第23話 カ取り閃光3
市場の中ほどに、スリ達によって作為的に作られた、一見そうとは思えないような隠れ家がある。
そこに、先ほどフータから魔剣を奪ったスリは身を潜ませている。彼はここでほとぼりを冷ましてから、姿を晦まそうと考えていた。
スリの成果は上々。この剣は相当高く売れると、魔剣を盗んだ男は口の端を釣り上げる。しかし男が喜んでいられたのも、自分が盗んだ剣が、突然鞘から飛び出し、叫び出した所までだった。
『規定に基づき、強制執行権を発動! 規定に基づき、強制執行権を発動!』
そう謎の言語で喚き散らし、発光を始めた剣に、スリは大層慌てた。
「な、なんだ!?」
男が驚いてあたふたしている間にも、剣の刀身は強く、何度も繰り返し瞬く。そうこうしているうちに、男は自身に異常が起き始めていることに気が付いた。
「服が! 俺の服が消えていく!?」
魔剣が瞬くたびに、スリの身に着けていた装備が消えていく。
服も、鞄も、顔を隠すために口元に巻いていたバンダナも、すべてが消えていった。
しかもそれは、スリの男だけではなかった。
「ああ!? うちの店の商品が消えちまった!?」
「きゃああああ!? いやぁぁん! 私の服ぅ!」
魔剣が瞬くたびに、市場から物が消えていく。
現れるのは、ビール腹な男の全裸。ちっぱいな町娘の全裸。骨が浮き出た老婆の全裸。
果物だけでなく、その果物を入れていた籠も消え、テントの幕が消え、支柱が消え、ロープが消え――
市場からは一切の物が失われた。
失われなかったのは人や籠に入っていた鶏、ロープに繋がれていた牛や馬や羊などの家畜。つまり、生物だけが市場にはとり残された。
市場は、全裸に包まれた。
『SSR 魔剣』
『平日九時から夕方六時まで使用可能な派遣型魔剣。完全週休二日制。魔剣使用後は対価に見合う代償が必要。この武器は手放すことが出来ず、また他武器との併用は出来ない。魔剣を紛失、盗難にあった場合、所有者に対し、厳しい罰が下る』
ビリアがこちらの世界に流刑されてしまったため、説明文の前半に関しては殆ど有って無いようなものであった。しかし、魔剣自体に備わった機能がこの時ついに発動してしまったのだ。それは、所有者から一定以上離れたことにより、周辺一帯の物品を吸い込み始めた。
不幸は、魔剣の所有者だけでなく、市場に居た皆に、平等に降り注ぐ。
説明文には『所有者に対して』と記載してあるにも関わらず、この罰則による強制徴収は魔剣周囲一帯のすべてを奪い去った。
これはビリア所属の魔剣派遣会社が、『魔剣の管理も十分に出来ない役立たずでも、最後に全財産を奪っていけば、経費分は回収できるだろう』という考えの基で行われていることであった。
文句を言おうにも、普通は盗まれた魔剣が手元に戻ることはない。所有者から見つからない場所で強制徴収権が発動し、訳も分からず全財産を奪われる。そして魔剣は会社の倉庫へ勝手に転送されてしまうだけであった。
周囲が全裸パラダイスになり、股間から一物をブランブランさせたり、可愛い娘が蹲ってヒグヒグ泣いている。
フータはそんな全裸パラダイスから、光り輝く魔剣を見つけた。
テントも商品も無くなった、だたっぴろいだけの広場。引き起こされた出来事に、呆然と立ち尽くす全裸集団しか居ない市場から、ぴかぴか光る魔剣を見つけるのはとっても容易かった。
フータにとって、このようなだだっ広い場所で強制徴収権が発動したことは幸運であった。これが、路地などの障害物が多い町中や建物の中であったならば、魔剣を取り返すことは難しかっただろう。
周囲の状況に慌てふためきながらも、大事に魔剣を抱えていた全裸のスリを見つけ、フータはそいつの元へ駆け寄る。そして、何の躊躇をすることもなく、容赦の無い金的を食らわし、泡を吹いて倒れる男から魔剣を奪い、すぐにビリアの元へ戻る。
「もー! こんな罰って無いしぃ。お嫁にいけないしぃ」
そこでは、全裸状態のビリアが半泣きになりながら、いそいそと
フータはボンデージ花嫁衣裳を着用したビリアの手を引き、触手ちゃんを頭部に乗せて、宿へ向かって駆け出す。
何もかもが消えて大混乱した市場にいつまでもいては、面倒事に巻き込まれるのが目に見えていたからだ。
幸い、フータ達と同じような全裸組が、市場から大通りへ雪崩のように殺到したため、彼らに紛れ込んだフータ達はそれ程目立っていない。
さらに
周囲が全裸状態の中で、唯一服っぽいモノを来ているビリアや、魔剣を持っているフータは普通なら目立つはず。しかし、ビリアの服から放たれる謎光により、それらの視線は悉く潰されたのだった。
目を潰された男どもが、「うおおおお!? 目が、目がアアアぁ!」と大通りで絶叫。その脇をフータ達は駆け抜けていく。
「どうしてビリアのその服は消えないんだ!」
「たぶん、これはあっちの世界の物だから! 転送機能はコッチの物を持ち帰る事が目的だから!」
「なるほど」
