第21話 カ取り閃光1
パチクリ、といつも通りの時間に目が覚めたフータは、ベッドから起き上がり、部屋に一つしかない木窓を大きく開け放つ。
現代日本の都市部と比べれば、月とすっぽん。人口が一万人ちょい程度の町であるが、守ることを考えてか、町をぐるりと囲む壁内に密集して大勢の人が住んでいる。そのためか、部屋の窓からは、小狭い通を早朝から足早に移動する、多くの通行人が伺えた。
まだ朝靄も晴れない早朝からご苦労様です、とフータは彼らにねぎらいの言葉を
「ふぁぁ……おはよー」
「おはよ、ビリア。……さてと、今日もガチャを回すぞ!」
クシクシと目元を擦りながら眠そうな声を上げるビリアが、窓から先込む朝日を浴びて、床から起き上がった。
そんなぼんやりしている彼女に、
ガチャンッ
チンッ!
レバーを回し、飛び出すカード。
キラキラとした瞳で、飛び出してきたガチャカードを嬉しそうに手にするフータ。
そんないつもの様子を、寝ぼけ眼で見つめるビリア。
……やっぱり、この喜び方はフータよね。
ビリアの前には、手に入れたガチャカードにご機嫌な
……やっぱり正体不明のあの変な黒い物体とは仲よくしちゃいけない。もし、男の子にでもされたら、私、死んじゃう。
ビリアはそう心の内で決意を固める。彼女は改めて、闇黒巨人の危険性を認識し直すのだった。
フータ(♀)は今朝も恒例の朝ガチャで、朝からテンションが高かった。そのテンションのままフータが食堂に入る。顔なじみになった宿泊客と軽い挨拶しながら席を探すと、給仕作業をしていたテルシアちゃんと目が合った。
テルシアちゃんはフータを見るや否や、そそくさと厨房の方へ隠れてしまう。
入れ替わるように食堂へ現れたのは、テルシアちゃんをそのまま大人にしたような、妙齢の女性。テルシア母であった。
フータはその様子を見て、高まっていたテンションを急降下させる。
ここ最近、フータはテルシアから、猛烈に避けられていた。
「おはようございます」
「おはようございます、フータさん。お加減は如何ですか?」
「あー、全然問題ないっすよ?」
苦笑いを浮かべながら、手をヒラヒラと振る
「本当に、うちの娘が大変なご迷惑をお掛けしてしまって」
「いえいえ。事の発端は私ですから。これは天罰、みたいなものです。それに……」
フータは視線を食堂の一画に送る。
そこには、壁に向かって立ち尽くす、闇黒巨人の姿があった。いつも以上に、闇黒度が増している。黒い靄が本体から立ち上り、天井に蟠りを作っていた。
「私以上にダメージ受けてる存在があると、なんとなく悲しみ難いですし」
「フータさんは、本当にお強いですね。そのようなお姿になってしまわれたというのに」
そんな簡単なテルシア母との世間話もそれほど長くは続けられない。朝の時間帯は大変忙しいからだ。
世間話もほどほどに、テルシア母は他の宿泊客に呼ばれて給仕に戻っていった。
フータ(♀)は混雑する食堂を歩く。
新参者の宿泊客はフータを見て、「ヒュゥー♡」と口笛を吹く。それを見た常連客が「真実を知った時の顔が楽しみだ」と小声でつぶやいた。
フータは闇黒巨人が立ち尽くす食堂の隅にある席に着いた。なぜその席かというと、そこしか空いていなかったから。
誰しも、不気味な闇黒巨人の隣の席に、座ろうとは思わなかったのだろう。
ビリアと触手ちゃんも、闇黒巨人に対し一定の警戒はしつつも、フータと同じ席に着いた。
フータは椅子に座って、首を巡らせた。近くで立ち尽くす闇黒巨人を見上げる。
壁に向かったまま、微動だにしない彼は、現在、傷心中だ。
「俺は気にしてないんだが」
フータは椅子の背もたれに肩を乗せ、大きく振り返るようにして闇黒巨人を見上げながら、苦笑いを浮かべて話しかける。
その際に大胆にも足を組み、テルシア母から頂いたスカートが捲れあがる。
ビリアから「足!」と声を掛けられ、新規客は「おー♡」とどよめきが漏れ、古参客は「おえー」とそっぽを向いた。
闇黒巨人はピクリとも動かず、ただいつものように、念話のような話し方で己の意志を伝えてくる。
『それは何度も彼女に伝えた。しかし、テルシアちゃんが許してくれない』
さいですか。
フータはため息をつく。
この闇黒巨人はテルシアちゃんから『理性』を奪った。その結果、深夜テンションを遥かに超えるイケイケゴーゴーなテルシアちゃんに付き合い、結果としてフータをフータ(♀)に魔改造してしまった。
その結果、時間と共に『理性』を取り戻し、正気に戻ったテルシアちゃんに――
