第35話 盗賊団討伐作戦 ~ミユ②~

 ―まただ。また守れなかった。私は何も守れない。あの時もそうだった。


 無力だ。


 私は勇者。…なにが勇者だ。私は弱い。あの時から何も変わっていないじゃない。


 私は絶望していた。


 村の人達や、共に来た騎士達を守れなかった事に。あれは、私が殺したようなものだ。

 あの時、私が強く反対していれば…。


 ーーーーーー


 あれから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。


 私は今、盗賊団のアジトに幽閉されている。あの後、私は盗賊達に連行されたのだ。手足は鎖で壁に繋がれ、目の前には鉄格子が見える。逃亡を阻止するためのものだろう。だが私にはそんな気すら起きなかった。


 麻痺は既に解除されているはずなのに、思うように身体が動かない。


 暗い。


 暗闇の状態異常でもないのに、視界がやたらと暗い。絶望に満ちた時は何も見えないし何も考えられなくなる。


「…ま。…さま。…ミユ様!」


 不意に横から声が聞こえた。


 私は虚ろな目で声の方へ視線を向けた。そこにいたのはフローラだった。

 フローラも鎖で繋がれていて、他にも何人かの女性が鎖で繋がれている。結局、避難した村人の女性も捕まってしまったようだ。


「良かった…。無事みたいですね。」


 フローラは私と目が合うと、ニコっと微笑んだ。しかし、私が見てない間にたくさん泣いたのだろう。目の周りが少し赤くなっている。


「…フローラちゃん。ごめんなさい。」


 私はフローラの笑顔を見る事が出来なくて、視線を反らしながらそう言った。

 他になんて言えば良いかもわからなかったから。


「いえ、謝らないで下さい。ミユ様のせいではありませんから。それより無事で良かったです。」


 ―何言っているの。わたしのせいよ。私が自分の力を過信したせいでこうなったのよ。


「…違うわ。私がミスをしたからこうなった。あの村の人達も、あなたの従者さんも、私が殺したようなものよ。」


 殺されていった者達の断末魔がフラッシュバックする。

 その度に、吐き気と涙が止まらなくなる。


「ミユ様。しっかりして下さい。私達はまだ生きています。まだ終わりではありません。考えましょう。この先、どうすれば良いかを。」


 ―…どうしてこの子はこんなにも強いの?どうして私はこんなにも…。


「…どうして?あんな事があったのに、何故、そんなにも真っ直ぐ前を向けるの?」


「辛くないと言えば嘘になります。ですが、ここで私が諦めてしまっては、私を守ってくれたロンドや他の方達の死が無駄になってしまいます。それに、私は信じていますから。あの方達とミユ様の事を。」


