第二話 引きこもり?

「あらきあきら……回文みたいな名前ですね」


「それじゃあ、あらききらあだ! アラキキラーみたいじゃないか!?」


「対アラキ用汎用兵器?」


「ボクは人間だ!」


「最終兵器カテキョ、みたいな」


「最終兵器彼女みたいに言うな」


 大体、なんで全国のアラキさんと最終決戦しなけりゃならないんだ?


「全国のアラキさんとあらきあきらさんに謝れ」


「ごめんなさい」


 と、目の前に座る少女は頭を下げた。


 思いっきり、棒読みだ。まぁ、本気で謝れても困るが。


 少女、樹下桜音己はそう言いたくなるほど幼さを残した少女だった。


 彼女がボクより二つ三つ年下だけとは、到底信じにくい。頭を上げて、顔にかかった長い髪を手で払いにんまりと笑顔を作る。二、三年前のボクもこんな顔してたのだろうか?


 そんなわけないな。





 インターホンの返事をしたのは、彼女の母親だった。


 玄関のドアを開いたら、若い女性が出てきたので最初、樹下桜音己のお姉さんかと思った。そのまま軽い挨拶をして家に入るなりその母親に、彼女の部屋に案内された。


 六月から不登校=ひきこもり。


 そのイメージを裏切るように、部屋にはノックひとつですんなり入れて、彼女はこうして笑顔を見せている。


 案内してくれた彼女の母親も、なんなら笑い話のように不登校について話していた。


「どうしました、先生?」


 きょとんとした顔で、樹下桜音己はボクを見ている。


「いや、どうして……」


 どうして不登校なんかに? と、頭に過った言葉を口にしかけてボクは止まった。さすがに、会って直ぐにそんな深いとこ聞くべきじゃないよな。


 教師と生徒という関係云々じゃなくて、人としてデリカシーの問題。デリケートな話題だ。


「あ~。なんでこんなに元気で可愛い娘が不登校でひきこもってるんだ?、と思ってますね?」


 樹下桜音己はボクを指差して笑う。


 指を差すな。


 黙ろうとしたことを平気な顔で言われて、ボクは驚いた。


 なら、素直に聞くとしよう。素直に人に聞くことが大事だと、さっき学んだばかりだ。


「可愛い云々はともかく、どうして不登校なんかに?」


「それは……」


 そう言うと彼女は、静かに俯いた。


 やはり、聞いてはいけなかったのだろうか? 初めっから扱いにくい相手を受け持つことになった。


 えっと……どうしよう?


「秘密です!」


 ガバッと、頭を上げて彼女は顔の前で左手の人差し指を立てる。そして、息を吐くように静かに、しーっ、と言った。顔立ちの幼さそのままな彼女は、また笑っていた。


 秘密、と言われて追求できるほどボクは強いわけじゃない。デリケートとかデリカシーの問題じゃなくて、強弱。その話題を受け入れれるかの強弱。


 こう秘密と言われてしまうと、そんな話題をどう扱えばいいのかわからないぐらいボクは弱い。人が秘密にしたがる話を、つつく勇気はボクにはない。


 話題を変えよう。この話は、今は無しだ。


「そ、そういえば君の名前はなんて読むんだい?」


 我ながら強引だと思う話の切り換えに、彼女はフフフと微かに笑った。


 樹下桜音己。


 何度と頭の中に文字を浮かべようとも、キノシタの後がわからない。


「なんだと思います、私の名前?」


「質問を質問で返すのは関心しないな」


「わからないからってすぐに質問するのは関心しないな」


「同じ口調で返すな」


 素直に人に聞かない事による苦労を知らないんだ、この子は。円滑な人と人との交流は、質問から始まるんだぞ!


 ……って大袈裟か。


 まぁ、確かに本人が目の前にいるわけだから、いくつか候補を挙げれば答えはわかるだろ。


 考えてみるか。


 しかし。


 桜音己。


 さくら、おと、おのれ。


 音読みだとおう、ね、き、だっけ? おうねき?


「oh! ネッキー!」


「頭大丈夫ですか、先生?」


 普通に頭を心配されたっ! 軽いジャブだったんだけどなぁ……。


 まあ、樹下oh! ネッキー! は無いわな。ネッキーって、なんだよ。ハーフタレントみたいだな。いやいや、そうじゃなくて。


 おう、ね、き、じゃないのか。


 えっーと、あとは?


 さくら、ね、……こ!。


「ネコ!」


「ニャーーー」


 おもいっきり鳴かれてしまった。やっぱり、違うか。


「先生、桜の部分無視しましたね」


 微妙な猫のマネをし続けたまま、樹下桜音己は痛いところをついてきた。確かに桜を意識的に無視したのだが、今はそれに対して反論するべきなのかそれとも、微妙な猫のマネに対してツッコミを入れるべきなのか。


「微妙な猫のマネをしてるわりに喋り方が普通なのは何でなんだ!?」


「猫がいちいち語尾にニャーだとかつけるのは単なる妄想です」


 思わずツッコミを選んだのに、真面目に返された。だが猫キャラには、ニャーは必要だと思う。ん、猫キャラって何だ? ていうか、何の会話なんだ、これは。


 ……とりあえず、もう一度彼女の名前を考え直そう。


「あ、でも考え方は惜しいですよ」


 それは名前についてか、猫キャラについてか?


 いや、名前についてだな。当たり前だ。

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