第22話 力取り閃光2


 町の近郊にあるダンジョンへテクテクと歩いてやってきた三人は、いつも通り、無雑作にダンジョンの敷地内へ足を踏み入れる。

 そのまま、ビリアを先頭に突き進み、時折現れる小鬼ゴブリンや犬型の魔物を蹴散らせば、あっと言う間に目的地に到着した。

 ダンジョン内にある不思議な果樹園。

 たわわに実った多種多彩な木の実は、いくら収穫しても、次から次へと生えてくる。

 恒例のダンジョン産果物の収穫作業。実っている果物を捥ぐだけの簡単作業の割りに、この果物の納品報酬が高いこの依頼を、フータは甚く気に入っていた。

 フータが収穫。

 触手ちゃんが魔物を捕食。

 ビリアが触手ちゃんの攻撃を掻い潜って近づいてきた魔物に、メイスを叩きつける。

 頭をクシャッと潰された魔物は地面に打ち倒され、触手ちゃんが美味しくいただくか、間に合わない場合は、そのままダンジョンの地面に飲み込まれていく。

 三人の作業は見事な役割分担がなされ、高効率を誇っていた。


「あんた、戸惑ったりしないの?」

「んぁ?」


 ビリアが、けたたましい雄たけびを上げながら襲い掛かってくる、身の丈2mほどのオークという魔物を、瞬殺しながらフータに問いかける。

 フータはそんなビリアを横目に、焦ることなくダンジョン産の果物を採取していた。

 そして、血だまりの中に沈んだオークの腹を食い破って捕食を開始する触手ちゃんを見ながら、ビリアの問いに答える。


「俺は妄想逞しいからな。女の子になってしまった場合の対処方法も、しっかりシミュレート済みだ。生理が来ちゃった時の対処とか、銭湯での女の子らしい振る舞いとかな。任せろ。自信はある」


 フータは自信満々にそう告げた。

 それを聞き、血まみれのメイスを持ったまま、ビリアは数歩、後ずさる。

 触手ちゃんもオークの腹の中でフータの声を聞いていたのか、腹に空いた穴から飛び出し、ススス、とフータから距離を取った。


「キモスギぃ。こいつキモスギィ。私、これほどフータが気持ち悪いと思った事無かったわ。今日からフータとは別の部屋で寝るわごめんなさい」

キュゥゥンごめんなさい。それはちょっと……


 ドン引きされたフータは大きく肩を落とす。


「……今、この時が、女の子になって一番キツイよ。泣きそうだよ」


 ビリアと触手ちゃんからの同時攻撃に、フータは収穫作業の手を止めて、膝をついて地面に蹲った。

 暫く意気消沈をしていたが、フータの手が休んでいても、魔物は次から次へとやってくる。

 小鬼ゴブリンを筆頭に、それの大きくなったオーク。オークがさらに強くなったオーガ。さらにその上位に位置する、名前の知らないモンスター共。

 ただ、そいつらも、触手ちゃんとビリアの前には赤子同然であった。

 二人は何の障害も無く、サクサクと魔物を打ち倒していく。


 このダンジョン産果物が結構な高値で取引される理由が、この襲撃率の高さだ。

 ダンジョン内にも魔物の縄張りという物があり、それは主に果樹園を中心にして形成されている。

 そんな縄張りのど真ん中で、自分たちの食べ物である果物を持っていこうとする侵入者が居たら、襲われて当然だろう。


 この果樹園にいる限り、相当数の魔物が、絶え間なく波状攻撃を仕掛けてくる。

 通常時であれば、一匹当たりの魔物はそれほど強くない。とはいえ、数が物凄く多くなる。そのため、ダンジョン産果物の収穫依頼は、初級冒険者が3パーティーから5パーティーくらいの規模で受けるのが普通だ。人数で言えば10人以上で向かう事が多い。

 