「…強いのね。これじゃあ、どちらが勇者かわからないわ。」


 ―この子はすごい。私には無い物を持っている。『勇気がある者』。まさに勇者だわ。それに比べて私は…。


「私は強くなどありません。むしろ、強くなりたいと何度願った事か。何者にも屈しない力が私にもあればと。ですが、ミユ様にはその力があります。」


 ―やめて。私にそんな力なんてない。


「ミユ様。重ね重ね申し訳ありません。ですが、今一度、力をお貸しください。」


「…無理よ。私が剣を握れば、また誰かが殺される。もう何も失いたくないの。」


「ミユ様…。そうですか…。ですが私は信じていますから。ミユ様が本物の『勇者』であると。」


 ―それはあなたの様な者の事を言うのよ。私は違う。

 私はできない。


 私は下を向いたまま、顔を上げる事が出来なかった。見られたくなかったのだ。今の自分の顔を。


 しばらくすると、数人の盗賊が私達の元へやって来た。


「おい、女勇者。頭目がお呼びだ、出ろ。」


 私は鎖を外され、代わりに手錠のような物をはめられた。

 その後、盗賊は私の髪を掴み、無理矢理立たせた。


「待ってください!ミユ様はまだ、っ!!」


 フローラがそれを見て叫んだ。しかし、盗賊に顔を蹴られてしまった。


「うるせーぞガキ、おまえらは後で構ってやるから大人しくしてろ。」


 私はその様子を横目で見ていた。いつもなら、その盗賊をねじ伏せていただろう。手錠をされていたとしても、それくらいの事は出来たと思う。

 しかし、今の私にはそれが出来なかった。



 私は盗賊に髪を掴まれたまま、奥の部屋へ連れていかれた。

 その部屋はとても広く、何人もの盗賊が部屋の隅に並んでいた。

 そのまま、その部屋の奥にいる人物の目の前まで連れていかれ、そこで立ち止まった。


 そこには盗賊団の頭目らしき人物が、遊女の格好をした女性の肩を抱くように座っていた。

 盗賊団の頭目は鋭い目付きに黒い布を口元から首まで巻いている。


 ―こいつが盗賊団の頭目…?


 私が目の前まで来ると、その人物が口を開いた。


「お前が勇者か?思ってたより、弱そうだな。」


 盗賊団の頭目はそう言うと、私から取り上げた剣を、おもむろに投げた。

 剣は少し離れた場所で地面に落ち、滑るようにこちらへ向かってきて、私の横で止まった。

 その時、横にいた盗賊が私の手錠を外す。


「抜け。俺に勝てたならここから出してやるよ。」


 なんの説明も無く、頭目はそう言った。

 頭目は自身の身の丈はあろう真っ赤な刀身の大剣を担いで、立ち上がり、こちらに歩み寄ってくる。


 ―ここから出られる?ならフローラちゃん達を助け出す事が…。いえ、無理だわ。どうせ後で囲まれてしまう。


 私は剣を握らなかった。いえ、握れなかった。

 目の前で沢山の人が殺されたのだ。それも、私の責任で。

 私は、失う恐怖が身体に染み付いてしまっていたのだ。


「…あぁ?何故剣を取らねぇ。その剣はおまえのだろ。さっさと抜け。」


「…できない。」


「なに?」


「わたしにはできない。」


 頭目は呆れた様にため息をつく。そして、悪びれる事無く、私が一番恐れている事を口にする。


「…ちっ。しょうがねぇな。なら人質を一人ずつ殺していくか。そうすりゃ、ちったぁやる気も出るだろ?」


「…やめろ!」


「おい、ガキを連れてこい。」


 頭目がそう言うと、一人の盗賊がフローラを連れてきた。


「フローラ!」


「ミユ様!」


 ―なんで!もうやめて!


 私は心の中で叫んだ。けれど、そんなものは盗賊達に通じる訳がない。


「…まずはこのガキからだ。助けたけりゃ、その剣で俺を斬れ。」


 頭目は笑いながらフローラに近付き、大剣を振り上げる。


「どうした?早くしないと、このガキが半分になっちまうぞ?」


「お願い!立って下さい!ミユ様ぁ!!」


 フローラは泣きながら私の名を叫んだ。その瞬間、私の中で何かが吹っ切れた気がした。


「やめろぉぉぉ!」


 私は剣を手に取って頭目に斬りかかった。


「そうだ、それでいい。俺を楽しませてみせろ、勇者!」


 ―殺させるもんか!もう、死なせたりしない!


『力の解放』ウィス・リベロ!」


 金色のオーラが私を包み込む。


「たぁぁぁ!」


 私は神力を解放し、全力で頭目に剣を振り下ろした。


 ーー!!!


