第3話 魔剣と触手

「ご登録ですねー?」

「そうだ」


 フータは今、街のギルドにやってきている。

 とりあえず、魔剣を試してみるかと、街の外に出ようとしたのだが、冒険者登録が無いと町の出入りは簡単ではないぞ、と門に居た兵士に教えられたからだ。さらに、登録がないと毎回外から町に入るたびに入場料を取られるらしい。

 

「職業は……テイマーでよろしいですか?」

「それでいい」


 受付のお姉さんはフータの肩に乗った触手を見てそう言った。

 ワーグラビット。ゴブリン。オークと並んで、初心者冒険者御用達モンスターの一つである触手。そして初めての冒険者登録にやってきた世間知らずのおっさん。

 これらの情報から、ギルドの受付お姉さんはフータの職業を、初級魔物の触手を使役した、駆け出しテイマーと判断して登録した。


「ではこちらが番号札になります。無くされますと再発行手数料が取られますのでお気を付けください」


 フータは早速、手に入れたSSRスーパースペシャルレアアイテムの確認のために、街の外へ出ようとギルドの出口へと向かう。

 すると、出口へ向かうフータへ、3人組の男が近寄ってきた。


「君、登録したばかりだろ? 俺たちもこれから外に出るんだが、パーティーを組まないか?」

「俺ら前衛二人に後衛一人なんだ。前衛でも後衛でもどちらでもいい。四人組みにしたいんだよ」

「すまないが、今日はやることがあるんだ。他を当たってくれ」


 フータは三人組の勧誘を断り、一人町の外へ向かう。

 これらSSRアイテムが万が一異様なまでの超性能を見せた場合、他に目撃者がいるのは面倒だと感じたからだ。

 

 フータは町からドンドン歩いて遠ざかる。

 振り返る度に少しずつ小さくなる町。街道はそれなりの人が行き来しており、すれ違う度に会釈されたり、笑顔で挨拶されたりする。

 フータは人と人との繋がりを感じ取り、少しばかり心をざわつかせる。準ホームレス時代にはあまり経験した事のない、温かみであったからだ。


「流石に、これだけ人通りが激しいと使いにくい」


 SSR装備の実験のためにも、目撃者の居ない場所へ向かわなければいけない。

 この街道のように、ひっきりなしに人の往来がある場所では、色々と試すには厳しい。


 異世界のクソ田舎だと思って舐めていたフータは少し己の考えを正す。

  

 フータは街道から外れてしばらく歩き、漸く人気の少なそうな森へたどり着いた。

 そこでフータは気が付いた。つい先ほど、平日昼間の9時を回ったのだろうか。魔剣の鞘に描かれていた『営業準備中』の文字が『営業中』に変わっているのを見つける。

 試しに魔剣を鞘から引き抜いてみると、呆気ない程簡単に、刀身が鞘から抜かれる。

 シュララララ、と金属製の鞘と魔剣が触れ合い、美しい音が奏でられた。


 魔剣の刀身は赤黒く染まり、そこに所有者であるフータの顔が映し出されるほど、美しい光沢を湛えていた。

 フータはとりあえず、近場の木に振ってみようと、魔剣を振り上げる。

 その時だった。


『派遣型魔剣サービスをご利用いただきありがとうございまーす。とりま、使う時は使うって宣言してから使ってくださーい。そうしないとパワーだせないのでー』


 魔剣から、軽薄で、尻軽で、股の緩そうな感じのキャンキャンした女の声が聞こえてきた。


「……今のはなんだ。空耳か?」

『あれー、聞こえてるよねー。おーい。今手に持ってる魔剣よ。ま・け・ん。使う? 魔剣使っちゃう?』

「……この剣か? 知識ある剣とかか? 流石魔剣だ! とりあえず、使わないと、性能を試せないから、使う!」

『じゃ、出力あーぷ!』


 気の抜けるような声が何処からともなく聞こえるが、両手でしっかりと握った魔剣にこれといった変化は見当たらない。

 フータはとりあえず、目の前の成木に、鉈を振り下ろすかのような感じで、軽く魔剣を振った。


 魔剣の切っ先が成木の表皮にぬるり、と吸い込まれた。

 まるで目の前の成木が、豆腐か何かで出来ているのではないかと思うような光景だった。

 魔剣は振り下ろされた速度を落とすことなく、そのまま成木を斜めに切り落とした。

 ズルリ、と切断面が現れ、成木は付近の枝に引っかかりながら、メシメシバキバキと音を立てて地面に横たわる。

 

「……な、なんちゅう切れ味なんや」


 あまりの光景に、言語中枢がやられ、おかしな言葉遣いになるフータ。だが、そうなるのも致し方無い程、目の前で起きた光景は常軌を逸していた。

 大人の胴体よりも太い成木が、剣も振ったことのない素人の一振りで、一刀両断されたのだ。魔剣の切れ味が恐ろしい程鋭いとしか、考えられない。

 

