第26話 旧友の来訪

 講義が終わり、シドが応接室に戻るとそこにはアレクシスともう一人、彼がよく見知った麗人がふかふかのソファに座っていた。その人物、セナ・リヴァイアサンの来訪をシドは予期していなかったからか、眼を丸くして驚いた。


 いつもならば国務省の自室で書類整理をしているはずの彼女がなぜここに、という疑問がまず湧いた。今日の彼女の仕事量はとても三時のおやつまでに終わる量ではなかったはずだからだ。


 国務長官補佐という役職はただ「補佐する」役職ではない。言うなれば王政国家で言うところの宰相と副王、大統領制国家で言えば副大統領が、とある赤い国で言えば総理大臣と国家副主席を兼任するようなものだ。


 つまり有事においてセナは国務長官の権限を代行する役職にいる。副国務長官という役職を建国時に作らなかったがゆえの制度だ。建国当初は良かったが、補佐とは他国や一部の認識は秘書でしかないため、現在では改定するか、と議論になっている。


 もっとも、その急先鋒であるヴィーゴル議員らが亡くなった今ではさほど議論はされていないが。


 そんな大層忙しいはずの彼女がここにいる理由がシドには理解できなかった。国務長官が一日職場を留守にする、ということで彼女の仕事量は倍増しているのだから。

 もし仮に彼女が他の誰かに仕事を押し付けたとなれば大事おおごとだ。国印をどこの誰とも知れない馬の骨にわたすなど冗談の極みだ。


 眉をひそめるシドにセナはくすりと笑って声をかける。


 「シド、落ち着いて下さい。別に仕事を放ってここに来たわけではありません。ただ少し貴方と話さなければならないことがありまして、急遽こちらにお邪魔になっているんです」


 フットワークの軽さにシドは呆れてしまった。同時にちゃっかり仕事放ってんじゃねーか、とツッコミを入れることを決して忘れない。

 しかし彼女が話さなければならない、と言ったことでただ事ではない、とシドは直感した。またリストグラキウスのような無法国家が侵攻してきたとかだろうか、とつい先日キュリー財務長官から送られてきた来年度の予算表を思い浮かべながらシドは身構えた。


 「その前に、アレクシス校長。お手数ですが……」

 「おお、これは失礼しました。では、私はこれで」


 セナが申し訳なさそうに退室を促そうとするとアレクシスは素直に応じ、その場を離れた。しかし彼女がを素直に信じることはない。アレクシスが退室したと同時にセナは対情報看破防壁を展開させる。高い盗聴スキルか魔術を使用しない限り中の情報の一切は入ってこない、セナが密談をする時によく使う魔術だ。


 「それで、どうしたんだ?まさかまたどこぞの間抜けが侵攻の兆しを見せた、とかか?」


 訝しむシドにセナは首を振る。安堵する反面、じゃぁなんだ、とシドは彼女の言葉を待った。


 「その前にシド、貴方は『ティトスProject 計画Thitusというものを知覚えていますか?」

 「確か……サフィールに百三十年くらい前に行った時に俺らが潰した計画だっけ。まさか再起したって?」

 「いえ、違います。ただ、私達がその計画によって得た技術を奪取しようとしている輩がいる、という情報がクリメントの方から上がってきまして」


 まじかよ、とシドはティトス計画についての概略を思い起こす。


 ヤシュニナ建国より十年前、まだシドやセナが一介のプレイヤーであったころ彼らはハティ大陸にあるサフィール王国で暗躍していた魔術師ギルド「あけぼのの勃興」を壊滅させた。


 ティトス計画とはそれだけ恐ろしい。


 ティトス・メトリウスという魔術師が発起人となり、彼が三十年の歳月をかけて造り上げた「神への階段の創造」がその本質だ。ただ魔術師としての本懐を成就するためならばシドもセナも特に手を出すこともなかった。