 3人でコンスタントに収穫できる事が異常なのである。しかも、襲撃してくる魔物には、ギルドに報告したら討伐部隊が編成されるような、凶悪なモンスターが交じっている。

 「語られない触手」である触手ちゃん。魔族として高い魔力と身体能力を持つビリア。この二人が居たからこそ、今の狩りができていた。


 魔物を倒しまくる触手ちゃんとビリアが、何度目かのレベルアップという発光現象を経験する頃には、リュックはダンジョン産果物でパンパンになってしまった。

 本当は、あの収納便利な『SR 段ボール』第11話参照があれば良いのだが、あれはビリアのおしっこが染み込んでしまい、破棄された。


「ちょっと臭うけど使えるじゃん!」


 などと、フータが口を滑らせた際には、ビリアからの音速ビンタが飛んできた。

 その時のフータは、体を吹き飛ばされ、部屋の壁に叩きつけられるという、大変痛い思いを経験している。

 という訳で、収穫できる果物はビリアの背負う大きなリュック一杯分。

 これだけでも、ダンジョン産の果物ということで、それなりの金にはなる。

 一人であれば豪遊して貯蓄も出来るくらいの稼ぎはあるが、宿代三人分プラス、餓えさせたら食い殺されることが確定している触手ちゃんを満足させる食事代。また、毎日お風呂に入らせろと煩いビリアの我儘などを聞いていると、一日の稼ぎはあっという間に消し飛ぶのであった。

 パンパンに膨らんだリュックをビリアに背負わせたフータは、よし、と一つ気合を入れる。

 

「試しに、もう少し奥へ行ってみるか。今朝出たアイテムもあるし」

「ねぇ。私、戦闘要員なんだから、せめてリュックは背負ってちょうだいよ」


 ビリアの小言を聞き流し、リュックは彼女に任せるフータ。果物がリュックに一杯入った状態の重量は、既にフータが背負える重さを軽々と超えていたから仕方がない。

 フータは自分のオッパイの谷間に手を突っ込み、そこから今朝のガチャから得たばかりの、棒状のアイテムを引っ張り出した。


「どこにしまってるのよ!」

「いや、これ、巨乳の特権だから」

「分けわからない! 変態しね!」


 ビリアからの罵倒を受けつつも、フータは採れたてホカホカのSRアイテムを装備した。


『SR カ取り閃光』

『カを取る』


 ビリアは「よいしょ」とパンパンに膨らんだリュックを、それほど重そうな様子も見せず背負う。それからフータが手に持つ、ペンライトのようなアイテムを見て、疑いの眼差しを向けた。

 

「それ、大丈夫よね? おかしなことにならないわよね? ダンジョンで動けなくなったら洒落にならないわよ?」

「閃光だから、見なきゃ大丈夫。皆が目をつぶったら、ピカッてやるからな」


 フータはペンライトのスイッチ部分に指を乗せる。

 一応、宿屋でテスト使用はしてあるが、実戦使用は初めてだ。

 ペンライトの持ち手の部分にあるボタンを押すと、ペンライトが眩く発光し、全方位に光をばら撒く仕様になっている。

 説明文からして、閃光を見たら力が取られると思われる。テスト使用の際には、しっかりと目をつぶっていたので、力が取られる事は無かった。つまり、光を見なければオッケー。

 実際に、どの程度の効果が発揮されるかは未だに分からないが、自分たちで実験する気にもなれないので、ダンジョンの魔物で実験をするしかない。


「この辺りは触手ちゃんとビリアで対処できるし、逃げようと思えば逃げられる。よし、みんな! 目を閉じろ!」


 数匹のゴブリンと、子犬くらいの大きさの鼠が近づいてきたので、フータはビリアと触手ちゃんに指示を出す。

 そして、皆がそっぽを向いたり、目を閉じたのを確認し、自身も目を閉じ、そっぽを向いて、高々と掲げたペンライトのスイッチを押した。


「ぐぎゃっ!?」

「ピギーーーっ!?」


 ビカーッ! という強烈な閃光が、ゴブリン達の目を使い物にならなくする。

 閃光を目にして視界を奪われたゴブリンは、棍棒を無茶苦茶に振るいながら、右往左往しはじめた。

 その隙にビリアがテクテク近づいて、グシャッグシャッとゴブリンと鼠の頭部をメイスで潰す。出来上がった死体は、触手ちゃんが美味しくグッチャグッチャと捕食していった。


「どうだった?」

「分からないけど、その閃光は良い目つぶしになるわね!」

「いや、力が無くなるか確認したいんだが……」


 フータ達は少しずつ、ダンジョンの奥へと足を踏み入れる。

 だが、次々と現れる敵は、全く脅威にならなかった。

 閃光で視界を潰し、ビリアが物理的に潰し、触手ちゃんが美味しくいただく。もしくは、触手ちゃんが魔物の腹に風穴を開けて、内側から順番に食していく。この繰り返しだった。


