第14話 白手袋


 昨夜、フータとビリアと触手ちゃんは睡眠薬を盛られた。

 誰からかというと、もちろん、宿屋の看板娘、テルシアちゃんの仕業である。

 そして寝静まった部屋に侵入され、フータは――


「あと少し目が覚めるのが遅かったら、あ、危うく既成事実が……」

「もう諦めて結婚しなさいよー」


 どこまでイッてしまったのかはフータの心のうちに留められたが、危ないところまではイッてしまったのだろう。彼の顔には肉体的な疲れと、精神的な疲れの両方が大いに現れていた。

 現状、SSRアイテムである『茶器』の呪い的好感度アップを無効化する方法は、やはりアイテム自体を壊すしかない、という結論に至っている。

 しかし、壊すことが『没収』という行為に繋がった場合、フータは漏れなく亡き者となる。


『SSR 茶器』

『お茶が美味しくなる。与えると自分に対する好感度が跳ね上がる。没収すると殺される』


 これらの条件を避けて、目当てのアイテムを破壊するためには、どうしても『不慮の事故』か『所有者自らが破壊する』事が必要になる。

 だが、保存状態からして、事故で壊れる事はなさそうであるし、宝物扱いされている事を考えれば、テルシアちゃんが自分で割る事もあり得ない。


 つまりフータは、この状況を打開するために、身から出たサビ的なガチャを回し、サビをサビで何とかするしかないのだ。

 

「呪いを解くために、呪いのアイテムを求める……すっげー複雑な気分だ」


 こればかりは、いくらガチャ狂いのフータでも、ガチャを回すことに喜びを見いだせないでいた。

 数日間の内に、SRアイテム、SSRアイテムが出てきたが、それらは現状を打開するには全く無関係の代物ばかりで、使用されずに保管されている。

 

「要らないアイテムなら、私が貰ってあげるしぃー」

「要らなくはない。現状、使いどころが分からないだけだ」

「ぶー」


 魔剣派遣業を営む会社の従業員であるビリアは、自分の会社利益の為に、フータがガチャで出したカードを欲している。こちらの世界から、ビリアのいる世界へのアイテム送付の方法は至極簡単。魔剣に触れさせるだけだ。

 ただ、ビリアは残念なことに、少々頭の回転が弱く、価値のある物イコール現金や宝石類という考えになっており、フータが出してくる特殊な魔法具については『ガラクタ』などと評価していた。

 そのため、未だにビリアは魔剣による送付を行えていない。それが、どれほど魔界で問題視されているか、今のビリアは全く気が付いていないが、それはまた別のお話。


 フータは今日も両手を合わせ、ミニチュアガチャに現状打開策を神頼みしてから、ガチャを回した。

 チンッというオーブンレンジかトースターかといった鐘の音が鳴り、カードがガチャ本体から飛び出してくる。

 フータはそれを、ゆっくりと引き抜き、そしてレア度、表面、裏面の説明文と順に目を通していく。


『SR 小さな不幸の白手袋』

『貴重品の取り扱いに必須な手袋。着用者に小さな不幸を呼ぶ』


 フータはカードを持ったまま、膝を床に付いて蹲った。


「ガチの呪いのアイテム来ちゃった……」

「やっぱりフータのガチャって呪わてる系だったのね?」

「ビリア。お前がそれを言うなら、お前自身も呪われた一品だと認めたようなものだぞ」

「なっ!? 私をそんな物と同じ扱いするなしぃ!」

「今自分で言っただろうが! ガチャから出てきたんなら、お前も呪われてるんだ!」


 開け放たれた窓際で、心地よく日光浴をしていた触手は、耳障りな二人のやり取りにもぞもぞと体を動かす。

 そして、そろそろご飯に行こうよー、と小さく『キュー』と鳴いた。


 フータは呪いの白手袋カードを胸ポケットに入れ、ビリアと触手を連れ立って朝食へ向かう。

 食堂には明らかに、フータ用に設けられたブースがあり、食堂に顔を出した瞬間、テルシアちゃんの誘導でお誕生日席に座らせられた。そして、朝食にしては妙に気合の入った代物が出てくるのはいつも通りのことだ。


