第7話 派遣魔剣

 

 ここはとある派遣会社のワンフロアだ。

 大勢の魔族が仕事をするフロアの中央。他とは一段高く盛られたその場所に、このフロアの統括責任者、局長の執務机がある。

 高そうな革張りの椅子に深くもたれ掛かり、切れ長の瞳で報告書に目を通すのは、四角い眼鏡をキラリキラリと輝かせる、いかにもキャリアウーマンな女性。

 彼女のおでこには、魔界における4大貴族に名を連ねる血縁者にしか生えないと言われる、一本角が黒光りしながら存在を主張していた。

 彼女の溢れ出る魅惑の褐色ボディーは、パンツスーツの鎧で隠されている。しかし、その溢れ出る覇気は収まることを知らず、フロア全体の空気を支配していた。


 そして今日は、その覇気が怒気としてフロアを支配している。

 誰一人、呼吸すらも小さく、静かにしている。キーボードを打つ音も、極力立てない。

 咳一つ無く、電話対応も「すみません、今はちょっと……局長が」と状況を察してくれと相手側に訴える始末。


 原因は誰が見ても一目でわかった。

 

『我が社で絶対に怒らせてはいけないお方』と社長直々に宣言した、このフロアを支配する局長。その目の前で頭を垂れてシューン、としている、今年入社したばかりの新人社員。

 彼女は羊のような巻き角を二本を側頭部から生やし、本来は艶やかな赤黒い髪を脱色し、金色に染めている。少し尖った耳には無数のピアスを開け、付けまつげに、カラコン、強烈なアイシャドウを装備。顔全体を分厚い化粧の層が覆い隠し、唇にはラメ入りグロスをたっぷり付けていた。

 リクルートスーツの下に着用したブラウスのボタンはかなりの数が外され、大きなお胸の谷間をこれ見よがしに露出している。そしてスカート丈も、やたらと短くなっていた。

 手を組んで、俯いている彼女の爪はデザインネイルが施され、煌びやかに輝いている。そして本来は革靴だったりするべき場所に、素足でサンダルという目を疑うような存在があった。さらにその足の指先にも、デザインネイルが施され、モジモジと落ち着き無さそうに閉じたり開いたりを繰り返している。


 局長は報告書から顔を上げ、その新人社員を見下ろす。そして、彼女の服装等については一切何も言わず、静かに口を開いた。


「契約者からの訴えを見させてもらったわ。対価の指定が無い契約であるにも関わらず、現金を指定される。指示も無いのに、魔剣の重量を変えられる。敵と共謀し、所有者を亡き者にしようとする。さらに、誹謗中傷の数々」


 ぱさり、と所有者からの訴えが記載された報告書は、局長の手から離され、新人社員である彼女の足元に落とされた。


「その所有者。SR以上確定ガチャってスキルを持ってるわよね? あなた、ガチャって分かる? くじ引きみたいなものなんだけれどね、運が良ければ我々の世界では得られない代物も出てきたりする……神国のプレゼントボックス的な物なのよ。これ、うちの会社の業務成績トップ10なんだけれど、所有者にガチャ持ちが多いの、分かる? なぜなのかも、あなた、分かる? それはね、時々、死者蘇生薬とか、ワープゲートとか、そういう常軌を逸したアイテムが出てくるからなのよ。それを所有者の方から頂戴出来れば、私たちの会社はそれを使うなり、売るなり、貸すなりして、莫大な利益を得る事が出来るの。これ、新人研修でやったわよね? 覚えてる?」

「……はい。すみません」

「ねぇ、そのすみませんは、何に対しての謝罪? 会社に対しての謝罪? 私に対しての謝罪? それとも所有者に対しての謝罪?」

「………」

「私は、質問をしているのだけれど? 返事は?」

「……でも、あのジジィも、私の事クソビッチとか言いやがるし」

 