『使用時間は5分だからねー。対価はお金でもらうからよろしくー』

「はっ!? どういうことだ!? 五分しか使えないのか? 対価? 現金?」

『えー? 説明書読んだー? ちゃんと対価を貰うってかいてあんじゃん? 払えなかったらおっさんの命貰うからよろしくー』

「おいこら待て! なんだその無茶苦茶な要求は!」


 フータは魔剣の言葉に、慌ててポケットの中からSSR魔剣とSSR触手のカードを取り出す。

 どちらも実体化しているため、今手元にあるカードは本当にただの絵の描かれたカードだ。

 フータは魔剣の説明文をもう一度よく読む。


『平日九時から夕方六時まで使用可能な派遣型魔剣。完全週休二日制。魔剣使用後は対価に見合う代償が必要。この武器は手放すことが出来ず、また他武器との併用は出来ない。魔剣を紛失、盗難にあった場合、所有者に対し、厳しい罰が下る』


 これを読み、フータはすぐに魔剣へ抗議の声を上げた。


「五分の使用が俺の命と釣り合う訳ないだろ!」

『はぁ? 31歳、ブサメン童貞の価値ってそんなもんでしょー?』

「おい、てめぇ、ふざけんなよ?」

『……なぁに? 文句あるの? ピンチになったときに、魔剣の出力弱めるよ?』


 魔剣から聞こえる声のトーンが落ち、脅しが入ってくる。

 だが、フータは脅され慣れていた。

 伊達に数多の凶悪な借金取りから脅迫を受けているわけではない。フータの恐怖を感じる感覚は当の昔に麻痺していた。


「別に俺は構わんぞ? 今後貴様を使わなければいいだけの話だ」

『キャハハ! 次があると思ってるの? おっさんは後数分で死ぬの! 対価を払えずにね!』

「対価なら目の前にあるだろうが。立派な丸太だ。そこそこの金にはなるだろ? 説明文書にも、対価に見合う代償と書いてある」


 フータは切り倒された丸太に、魔剣をブスリ、と差し込む。

 何の抵抗も無く、丸太に突き刺さった魔剣を手放したフータは、腕を組み魔剣を睨み付けた。


「代償に、現金とは指定されてない。なら、現物支払いでも可能だろう! 俺はなぁ、貴様のようなクソビッチの美人局つつもたせに何度も何度も何度も何度も――騙されてんだよ! 今更引っかかるわけないだろ! 現物支給だ! さっさと持っていけ!」

『……クソジジィ。マジムカつくんですけどぉ』


 怒りを滲ませた声が聞こえると同時に、魔剣に刺さった丸太が淡く発光し、次の瞬間には光の粒子となって消えていった。

 地面にどさり、と落ちた魔剣を、フータは拾い上げると鞘にゆっくりと納めていく。


「さよならクソビッチ。二度と使ってやらねーから」

『こっちこそ! あんたなんか願い下げよ! ベーーーーーっだ! ばーか! しね!』


 カチン、と鞘に魔剣を納め、フータは何とか問題に対処出来た事に安堵のため息をつく。そして、この魔剣は使わない方が良さそうだと認識を改めた。

 次いでフータは、自分の肩の上で大人しくもじもじしている触手に目を向ける。


『SSR 触手』

『強い(説明不要)。常にお腹を空かせている。飢えさせると所有者を食い殺す』


 触手の見た目は、端的に言えばクロワッサン型の芋虫。

 薄い本に良く出てくる、長い蔓のようなもので対象を捕縛し、エッチな事をするタイプとは少し趣が異なっている。

 重さもサイズも500mlペットボトルと同じくらい。

 眼も鼻も耳も無く、あるのは頭部にある円形の口のみ。口は普段は無数の、それこそ微細な蔓状触手によって閉じられているのだが、これを開くと、中には鋭い牙が円形状に並んでいた。

 どういう戦い方をするのかは分からないが、こいつに噛まれたら痛いでは済まないだろうな、というのは分かる。


 プラスに考えれば、説明が不要なほど強い触手。

 しかし、フータにはマイナス要素の方が強く印象付けられた。


 まず、お腹いっぱいにしないと所有者が襲われるという説明文。

 この空腹状態について、一体どれほどの量の食事が必要か、現時点で不明であることが問題だ。

 量が明記されていないのは非常に恐ろしい。

 もしかしたら、毎日相撲取り並みに食べる可能性もある。

 そして常にお腹を空かせているという点。

 もしかしたら、どれだけ食べさせても、お腹を膨らましてくれない可能性もある。

 そうなると、詰みだ。

 SSRを失うのは惜しいが、命あっての物種。

 もし、この触手がヤバイ系のSSRであったならば、先ほどのクソビッチに土下座して、魔剣の使用時間を3秒くらいにしてもらい、この触手を殺さなければならない。

 そしてSSR触手を対価にしてお引き取り願おう。3秒の対価なら触手で釣り合うだろう。ダメかな? いけるかな?