全裸集団の疾走に、これから市場に向かおうとしていた者たちは目を剥く。
フータ達はむさいおっさん冒険者たちを盾にしつつ、どうにかこうにか、テルシアちゃんの宿へ駆け込んだ。
「いらっしゃいまっ! ちょっとフータさん! 服は!?」
ロビーで掃除をしていたテルシアちゃんは、帰ってきた全裸のフータと、ほぼ全裸のビリアを見てびっくりする。
テルシアはフータを見て、少しばかり硬直したが、さすがにこの状況では、いくら気まずい関係とはいえ、あからさまにフータを避けるような行動はしなかった。
「市場で謎の消失事件に巻き込まれてしまってね。荷物も貴重品も全部失ってしまった」
ガチャカードを納めたポーチも、すべて無くなってしまった。
危険すぎて破棄しようとしていたカードが多いとはいえ、使えそうなカードもいくつかあったのに……残念極まりない。
全裸のまま、あははは、と笑うフータに、テルシアは慌ててリネン室へ駆けていき、中からバスタオルを二つ持ってきてくれた。それをフータとビリアにそれぞれ渡す。
「も、もう! 今は女の子なんですから、気を付けてください!」
「あ、うん。ありがとうね、テルシアちゃん」
テルシアちゃんからのバスタオルを嬉しそうに受け取り、それを首に掛けるフータ。
テルシアは「そうじゃないです!」と少し頬を染めながら、体の前にバスタオルを持つようフータに教える。
そんなテルシアに、フータは「ありがとう」とニッコリ微笑んだ。
そんなにこやかな笑顔を見てしまったテルシアの眉間にしわが寄る。そして、小さく開いた口から、呟くように心の声が漏れた。
「……どうして、そんな、平気でいられるんですか?」
テルシアは悲痛な表情で、フータを見上げる。
先ほどまで慌てふためき、恥ずかしそうにしていたテルシアちゃんの、突然のシリアスモード。
フータは一瞬、ギョッとするものの、場の空気を読み、真剣な表情でテルシアちゃんを真っすぐに見つめ、彼女の言葉を待つ。
「私が……私が望んでしまったから、そんな姿にされてしまったんですよ? もっと怒るのが普通でしょ! どうして、どうしてそんな平気な顔でいられるんですか! 女の子になってしまったんですよ!? 私のせいで……」
うるうると涙目でフータ(♀)を見上げるテルシア。
フータはその可愛らしいテルシアを見つめたまま、先ほど以上に優しく微笑む。
「冒険者はさ、色々冒険するから冒険者って呼ばれるんだよ。女の子の姿になっちゃうなんて、こんな冒険、世界を旅してまわっても味わえないでしょ? 逆に俺は、テルシアちゃんに感謝すらしてる。俺にこんな楽しい冒険をさせてくれてるんだから。……なーんてね?」
フータは適当に、口から出まかせを並べ立てる。
正直に「女の子の体に興味があった」などとは口が裂けても告げない。
フータは二度も三度も社会的に死にたくなかったからだ。
「……もう……。なんですかそれ……。信じられません……」
フータの軽口は、テルシアの心に覆いかぶさっていた自責の念を取り去る。
テルシアはずっと、フータが自分に心配を掛けまいと、無理をして女の子である姿を楽しもうとしているのだと思っていた。だから、フータと直接話をしてしまえば、きっと自分は憎しみの籠った目で見られたり、恨みつらみを言われてしまう。言われなくても、宿屋の娘として幾多の人を見てきた自分の目が、彼の本心を見抜いてしまうと、そう思っていた。
しかし、こうしてフータと会話をして、直接フータの口から言葉を聞き、テルシアは確信した。
嘘じゃないんだ……本当に、フータさんは女の子になってしまった事を、これっぽっちも辛いと感じていない。逆に楽しんでいるような気もする。本当に……冒険してくれているんだ。
テルシアはぐじぐじ、と目元を服の袖で拭う。
それから、少し赤らめた表情で、にひっ、と笑い、フータを見上げた。
「すごく、フータさんらしい理由です! それじゃぁ、私もフータさんのお手伝いをして、今度からお姉ちゃんって呼びますね!」
「んふ、それいいね。そうしてよ、テルシアちゃん。俺も妹が出来たみたいで嬉しい」
「もー、フータさん。俺、なんて言葉遣いはダメですよ。ちゃんと私、って言わなきゃ。でしょ? おねーちゃん?」
フータとテルシアは見つめ合い、クスクスと笑う。
その隣で、ビリアは過激なボンデージ花嫁衣装をバスタオルで隠し、「早く着替えたいんだけど―」とぼやく。
そして、フータの頭上で触手ちゃんは思っていた。
『すっごく良い場面なんだけど、登場人物三人のうち、二人がほぼ全裸なのよねー』
触手ちゃんはフータとテルシアの楽しい会話が終わると同時に「そろそろ服着たら? 風邪ひくよ?」と鳴き声をあげるのだった。
異世界特典にSR以上確定ガチャを選択したのは間違いだったかもしれない あるあお @turuyatan
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