういうのの代わりに、ファッション誌やら音楽雑誌が読みかけで開いたまま置いてあって、床には丁寧に積まれている少年漫画雑誌が数種類。
本棚には、コミック、小説、ゲームの攻略本。どれもジャンルは、豊富。ボクも持ってる漫画がいくつかあった。
テレビの前にはゲーム機が乱雑に置かれていて、よく見るとCDラックには何個かゲームが混じっている。
男の部屋か、ここは。ボクも漫画やゲームが好きでよく似た感じになっているんだが。
ボクのイメージってのが悪いんだろうか?
最近の女子高生ってのはこうなんだろうか?
テレビとか世間様に植えつけられたイメージと、かなり違うんだが。アイドルとか俳優のポスターも貼ってないし。メイク道具も見当たらない。
まぁ、話は合いそうでいいか。そう考えよう。
「先生、あんまりじろじろ見ないでください」
「あぁ、ごめん」
「プライバシーのしんが、り……侵害です」
あ、今噛んだ。ちょっと恥ずかしそうにしてるから、ツッコまないでおこう。
「部屋に入って部屋見るなって結構大変な注文だと思うけど」
「今度からモザイクかけておきます」
「映像処理できるの?」
ボクの目に見えてる以上、意味は無いんだけど。
「目潰しますか?」
「暴力反対」
「先生変態」
「変な韻を踏むな」
「変態は否定しないんですね」
「変態じゃない」
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