「フータさん。昨日はすごかったですね♡」


 そんなことを食堂で言い放つテルシアちゃん。

 食堂に集った野郎どもが一瞬で殺気立つ。

 その殺気に当てられ、ビリアがビビり、触手ちゃんが「シャァッ」と威嚇音を放った。

 

「そうだね。ベッドの上でプロレスごっこすることになるとは思わなかったよ。それに未だに眠くなるお薬で頭がポヤポヤするんだ。次からはやめてね? お願いだから」

「えー、どうしよっかなぁ。フータさんがちゃんとシテくれるなら止めます♡」

「そういうのは大人になってから」

「私もう15歳です! 大人です! 子供も産めます!」


 15歳って子供じゃねーか!


「……同い年じゃん」

「お前も15歳かよ!?」


 まさかの魔族少女アホギャルビッチ☆ビリアも十五歳だった。やはり俺の見立て通り、ガキであったか。

 おっぱいの大きさに騙されてはいけない。

 

「というか、ビリア、お前、十五で働くって……進学出来なかったのか?」

「なっ!? そういうのと違うしぃ! 魔族は成人が15歳! 私は大人だしぃ!」

「そうですよフータさん! 15歳は立派な大人です! 20歳過ぎたら行き遅れって呼ばれるんですよ! だから早く子供欲しいです!」


 テルシアちゃんのお言葉に、食堂の端でご飯を食べていた女性パーティーが、泣き崩れたのを、フータは見逃さなかった。強く生きて欲しい。


 このままテルシアちゃんとお話をし続けていると、朝食をすべて触手ちゃんに平らげられてしまう。しかし、朝食よりも現状を打開するためには情報収集も必要なので、フータはテルシアちゃんに『茶器』について聞いてみた。


「俺があげたあのお椀はどうしてる? 大事にしてる?」

「はい♡ もちろんです! 毎晩ぴかぴかに磨いてます! 眺めるだけで幸せな気持ちになりますし、それに、……子供欲しいなって子宮がうずうずしてきます♡」

「うーん。それは困るなぁ」


 若い子の性欲しゅごい。オジサン困っちゃう。

 本当に、次はプロレスごっこじゃ終わらない可能性も出てきた。一刻も早く解決しなければ。

 だが、そんな宝物のように扱われていては、不慮の事故で壊れる確率は低い。

 犬も当たれば棒に当たる、ではないが、茶器も使ってもらわないと、割れるチャンスすら無くなってしまう。

 

「せっかくの茶器なんだから、それでお茶を飲んでみようよ。凄く美味しくなるんだよ? もしよければ、今からここに持ってきて一緒に飲まない?」

「是非♡ ご一緒します!」


 そう言うや否や、テルシアちゃんはエプロンを放り出し、食堂から飛び出していった。多分自室に茶器を取りに行ったのだろう。

 そして、フータは周囲から、殺意の視線を一身に浴びる。

 可愛い店員を独り占めし、あまつさえ給仕を放棄させる女たらしだと思われているっぽい。

 フータは背中に嫌な汗をダラダラ流しながら、「それでもこっちは、命かかってんだよぉ!」と矜持を張る。

 

「て、テルシアちゃん。注文を」

「セルフサービスです!!」

 

 戻ってきたテルシアちゃんに声を掛けた別のおっさん冒険者は、一蹴されていた。

 さらに――


「てめぇ、このクソ忙しい時間帯に、俺たちのテルシアちゃんを独り占めしヒィィッ!?」


 フータに絡もうとした冒険者は、テルシアちゃんの背後に、煙のように立ち上った闇黒巨人を見て、速攻で逃げ出した。

 闇黒巨人はフータの方を見て『おひさー』と手を上げてくる。

 フータはそれを見て、頬を引きつらせながら手を上げて答えた。

 ビリアは失神し、触手ちゃんは全力で食堂から逃げ出していた。

 さすが、頼りになる仲間だ(涙)


 素手で触らないよう、布でくるむようにして茶器を大事に抱えているテルシアは、それをテーブルに置くと、厨房からポットを持ってきてお茶を注ぎ始める。

 そして、ニコニコしながらフータの隣に身を寄せて、席に着いた。一つの椅子を二人で一緒に使うことになる。

   

「あー、えっと。テルシアちゃん。そちらの方は?」


 すごく自然な動作で、失神しているビリアの隣。フータの正面に着座したのは闇黒巨人。


 ……いやいや『お気になさらずに』みたいにジェスチャーされても困る。私、すごく気になります!

