第5話

 オリヴィアが奈落の底に辿り着いた時には、怨念の塊となっていた。

 オリヴィアより前に落とされた女達とその家族。

 彼らの恨みが、十重二十重と渦巻いていた。

 その全てがオリヴィアに襲い掛かった。

 だがその怨念は、オリヴィアの恨みと同調した。


 王子と側近貴族を恨み憎んでいた。

 騎士や兵士も恨み憎んでいた。

 教会、神官、金貸し、地主、鉱山主など人間全てを恨み憎んでいた。

 全ての恨みがオリヴィアに取り込まれ、憎い相手の記憶まで刷り込んだ。

 八人の王子は勿論、悪質に金を貸し付けて、娘を売春婦にした金貸し。

 その娘を死ぬまで酷使した売春宿の亭主。


 奈落に人間を捨てたのは王子達ばかりではなかった。

 売春宿の亭主。

 鉱山主。

 盗賊や山賊。

 盗賊や山賊に偽装した騎士や兵士。

 人を殺した者達が、遺骸を処分するのに奈落を利用していた。


 そんな者達の恨みも、奈落の底に凝り固まっていた。

 そんな全ての恨みと記憶を、オリヴィアは心に焼き付けた。

 それがオリヴィアの魔力を強大にした。

 その力を使って、強大な魔獣を狩って喰らった。

 闇に落ちたオリヴィアは、生のまま魔獣を貪り喰った。


 まるで野獣となったオリヴィアだったが、恨みを晴らすためには、どうしても生き残る必要があった。

 多くの魔獣を喰い、その力を取り込んだ。

 奈落に放り込まれた時には、襤褸のような服だった。

 今では魔獣の毛皮を纏っていた。

 その下には、奈落の樹木の繊維を編んだ肌着を着ていた。


 多くの人間の記憶を手に入れたオリヴィアは、以前とは段違いの知識を得ていた。

 知らなかった文字を覚え、歴史や地理まで身に付けていた。

 全ては怨念と共に取り込まれ身についたモノだった。

 憤死した者の中には、謀略に敗れた貴族士族もいたのだ。

 そんな彼らの経験と技がオリヴィアを助けた。


 奈落の底は広大だった。

 多くの魔獣が生存競争をしていた。

 如何に強大な怨念と闇魔法を手に入れたオリヴィアでも、簡単に生き抜くことは難しかった。

 時には身体を喰い千切られることもあった。

 最初に奈落に放り出された時のように。


 だが、今度は結果が違った。

 奈落の底の生存競争に勝ち抜いてきた魔獣が、オリヴィアの肉を食べた途端苦しみだしたのだ。

 怨念の塊と言えるオリヴィアの肉を食べ、その恨みと記憶に支配されそうになり、身体の取り合いをしているのだ。


 そこにオリヴィアが闇魔法を使い、魔獣を傀儡にした。

 人の恨みに支配され、オリヴィアの命令に従う魔獣が誕生したのだ。

 一度方法が分かれば後は簡単だった。

 オリヴィアは自らの肉を切り取り、魔獣に食べさせて、次々と傀儡魔獣を創り出した。

 魔獣の軍団が産まれた。


 オリヴィア十五歳の春だった。

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