 問題はティトス計画の過程だ。


 神への階段の創造ともなれば決して少なくはない材料が必要となる。バビロンの塔のような実体をもつものではないが、最低でも神話級ミスティックの素材をいくつも使う。


 だがその程度では足りない。

 ティトス計画では階段の完成のために大量の魔力を必要とした。それもサフィール一国の国民分ではなく、周辺国すら巻き込むレベルの常軌を逸した量の魔力だ。


 仮にシドの魔力量を数値化するならば180,00程度だろう。術士職のニンゲンにしてはかなり多い量だ。そしてティトス計画が欲した量はその何乗にも達する魔力量だ。


 一部は魔力鋼マナタイトなどのアイテムで代用できるが、それも全体の一%に満たない。

 結果として実行されることはなかったが、実行されれば当時ハティ大陸に存在していた北部国家のすべてが一夜にして滅んだことだろう。


 その後、シドの率いていたギルドが残った「あけぼのの勃興」の研究データなどを引き取り、今のヤシュニナの文明水準に至る。

 いくつかの技術は軍部でも使われており、ヴェサリウス級の吸収魔法陣などが最たる例だ。魔力を吸収する技術をいくつか改変して搭載してある。


 「うーん、微妙だな。確かになんでセナがここに来たのかはわかったけど、でも考えてみろよ。そんな使えない技術盗んでどうするんだ?いや、ヴェサリウス級のアレは盗まれたら困るけど、それ以外のティトス計画の技術はあくまで標本だぞ?」


 シドの認識ではすでにティトス計画から自分達が得た技術は使えないものが多い。理由はかんたんだ。より効率の良い技術が確立したためだ。機織り機よりもミシンを使おう、という考えの元すでにティトス計画は残り滓のようなものだ。


 必然、使えない技術を取得されたところで痛くもかゆくもない。せいぜいがヴェサリウス級へのささやかな驚異になる程度だ。


 「シド、問題はその盗人共の背景です。お忘れですか、この情報はクリメントから来た、と私が言ったことを」


 そういえばそうだな、とシドは眼を細める。

 ヤシュニナの警察長官であるクリメント、しかしその正体はヤシュニナ内の諜報機関を一手ににぎるスパイマスターだ。昔ながらの付き合いであり、その情報の信用性は折り紙付きだ。


 百二十年の間、ヤシュニナに君臨している男が多少の技術泥棒程度でがなりたてるのはおかしい。普段ならば各省の担当部署に通達だけされて、後日詳細がシドの耳に届くはずだからだ。


 「クリメントの方で処理しきれない、ということか?だけどあいつには……あーいやごめん。そういえば『紫雲』は今アルヴィスタ親龍国か。『双子』もスコルとハティの各地に散らばってるからな。他は全部諜報屋だから、セナに仕事が回ってくる、か」


 クリメントの部下の多くは純粋な隠密系の職業を取得している。保持しているスキルも移動や諜報に適した地味なスキルばかりだ。全員最低でもレベル60に達するがその戦闘能力は純粋なレベル60の戦士職に劣る。


 一応武力に特化した部下もいるにはいるが、現在はその全員が他国へ出払っている。

 そうなると、とシドは「魔導師大隊シタルミート」やヤシュニナ四大将軍の面々を思い浮かべる。


 四大将軍の内3人は絶対に動かせないが、中央軍を率いる筆頭格は有事の際はすぐに動かせる。また疾風も同じだ。武力は間に合っている。


 「聞かせてくれ、一体どういう案件なんだ?その盗人っていうのは」

 「こう言っては何ですが、この話はクリメントから上がってきたものではありますが、同時に同じ話が別の人物からもたらされているんです。その人物から直接聞いて下さい」


 なんだそりゃ、とシドはあきれてしまった。だったら俺が執務室に戻ったときに言えよ、と言わずにはいられない。もしくはメッセージを送ればいいだろう、と思った矢先違うなとシドは自らの浅慮を恥じた。


 そもそも仕事を放ってきている時点で一大事なのだ。伝える情報に万が一齟齬や食い違いがあれば事態が大きく変わってくる。生じるかもしれない万が一を避ける瞑目でセナが直々に国家元首である自分に直接事態の危険性を伝えに来たと考えればわからなくもない。


 「わかった。じゃぁ、すぐに転移ぶか」

 「状況を理解してくれて何よりです。じゃぁ、さっさと時計だして下さい」


 そして二人の体は一瞬にしてシドがつい昨日まで仕事をしていた執務室へと飛ばされた。転移装置である懐中時計をシドがしまうのを確認し、セナはふところから通信端末を取り出す。


 数分後、コンコンと扉をノックする音が鳴り、一人の男が部屋に入ってきた。全身を灰色の分厚いコートで覆った男だ。着ているコートを始め、クラシカルハットやジーンズなどもところどころほつれてはいるが、男がただよわせる強者の風格が損なわれることはない。