 次の瞬間、なんの予兆も、予告もなく、フロア内を突風が駆け抜ける。

 フロアの至る所で職員が机の下からヘルメットを取り出し、姿勢を低くして逃げ出した。


「局長の暴走だ! 全員退避―!!」

「速やかに避難せよ! 繰り返す、これは訓練ではない!」

「死にたくなーい!」


 騒然とするフロア。

 先ほどまで、局長の前にあった机は、いつのまにか無くなっている。代わりに、ちょうど机のあった場所の天井が消滅しており、先ほどまで晴れ渡っていたはずなのに、突然の雷雨が二人の元に降り注ぐ。

 穴の開いた天井からフロア内に流れ込む雨は、あっと言う間に室内を水浸しにしていった。

 雷光が瞬く都度、局長の足元に深い影が浮かび上がる。

 雨に打たれ、びしょ濡れとなる局長。

 彼女は雨に濡れる事も全く気に留めることなく、静かに目の前の新人社員を見下ろす。

 

 局長は最後に告げた。

 目の前の、化け物でも見るかのような目で、こちらを見上げる新入社員に。


「君は、異動だ。行先は――」

 

 





 ――後に、この事件は『局長。怒りの竜巻旋風脚』と呼ばれ、その現場にいた職員達は体を震わせながら語り継ぐ。

 

『あー、あれね。僕ね、絶対死んだかと思ったよ。人生もっと遊んでおけば良かったなーって。ジップラインの紐が切れて、火山の火口に落ちた時よりもヤバイと思ったね』

『おしっこ漏れた。中学以来だった』

『あの子、あれから姿を見ないのよね。きっと局長の骨格標本コレクションになってるわよ。生皮を生きたまま剥かれて、筋肉を少しずつ削り落として、骨だけにするの。でもね、魂は定着させたままだから、一生標本として生きていくしかないの。もうね、想像するだけで地獄……ううん。地獄すら生ぬるい』

『私、あの子と同期だったんだけど、その話はタブーになってるのよ。係長からも「忘れなさい」って言われる。私怖くて、今のお仕事の担当の人ともっと仲良くなって、いっぱい貢いで貰えるよう頑張ろうって思ったわ!』


『噂はいっぱいあるけどね。骨格標本だとか、頭蓋骨割られて盃になってるとか。でもね、私が一番有力な説だと思ってるのはね――』






 触手がフータの頭の上で、ムニムニしている。いつも通り。

 宿屋の部屋の壁に魔剣が立てかけられている。使えない駄剣だ。いつも通り。

 駄剣の隣に、際どいボンテージ服を纏った、羊の角を生やした女が土下座している。

 女はほぼ全裸だ。

 漫画的表現で言えば、黒の塗りつぶしが掛かる部分に、職人技レベルで、黒ベルトが重なって、見えそうで……ギリギリ見えない。つまり、セーフ。お風呂場の謎湯気くらいの有能なベルトだった。

 

 で、この土下座女であるが、魔剣の中の人。

 あのキャハキャハ煩い、クソビッチご本人だった。

 

 先日の金属バット事件(戦闘中に剣の重さを変えられて頭部にバットがクリーンヒット)に頭に来たフータは、どうやってこのクソビッチに復讐をしてやるか考えた。


『SSR 魔剣』

『平日九時から夕方六時まで使用可能な派遣型魔剣。完全週休二日制。魔剣使用後は対価に見合う代償が必要。この武器は手放すことが出来ず、また他武器との併用は出来ない。魔剣を紛失、盗難にあった場合、所有者に対し、厳しい罰が下る』

 

 この説明文を何度も何度も読み返し、様々な考察をした。


 派遣型の魔剣。つまり、そういった事業形態。

 平日しか営業しない。休日は休み。営業時間が決まっている。

 使用に対価を要求。代金?

