第2話 豪雪国 ヤシュニナ
豪雪国ヤシュニナはソレイユのマップ上に二つある大陸の一つ、スコル大陸の最北端にあるプレイヤーによって百二十年前に創られた軍事国家だ。スコル大陸ともう一つの大陸であるハティ大陸の間にある『ソールの海』の沿岸部に面しており、ソレイユ内ではほぼ唯一の雪原地帯を有している過酷な土地柄の国だ。
一年365日のうち11ヶ月は大地が豪雪で覆われ、残りの一ヶ月ですら平均気温は二十度を超えるかどうか。実際、今は春だが、絶えず雪が大地に降り注いでいる。おおよそ不毛の大地しか広がらないこの豪雪の国だが、幸いなことに地下深くに埋蔵された天然の地下資源と、それを利用した工業力がこの国に百年を超える繁栄を築き上げていた。
国家体制は国内の14の州の州知事と、中央に置かれた国務省の国務長官によって構成された連邦議会制であり、各州知事はプレイヤーであったり煬人であったりと4年ごと代わっていく。
しかし国務長官のポストだけは百二十年もの間、代替わりしたことは一度たりともない。ただの一度もだ。
別段、連邦議会制が形ばかりのものだったり、独裁政権がまかり通っているわけでもサラサラない。そんなことをしたらいくらプレイヤーであっても国を追放されるし、その前に各地で反乱だったり、クーデターだったりが起きて国内の政治が収集つかなくなる。
ことは明瞭至極、国務長官による政治が国民に認められているからに他ならない。それも、百二十年という長い年月を経て、なお認められている、という判子付きでだ。
だからこそ、恐ろしい。停滞に対して人間がなんら抵抗を示さないと、遠からず停滞した国は沈んでいくジンクスがあるのだから。
*
ヤシュニナの首都、ホクリンは周囲を二重の防壁で囲まれ、外側の壁内には一般人の生活ゾーンが広がっている。住居はすべて寒さを遮断するために厚みのあるレンガで作られ、温暖ガスを利用した暖房装置のためのパイプが建物の外壁の随所で見ることができる。
近世ロシアの首都、モスクワによく似たまちづくりで、道路沿いの住居同士の幅は広く、必然的に車道、歩道の両方も幅が広くなっている。豪雪地帯の都市であるため、道路沿いの下水道には住居から漏れた熱を利用した温水が絶えず流れ、路面の雪を溶かしている。
そして内側の壁内には国家中枢を担う省庁や、国内の大企業の工場などがある。省庁は国の政権を担う国務省を中心に円形に配置され、さらに省庁を囲むようにして各企業の工場が建ち並んでいる。また、各省庁で働いている職員のための宿舎もこの内壁内に置かれている。
各工場で発生した熱はそのまま外壁内へと流れており、温暖装置や温水システムへと再利用されるため無駄はない。省庁間の交通にも気が使われていて、各省庁には常に防寒対策を万全にした馬車が置かれ、簡単どころで標識が設置されていたりする。
都市自体もなかなかに美しい。利便性と芸術性を兼ね備え、さらに都市に住む人間のことも配慮した素晴らしい設計である。都市として機能し始めたのが建国より五年後というのもあって、ところどころ不具合が生じていないわけでもないが、定期的なメンテナンスによって機能を維持できている。
まさしく、ヤシュニナの心臓部であり、また他の大都市、中都市のスタンダードと言えるのがホクリンだ。
その中心部、国務長官執務室でカエルの断末魔のような声が響いていた。
「っgyいぇええええええ!!」
「gyいぇぇ、じゃありません。建国百二十年を記念した祭りをやります、と去年の予算委員会で宣言したのはシド、貴方でしょう?この程度の仕事で悲鳴をあげられても困ります」
その二人をはたから見れば、駄目な女上司とできる女秘書官に見えるだろう。まったくもってそのとおりだ、と言いたい。ところどころが霞んで、存在感が希釈されたような玉色のポニーテールの少女を、きれいなボディーラインの白銀ストレートの美女が叱っている構図がそこにはあった。
少女はいたずらをして叱られた子供のように萎縮して、上目遣いで美女を見る。美女の方はと言えば、言わなくてもわかるくらいにはご立腹だ。彼女らの目の前には軽い書類の山がつくれていて、ひと目でその日一日の仕事量でないことが伺える。