 帽子とコートの襟の隙間から見せる男の素顔は荒涼とした大地を思わせる、どこかもの寂しげな印象を受ける。年配の男性とも若みを残した大人とも見える「彼」はニヒルな笑みを浮かべ、シドに一言、「久しいな」とだけ言った。


 「ああ、本当に久しぶりだな、ゲオハイド・ヴィークライト。かれこれ三十年振りくらいか?お前が大将軍の地位と国を捨ててから」

 「そうだろうな。あの当時はもう俺のちからなど必要ない、と思っていたからな」


 ゲオハイド、と呼ばれた灰色の男はシドのつっけんどんな言い草に笑顔を崩さぬままやや一歩引いた態度で受け答えをする。まるで三十年前と変わっていない彼の性格にシドは頬をほころばせた。


 今執務室ではなく街の酒場にいれば昔話に花を咲かせたいほどだ。百年近い付き合いのある友人がこうしてはるばる訪ねてくるなど久方ぶりのことだからだ。日常にぽとりと垂れた誘惑の香りにシドは思わず机の下に隠してあったブランデーを取りかけた。


 「シド相も変わらずだな、お前は。その仲間内にだけ見せる笑顔はとても好ましいよ」

 「それはどうも。まぁ座れよ。何か飲み物出そうか?」

 「いいよ、別に。だってお前が出す飲み物って紅茶ばっかじゃん。どんなに高い茶葉使ったところであんなんただ香りだけがいい葉っぱだよ」


 なにをこのコーヒー等、とシドは頬をふくらませる。しかし誓って彼は怒っているわけではない。日常に華を添えるが如く、彼の視界は今潤いを見せていた。まさしく、我が世の春だ。


 ――外は雪だけど。


 「別に長居するわけじゃないさ。ただ俺はお前を昔のよしみで助けに来ただけだからな」

 「一度は捨てたのに?」

 「言うなよ。俺はただ昔の放浪者に戻りたかったんだ。一人のプレイヤーとして世界を旅するのはいいものだ」


 なぜ、とシドは問う。世界を旅する、というのはよく使われる言葉だが、言うほどすばらしいものではない。汚いものだってたくさん見る、自分の手のとどかない距離を知る、己の無力さを嫌というほど思い知る。


 レベル150、希少な職業、高名な魔術師なんて意味をなさないほどに世界は厳しすぎる。


 「世界を旅すればその土地ならではの発見があるぞ?――まぁ土産話は後でするとして、本題を話すか」


 それもそうだな、とシドはどかりと椅子に腰掛けた。

 全員がくつろいだところでゲオハイドはコートの内ポケットから一枚の紙切れを取り出し、シドへと渡した。


 書かれていたのはなんらかの魔法陣の図だ。円形の外縁部には魔術語カルトでいくつもの呪文が書かれており、それら一つ一つが面倒なものに違いない、と本能が告げていた。


 また円の中には八芒星が書かれており、それら一つ一つの生じた三角形の中に同じ言語で何かが書いてある。

 読解スキルを使わずとも大抵の魔術語が読める分、すらすらと内容が入ってくる分、シドは書かれている内容に驚愕の色をあらわにした。


 「全能性の具現化……?儀式魔術でこれを行うって一体どういう魂胆だ?下地はイスト神話か?だとしたらやばいどころの話じゃないだろ、これ!」


 シドのその反応にすでに内容を知っているであろう、セナもゲオハイドも同意の色を顔に表す。特にセナはシドに比肩する魔術師だ。彼女の知識から見てもヤバイと告げていた。仮に成就すれば大陸一つが沈んでもおかしくはないほどの案件だ。


 「シド、俺は魔術の知識はあまりない。だから教えてくれ、それはなんだ?持ってきたはいいが、俺には状況は判断しかねる」

 「じゃ、なんで持ってきたんですか」


 「たまたま立ち寄ったエメリフ山嶺国で怪しい包帯男が後生大事に持っていたんでな。だから気になってちょっかい出してみたら、まぁすごい剣幕で襲ってくるんだ。怖い怖いの思いでヤシュニナに避難した、というわけだ」


 この野郎、とシドとセナはあっけんからんとしているゲオハイドを睨んだ。ハティ大陸南方にある山岳国家エメリフからわざわざこんな辺境まで来るとは恐れ入る。ソールの海をわたるだけでもかなりの意気が必要だろうに。