「弱くなってる、気がするかな? どの敵も一撃だから分からない」

「この辺りだと効果が分からないなぁ……。売るか。持ってて暴発しても怖いし」

「売るくらいなら、私にちょーだい?」

「キューキュー」


 ビリアと、臓物塗れの触手ちゃんから「私にちょーだい♡」というラブコールを貰い、フータはどちらに差し上げるか、帰ってから決めることにした。


 リュックもいっぱいであるし、これ以上奥に進むと、帰りが遅くなるため、早々にダンジョンから引き揚げ始めるフータ達。

 帰る前に、ダンジョン内にある不思議な泉で、触手ちゃんに付いた血を綺麗に洗い流す。そして触手ちゃんはいつものように、ダンジョンの池の水をすべて飲み干した。


「そんなに水ばっかり転送して、大丈夫なのか?」

「きゅーきゅきゅっ」


 ちゃんと液体も送れる準備はしてある! と豪語する触手ちゃん。さすが、慎重派淑女は隙がない。何処に送ってるのかしらないが、触手ちゃんもビリアと同じ、何かを持ち帰る使命でも帯びているのだろう。深くは聞かない。聞いても、教えてくれないし。


 そのまま何事もなく町に戻り、登録してある組合でいつも通りダンジョン産果物をある程度納品。そして金銭を受領する。いくつか残しておいた果物は、テルシアちゃんの宿屋に持って帰って夕食に使ってもらうのが常だ。このダンジョン産果物はかなり美味しい。


「この姿用の服をもう少し買っておきたいから、市場に行こう」


 一度宿屋に戻り、荷物を置いたフータは、暗くなる前に出かける事にした。

 フータの現在の服は、テルシア母から譲ってもらった女物だ。これ一着しか無い為、自分用の服が欲しいと思ったフータは、ビリアと触手ちゃんを連れて市場にやってきた。


 フータは片手に魔剣をぶら下げ、ポケットに『カ取り閃光』を入れたまま、不用心に先頭を歩いていた。

 フータの頭には触手ちゃんが乗り、美味しい匂いがする方向へ頭を巡らしている。

 その後ろを、大きな荷物は全て宿屋に置き、大切なガチャカードのみが入ったリュックを背負ったビリアが、いつも通り付いていく。


 だが、それはフータにとってのいつも通りであり、周囲には全く違った印象を与えていた。


 フータが男だった時の印象は――


『可愛らしい亜人種の奴隷ビリアに大きな荷物を持たせる鬼畜ご主人。剣を一本しか持っておらず、頭上に触手を携えていることから、テイマーであり接近戦の得意な男』


 そう周りはフータ達を見ていた。

 ビリア程の可愛い奴隷、それも亜人種は、奴隷の中でも相当に値段が高く、それを購入できるだけの資金力がある。つまり、その所有者というのは、稼げる御仁。

 さらに、軽装に剣一本という姿は、防御する必要を考えていない。つまり、防御する必要もなく、剣で敵を切り伏せる事に絶対の自信がある事を知らしめている。

 そして頭上に佇む触手。

 剣一本でも相当やり手だと分かるのに、魔獣の使役すらやってのける器用さも兼ね揃えたソロプレイヤー。

 そんな子供が見ても分かる程、手ごわそうなフータに絡む連中は今まで・・・は誰一人として居なかった。


 では、今はどうか。


『毎日手入れをしなければ得られない輝きを持つ、長く艶やかな黒髪。手に持つのは、装飾の施された鞘に収まる高そうな剣。その後ろについてくるのはぺしゃんこのリュックを背負った可愛らしい亜人種の侍女。黒髪の上に乗るのは、初心者御用達使い魔の触手』


 