 

「さて……どうやって触手の力を試すか。木を齧らせる訳にもいかないし、かと言って、いきなりゴブリンやオークに嗾けるのもなぁ。もし、成長型の触手だった場合、レベル1状態で放り出す事になるから、当然負ける可能性もあるわけで、触手が負けるとSSRを失うことになる。そうなると俺が戦わなきゃいけなくなる。となれば、俺は武器として魔剣を使用せざるを得なくて……負のスパイラルだな」


 つまり、ここで触手を失うのは怖い。

 このSSR達は、性能確認するだけなのに、俺の頭を悩ませてくる。なんてこった。これならポーション作成能力か、鑑定能力の方が良かったかもしれん。


 フータはため息を吐き出し、がりがりと乱暴に頭を掻いた。そんな彼の背中に声が掛かる。


「おい。大人しくその魔剣を寄こせ。そしたら命だけは取らないでおいてやる」

「足の二、三本は折っておくがな」

「ぎゃははは、足は三本もねえし、ここで動けなくなりゃ、どっちみち魔物に喰われて死ぬけどな。ぎゃははは」


 そんな言葉を掛けてきたのは、あの冒険者ギルドで、フータにパーティー加入を誘ったメンバーだった。

 

「最初は感づかれたかと思ったが、ただの馬鹿だったようだ」

「自分から人気のないところに行くから、仕事がやりやすい」


 剣ではなく、鈍器を片手に、男達はフータを取り囲む。

 フータは魔剣を手にしたまま、周囲の男を具に観察する。そしてこの状況からどう逃げ出すか考えた。

 戦おうなどとは、考えもしない。

 フータは暴力沙汰についてはこれっぽっちの経験も無い。剣を持ったのだって、初めてな素人である。


 一人で武器持ち三人を相手にするのは流石に拙い。


 鞘から抜いてはいないが、手に持っている魔剣から『ざまぁww死んじゃえ死んじゃえww』というムカつく感情が流れてくる、気がする。


 フータは考える。

 魔剣を使うという手もある。あの切れ味は魅力的だ。ただし、それには心配事が付きまとう。

 魔剣の使用に対し、野郎三人分の死体と装備が対価と釣り合うか……。

 足りなかった場合、どうなるかは想像したくない。

 その時、フータは魔剣以外にもこの場にいる、SSRの存在。己の肩に乗る触手に思い至った。


 SSRを囮に使うのは……くそ、今はそうも言ってられない!


「魔剣をこっちに投げろ」


 フータは男に言われた通り、魔剣をゆっくりと地面に下ろし、足の甲に乗せると思いっきり蹴っ飛ばした。

 蹴り飛ばされた魔剣は目の前の男の胴体辺りへ向かって飛び、男はそれを慌てて受け止めようとする。

 

「いけ!」

『キュッ!』


 返事をするように一鳴きした触手が、肩からフータの背後にいた男に飛びかかる。

 その結果を見ることなく、フータは目の前の男に集中し、大きく開いた股の下へ、渾身の蹴りを放った。

 ドチュッ、とゴールデンボールを潰した嫌な感触を、振り抜いた右足に感じる。

 フータはすぐに背後を振り返る。

 残りの二人に対処しようと落ちていた剣を構え、そこで唖然とした。


「……おえ」


 思わず顔を背け、吐きそうになってしまった。

 フータは口元を押さえたまま、股間を潰した男に向き直る。

 男は口から泡を吹き、体を痙攣させながら意識を失っていた。

 その男の頭部へ、触手がムニムニと体を動かしてやってくる。触手の体は所々に血痕が付着していた。

 触手はフータを見上げ、まるで『食べても良い?』と言っているように首を傾げる。


「いいぞ。食べても」


 俺はそう言って、くるりと背を向ける。


 目の前には真っ赤に染まった衣類と革製の装備一式が地面に転がっている。

 大地は血を吸い込み、猛烈な鉄臭さが辺りに漂っていた。


 パキ、ブチブチ、メリ。


 そんな肉を食らい、骨を砕く音を背後から聞きながら、フータは思う。


 もし、触手の食べ物が無くなれば、背後で食われているのは俺になる。

 もし、対価を払えなければ、魔剣に命を奪われる。


 そう考えると、フータは思わずにはいられなかった。





 ……異世界特典にSR以上確定ガチャを選択したのは間違いだったかもしれない。

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