第六話 予習も大事

 案の定、英語の点数も満点だった。


 今日はリスニングテスト用のテープを持ってきてなかったのでリスニングについてはわからないが、多分英語も問題なく優秀なのだろう。


「中学生三年生の問題とはいっても、もっと苦戦するもんだと思うけど?」


「素直にスゴいって言えませんか?」


「素直にスゴい」


「文面がそのまま過ぎて喜べないんですけど?」


 睨んでくる彼女を無視して、ボクは再度手に持つテストに目を落とした。自分でつけた点数だ、疑う余地も無い。


 いや、本当は自分自身でつけたなら余地だらけだけども。


 解答は別の紙にきっちり書いてあるので、ボクがやったのは見比べただけ。何度見ても違いはない。


 樹下桜音己は、全教科満点だ。


「学校の成績は良い方なの?」


「ハイ」


 躊躇いもなく、即答で彼女は答える。満面の笑みだ。褒められて喜んだ笑顔。


 自慢気には見えないのが、心なしか救いのように見える。


「確か、アンケートっぽいのにも書いておきましたよ」


「そうなの?」


 気の抜けた声が出た。不意討ちを食らったようで、情けない言い方で返してしまった。


 鞄の中のアンケート用紙を取り出す。確かに、書いてある。学力問題なし、と。丸文字で。


 無駄に丸い、何かのロゴみたいだ。


「自分で書いたのコレ?」


「ウチの母親がそんな丸文字なのもイヤでしょ?」


 つい先程、二、三話しただけの生徒の母親の字にケチつけようとは思わないが、確かにあのお母さんにはこの丸文字は似合わないな。


 いかにも、女子高生が書いたって丸文字だもんな。ボクの高校時代も、女子の字は妙に丸かったもんな。


 丸ければカワイイと信じてやまないもんだと、ボクは解釈していたもんだ。


「まぁ、その丸文字もわざとなんですけど」


 確かに彼女の書いたテストの字は、書道でも習ってるような綺麗な字で丸くは無い。


「何で、丸文字に?」


「特に意味は無いです」


「無いのかよ!」


 意味有りげだったじゃないか!?丸文字に感慨深かったボクを返せ。


「とにかく、学力は問題なしなのでヨロシク」


 ピースサインをボクに向けているが、どういう意味だろうか? 家庭教師に向けて学力問題なしと言うこと……。


 え? クビ?


「あ、違いますよ先生。家庭教師を頼んだのは私ですから」


「勉強出来るのに呼んだの?」


 なんのトンチだろうか?


「家庭教師が、復習するためだけのモノとは思いもしませんでした」


「あ……」


 また、マヌケな声が出た。彼女は、それを笑っていた。


 う―ん、やはり初日なんだなボクは。まったく冷静じゃない、当たり前のことを忘れていた。


 彼女は、来年受験生だ。受験勉強の為にボクは呼ばれたんだ。


「じゃあ明日からは、二年生の勉強もふまえた上で受験勉強取り組んでいくか」


「高1の復習はしなくていいんですか?」


「必要かい?」


「いえ、満点採れますから」


 怖いぐらいに、当たり前のことのように彼女はそう言った。


 本当は明日また小テストを持ってきておこうかと思ってたけど、やめておこう。今日と同じ結果な気がする。


「勉強は昔からできる方?」


「そうですね、割とできる方じゃないかと思いますよ」


 謙遜しつつ、顔は満面の笑みだ。勉強を褒められると喜ぶなんて、彼女にしては珍しくわかりやすい一面だ。褒められて伸びるタイプだと、推測してみる。


「ボクの時とは全然違うね」


「先生も家庭教師頼んでたんですか?」


 ああ、とボクは頷く。


 ほんの少し前、大学受験の準備にしては遅い高校三年生の時にボクは家庭教師を頼んだ。


「よく受かりましたね? 先生も成績は良かった方なんですか?」


「いや、ボクはサッカー少年って感じで。成績は下から数えた方が早かった」


 幼い時からボクはサッカーに夢中だった。注目を浴びるほど巧くはなかったけど、ただサッカーができればそれで良かった。小中高とずっとサッカー部で、ずっと走り回っていた。


 でも高校三年生の夏、足が止まり夢から醒めた。


「ボクについてくれた家庭教師の教え方が上手くてね。まったく頭に入ってこなかった問題もスラスラーって。成績はうなぎ登りってやつ」


「漫画雑誌の最後の方にある広告みたいな体験ですね」


 記憶力がつきましたとか、身長が伸びましたとか。このネックレスを着けたら宝くじが当たるとか。


「そう言われると、嘘みたいじゃないか」


「別に嘘だなんて言ってません、営業妨害ですよソレ」


 確かに、嘘とは言ってない。もちろん、ボクも嘘とは言ってない、嘘みたいなホントの話……ということだ。


「それがキッカケで家庭教師になったんですか?」


「ん~、まぁそんな感じかな」


「曖昧ですね」


「理由の一つではあると思う」


 正直に言えば、夏に暇を持て余してたボクに、紹介が来ただけの話なんだが。ボクの体験が理由になってるってのも、無くはない。


 ボクは今も、家庭教師に感謝している。そう思われる人になりたいとは思う。


 それに、ボクが誰かの手助けになれるならそれも嬉しい事だとも思う。

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