 

「さあ。私にも良く分かりません。でも、時々出てきて、色々お手伝いしてくれる、良い方ですよ?」

「良い人……なのかぁ?」


 闇黒巨人さんはビリアの前に置かれていた朝食を自分の前に持ってきて、フォークとナイフを使って器用に食事を採り始めている。

 人の朝食食うとか、良い人とは思えない。ホント、何だこいつ。


「ささ、フータさん。一緒にお茶しましょ♡」


 テルシアちゃんは綺麗な布で茶器を包んだまま、それを掲げてお茶を始めようとする。さらに、体をスリスリと寄せて、男の股間を刺激させるような甘ったるい香りを漂わせてきた。


「実は、フータさんに好きになってもらえるよう、香水も変えたんですよ♡」


 フータはその誘惑に、股間部がアップを始めようとするのを、全力で抑え込もうとして――


 失敗!!


 毎日、精の付く物を食べさせられ、昨夜はあと一歩の所までイッてしまったのだ。

 体も気持ちも、完全に交尾モードに移行している状態で、テルシアちゃんの甘い香りと肉体的接触。

 これで耐えられる男がいたら、そいつは可哀想な奴か、ケツを狙う怖い奴だ。


 戦時体制となった股間部。高射砲が対空迎撃体勢を取り、仰角を跳ね上げる。

 フータは自責の念に駆られながら、何気なくテルシアの包む茶器に目を向けた。


 その瞬間だった。


 フータの脳内で、某鑑定番組のシーンが思い出された。


 こういった骨董品を取り扱う際、必ずと言っていい程使用されている装備品。

 それを俺は今朝のガチャで手に入れていた。

  

『SR 小さな不幸の白手袋』

『貴重品の取り扱いに必須な手袋。着用者に小さな不幸を呼ぶ』


 呪いを、呪いで圧倒する。

 目には目を。歯には歯を。

 ハンムラビ法典。


 貴重品を取り扱う白手袋に宿った不幸。それが一体何を意味するか。

 

 フータは全身を震わせるような直感を感じ取り、胸ポケットにしまったカードを取り出すと、白手袋を実体化させた。

 そして、テルシアちゃんを全力で口説く。


「俺のあげた茶器をそんなに大切にしてくれてるんだね! なら、是非、これを身に着けて扱って欲しい! 貴重品を扱うために特化した、白手袋だよ。テルシアちゃんに茶器をあげた時、大切にしてくれるならこれもあげようと、頑張って手に入れた一品なんだ! 是非、テルシアちゃんに、使って欲しい! 俺の為に!!」


 熱いまなざしでフータから迫られたテルシアは、顔を一瞬でリンゴのように赤らめ、ゆっくりと茶器をテーブルに置く。そして、ニッコリと微笑みながら、そっと手を差し出した。


