ボクとネコのはなし

清泪(せいな)

新人家庭教師と引きこもり女子高生

第一話 面接

 

「あらきあきら?……フザケた名前だな」


 新木洸あらき あきら


 それは、ボクの名前だ。何処にでもいそうな、特徴の無い平凡な大学一年生。


 それがボク、新木洸だ。


 そして、そんなボクの名前に失礼な事(本当に失礼だ、全国のあらきあきらさんに謝れ)を言っているのは、目の前の黒いソファーに座る、見た目ヤのつく自由業な男。


 オールバックの金髪に、派手な色のスーツ姿。絵に描いたような安っぽい、ヤのつく自由業な姿。


 はたから見れば、ヤミ金に手を出したおバカな学生が、恐喝まがいの返済を迫られてるように見えるだろう。


 ボクが他人なら、まずそう見る。生で、ミナミの帝王を観ているみたいだ。


 だけど、この目の前の〈ミナミの帝王〉は今日からボクの上司であり、雇い主なのだ。


 家庭教師ステップ。


 それが今日、ボクが面接にきた事務所の名前。


 そして目の前に座ってるのは、この事務所の社長だ。


「お前さんの両親のネーミングセンスを疑うとこだが……まぁそんなこたぁ、どうでもいい」


 人の名前と両親のネーミングセンスにケチをつけておいて、どうでもいいとは失礼にも程があるがこれからの社会的関係上ボクは口を挟まない。


「山村の紹介だったな。ってことはだ──即採用ってことだ」


 思わず、え?、と言ってボクは、呆気に取られた・・・ああ、なるほどこういうのを、〈呆気に取られた〉と言うんだな。咄嗟に浮かんだ言葉だけど間抜けな顔をしてそうだ。


 紹介とはいえ、まだ履歴書を渡して名前にケチをつけられただけなのに。


 ……採用?


「山村の事は信用してるんだ。アイツが紹介するってんなら間違いは無いだろ」


 と、言いながら〈ミナミの帝王〉……いや、社長はボクと挟む形にある目の前の膝の高さ程度のガラステーブルに、茶色の大きな封筒を置いた。


「んでだ、早速なんだがお前さんにはすぐに仕事してもらおうと思う。ウチはまだまだ小さいからな人手が足りないんだよ」


 社長は、封筒から書類を取り出す。アンケート用紙のようだ。


 何やら、既にもう文字が書き込まれている。


「喜べ。お前さんの初体験は女子高生だ」


 社長は、オヤジくさい笑みを浮かべながらそう言った。



 セミの声が鳴り響く、七月。


 真夏日が続く猛暑をボクは、冷房の効いた電車の中でやり過ごしている。外には殺人的な熱気と太陽光が待ち構えている。


 〈生徒〉と呼べばいいのか、とにかく依頼人の家まで事務所から四駅。ボクの家からだと、二駅だ。近場で助かる。


 事前の連絡を事務所から済まし(もちろん初めてだったので不審者並みにしどろもどろだったが)ボクは早速依頼人……生徒の家に向かっている。


 ボクを含め学生たちは夏休みに入っているこの時期だが、やはり平日の昼過ぎ、電車の中はがらんとしていた。


 ボクは、隅の四人掛けの席の端に座り、渡された封筒から資料を出した。


 生徒の親御さんが書いたアンケート用紙(登録用紙のようなもの)と簡単なメモ用紙。メモ用紙には、多分社長が殴り書きしただろう雑多なメモが書いてあった。


 所々読めない。


 生徒の名前は、樹下桜音己。


 なんて読むんだ?フリガナぐらい書いといてくれよ。……まったく。


 来年には、大学受験を控えた高校二年生。メモ用紙には〈六月から不登校〉と書いてあった。


 ……ひきこもり?初っぱなから、冗談じゃない。


 ボクは貸し切りのようになったがらんとした車両で、遠慮なくため息をはいた。


 そんなことは関係なく、容赦など無く、電車は目的の駅に着いた。


 日頃、通り過ぎるだけの駅名。


 これからは何度かここに通うんだなと思いつつ、メモ用紙に書いてあった地図とアンケート用紙の住所を頼りに生徒の家を目指すことにした。


 しかし、このメモ書きは読めたもんじゃない。



 猛暑の中、迷うこと一時間。


 距離で言えば駅から十分程度の位置に目的のマンションはあった。


 やはり読めないメモ書きを頼りにしたのは、間違いだった。結局、最後は通行人Aさんに道を聞くことにした。


 早くから諦めて聞いておけば、こんなに汗だくにならなくて済んだだろう。エレベーターを待ちながら、深く深く反省した。


 直ぐに着いたエレベーターに乗り込み、五階のボタンを押す。程よく冷房のかかったエレベーターは、直ぐ様五階に到着。


 エレベーターから少し歩き、〈507 KINOSHITA〉、目的の場所に辿り着いた。


 きのした、樹下きのしたか。


 それじゃあ、生徒の名前は?


 樹下 桜音己?


 桜音己ってなんて読むんだ?


 まぁここまで来たんだし、直接聞けばいいか。


 とりあえず、インターホンを押した。


 少し間が空いてから、はい?、という女性の声。落ち着いた感じの声。


「あ、えっと家庭教師ステップから来ました、新木です」

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