 どう見ても、カモ標的です。本当にありがとうございました。



 市場は、夕方の買い出しにやってきた人で溢れかえっていた。

 砂を詰めた大樽に立てた柱を支柱にタープを張り、簡易的な店舗を構える市場。そこかしこに店が構えられ、通路は狭く、見通しは非常に悪い。

 ここではぐれてしまえば、再会することは難しいというのは、考えなくとも分かる。

 大きな声で客引きをする店を眺めつつ、フータ達はお目当ての古着屋の前で、どれにしようかなー、などと服を手に取って悩んでいた。

 その後姿は、大層隙だらけに見えた事だろう。


「だぁっ!?」


 露店と露店の隙間から、何かが飛び出して、フータ(♀)に背後から体当たりをする。

 そいつはフータを押し倒し、そのまま何も取らずに逃げ去った。しかし、別の何者かが、フータが転んだ拍子に散らばった魔剣やアイテムを拾って人混みの中に消えていく。

 それは本当に、ごく短時間に引き起った、引ったくり行為であった。

 あまりに呆気ない程、ひったくられたフータに、古着屋のおばさんも、苦笑い。

 

「わっつざふぁっくっ!?」

「フータ! 私の剣! 私の剣がぁああひゃああああああああ」


 ずべしゃぁ、と地面に転んだフータが起き上がると同時に、魔剣から離れられないビリアの体が、見えない壁に押される様に勢いよく動き出した。

 それはまるで、画面スクロールによって強制的に動かされるゲームキャラのようである。

 このまま魔剣が変な方向へ逃げて、ビリアの行動が制限されたまま壁に挟まれたら、プチッとなって即死間違いなし。


「いやああああ! そんなマ〇オみたいな死に方はいやぁぁ! 私に残機は無いのぉぉ!」

「なんだこれはぁぁ!?」


 フータは引きずられていくビリアに抱きつき、その動きを封じる。

 だが画面スクロールの方が強いようで、ビリアはズリズリと、道ではない方へ強制的に動かされていく。


「おい! 何しやがる!」

「こっちは店の中だぞ!」


 果物の入った籠をひっくり返し、テントの支柱にしがみ付くビリア。そのビリアと支柱を一緒に抱きしめるフータ。

 ギシギシミシミシと支柱が音を立てて傾き、慌てて露天商達が支柱を支え始める。

 露天商たちも手伝って、どうにか画面スクロールに耐えているビリアであるが、その彼女が再び悲鳴を上げた。

 

「ああああ。ヤバイ! 魔剣がフータから離れ過ぎてる!」

「だからなんだ!?」

「最初に言ったでしょ! 魔剣から離れすぎると、罰を受けるって!」

「そんな設定覚えてねぇよ!」

「いいから、ダッシュで魔剣を取り返してきて! 罰を受けるのはフータだからね!」

「くっそー! おっさん! ビリアを支えていてくれ!」

「おっおう!」


 美人なフータ(♀)に言われ、露天商のおっさんは、先ほどのフータの代わりに、ビリアの背中をそっと押さえる。


「もっと強く押さえて! 支柱を持ってる腕が千切れちゃう!」


 強制画面スクロール状態のビリアは腕をピンと伸ばして、必至に支柱にしがみ付く。


「なんだ? お嬢ちゃんを支柱に引っ付けておけばいいのか? 何のプレイかよくわからんが、後で俺の店の商品を買ってくれよ」

「プレイじゃない! 何でも買うから、今は押さえてて!」


 ビリアとおっさんを残し、フータは市場を駆けまわる。

 しかし、場所は町の中心市場。人とテントがごった返す中で、盗人を見つける事は困難を極めた。

 あっちにうろうろ。こっちにうろうろ。

 フータは込み合う市場の中を必至に走り回るが、目星すらつかない。


「俺にはチートの探知魔法とか無いんだから! 加減しろ!」


 フータは慟哭する。

 チートみたいなガチャを持ってはいるが、フータ自身はごく一般的な人種である。筋力も魔力も一般人。探知魔法などという便利な魔法は使えない。

 あたふたしていても、時間はどんどん過ぎていく。

 魔剣を盗んだ盗人は見つからなかった。



 そして、無慈悲にもタイムリミットはやってくる。



 この不幸は、果たして誰のモノだろうか。

 魔剣の罰を受けるフータのモノか。

 それとも、変な剣を盗んでしまったスリのモノか。

 それとも―――

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