「……フータさんが、付けてください」

「あぁ……分かった」


 フータはテルシアが差し出した手に、まるで婚約指輪でも嵌めるかの如く、指の一本一本に白手袋を通していく。


 ついに、テルシアの両手に、呪いの白手袋が装着された。


「……これはきっと。私とフータさんの、誓いの盃なんですね♡ 私、嬉しいです!」


 白手袋をはめて、茶器を持ち上げたテルシアは、そう微笑む。

 俺はごくり、と生唾を飲み込みながら、テルシアちゃんの一挙手一投足を注視した。


 テルシアちゃんがお茶を飲もうとする。

 柔らかくプルンとした唇に、茶器が触れた。

 茶器がゆっくりと傾けられ、内側に満ちたお茶が、テルシアちゃんの唇に触れる。


「っあちち」


 思ったよりもお茶が熱かったのか、テルシアちゃんは慌てて唇から茶器を離した。

 その瞬間、不幸は訪れた。


「あっ!」


 つるん、とテルシアちゃんの手が滑った。

 まるでスローモーションのように、茶器が傾き、テルシアちゃんの手から滑り落ちていく。


 熱々の液体が茶器の中で波打ち、しぶきを上げる。

 茶器はそのまま、くるり、と空中で反対を向き、落下していく。

 

 フータはスローモーションで流れるそれらの光景を見ながら、自らの勝利を確信した。

 これで、呪いが解かれ、元の生活が戻ってくる事に胸を高鳴らせた。


 茶器の落下は止まらない。

 テルシアちゃんの表情が絶望に歪む。


 心に痛みを感じながらも、フータは動かず耐えた。

 このまま茶器が床に叩きつけられ、バラバラに砕ける様を見届ける。そして、傷心に暮れるテルシアちゃんを慰めるまでが、すべての元凶である俺の責任なんだと。

 そう覚悟を決めて、茶器の行方を追う。



 茶器は落ちた。

 盛大に、熱々のお茶をぶちまけながら。





 戦時体制化であり、高射砲が仰角70度くらいになっている、フータの股間部に。


 

 最初は何も感じなかった。

 だが、熱い液体が、ズボンの布に染み込み、パンツに染み込み


 そしてむき出しの粘膜にその熱が伝わった瞬間



 ――フータに地獄が訪れた。



「ああああああああああああああああああああああああ」

「きゃあああああ!? フータさんごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」


 テルシアが、フータの股間部にぱっこり、と乗っかった茶器を、手で払い落とす。

 茶器は超スピードで振り払われ、床にぶち当たり、粉々に砕け散った。


「すぐ脱がないと! 火傷しちゃいます!」


 テルシアがフータの股間に手を伸ばし、ベルトを外し、チャックを降ろす。

 その手際の良さと言ったら、もはや娼婦もびっくりのプロフェッショナル。

 夜這いの都度、抵抗するフータからズボンをひっぺがえし、逃げられ再び脱がしを繰り返した修行の賜物であった。

 

 ジジジ、とチャックが下ろされる。

 漸く天幕をはぎ取られた、戦闘態勢を整えたままの高射砲が、チャックが開かれた事で、飛び出してきた。


 ――フータはここまで頑張ったのだ。


 子供から迫られて勃起させるなど、ロリコンではないか!


 そう心に言い聞かせ、己の自制心をフルに動員し、今日の今日まで耐え忍んできた。

 己の股間を隆起させることなく、テルシアちゃんからの過激な誘惑という猛攻を、凌ぎきったのだ。


 ……今日、この時までは。



 テルシアちゃんは、目の前に聳え立つ、『フータ’sタワー』を初めて見てしまった。

 


 だから……


 初めてなんだから、びっくりして当たり前なんだよ。


「きゃあっ!?」


 そう小さく悲鳴を上げ、元に戻そうとチャックを上げてしまったテルシアちゃん。

 そして、チャックはパンツの布ごと、フータのご立派タワーの外壁を、挟み込んだ。

 


 つまりだ――バッドラックとダンスしてしまった皮がチャックに挟まってしまった!!!




 それはまさにミョルニルハンマー一撃必殺


「っひぎああああああああああああああ―――――」

「はわあああああああああ!? ごめんなさいいいいい!!」



 フータは脳髄を駆け巡る激痛に苛まれながら、それでも自らの責務を果たした事に安堵していた。



 長く……苦しい、戦いであった……。


 こうして、フータはまた一つ、危機を乗り越えた。

 自らのタワーに、名誉の傷を負って。




 めでたし、めでたし。




  

『SR 小さな不幸の白手袋』

『貴重品の取り扱いに必須な手袋。着用者に小さな不幸を呼ぶ』



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