 しかも、とシドはゲオハイドが避難したという言葉にひっかかりを覚えた。かつてヤシュニナの大将軍であったゲオハイドの実力は問答無用で高いレベルにある。仮に全力のアーレスと戦った場合、ゲオハイドは完封するだろう。


 ゲオハイドのレベルは三十年前の段階で140であり、現在はレベル150に到達していてもおかしくはない。一概にレベル=強さでないのがこのソレイユ世界だが、レベル150に到達するにあたってそれ相応の試練をくぐったはずだ。


 レベル100から課されるレベル上げの試練は仲間がいればかなり楽に進むが、ソロであれば難易度は飛躍的に跳ね上がる。おそらくはゲオハイドはソロでかなりの量の試練をクリアした。ならば、彼が逃げ出すということはかなりの実力者が追っ手として差し向けられている、と考えられる。


 「まず俺がこの魔法陣の詳細を話す前に教えてくれないか、ゲオが何を聞いたのかを」

 「構わんさ。それが考察のヒントになるなら俺は協力は惜しまん」


 とはいえ、と前置きしたゲオハイドが語ったのはありふれた逃走劇だ。簡略化すれば、怪しい教団のうわさを聞いた、ちょっかいかけた、そしたら滅茶苦茶強かった、逃げました、そして今ここにいます、だ。


 シドが教団について詳しい情報を求めるとゲオハイドは「シゥア神を信仰している」と答えた。


 「シゥア神、ですか。やはりイスト神話が下地ですね」

 「そのイスト神話ってなんだ?この世界独自の神話とかか?」


 ああ、とシドは答え、その概要を話す。


 「イスト神話っていうのは現実世界のインド神話をモデルにしたソレイユ世界の宗教さ。原初の存在ィク・サプナが産み落とした第三の神、ビュネットマンによる世界再生神話だ。


 伝承にのみ記される四十八の化物によって焦土と化した大地を再び再興した存在、とか言われているのが神話内の話だな。で、この魔法陣だと」


 シドはゲオハイドからわたされた魔法陣が書かれた紙を揺さぶりながら話を続ける。イスト神話で8つ、元ネタのインド神話でも8つとなれば考えられるのは一つだ。


 「この8つの三角形の文字は一つ一つがイスト神話の神の正位置になってるんだ。で、外縁部の魔法語は多分『火と風ラァマ・ル・ソトゥ日と月スン・ル・ルナ法と富ルゥー・ル・ウェイスすなわちアテナ天上の宴なりヴァリ・サッキス』かな。


 イスト神話の法典だかの序文だったかな?まぁ、要はこの8つの文字が神の正位置を示していて、中心の八角形がビュネットマンの正位置なんだが。多分、ここに本来は誰か人を置くんだと思う」


 つまりは生贄だ。

 なんらかの方法で八方位の神の代用を行い、そしてその力の原点であるビュネットマンを地上に下ろす、というのが教団の計画なのだろう、とシドは推測する。


 だがあくまでこの紙に書いてあるのはビュネットマンを下ろすための魔法陣でしかない。おそらくはその下準備としていくつかの別の魔法陣が必要となるはずだ。


 「……つまり一概にセナの言っていた盗人がゲオを追ってきたわけでもないってことか」


 「ええ、おそらく連中は元よりティトス計画の副産物である魔力吸収魔法陣の技術を欲していたのでしょう。早い話が渡りに船だったわけです。ゲオ君がヤシュニナここに逃げ込んできたことが」


 ゲオハイドは二人に睨まれ気まずそうに帽子のつばをつまむ。面倒事を持ってきた、さらに迷惑もかける、とわかってしまったからか、視線を二人と合わせないようにしていた。


 しかし二人もただ睨んでばかりではいられない。ヤシュニナはおろか世界の命運を握っていると言ってもいいのだ。動かないニンゲンがニンゲンであるものか。全力を賭して狂人の暴走を止めなければならない。


 だが、とシドは今国内で動かせる戦力を整理する。


 まず世界を救う、と言っても無用な混乱を防ぐために大手を振って行動することはできない。一応は民主国家である以上、軍の動員にも細心の注意を払う必要がある。つい先日の戦争の件もあり、国民の軍に対する嫌悪感も少なからず高まっている。