 私の剣と頭目の大剣がぶつかり、火花を散らす。


 頭目は私の全力の一撃を真正面から大剣で受け止めた。それでも、私は力を緩めない。その勢いに頭目の足元が地面にめり込んだ。


「はぁぁぁぁ!!」


「まだ足りねぇ。もっとだ、もっと力を引き出せ!」


 だが、頭目は大剣で私の剣をいなし、続け様に大剣を振り上げる。

 今度は私が剣で頭目の斬擊を受け止めた。しかし、体勢が悪くて上手く力が入らず、吹き飛ばされてしまった。


 ―こいつ、強い。『力の解放』ウィス・リベロを使った私の斬擊を止めたばかりか、切り返してくるなんて…。


 私は『聖眼』を使って、頭目のステータスを覗き見た。

『聖眼』はステータスを見るだけでなく、体力を少しずつ自動回復する能力を持つ。


 シオル (ヒューム) Lv 100 魔剣士ヘクス・ブレード

 HP 14600/14600 MP 10800/10800

 攻撃力 1320 防御力 1280 魔力 980

 器用さ 1060 素早さ 1050 成長度 9.0

 耐性 毒Ⅵ 麻痺Ⅵ 暗闇Ⅵ 混乱Ⅴ 魅了Ⅵ

恐怖Ⅷ 火Ⅶ 水Ⅱ 雷Ⅲ

 スキル 気配遮断Ⅵ 気配察知Ⅳ 暗視Ⅵ 狂戦士化Ⅴ

 剣術Ⅴ 大剣術Ⅶ 短剣術Ⅴ 火術Ⅴ

 EXスキル 金剛力Ⅴ

 加護 闘神の加護


 ―なんでこんな奴が盗賊なんかに…?けど、今はそんなこと関係ない。私がこいつを斬らなきゃいけないんだ。


「瞳の色が変わったな。俺のステータスを見てるのか?」


 シオルはニヤニヤと笑みを浮かべながら、大剣を肩に担ぎ、口を開いた。


「ええ。あなたは確かに強いけど、まだ私の方が強いわ。覚悟しなさい。」


「そうかよ。なら、俺もぼちぼち本気出すか。『力の解放』ウィスリベロ。」


 シオルはそう言うと、金色のオーラを纏った。


「フハハハ。久しぶりだ、これを使うのは。『金剛力』!」


 シオルは続けてEXスキルを発動する。すると、今度は金色のオーラが、両腕に巻き付いていく。


「いくぜ!!」


 次の瞬間、シオルは私目掛けて、高速で斬りかかってきた。


 ―速い!けどこの程度なら反応できる!


 私は咄嗟に剣を構え、シオルの横凪ぎの剣擊を受けた。


 ―えっ?!


 再び剣と剣がぶつかり、一瞬火花を散らすが、私はまた吹き飛ばされてしまった。


 ―なに、この馬鹿力は!?今度はちゃんと力を込めて受け止めたのに。


 私は空中で体を回転させ、体勢を整える。それに合わせ、シオルは追撃を仕掛けてきた。


「『勇者』の力ってのはこんなもんか?」


「黙れ!」


「…す、すげぇ、何が起きてるかわからねぇ。」


 一人の盗賊が唾を飲み、そう呟いた。


 至る所で、剣と剣がぶつかり、火花を散らす。

 スピードは私が上。パワーは向こうが上。だが、シオルは私の攻撃を先読みをするように、防いでくる。


 お互いの攻撃が決まらない。

 私とシオルの攻防は激しさを増し、周りにいた盗賊達には、もはや何が起きているのか、見えていないようだった。


 しかし、シオルは一瞬の隙を見逃さなかった。私はシオルのパワーに押され、一瞬体勢を崩した。その瞬間、シオルは私の剣を弾き飛ばした。


「まぁまぁ楽しめたぜ、勇者。」


「しまっ!!」


「終わりだ。『甕速火神』ミカハヤヒノカミ!」


 シオルの大剣が赤く燃え出し、高熱を発する。そしてシオルは、その燃える大剣で私を左肩から斜めに斬りつけた。


 ーーーー!!!!


「かはっ!」


 私のミスリルの鎧は高熱により溶断され、身体が焼ける痛みと、斬られた痛みが私を襲い、私はその場に倒れた。


「あばよ、勇者。」


「ミユ様ぁぁぁ!」


 フローラの泣き叫ぶ声が聞こえる。私が薄れ行く意識の中、見えたのはシオルの勝ち誇った笑みだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る