「でもさ。これは多すぎない?これ全部何なの!」
「そうですね、ここ最近貴方の種族の特性を利用して、第五番街の歓楽街で豪遊していたからじゃないですかね?」
急所を突かれた少女は舌を噛むような悲鳴をあげる。きゅぅ、とかわいい声をあげ、希釈されていた存在感がさらに薄くなっていき、彼女の体がラグを起こしたポリゴンデータのようにその存在がおかしくなっていく。
「シド、動揺が隠せていませんよ?さすがに一週間も仕事を放棄していたことが、よほどの罪悪感を生んだのでしょうか?」
美女の追及の手は緩むことはない。さらなる追い打ちをかけるために彼女はメモ帳をどこからか、取り出すとツラツラと読み上げ始めた。
「それに、歓楽街では大層豪遊したそうですね、ご丁寧に偽名までつかって。なんです、このソラって?ソラシド、とかと掛けているんですか安易過ぎますもう少し頭を使え。そうそう、豪遊に話を戻しますが、随分といいご身分ですよね。えーっと?歓楽街一番店と名高き、ホテル・エカテリーナの一番人気数名と一緒に秘蔵の五十年もの高級ワインを何十本もあけてドンチャン・インベッド、その後はまた姿を変えて今度はホストクラブですか、これは?セクスィーな美女に化けてまたドンチャン・インベッド。
そのあと、裏カジノで自分のスキルを使ったイカサマをして、一攫千金。新たに資金を調達したところでまたホテル・エカテリーナに行って、今度はオーナー自らに酌をさせ、あまつさえベッドイン&セクハラ三昧。さぞかし気持ちよかったんでしょうね。すっからかんになりました。
おっとこれだけじゃまだ3日しか経っていませんね、一体のこり4日は何をしていたんでしょう、私は非常に気になります。――えーっと、ふむふむ。
――おいてめぇ、ここまでのキャリア踏み倒すつもりか百二十年も国家元首やってまだ一般プレイヤーのつもりでいるのかだったら今すぐ反あんた派の連中にこのことぶちまけるぞ」
とうとうブチ切れ、美女の異様に大きな上下四本の犬歯を目の前にして、少女のブレはようやく収まりを見せた。変わりに、彼女は恐縮しきって、思考がもはやできていない状態だ。
キシャーっという威嚇音が似合いそうなくらい、そのきれいな顔をゆがませる美女に気圧されて、少女は存在しない架空存在にこれは夢だ、これは夢だ、と絶えず祈祷する。しかし、わかりきったことではあるが眼前でご立腹の美女が姿を消すことなんてない。受け入れたくない現実を前に、おずおずと少女は書類へと手を伸ばした。
「それで、シド。この山の下らへんに8月に行う『建国百二十周年記念祭』の予算表とかが入っているんで、確認しておいてくださいね、明日の国民議会までに」
言われてシドと呼ばれた玉色ポニーテール少女はちらりと山のふもとへ視線を向けた。
彼女――いや彼だろうか――シドは豪雪国 ヤシュニナの現国務長官であり、事実上の国家元首だ。言わずもがな、プレイヤーであり百二十年という重みを感じさせない10代前半の外見年齢をしている。見た目は愛らしく、肉付きのよい赤みを帯びた頬、真珠のような錆銀色の瞳で、とても国家元首には見えない。絶えずペンを走らせる細腕は白く、まるで人間のものとは思えない白さだ。
そうだ、シドは人間種ではない。
シドの今いるゲーム、ソレイユ・プロジェクトではプレイヤーが最初にキャラクリエイトする際に、種族、というものを選択することができる。おとぎ話に出てくる小人や妖精、ゴブリンやスケルトンなどのモンスター、あるいはスライムやドッペルゲンガー、中にはクジラやワシ、カブトムシなんていうものまで多種多様な種族が選択でき、そのすべてがプレイヤーの努力次第で無限の可能性へと至ることができる。
どの種族が強い、とか、どの種族が扱いやすい、といったことはない。誰もが等しく『一つだけの自分』を獲得することができるのだ。無論、一度選べばゲームデータをリセットしない限りは選び直すことはできないが。
そんな中、シドが選んだのは妖精種。中でも珍しい