「どーして止めてくれなかったの!? アンコクさんなんて大嫌い!!」
――と、嫌われてしまったのだ。
テルシアちゃんから『理性』を奪ったのは闇黒巨人であるし、フータをフータ(♀)にしようと提案したのも闇黒巨人。実際に謎技術で、性別どころか、骨格まで変えて、フータを別人に作り変えてしまったのも闇黒巨人。
テルシアちゃんを調子に乗せた原因は完璧に闇黒巨人にあるので、その責を負って嫌われても完全に自業自得ではあるが……。
『……はぁ』
実体は無いが、図体のデカい闇黒巨人が、食堂が広いとは言えども、隅の方で立ち尽くしているだけで、空気に圧迫感が漂う。
フータ(♀)に周囲の常連客から「おい。お前の友達だろ。なんとかしろよ」という視線が飛ぶ。
だが、フータはそれらの視線に気が付かない振りをした。そもそも闇黒巨人とは友達ですらないので、そう言われても困るというのが、本音である。
とにかく、ここで闇黒巨人を慰めたり、テルシアちゃんとの仲を取り持ったりしてしまえば、この今の状況が
テルシアちゃんが「フータさんを元に戻して! そしたら仲直りしてあげる!」などと闇黒巨人に言おうものなら、この闇黒巨人は俺を不細工なおじさんに
つまり、フータの言い分は、こうだ。
――ぶっちゃけ、この姿、気に入ってるから、戻されても困る。
そうなのだ。
このフータという男(見た目は女の子になってしまったが)。
今のフータ(♀)の姿が気に入ってしまい、しばらくこのままが良い、などと考えていた。
まったく、とんでもない変態野郎である。
現在のフータ(♀)の見た目は、黒髪ロングのスタイリッシュな少女。
これはテルシアちゃんが闇黒巨人に対して「もっとこんな感じ」「おっぱいはこれくらい」「目元はこう!」と注文を付けまくった結果、出来上がったお姿である。
ぶっちゃけると、テルシアちゃんが欲しかった『かっこいいお姉ちゃん像』をそのまま体現したような容姿をしていた。
これが、フータの『理想のお姉ちゃん像』にも当てはまり、彼は自らの姿を甚く気に入っている。
そしてもう一つ、フータが女になっても冷静でいられる理由があった。
あのガチャからは媚薬、精力剤、感度1000倍薬などなど、変な薬品が既に出て来ている(全て廃棄対象)。ガチャから薬品系の産出が確認されたので、フータはアレも出るだろうと確信していた。
絶対SSRで性転換薬があると思うんだよなー。
定番といえば、ド定番である。『SR以上確定ガチャ』により、そのうち自力で男の姿に戻れると考えていたため、フータ今の状況に陥っても、そこまで慌てていなかった。むしろ、楽しんでいた。
だが、それを周囲には伝えてはいない。
それを伝えてしまったら、
『女の子になっちゃったのに、その姿を受けいれて強く生きようとしているフータ』
という皆の印象が――
『女の子の姿を楽しみたいだけの変態クソ野郎。近寄らないでキモチワルイ』
に変わってしまう。これはいけない。いただけない。
だから、フータは自らの心のうちに己の欲望を隠し続けている。
そして、先日のボヤ騒ぎの落とし前についてだが、テルシア父から、厨房の修理金は必要ないと言われた
理由は色々あるが、その主たる原因は、テルシアちゃんによって、フータの『自主規制』が切り落とされ、女の子に魔改造されてしまったことだった。
フータがどれほど弁済を申し出ても、テルシア父は自らの股間を抑えながら「金は要らん!」と言い張る。
しかし、この姿になった事をそれほど苦にしていないフータとしては、ボヤ騒ぎの原因が自分のガチャアイテムであるため、ある程度の責任は取らねばと考えていた。
変なところで律儀なフータである。
「うちの娘のせいでそんな姿になっちまったのに、さらに金まで貰う事はできん! 俺なら立ち直れない……っ!!」
「それとこれとは別問題ですから。それに、私はまだ、この宿にお世話になりたいと思ってます。おかしな貸し借りは、良い関係を築く障害になります。私はお客です。お客が宿に損害を与えたら、弁済するのが普通でしょ? 違いますか?」
そうニッコリとフータが美女スマイルを浮かべれば、テルシア父も黙らざるを得なかった。
しかし、金は払う! と、かっこいい事は言っても、実績が伴わなければどうにもならない。
決め台詞を放ったは良いが、常に金欠状態のフータ(♀)。
フータはビリア、触手ちゃんを連れ、今日も日銭を稼ぐために、いつものダンジョンへと向かうのだった。
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