第6話 金属バット


 いやー、これはねーわ。


 カララン、カラララン、と金属バットが地面を引きずられ、軽やかな音を奏でる。

 背中に魔剣を背負い、肩に触手を載せたフータは、右手に持ったバットを引きずりながら町を歩く。

 

 武器屋に売れるのか? いや、魔剣の呪いで武器は持てないはずだから、バットは武器ではない? となると、売れないか。この世界にスポーツ用品店があるとは思えないし……珍しい物として商人に売れないだろうか。

 

 フータは不機嫌そうに街を歩く。

 まず、ガチャの中身が金属バットだったから。


『SSR 金属バット』

『金属のバット。殴ると、とても痛い』


 この雑な説明文。説明する気があるとは思えない。

 

「一度武器屋に見せて……ついでに、この背中のムカつく魔剣も処分したい」


 フータが不機嫌なもう一つの理由が、先ほどから『金属バットってw異世界で野球するのー?www』と、魔剣から物凄い嘲笑を受けているような気がしてならないからだ。

 フータが魔剣を処分、と言えば、今度は嘲笑が殺意に切り替わりフータは背中にゾクゾクと嫌な汗をかいた。

  

 フータは武器屋へ行き、金属バットを見せる。

 店長は何やら機械を取り出し、色々調べているようだが、結局首を横に振った。金属バットに買い取り値段は付かなかった。


「タダなら引き受けるが?」


 笑いながらそう言われ、フータは仕方ないか、と売り払う事を諦め、どこかの商人を騙して売りつけようと考え始める。

 だが、それは出来なかった。



 なぜならば。








 金属バットを奪われてしまったからだ。


「ふへへへへ、こいつが属性付きの武器かぁ。一体どんな効果があるんだろうなぁ」


 フータは人通りの少ない路上で、四人組の男に襲われた。

 触手は一人の男に何やら札を張られて動けなくなっており、残りの三人の内二人が俺を背後から地面に押し倒している。

 背中に縛っていた魔剣と、手に持っていた金属バットは、リーダー格と思われるチンピラに奪われた。

 手早く荒縄っぽい物を口に噛まされ、ろくに喋ることも出来ない。


「とりあえず、お前は用済みだ。死にな」


 本当にあっけない程、何の脈絡も伏線も無く、チンピラリーダーは金属バットを振り上げる。

 その狙いは間違いなく、フータの頭部。

 

 このままでは、フータの頭は潰れたトマトのようになってしまう!


 これが漫画かアニメなら、ここらでメインヒロイン登場イベントであるが、残念ながらそんな展開は待っていない。

 現実は非情である。

 フータの傍らには、お札を張られて動けない触手と『プギャーwww』と嘲笑を続ける駄剣しか居ないのだ。


 通りの人通りはまばら。そんな彼らも荒くれ者のチンピラを見るや否や、回れ右をして立ち去ってしまう。その幾人かは警備をする兵士に連絡をしてくれるだろうが、残念ながら彼らがやってくるまでに、フータの頭部が無事であるとは思えない。




 さよならフータ!


 転生7日と数時間。短い人生でしたね! お疲れさまでした。





 チンピラリーダーのバットが振り下ろされる。

 それは片手で握られているが、チンピラリーダーの無駄に鍛えられた筋力のおかげで、凄まじい威力を持ったまま、フータの頭部に叩きつけられた。

 フータを取り押さえるチンピラ達も、ぶちまけられる脳漿が顔に掛からないよう、そっぽを向いて、口を閉じ、目を固く閉じた。





 ドパァァァンッ




 フータを押さえていたチンピラ達は熱量を持った脳漿を浴び、内心で「うげー! えんがちょ!」と思いながら、フータの体から逃げるようにして立ち上がり、ゆっくりと目を開ける。

 そして、明るさを取り戻した視界の中、血臭漂う空気を吸い込み、頭部を華麗に炸裂させた――




 自分たちのリーダーを見つけた。




「なっ!?」


 バットを振り下ろした姿勢のまま、綺麗に頭部を吹き飛ばされたチンピラリーダーは、そのままぐらり、と前のめりに倒れる。


「んんんんっ!?」


 フータは自らの方向へ倒れてくる頭無しチンピラリーダーを、芋虫のように這いずって避けた。

 チンピラリーダーの体は、ビクビクと脈動しながら、真っ赤な液体を石畳に吸わせている。

 拘束が解かれたことで、フータはすぐさまチンピラリーダーの足元に落ちている魔剣を拾い上げ、鞘から引き抜いた。


『土下座されても手伝ってあげないから!!』

「なら黙って鈍器にでもなってろ、クソビッチ!」

『なっ!?』


 鞘から魔剣を抜くや否や、クソビッチのギャル声が耳を騒がす。

 チンピラの一人が、俺が魔剣を抜いたことで、腰元のナイフを取り出した。

 もう一人はチンピラリーダーが持っていた金属バットを拾い上げ、構えた。

 触手を拘束していたもう一人は、いつの間にか触手に食い殺されていた。


 触手ちゃん仕事はえぇ! なんて頼りになる相棒だ!


