第20話 闇黒巨人


 

 あの騒動が収まり、一夜明けた翌日。

 フータはテルシアちゃんから、今回の騒動の落とし前として、酷い目に合わされていた。

 見届け人として、闇黒巨人がそこに立ち会っている。

 フータへの罰を遂行して、テルシアちゃんは「次やったら容赦しませんからね!」と頬を膨らませてお仕置きを完了させた。

 そんな一件落着した空気をぶち壊すように、テルシアに向って、闇黒巨人はこう言った。


『満足したみたいだね。それじゃあ、テルシアちゃんから対価を貰うねー』


 その場にいた全員が、「えっ?」という顔をする。

 闇黒巨人はその煙で出来たような巨体をググゥ、と不思議がるように斜めに傾けた。


『お願いを聞いてあげたから、対価は当然支払ってもらうよ? ギブアンドテイクってやつだよ』


 そう言うや否や、闇黒巨人の体から溢れ出た黒い靄が、テルシアの全身を余すことなく包み込む。

 フータはそれを見て、ヤバイ! と直感で感じた。

 ビリアと触手ちゃんも突然の事に体が動く。二人はほぼ同時に、闇黒巨人へ立ち向かいかけ――足の裏が床に張り付いたかのように、ビタリ、と足を止めた。

 

 触手ちゃんの戦闘能力は言わずもがなであるが、ビリアも、あんなポンコツっぽい雰囲気を出してはいるが、戦闘に関しては一家言ある。そんな戦闘特化な二人が、あの闇黒巨人に対しては、自分が勝てるイメージを全く見いだせなかった。

 黒い靄で包み込まれたテルシアちゃんは、どうみても、今からでは間に合いそうにない。

 ビリアも触手ちゃんも、それを瞬時に悟った。

 もう何をしても遅い、と。

 

 テルシアはあの火事場において、確かに闇黒巨人へ助けを求めた。そして、それに応じて闇黒巨人は火災を鎮火させ、皆を救った。それは事実である。

 しかし、闇黒巨人がテルシアちゃんに対価を要求するならば、それは事前に取り決めがあって然るべきだろう。何の約束も無く、対価を差し出せとテルシアに迫るのは詐欺と同じだ。


 そんな道理は通らないし、通さない!


 フータの足は止まらない。

 一人、黒い靄の塊である闇黒巨人に、掴みかかった。

  

「やめろぉぉぉ!」


 明らかに存在のヤバイ闇黒巨人。

 そんな奴が対価として求めるモノなんて、数多ある物語が語るように、想像するのは容易い。


 それは間違いなく、召喚主であるテルシアちゃんの命。そうとしか思えない。


 フータはの両腕が、闇黒巨人の煙のような体に触れる。しかし、闇黒巨人の体は見た目通り、黒い煙のようなもので出来ており、実体を持っていなかった。

 フータの危険タックルは、闇黒巨人の体を、スルリと通り抜けてしまう。

 フータが闇黒巨人の反対側の床へと、顔面から派手に転がるとほぼ同時に、テルシアを包んでいた闇が晴れた。

 

