第13話 語られない触手



 この私を召喚できるような、凄腕の術者が人間に居るとは思わなかった。

 それが、召喚されて私が最初に思った事。次いで思った事が――


 なんだこの冴えないおっさん……。


 それがフータと私の出会いだった。

 まだフータと過ごした時間は短いが、それでも彼との時間は非常に濃いものだった。

 フータは不思議な力を持っており、一日に一度、どこかからアイテムを生成する事が出来る。このアイテムが非常に面白い物で、一見役に立たなかったり、実は恐ろしい力を秘めていたりと、驚きの連続だ。

 先日は呪いのアイテムの影響を受けた宿屋の娘が、危うく神格化するところであった。さらに驚きなのが、そんな神の領域に踏み込みかけた少女を、一瞬で元の世界に引きずり戻したフータの作り出す異様なアイテムだ。

 

 信仰する触手神に、私がここに召喚された理由は何だろうかと、常々祈っていたのだが、最近はそれが少し分かってきた気がする。


 きっと、私がこの世界に呼び出されたのは、あの魔族の娘と同じなのだろう。

 フータが作り出す有用なアイテムを、我が国に持ち帰る事。


 愚かなことに、私の国は長年続く戦争によって、大地が死に、作物が一切育たない不毛の国家となってしまっている。今は地下に建設した食料工場によって細々と生きながらえているが、それも無限には続けられない。

 私はこの依り代に多くの食料を取り込ませ、そして私の居た世界に取り込んだものを送り届ける事が使命だと感じていた。

 しかし、それは似ているようで、違ったのだ。


 私はフータが作り出すアイテムを、あちらの世界へと届けなければならない。


 そのためには、フータの生活をサポートし、より長い時を過ごさせ、毎日アイテムを作らせ続ける事が重要となる。

 

 ああ。なぜ私はもっと早く、神の啓示に気が付かなかったのか。

 すでに全反射の属性を持った金属バットと、虫の探知に特化した虫眼鏡を頂くチャンスを逃してしまった。

  

 だが、次は失敗しない。

 私は語られない触手と呼ばれる、触手界でも一握りの存在なのだ。

 名前の由来はすごく単純。


『その触手。目にした者は生きて帰れぬ。目撃者は皆、死人となる』


 見た者は全員殺され、誰もその存在を口にできない。つまり語られる事のない触手。だからこう呼ばれるようになった。

 まぁ、今は私の呼び名なんてどうでもいい。そもそも、依り代状態の私ではその時の力の数パーセントも出せないのだから。

 直近の問題は、この私を召喚した冴えないおっさん。フータの悩みを解決する事だろう。


「ぐぬぬ、SRアイテムの呪いはSSRアイテムの力で何とかしたが、今度はSSRアイテムの呪いで大変な事になっちまった……でも、取り返したら殺されるし、しかし、このまま放っておくのもテルシアちゃんに悪いし。ど、どうしたらいいと思う?」


『SR 誰かの貯金箱』

『壊す事が出来る。壊すと誰かから恨みを買う』


 貯金箱は宿屋の娘、テルシアちゃんの大切な物だった。壊したために、テルシアちゃんからぶっ殺されかけた。


『SSR 茶器』

『お茶が美味しくなる。与えると自分に対する好感度が跳ね上がる。没収すると殺される』


 マイナス値になっているテルシアちゃんの好感度を完全回復どころか、上限を振り切るほど跳ね上げたアイテム。


「自業自得よ! あの娘に手を出すのはもうやめて! アレ見た? 絶対この世の物じゃないわよアレ! この世界に存在しちゃいけない系の奴よ! フータが手を出すと、またアレが出て来ちゃうかもしれないじゃない! アレが出てきたら、私、漏らすわよ!」

「漏らす宣言されても……。このままテルシアちゃんを呪いで狂わせたままだと、俺は宿屋の主人にされちまう」

「お似合いじゃない! がんばって!」

「少しはお前も考えてくれ!!」


 あの日以降、宿屋の看板娘、テルシアちゃんのフータを見る目が、明らかに変わっている。

 恋する乙女とでも言おうか。メスの顔をしてるのだ。

 毎晩、夜這いを掛けにフータの部屋にやってくるし、料理も精の付く物ばかりを食べさせている。

 おかげでフータは、いつもガキだのチビだの言っているビリアにまで欲情しはじめ、ビリアがいつ襲われないかと戦々恐々とする始末だ。


 殺そうとしていた相手を、「未来の旦那様♡」と慕い始める程の効果を持つ。

 それはまさに、呪いであった。


『キュッキュー』


 私はフータに話しかける。人間の姿ではない為、人の言葉は話せないが、念話のように気持ちや考えを伝える事は、触手の姿でも十分できる。

 