「くそ! あの触手!! どうやって抜け出した!」

「ケチって防水性の封印札にしねーからだろ! リーダーのぶちまけた脳漿に濡れたんだ!」

「くっそぉー、テイマーの癖に変な魔法使いやがって!」


 ナイフ持ちが触手の方へ。金属バット持ちがフータの方へ向き直った。

 

「おらぁぁぁぁ!!」


 金属バット持ちのチンピラが、フータに襲い掛かる。

 フータはその打撃を魔剣で往なそうと、上段に構えるが――


『死ねクソジジィ! 重さ三倍!』

「うおっ!?」


 突如、クソビッチが叫び、同時に魔剣が重さを増した。

 頭部をガードしようと掲げていた魔剣が、フータの筋力では支えきれず、地面にガツンと落ちる。


「ひゃっはぁぁぁぁ! 死ねぇぇぇ!」

『あはははは! しんじゃえー!』


 チンピラと、クソビッチの声が綺麗に重なり、見事なハーモニーを奏でた。 

 そして、全力フルスイングの金属バットはフータの頭部にクリーンヒット。


 脳漿がド派手に辺りへ飛び散った。





 金属バットを持っていた、チンピラの脳漿が。


『は?』

「えぇ……」


 殴られたフータは傷一つついていない。

 バットはフータの頭に触れたままだ。

 フータは確かに、頭部の皮膚に、金属バットの冷たさを感じ取っている。

 フルスイングした姿勢のままのチンピラは、膝から崩れ落ちるように、石畳の上に倒れ込む。

 ガランガラン、と金属バットが地面に落ちて派手な音を鳴らした。

 そのころには、触手と相対していたチンピラも、見事返り討ちにされ、美味しく食されている途中だった。

 

 ピピーッ、と甲高い笛の音が、通りの方から聞こえる。

 触手は人が来る前に食事を終えようと、いつもの数倍速いペースで死体処理をしてしまった。


 そして程なくして、俺は大勢の兵士に取り囲まれ、かなり辛辣な事情聴取を受けた。


「何が起きた?」

「襲われました。この金属バットが属性付きだとかなんとか因縁を付けられて」

「お前が倒したのか?」

「分かりません。勝手に自爆しました」

「死体はどうなった」

「私の触手が食べてしまいました。すみません」

「嘘をつくな!!」

「えぇ……」

 

