第29話

 勝負はあっという間についた。

 いや、勝負にもならなかった。

 普段偉そうにしていた枢機卿は、手足の骨を砕かれて泣き喚いていた。

 剣を喉元に突き付けられ、命乞いをしていた。

 聖堂騎士団長も手足の骨を砕かれ、その場に這いつくばっていた。


 シャア達なら、この場にいた枢機卿や大司教達、更には聖堂騎士団員を即死させる事は簡単だった。

 だがそんな事をすれば、オリヴィアと一体化した怨念が晴らされない事を理解していた。

 だから殺さずに、捕獲して怨念に与える事にしたのだ。


 だがそれだけでは不十分だった。

 恨みの対象を全て殺したとしても、怨念が納得するとは限らないのだ。

 恨みが募る事で、やられた事を全て報復しても成仏せず、やられたこと以上の報復をしようとするかもしれないのだ。

 全ての人間を殺し尽くすまで、報復を続ける可能性もあったのだ。


「オリヴィアはそんな子じゃありません」


 エイダはオリヴィアを信じていた。

 全ての恨みを晴らしたら、元の優しいオリヴィアに戻ってくれると信じていた。


「そうです。

 オリヴィアは優しい子です。

 無関係な人間を傷つけたりしません」


 バートもオリヴィアを信じていた。

 同時に自分が非力でオリヴィアを助けられなかった事を悔いていた。

 だから一緒に復讐したいと心から思っていた。

 シャアにもそこ気持ちは分かっていた。

 分かっていたからこそ、やらなければいけないことがあった。


「そんな事は分かっている。

 だがオリヴィアは一人ではない。

 私の見た限り、多くの怨念がオリヴィアと同化している。

 いや、オリヴィアに取り付いて、その力を利用している。

 だからオリヴィアから他の怨念を引き剥がす必要がある。

 その準備をしてからでなければ、オリヴィアに合流することは出来ない」


 シャアは嘘をついた。

 オリヴィアも含めて、多くの人を助けるために、嘘をついた。

 それはオリヴィアが怨念に利用されているという事だ。

 本当はオリヴィアと他の怨念は協力している。

 中には反発する怨念もいるだろうが、大半はオリヴィアの思い通りに動くだろう。


 オリヴィアの心の中にある、人間として当たり前の恨み辛みといったモノだ。

 それがない人間は存在しない。

 他の怨念に利用されているのではなく、オリヴィアの怨念と同調しているだけだ。

 だがそれを口にすれば、傭兵達にオリヴィアを殺す口実を与えてしまう。


 今は大丈夫だが、オリヴィアが怨念を晴らし、魔獣から解放された後で、金や名声を目当てに傭兵達が、オリヴィアを襲う可能性があるのだ。

 だから本音と建て前を使い分けていた。

 その建前を使って、オリヴィアを怨念から助け出す切り札として、宝剣を大聖堂から奪った。

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