第5話 葛藤
ガチャを回したいという欲求。
それは何物にも耐えがたいモノ。
ガチャを耐えるというのは、フータにとっては苦行であった。
前世ではガチャを回すために、人生を棒に振った。いや、人としての道を外れてでも、ガチャは回さねば。
そんな使命感に突き動かされていたとも言える。
どちらにしても、フータにとってガチャを回すことは人生そのもの。ガチャの無い人生なんて、生きている価値は無い。
そう大声で宣言できる程に、大切な事であった。
そんなガチャを、フータはここ三日ほど回していない。
精神は既に薬切れジャンキーのような状態で、傍から見ても異様な雰囲気を出している。
空になった皿へフォークを突き、そして口へ運ぶ動作を、かれこれ数時間続けているのだ。
そんなフータに机の上の触手は「エサが足りねーぞ」と言わんばかりに首を振って存在をアピール。フータはのろのろと手を上げ、小さく「追加、同じもの」と店員に追加注文をする。
店員はかなり離れた距離からその言葉を聞き、本日10皿目となるトマトスパゲティを厨房に発注した。
「奴に近づくなよ」
「う、うん」
宿屋の一人娘、テルシアは厨房の奥から父にそう言われ、大きく頷く。
テルシアから見ると、フータは数日前にやってきて「暫く泊まる」と金貨を一枚置いてくれた長期滞在客だ。宿泊代だけでなく、食事などもこの食堂で取っているので、彼の落とす金額は結構なものになると予想される。店からすれば優良客だ。
ただ、ここ数日はその限りでは無かった。
フータが食堂に来ると、他の客が怖がって逃げ出すのだ。
異様な雰囲気を出すフータ。
彼の肩に乗った、恐ろしい触手生物。
妙な気配を漂わせる剣。
『あれは魔剣。近づいちゃダメだ』
良く泊まってくれる冒険者の人からも、近づいちゃダメだと注意されたテルシアは、それをしっかりと守り、フータには必要最低限の接触しかしていない。
だが、心優しいテルシアは、フータがずっと悩み続けていることを心配していた。
せっかくの優良客なのだから、リピーターになって欲しいという下心もある。しかしそれ以上に、せっかく自分達の宿に泊ってくれるのだから、楽しく、幸せに、リラックスして欲しい、というのがテルシアの希望だった。
そんな心優しいテルシアからの視線を受けているフータは、ガチャを回したい気持ちと、あのガチャはやべーのが出てくるから、ヤベー。という気持ちがせめぎ合っていた。
人生ガチャ一筋!
そんな彼からガチャを取り上げたら、廃人になるのは分かりきっていた。自分でも分かっていた。
だが、ガチャを回すにしても命が無ければ出来ない。
あのガチャは確かにSR以上が確定で出てくる。だが、そこから出てきた二つのSSRは、今現在、フータの生命を脅かす存在になっていた。
一つはSSR魔剣。使用の都度、使用者に対価を要求する。要求が支払いできない場合、使用者の命を持っていこうとする。
これについては、呪いの装備であり、捨てる事も売ることも出来ず、さらに他の武器は使用不可というキワモノ。ただ、使わなければ実害はないし、鞘から抜かなければ頑丈な鈍器としては使える。フータの技術ではお察しなところもあるけれど、ヒノキの棒よりは頑丈だ。
常に持ち歩かなければいけない面倒はあるが、なんとか対処できる逸品。
もう一つはSSR触手。強さは計り知れない。とりあえずチンピラ3人くらいは瞬殺してくれる程度と思っておこう。ただ、維持するにはそれ相応のエサを与えねばならず、人間の料理ならば10人前は余裕で食す。
良い体格の大人2.5人分を骨まで残さず食べたので、成人男性一人を70kgと換算しても180kg近くはこいつの胃袋に入る計算だ。
そしてそれだけの重量を食べても、触手の重さはちっとも変わらない。こいつの胃袋は異次元に繋がっているのだろう。
こちらも、エサだけ確保してやれば、指示を聞いてくれる優秀な相棒であるため、襲ってきた三人から奪った金で、今は何とかやりくり出来ている。だがそれも遅かれ早かれ破綻するのは目に見えていた。
働かないと、俺はこいつに食われる。
目の前でスパゲッティーをちゅるちゅる美味しそうに食べている触手をぼんやり見下ろし、フータは思った。
働くか、ガチャを回すか。
働かなければ、触手の食費を確保できず死ぬ。
ガチャを回せば、出てきたみょうちきりんなレア装備によって命を落とす可能性がある。しかし、もしそれが破格の代物であったならば、売って莫大な富を得るチャンスもある。
「あれ? 色々悩んだけど、結局ガチャを回すしかないんじゃ?」
己の生きがいでもあるガチャ回し。
それを「しても良い」ではなく「しなければならない」事に気が付いたフータは、今までの陰鬱とした空気を一瞬にして霧散させた。
途端に、グゥー、と腹の虫が空腹を訴える。
フータはフォークで触手が食べているスパゲッティを絡めとり、己の口にも頬張り始めた。
触手は突然エサを奪われ始めたことに慌てて、先ほどよりも勢いよくスパゲティをチュルチュルと啜り始める。
「店員さん! おかわり!!」
「っ!」
その明るいフータの声に、店員であるテルシアはびっくりする。
彼に眼を向ければ、先ほどの陰鬱とした様子は無く、口の端からピュルッとスパゲティをはみ出させながらモグモグしていた。
テルシアはそんな悩みの無さそうな彼をみて、何か良い解決策が思い浮かんだのかも、と頬を綻ばせる。
「はーい!! ただいま!」
上手くいくと良いですね!
テルシアは内心で小さくフータに声援を送り、厨房へと駆けこんでいった。
お腹いっぱい食堂でスパゲッティーを平らげたフータは、部屋に戻るや、すぐにガチャの本体を机の上に召喚する。
そのガチャを触手は興味深そうに眺め、突っつき、上によじ登ったりと好奇心旺盛な様子を見せた。
見た目はグロテスクな触手だが、こうやって寝食を共にしていると、子犬のように思えてきて可愛らしく感じるから不思議なものだ。
「さて。一つ目は呪いの駄剣。二つ目は相棒の触手。三つ目には何が出る?」
駄剣と言ったあたりで、部屋の片隅に立てかけた魔剣から殺気のようなものが漏れ出たが、きっと気のせいだろう。鞘から抜かない限り、あのクソビッチも喋れないようだし、やつは放置だ。
フータは一度心を落ち着かせ、ガチャ本体に向かって二礼二拍手。
「命の危険が無いSSRが出ますように!」
そして一礼をして、ガチャのレバーに手を伸ばす。
「いでよ! 安全なSSR!!」
気合一発。掛け声と共にガチャのレバーをぐるりん、と回すフータ。
そして、相変わらず、オーブンレンジのようなチンッという音と共に飛び出すカード。
ドキ、ドキ、と告白する少女のように、胸を高鳴らせながら、フータはカードを手に取り、そのレア度と絵を見て――
驚き、身を固めたのだった。
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