背景としてはまだ肉の体は持てていないけど、意識ははっきりしている妖精、というもので、様々な色をしている。ちなみに肉の体がないから、触っても空を切るし、性別なんてものは当然ない。だから、シドは無性だ。
しかし、最初から持っているスキルとして、『物理攻撃無効化』と『変質』という二つのそれなりに使えるスキルがある。
『物理攻撃無効化』と聞くと強そうなイメージがあるかもしれない。実際、ただの殴る、蹴る、あるいは斬るといった攻撃は元素妖精には意味がない。スキルの立ち位置としてはスケルトン系に弓矢が効かない、あるいはアンデッド系は死んでいるので精神支配ができない、スライムに触れると服や武器が溶かされる、みたいなものとおもってくれてかまわない。いわゆる種族特性を反映したスキルというわけだ。
だが、このソレイユ・プロジェクトではその程度のスキル、なんの意味もない。
まず、初めにファンタジー世界というだけあって、魔術攻撃なんかが存在するから、魔術は無効化できない。加えて耐久値が異様なまでに低く、初期はまだ物理攻撃無効化で押し切れるものの、ある程度敵mobのランクが上がると、魔術攻撃してくる連中ばかりになるし、対策をしていなければあっという間に死んでしまう。
これだけ聞くと、「なんだ、縛りプレイかよ」と思う人間もいるだろう。実際、この元素妖精という種族を選択しているプレイヤーは約百万人中0.1パーセントもいないだろう。
しかし、どうにかしてその耐久値の低さをカバーするためにあるのがもう一つのスキル、『変質』だ。このスキルの最大の利点、それはさっきシドの体が崩れたり、ラグったりしたときを見ればわかるように、変身能力である。
それも、プレイヤーのイメージに沿ってどこまでも無限のレパートリーを内包している優れものだ。ただ変わるのは外見だけで、龍に変身したから、と言って飛べるわけじゃないし、炎の塊になったからって、触っても熱いわけじゃない。人になれば人の機能はあるけど、人のぬくもりがあるわけではない。
このスキルを利用して、初期のころは人やら獣人やらに擬態して、こつこつレベルをあげていき、そして強くなっていくというのが元素妖精のセオリーだ。
そんな元素妖精のシドだが、何度かのランクアップという上位種族への転化を経て、現在は世界でたった三体の
この排他妖精という種族は、魔術攻撃に秀でた種族だ。妖精種の三大最上位種族の一角でもある。
そして、彼がヤシュニナを建国したのも大体排他妖精に進化した十年後だ。それにいたるまでに約三十年の歳月が流れているから、ほぼ一世紀半彼はソレイユ・プロジェクトに身を捧げている。
実際面白いし、仲間とわいわいがやがややって、冒険したり喧嘩したり、アホやっているときは楽しいものだった。
だが、今は全然楽しくない、と流れないはずの涙がシステムエラーで流れていた。視線を左右へ東奔西走させ、チェックと同時に自分の名前をサインしていく。この単純作業が最悪なまでに苦痛だ。
自業自得だ、というのはわかっているけれど、それでもやはりやるせない。乗り気になれない。はっきり言って、苦痛だ。もう勘弁してくれ、と泣き叫びたかった。
しかし、仁王立ちになって彼の目の前に立っている美女、セナ・リヴァイアサンがそれを許すことなどあるはずもなかった。ずっと眼光をあけているはずなのにその鋼色の瞳と白翠のヘテロクロミアの両眼は乾くことを知らず、常に彼の仕事振りを監視していた。
これはセラの種族、
吸血鬼の中でも最上位種である
プレイヤーとしての実力はヤシュニナでもトップクラスであり、また国務長官補佐でもあるセナは術士系の職業を習得しており、それを『ディスティネーター』という。ただし、名前ほど素晴らしい職業というわけでもなく、魔法攻撃力の上昇や幾つかの固有スキルを得る程度のものだ。
このゲームではキャラクリエイトの際、必ず四つの職業から一つを選ぶ必要がない。それが、ナイト、ソーサラー、テクニシャン、アサシンの四つだ。テクニシャン以外はなんとなく、どんな職業かは察せられると思う。テクニシャンというのは有り体に言えば、その他だ。他3つの職業に収まんないアイディアを適当にぶち込んだアイディアの掃き溜めみたいなものだ。