 そんな中、シドが今勝手に使える戦力は「魔導師大隊」くらいなものだ。しかも全体の半分程度なのが現実だ。


 「魔導師大隊」はヤシュニナ随一の機動力を持つ部隊であると同時に周辺国家では並ぶものがいないと称されるほどの実力者で構成された精鋭大隊だ。構成人数はわずか48名で、現在はその内半分がリストグラキウスの反乱軍狩りに駆り出されている。


 しかも殲滅力に秀でたニンゲンばかりを送っているため、現在残っている構成員はどちらかと言えば火力よりも個人芸に秀でたメンツだ。戦力としては十分だが果たしてゲオハイドを追い払ったほどのニンゲンとどれくらい打ち合えるか、という話になってくる。


 いっそ自分が対処するか、と腰を上げかけたシドだがすぐに先の一件で壊れた魔術礼装を思い出し、彼は腰をおろした。魔術礼装を前提として魔術を形作ったシドは礼装がなくてはその力が大きく減退する。


 元より妖精種は魔術との親和性は高いが、彼の種族である排他妖精はやや異なる。排他妖精は魔力量が増えることと引き換えに魔術との親和性が下がる。つまり礼装やアイテムを使わない状態では職業、保有スキルのすべてが魔術師向きでも純粋な魔術師に劣るのだ。


 今のシドの力はせいぜいがレベル100のモンスターをギリギリ倒せるかどうか、といったところだろう。そんな彼が純粋な戦士職であり歴戦の猛者でもあるゲオハイドと戦ったところで勝てる見込みはない。


 「リドルがいれば、なぁ」

 「おう、そうだ。リドルの野郎いないのか?」


 「彼は今リストグラキウスです。ああ、正確には元リストグラキウスですが。あそこは10月にはヤシュニナ領として4つに分割されますから」


 セナの言葉にゲオハイドは驚いてみせるが、それよりも彼はリドルのことが気になったようで仕切りに彼のことを聞いてきた。他にもかつての仲間はどうなっているか、と聞いてくるがシドはそっけなく返した。


 そもそも話す内容がない。

 ノタやアルヴィースといった主要なメンバーは今も執務室でデスクワークに勤しんでいるだろうし、その他のかつてのメンバーも似たり寄ったりだ。仕事してるよ以外の返しがなかったのだ。


 ゲオハイドは会えないのは残念だなと言いたげに者寂しげな目をするが、シドにとって今大事なことはいかにして盗人共を潰すかだ。クリメントが処理できなかった、という事実がゲオハイドの話に信憑性を与えている以上、打てる手は打たなければならない。


 「いっそ近衛を動員しますか?本来の業務とはいささか乖離しますが、戦力としては十分です」


 提案としては悪くない、だが。シドは数秒の思考のあとセナの意見を却下した。ヤシュニナの行政を守るべき近衛を軽々しく使うことはできない。事実、先月のチュートン騎士団の一件でも各省庁の警護に付けており、直接戦闘に介入させることはなかった。


 似た理由で首都防衛軍も動員することはない。過度な兵士の移動は国民に不必要な懸念を覚えさせかねないからだ。


 「結論、やっぱり今動けるのは魔導師大隊だけ、か。なんだろ、藁にもすがる思いだなぁ」

 「良かったですね、藁が浮いていて。これで藁じゃなくて毒キノコが浮いてたら手がかぶれてましたよ」


 「俺、妖精種。毒、効かない」

 「なんで片言なんですか五秒以内に謝らないとしばきますよはい一、『吹き飛べ』」


 ぎゃおん、と突風が吹くと同時にシドの体が背後の分厚い窓に叩きつけられた。元が元素妖精であるシドには対して衝撃は伝わらないが、魔法攻撃である突風は多少のダメージになった。


 そのままズルズルと窓からすべり落ちるシドを見てゲオハイドは鼻で笑った。相変わらずだな、と言いたげな姿勢にシドも笑い返す。旧友の状況を静観する姿勢が変わってないことに安堵したからだ。


 ――ああ、人の心とは百年程度じゃ変わることはない。技術や心情、交友関係は変わることがあろうとも、決して軸となるものは変わらない。


 軸とは願いだ。生きるべき指針だ。何人たりとも決して干渉してはならない普遍的なものだ。


 だからこそ、人は己の真意を偽って他者の前に笑顔を浮かべることができる。


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