「あ゜」


 テルシアを覆っていた黒い靄が晴れる。彼女は中空を見つめたまま、半開きの口から呼気を吐き出した。その表情には、生気の欠片も無い。

 彼女はゆっくりと、首を巡らし、床に倒れ込むフータを見定める。

 その異様な雰囲気に、フータは身を強張らした。


『あ。もしかし、対価は命とかだと思った?』


 闇黒巨人はテルシアちゃんの背後に回り、その肩にポンポンと黒い腕を乗せる。そしてフータを見下ろしながら、面白い物を見た、とでも言うように、軽い口調で言葉を続けた。


『まさか、命なんて、そんなものは必要ないよ。今はそういう時代じゃないんだからね』


 闇黒巨人が面白そうに語っている、ような気がする。

 フータは何となく、闇黒巨人の機嫌が良くなっていることに気が付いた。


『僕が貰ったのはテルシアちゃんの『理性』だよ。ほんの少しで十分だから、一時間くらい、理性を無くす程度だよ』


 闇黒巨人は、天井まである体を揺らしながら、フータを和やかに見下ろしている。

『あ、それと』と闇黒巨人は言葉、というか思念のようなもので話を続けた。


『この線香も貰うね。それなりに良いモノだから、これも対価に見合う』


 テルシアちゃんがポケットに持っていたはずの『SR チカラ取り線香』が、闇黒巨人の体を形作る黒い靄と同じものに包まれて、消えていった。

 フータは呆気に取られつつも頭の片隅で考える。『理性』なんていう訳の分からないモノを対価に貰っていく、訳の分からない闇黒巨人という存在について。

 もし、ちから取り線香に価値が無ければ、テルシアちゃんが払う対価はもっと増えていたのかもしれない。『理性』だけではなく、他のモノを取られていたかもしれない。

 そう考えると、闇黒巨人の恐ろしさが、今になって伝わってきた。

 改めて、目の前の闇黒巨人という存在が、未知の生命体であることを認識したフータは、自信の背中に冷たい汗が流れていくのを感じる。

 

 闇黒巨人は『それじゃあ、僕は厨房の片づけを手伝ってくるよ』と言い残し、滑るように部屋を出ていった。

 闇黒巨人が部屋から立ち去ると同時に、部屋に棒立ちのまま取り残されたテルシアに動きがみられる。彼女は、ゆっくりとフータへと体の向きを変えた。

 そして無表情だったお顔を、クシャりと憤怒の色に染め上げた。

 彼女の口が大きく開き、肺いっぱいに空気を吸って、ワンテンポ遅れて怒声が飛び出す。


「このクソ『自主規制』野郎! 私だけなら許してやったけれど、お父さんとお母さん。それにこの大切な宿に被害を加えるなんて、絶対許さない! そこに跪けぇぇぇ!」

「えっ!? 待って! 一体どうしちゃったノーーー!?」

「待つかボケぇ! 折檻だ! 拷問だ! この世の絶望を味合わせてやる!」

「えっ! えっ! まって、まっ!? ぎゃああああああああああ」


 ビリアは触手ちゃんを胸元に抱え、そそくさと部屋の隅へ退避した。

 フータは突然襲い掛かってきたテルシアちゃんと、両手を合わせてがっちりと組み合う。

 

「嘘っ!? なんでテルシアちゃんこんなに力強いの!」


 しかし、『理性』を取られたテルシアちゃんの体は、火事場の馬鹿力的な何かを発揮させ、圧倒的なパワーによってフータをねじ伏せた。

 揉み合いの末、ベッドの上に組み伏されたフータの両手首は、テルシアの片手にがっちりと握られる。そして、テルシアの超速ビンタが飛んだ。

 ビシッ! ビシッ! 

 一度、二度、右から左、左から右へと何度も繰り返されるテルシアのビンタ。

 オッパイの大きい、齢15の娘から受けるこの仕打に、一部の人間ならば「我々の業界ではご褒美です」なんて言いそうなものだが、憤怒マックスパワー状態で放たれるビンタは、そんな悠長な事を言っていられるほど、可愛いものではなかった。

 フータの首が殴られる度に、グリン、と勢い良く回る。


「貴様のほっぺがパンパンになるまで、張り尽くしてやる!」


 そしてフータは、文字通り、テルシアのビンタで頬をパンパンに腫らされた。通常の顔の大きさから、二回り程度大きくなるほど頬は晴れ上がり、真っ赤に染めた。

 それは血行が良くなった、などという次元をではなく、表皮が裂けて血が噴き出るという意味での真っ赤である。


 最終的に、フータは醜い顔をさらに醜く、くしゃくしゃにして、号泣しながらテルシアに許しを請うことになった。

 いい年のおっさんが、15歳の娘にベッドの上で馬乗りにされ、フルボッコにされながら、必至に命乞いをする。


「ゆふひて、ゆふひへくだひゃい」

「いーや。まだだ。まだ終わっちゃいねぇ」


 だが、フータの命乞いも、『理性』を奪われたテルシアちゃんには通じなかった。それどころか、眉を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべるテルシアちゃん。