で、だ。
彼女はソーサラーという職業を選択した。名前の通り、魔術攻撃に秀でた職業で、ヴァリエーションの数で言えば最も多いテクニシャンの次に多い。ざっと千五百くらいだろうか。
そのヴァリエーションの一つ、ディスティネーターは習得難易度が非常に高いレア職業で、必然的にセナの術士職としての力量も窺い知れる、というわけだ。ちなみに今書類の攻撃で脳をタコ殴りにされているシドも一応無駄に百五十年もこのゲームをやってるわけではなく、『デリーター』といういかにも強そうな職業を持っている。
だが、名前負けしている職業で、『デリーター』とは名ばかりのデバフや痕跡抹消、探知妨害と便利ではあるが、地味なスキルばかりで希少(笑)みたいな職業になっていた。。
そんなこんなで、雪降る都が写る大窓を背景に、シドは四苦八苦しながら書類と格闘を、そしてセナは監視をしながら優雅にティータイムを楽しむ、という上司、部下の立場が逆転したような図が出来上がった。
カリカリ、というペンを走らせるだけの音が響き、それ以外の雑音は聞こえない。仕事をするなら完璧な空間だろう。
だが、
「失礼します、シド国務長官」
世の中そう簡単にはいかない。
三度のノックにセナが応えると、うやうやしく一礼をして赤髪混じりの黒髪短髪の青年だ。背丈が非常に高く、その身長に見合った大人びた美を持つ青年で、とても冷たい目をしている。
白いトレンチコートを着ており、その下にはオーダーメイドのスーツを着ている。スーツ越しでもそれなりに筋肉があることも伺わせる。腰に帯びた赤黒く禍々しい見た目の鞘がさらに青年が只のプレイヤーではないことを物語る。
なにより、彼は隻腕だった。右腕がなく、ダランとトレンチコートの袖だけが垂れ下がっていた。また赤みを帯びた肌には波打ったワカメに似た赤みがかったアザがあり、歴戦の猛者感を漂わせていた。
「リドル、確かプレシアじゃなかったのか?」
「ああ、緊急事態が起きてな。帰還呪文で急いで戻ってきた」
部屋に入ってきたときとは態度を一転し、リドルと呼ばれた青年は淡々とした口調かつ隣人と接するような距離感のままシドの質問に答えた。抑揚のないその声はいっそ無機質であり、眼前の青年が感情に乏しそうだ、という印象を抱かせる。
だが、ゆっくりと自分に向かって歩をすすめるリドルはどこか急いでいるかのように、シドには思えた。設定した場所に転移する緊急離脱魔術であり、帰還呪文を用いたのがさらにその考えを増長させていった。セナも察してか、瞳を細めて訝しんだ。
「まず、謝罪を。すまない」
執務用の机の前に立ち、開口一番リドルからこぼれたのは謝罪の一言だった。突然の謝罪にシドやセナは困惑の色を隠せない。さっき、セナに怒られたときのように体が崩れる、ということはなかったが、それでもわずかにシドの体がブレた。
「うちの国じゃ最強のリドルがいきなりだな。お前が謝るようなことがプレシアで起きたのか?」
シドはリドルの謝罪の真意を確かめようとしながら、彼がつい先日までいたであろう海上要塞プレシアを脳裏に呼び起こした。
海上要塞プレシアはもともとあったソレイユ内の海上ダンジョンを占拠し、架空のギルド名義でギルドホーム化するという荒業で建設したヤシュニナの海上防衛の要だ。
はるか先の大陸であるハティ大陸の国家からの侵攻を妨げるための超重要拠点であり、他の国境と同様に常にヤシュニナの精兵を駐屯させている。プレイヤー、煬人の区別はなく、皆ある程度の戦術や戦略は頭に入っているし、万が一の事態のときでも臨機応変に対応することができる、軍事国家であるヤシュニナを代表するような連中だ。
また、プレシア自体も多数のヴァリスタや、魔導砲、堅牢な高壁を兼ね備えた難攻不落と言っても過言ではない鉄壁の要塞だ。まさか、落ちるということはないだろう。
「つい二十分前のことだ……」
「――はい、あ。シド少し席を外します」
リドルが何が起きたのかを口にしようとした矢先、セナの眼前にメッセージ・ウィンドウが開いた。慌ててセナはドアの奥へと姿を消した。彼女が扉を閉めたのを確認して、リドルは再び声帯を震わせた。