「な、なんだ? 良い案がある!? 頼む教えてくれ!」


 おっさんに抱きかかえられ、必至な形相で懇願される私。

 人の姿の時はそれなりのレディーであるので、こう、軽々と抱っこされたり小脇に抱えられたりするのは、少々恥ずかしい。

 今は姿が小型犬程度の触手なので、そこは我慢しよう。

 

『キューキュキュキュー』

「ふむふむ。説明文には没収したら殺されると書いてある。つまり、没収じゃ無ければいいと」

『キュッキューキュキュー』

「おお! 確かに! 魔剣に吸わせたり、SRゴミ袋で処分したり、俺以外の誰かに盗ませるか壊させれば! どれも没収とは違うから、行けるような気がするぞ!」


 ただ、全ては推察だ。

 私は一応保険のために一言申し添えて置く。


『キュー』

「……そうだよな。俺の意志で壊すのを指示したりしたら、それも没収と捉えられて、呪い発動って可能性もあるよな。っとなると、ベストは完全なる不慮の事故ってことか」

 

 ただ、不慮の事故を装うにしても、現在テルシアの手元にあるアイテムの保存状態を思うに、かなり難しい。

 私が調べた結果、例のアイテムは金属製の鍵付きの箱の中。その箱がさらに大きな箱に納められ、テルシアの私室のベッド下に収納されている。

 物自体は茶器、要するに焼き物なので、衝撃には弱いと思われる。

 例えば宿屋が全焼して崩れ落ちれば、壊れるチャンスはあるかもしれないが……あれだけ厳重に梱包されているので、焼け跡から出土してしまうかもしれない。


 テルシアを助けるために、彼女の大切な宿屋を全焼させるのは、流石に如何なものか。

 それこそ、フータは責任を取って、テルシアを娶るしかなくなる。

 

「あのさー、そもそもあの娘の部屋に近づけなければ意味ないじゃん? 何度か試したけど、アイテムを壊そうとして近づくと、すっごい勢いで現れるっしょ? あれ、呪いの効果に違いないしぃ。邪な心を先読みしているのか、未来予知しているのか知らないけどさ」

「ならどうしろと!?」

「ぎゃ、逆ギレしないでよ……」


 ビリアがしゅん、としてしまう。

 フータは怒鳴ってしまった自分が、相当イライラしていることに気が付き、乱暴に自分の頭を掻いている。

 現在、この三人の関係は始まって以来の最低値を記録更新中だ。


 そんな時、コンコンコンと扉をノックする音がした。

 その音を聞き、三人は同時に思う。

 また今日も、夜這いの時間がやってきた、と。


「フータさん! 今日こそは抱いていただきます!」

「いや、だからテルシアちゃん、何度もいっているおおぉぅ!?」

「あああああ!? それ私の花嫁衣装なんだけどぉお!?」

「あれ、魔族の花嫁衣裳だったの!?」


 扉を開けてやってきたテルシアは、ビリアが最初に現れた際に着用していた、ボンテージ衣装を身にまとってやってきた。

 股間部の【自主規制】とオッパイの突起物のみを隠す黒ベルト。

 たったそれだけの、服とは到底呼べぬ代物だった。


「お洗濯に出されていたので、喜ぶかなって♡」

「わ、私の大切な花嫁衣装よ! 返しなさい!」

「花嫁衣裳なら、私のように、本物の花嫁さんが着るべきですよ! ね! フータさん♡」

「同意を求められても困る!」


 ボンテージ衣装のまま、テルシアはフータに正面から抱き着き、そのままベッドに押し倒した。ビリアはそんな彼女が身にまとう花嫁衣裳を引きはがそうと、ベルトを引っ張り始める。

 すると、ただでさえ、紐みたいなベルトに隠された部分が露出してしまう。

 テルシアの【自主規制】とか【自主規制】がポロンポロンと見えてしまう。

 それらを見せまいと、ボンテージ衣装の防護機能が本領発揮。

 謎の光線が飛び交い、フータの目を潰さんと刺激する。


「ぐあぁぁ!? 目が!? 目がああああああ!」

「フータさん♡ 生まれたままの私を見て♡」

「もー! 人の服を勝手に着ないで!」


 全裸姿で発情する人種の娘

 そんな娘に抱き着かれ、目を抑えて悶えるおっさん。

 そのおっさんの横で、ボンテージ服を抱えて大切そうにしている魔族娘。


 なにこれ……。


 触手は部屋に置かれた机の上で、一人、小さく呟いたのだった。


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