 兵士の一人が金属バットを手に取り、色々調べはじめ、そして驚いたように目を見開く。


「隊長、確かにこれは属性持ちです。細かい属性は分かりませんが結構な価値がありそうです」

「そうなんですか? 武器屋ではタダ同然。買い取り出来ないって言われましたよ?」


 フータがそういうと、隊長は眉をぴくん、と跳ね上げる。


「武器屋へ、売りに行ったのか?」

「ええ、はい。襲われる前に、武器屋へ」

「お前を襲った奴らは、この道具が属性持ちであると知っていたんだな?」

「そう言って因縁つけられました」

「この道具はいつ手に入れた?」

「今朝ですが……あ」


 そこまできて、漸くフータも気が付いた。

 隊長はもっと早くから気が付いていたようで「どこの武器屋だ?」と聞いてくる。

 フータは買い取り拒否された武器屋の場所を伝えると、兵士の何人かがすぐに走っていった。


「色々聞きたいのでな。詰所に来てもらおう」


 こうしてフータの長い長い事情聴取が始まるのだった。




 結果からすれば、フータを襲ったチンピラと金属バットの鑑定をした武器屋がグルだった。

 武器屋で鑑定し、良い武器であれば買取せず、街で襲わせて奪い取る。それだけの簡単な話である。

 ただ、解せなかったのはあのSSR装備の金属バットだ。こいつの隠れた性能に気が付けたのは、運が良かった。


 事情聴取中、兵士の一人が「この武器、振りやすいなぁ」などと部屋で素振りをしていた際、金属バットを壁にぶち当てたのだ。

 ガイインッ、と大きな音がすると同時に、素振り兵士は絶叫し、地面にもんどりうって倒れるものだから、一時詰所は騒然となった。

 そこでフータを事情聴取していた隊長は何かに気が付いた。

 地面に落ちた金属バットを拾い上げると、壁をバットでコンコンと軽く叩いたのだ。


「うっ! ……やはりか」


 そして隊長は金属バットの説明をしてくれた。


「この道具は、受けた衝撃を返す力がある。一種の魔法具にも似た何かだな」


 そう言われ、フータは金属バットの説明文をもう一度良く思い出す。


『SSR 金属バット』

『金属のバット。殴ると、とても痛い』


 殴ると、とても痛い。

 殴られた側が?

 いいえ。殴った側です。


「つまり、反射属性?」

「試してみるか。俺がバットを持つ。ちょっとバットを軽く叩いてみろ」


 フータは隊長に言われるまま、魔剣の鞘でバットをコンッ、と叩いた。

 すると、フータは自分の胸の辺りをドンッと叩かれたような衝撃を受けた。


「ふぐっ!?」

「ふむ……反射の魔法具に近いな。どこまでやれば、反射が身に降りかかるのか、相手に行くのか、まだ調べる必要がありそうだが……」


 胸を抑えるフータを尻目に、隊長は顎に手を当てて、髭をぞりぞりとなぞる。それから、後ろの兵士に耳打ちをすると、悪そうな笑みを浮かべた。


 フータはその笑みを見て、思わずのけ反る。

 強面のおっさんが浮かべる笑みは、まるで盗賊のようだった。


「さて、フータ殿と言ったかな? この道具は4人の冒険者行方不明事件の貴重な資料だ。本来ならば、強制的に我々軍が接収することになる」


 取調室の扉が開き、兵士が小さな革袋を持ってきた。


「しかし、フータ殿は被害者と思われ、その持ち物を強制接収するのは、軍に対する悪い印象を与えかねない」


 隊長は兵士から革袋を受け取り、その口を広げて、机の上に中身を取り出していく。

 革袋からは金貨が十枚ほど出てきた。


「遺体が無い事など、現場には不可思議な点が数多くあり、フータ殿に対する取り調べは今後も長く、厳しい対応をせざるを得ない。しかし、この重要参考資料があれば、フータどのにはご足労いただかなくても、良くなるやもしれん」


 フータは間髪入れず返事をした。


「売ります」

「ご協力、感謝するよ」


 こうしてフータは、反射属性持ちSSR装備、金属バットを手放す事で、金貨十枚という、当面の生活費を確保したのだった。


 満面の笑みで詰所を後にするフータの背中を、隊長はしばらく見てから部屋に戻る。

 室内には「うわ、この隊長ぼったくりやがったマジやべぇ」といった顔をした兵士たちが並んでいた。

 そんな兵士たちを見て、隊長は苦笑いを浮かべつつ、んんっ、と咳払いをして号令をかける。


「諸君。今日見た事、聞いたことは忘れるように」

「隊長! 一つご質問があります」

「なんだ、言ってみろ」

「いくら儲かりそうですか?」


 隊長は、口の端をピクピクさせながら、必至に笑いを堪えていた。その様子を兵士はジト目で見ている。


「最近の君たちの頑張りは目を見張るものがある。今月の給与は期待できるぞ。ざっと、金貨三枚は追加支給できるだろう。これで良いか?」

「サー、イエス、サー!!」


 大勢の兵士が、一糸乱れぬ敬礼をする。それに隊長は返礼し、すぐに執務室に引き籠った。

 一兵卒にとっての月給は金貨一枚から二枚程度。それが、倍以上になるのだから、臨時ボーナスとはいえ、喜ばない訳が無い。


 一方、執務室に籠った隊長は、机からいそいそと高級紙を取り出し、除隊届を書き始めた。

 

 単純計算で金貨1000枚は下らない!! 交渉すればプラス500枚は出すだろうな! 兵士なんて辞めて、田舎に移り住んで、もう4人か5人子供を作って、家族でのんびり牧場経営でもしよう!  


 こうして軍からは有能な隊長が去り、近くの田舎では人口が少しばかり増えるのだった。


 めでたしめでたし。





『SSR 金属バット』

『金属のバット。殴ると、とても痛い』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る