「ざっくばらんに言おう。つい二十分程前に、ハティ大陸のリストグラキウス神聖国が宣戦布告なしにプレシアへ攻撃を仕掛けてきた」
「はぁ!?」
突然のツァーリ・ボンバにシドは本日もう出し尽くしたと思っていた素っ頓狂な声をあげた。いや、ツァーリ・ボンバを頭上に落とされて驚かない方がおかしいのかもしれない。
たとえどれだけ肝の座った棋士だろうと、可能性の低い一手を打ってきたら、目を見張るし冷や汗だってかく。まして、シドにとってリストグラキウスとの戦争など寝耳に水だ。
「――シド、大変です!リストグラキウスが……」
「ああ、わかってる。今、聞いた」
驚く矢先、同じ知らせを受けたのかセナが執務室に飛び込んできた。シドは平静を装って、彼女を落ち着かせようとするが、彼だってセナ同様に落ち着いていられる状態じゃぁない。
むしろ、この時期に、春にリストグラキウスが侵攻してくることなど、そのお国柄を考えればありえないことだ。
リストグラキウス神聖国はハティ大陸北西の煬人による宗教国家だ。四聖教と呼ばれる四柱の神を信仰しており、その起源は設定上ヤシュニナよりも古い。国家の体制としては教皇と呼ばれる選挙で選ばれた元首と十二人の枢機卿による宗教的民主主義であり、国民はすべて四聖教の信徒であり、また国家の神兵だ。
宗教的なこともあって周囲の国家はもとより、海の彼方のヤシュニナとも度々小競り合いを起こす間柄の国家だが、軍事力に秀でているとは言いづらくしょっちゅう返り討ちにしている。また、宗教的理由から春には戦を仕掛けてこないから、戦を仕掛けてくる時期も察せられていた。
だから、今回のまるで時期をズラした侵攻は予想外だった。しかも、宣戦布告やら最後通牒もなしに戦争を仕掛けるなど、法治国家にはあるまじき愚行だ。
「リストグラキウスは今プレシアを?」
「抜くことはできない、と思う。だが、連中の今回の兵力は推定船数が三十。ここ最近の侵攻の倍に達する数だ。油断していい相手でもないだろう」
「リドル、それならなぜプレシアを離れたんです?我が国の最強戦力であり、最高司令官の立場にいるとはいえ、敵前逃亡とも取られかねない行動など……!」
声を張り上げたのはセナだ。本来なら、階級上リドルは彼女よりも上に位置しているが、状況が状況だけに、彼女は語気を荒げてリドルを叱咤した。実際、彼女の言っていることは正論だから、リドルも反論しづらい。
「確かに軽率だった。だが、俺が直接伝えることで状況が切迫していることが伝わるだろう?」
「まぁ、そりゃね。で、この情報はもう各省庁に伝わってる感じ?」
相槌を打ちつつ、シドはセナに確認を取るように視線を向けた。すぐにセナは複数のウィンドウを開き、確認を始める。そしてすぐにゆっくりと首を縦に振った。
「そう、じゃぁすぐに緊急会見の準備を……」
「の前に、ソレを片付けましょうね?」
「どーせ、セナの方でもうチェックしてんだろ、俺がやる意味あるかよ」
辟易とした物言いで、シドはじっとりと判子待ちの書類の束を睨んだ。眼前の一週間の成果は突如もたらされた
自業自得とはいえ、あまりの量にくだらない戯言を口ずさみたくもなる。しかし、そんなことを許すほど、セナという女は甘くはなかった。
「シド、やれ」
喉を震わせることをほとんどせず、心の芯が冷え切るような声でセナは淡々と命令した。シドがビビってビクン、と体を震わせると、またか、と言いたげにリドルは鼻で笑った。
何も知らない一般市民が今の執務室でのやり取りを見れば、茶番か三流漫才だと笑うかもしれない。でも、現実だ。豪雪国 ヤシュニナの首脳部は常にバカ騒ぎだ。
セナが時々怠ける国家元首を絞めあげ、シドはとにかく劉邦よろしく常に破天荒に突き進み、リドルが蕭何と韓信のようにその独走をサポートする。
ぶっちゃけこの馬鹿みたいな三人の足並みそろったやっちまえ精神が百二十年、ヤシュニナを存続させた、と言っていい。もし一人でも欠ければ、その時点でヤシュニナは終わりだ。
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