 普段の彼女からは想像も出来ない程の豹変っぷりだった。

 いかに彼女が、常日頃、『理性』によって自分をコントロール出来ていたのかが伺える。


「テルシアちゃんって、意外とドSだったのね」

「キュー」


 触手ちゃんの「人は見かけに寄らないねー」という言葉にビリアは大きく相槌をうつ。


「毎回毎回、私のおっぱいばかり見やがって! どうせおっさんは、その【自主規制】を使う機会も無かったんだろぅ!? そんな不必要な物は無くて良いよなぁ!?」

「ひょれだけはぁぁ! ひょれだけはぁぁやっぁぁあ」


 馬乗り状態から立ち上がったテルシアは、フータの両足を掴み、がばちょっ、と大股に開く。

 テルシアはその股間部へ、己の右足を載せた。

 ぐにっ、とフータは嫌な感触を股間部に感じ、戦慄する。

 涙を流し、首を左右に振り乱し、テルシアに懇願するフータ。

 だが、テルシアは笑った。

 にんまり、と口元を歪め、汚らしい小鬼ゴブリンでも見るかのように目を細めて。

 

 そして、地獄の電気アンマが開始された。


 まだ正規・・の使用方法をされていない新品の性器・・に、テルシアからのイケナイ刺激が加わる。

 性器ディーラーのショーウィンドウに展示されていた性器が、テルシアの足によって新品未使用のまま、ボロボロにされていく。


「いぎいいいいいいいいいい」

「あはははははは! 良い声で鳴くじゃねぇか! あははははははははははははは」

「うわーおwww」

「キュゥーンww」


 部屋の隅で草を生やすビリアと触手ちゃん。

 フータがのけ反りながら必死に脱出の糸口を探ろうと暴れるが、がっしりと握られたフータの足首がテルシアの手から離れる事は無い。

 ゴリゴリとフータの精子工場の耐久値が減っていく。


 電気アンマが開始されてから、相当な時間が経った頃、再び闇黒巨人がやってきた。


『あれ? まだやってるの?』


 ひょっこり顔を覗かせた闇黒巨人さん。

 突然扉から現れた闇黒巨人に、ビリアと触手ちゃんが、びくぅ、と体を震わせる。

 ひょっこり現れた闇黒巨人に気が付いたテルシアは、軽い運動をした後のように頬を上気させ、色っぽい表情になっていた。彼女は現れた闇黒巨人に己の欲望を吐き出す。


「アンコクさん! おっさんにもっと罰を与えてやりたいんだけど、いい方法無いかな!? もっと酷い事してやりたい! 私の宿を焼こうとした罰に等しいくらいの酷い事をしてやりたい!」

『んー。そうだなぁ』


 闇黒巨人はテルシアちゃんから求められ、体をぐぐぅー、と傾けて少し考える様子を見せる。

 そして、テルシアがフータの股間部に対し、電気アンマを掛けている姿を見て、手と手を打ち鳴らすような仕草をした。


『そんなにソレが憎いなら、いっそのこと、フータを女の子にしちゃえば?』

「あははははは! アンコクさん最高だよ! それ採用!」


 そこから先の出来事は、フータはとっくの昔に失神していて、覚えていない。

 そして、ビリアは――


「なんで! なんで見ちゃダメなの!?」

「キュッ!」


 触手ちゃんから「子供には刺激が強すぎる」という理由で、顔面に張り付かれて視界を塞がれるビリアであった。


「あはははは! ちいさーい! 切っちゃえ切っちゃえ!」

『まぁまぁ、落ち着いて。あまり酷い事をすると、人間は死んじゃうからね』


 テルシアは闇黒巨人の施術を見ながら、子供のように軽快に笑う。

 



 ああ。

 さらば我が身よ。

 来世では正しく、己の存在する意味を見出せるよう、あるじ共々頑張って欲しいものである。

 せめて、未使用のまま、この世を去るような事は避けて欲しいものだ。


 そう、フータの身代わりとも言える【自主規制】は断頭台の上で思った。






 ――ちょっきん 


 絶望の音が響いた。

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