 盗難したときの罰則。魔剣はレンタル品。


 そういった考察から、この魔剣が何かしらの事業を営む会社に似た何かから派遣された代物だと推察した。

 そしてその推察は正しかった。

 鞘に納めた状態の魔剣を、隅から隅まで確認し、ついに見つけたのだ。


 小さく鞘に記載された、会社の電話番号や所在地など。

 そしてご丁寧にも、鞘にはお問い合わせセンターへの直通通話機能まで付いていた。


 フータは鞘に納められた状態のクソビッチから、散々「止めろ! 止めないとぶっ殺すんだから!」という念をひしひしと感じつつ、これを丁重にスルー。

 巨大な鞘型携帯電話を使い、クソビッチの悪の所業について、丁寧な口調で、どれほど自分が困っているのかを訴えかけるように派遣会社へ説明した。


 そして、折り返しで、クソビッチの上司と思われる女性から、電話が掛かってきた。


『なんとお詫び申し上げたらよいか』


 そんな謝罪の言葉から始まり、今後はこのような事が無いよう気を付けるということ。そして最後に、今回の賠償についての話があった。


『件の社員につきまして、当社内での罰則規定に照らし合わせた結果、貴方様の奴隷として、そちらに送還することとなりました。煮るなり、焼くなり、犯すなり、孕ませるなり、お好きに扱っていただいて構いません』

「ふぁっ!?」

『腐っても魔族でございます。きっと貴方様の私性活のお役に立てますことでしょう。あ、文字に誤りはございませんので、どうぞお好きにご使用ください』


 フータが言い返す前に、電話は結びの挨拶を持って切られてしまった。

 そして電話が終わると同時に、鞘が発光を始め、クソビッチが転送されてきた。

 現れたクソビッチは、泣きべそかきながらも、いそいそと土下座のポーズを取り、そのまま動かなくなった。ただし、「ふぇぇぇ」とか「おかーさん……」とか呟くので非常に煩わしい。


「おいクソビッチ。とりあえず顔を上げろ」

「うぅ」


 クソビッチは土下座の姿勢から、ゆっくりと顔を上げていく。

 すると隠れていた爆乳が露わになり、フータの視線は胸の谷間に吸い込まれる。


 くっ! 色仕掛けとは卑怯な! クソビッチめ!


 無理やりおっぱいから視線を外したフータは、クソビッチの面を拝む。

 そして、後悔した。


 クソビッチをどうやって罵り、虐め、ボコって犯して孕ませてポイしてやろうかと考えていたのだが、そんな思いが一瞬で吹き飛ぶ。


 赤黒い艶やかな髪。

 小麦色の肌。

 きりりとした眉と対照的な、ふにゃんと垂れた可愛らしい目じり。その瞳はルビーのように赤く、今は涙に濡れて本物の宝石のように輝いていた。

 すぅ、と伸びる鼻筋と、小さなお口。そしてアイドルのような小顔。

 ぐす、ぐす、と泣きべそをかくたびに、真横に伸びた尖ったお耳が、ピコピコと反応する様なんて、なんだこいつ、狙ってやってんのか? と怒鳴りたくなる。

 ここまでなら、良い。

 ここまでだったら、犯して犯して犯して、まぁ、嫁にしてやらんでも良いかなーって思う。それくらい可愛い。

 だが、それは出来ない。


 ムカつくことに、おっぱいデカいくせに、チビなのだ。身長が足りない。

 これでは、ガキを犯すのと大して変わらない。

 俺は変態じゃない。いくらおっぱいが大きくても、色気たっぷりなおねーさんが好きなのだ。

 おっぱいデカいだけのガキに用はない。



 結論。


 クソビッチがチビで可愛くて、取り扱いに困って、ムカつきます。




『SSR 魔剣』

『平日九時から夕方六時まで使用可能な派遣型魔剣。完全週休二日制。魔剣使用後は対価に見合う代償が必要。この武器は手放すことが出来ず、また他武器との併用は出来ない。魔剣を紛失、盗難にあった場合、所有者に対し、厳しい罰が下る』




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