第32話 盗賊団討伐作戦 ~リトラ②~

 夜が明け、我らは予定通り進み、エルフの国「トロイア国」に到着した。

 国と言っても、住人は三百にも満たない、小さな国のようだ。

 辺りを見渡すと、木々の上に似たような、小さな住居がちらほらとあるだけで、もはや集落と言っても良いくらいに思える。


 ―小さい国だな。代わり映えのしない景色に、肉串を焼く匂いもせん。どうなっておるのだ。


 肉串の出店は無いのかと辺りを見渡していると、数人のエルフが我らを出迎えた。

 我らはエルフ達に、来訪の理由を説明し、国王への謁見の許可を取り、国王の根城へ向かった。


 国王の根城は、巨大な木の中身を、一部分くり抜いて作られた物で、中へ通されると、木の独特な匂いが鼻をついて、なんとも不快でしょうがなかった。


 ―最悪だ。肉串は見当たらぬし、この匂いも耐え難い。この国は我にはとても合わぬ。


 我は、一刻も早くこの場から去りたかった。出店でも並んでおれば、それらを食して時間を潰したものを。


 しばらくその場で待っていると、一人の女が入って来て、我らに挨拶をしてきた。


「ようこそおいで下さいました。ソル王国の騎士様方。私はトロイア国国王、ディーウァ・トロイアと申します。」


 ディーウァは他のエルフと少し違う雰囲気がある。神々しく、気品を感じられるのだ。

 だからと言って、特に頭を下げるつもりもないが。我は、主殿とリオ殿にしか、頭を垂れるつもりは無いからな。


 その後、人間もエルフの王に挨拶をし、ようやく人間とエルフの王のやり取りが始まった。我は鼻がむず痒くなってしまい、それに耐えるのに必死で、殆ど話を聞いてはいなかった。


 しばらくして、ようやく話が纏まって、急いでその場を去ろうとした所で、何故か我だけ呼び止められた。


「そこの紫の髪の方。少し二人でお話できませんか?」


んだ?我にあにか用か?」


「…?」


「…んだその顔は。」


「…いえ、なんでもありません。失礼いたしました。」


 ―なんなのだ。このエルフは。


 我は長いことその部屋にいたため、鼻が少しおかしくなってしまい、上手く喋れなかった。それに対しエルフの王も不思議そうな顔をして、我を見てきたため、妙な空気が流れてしまった。


 それはさておき、我とエルフの王の二人きりになったところで、早速、我を呼び止めた理由を聞いてみた。


「我に一体んの用だ。手短に話せ。」


「呼び止めてしまい申し訳ありません。もしや貴方様は伝説竜エンシェント・ドラゴンのヴリトラ様ではありませんか?」


あに?もしやおぬし、ハイエルフか?」


「その通りです。勝手ながら『妖精眼』で拝見させていただきました。」


 ―なるほど。確か、エルフの上位種であるハイエルフは、我ら上位竜と同じく、特殊な力を持った目を有していると聞いた事があったな。


「それを聞くためにわざわざ呼び止めたのか?」


「それもあります。それともう一つ、ヴリトラ様にお願いがございます。無論、できる限りのお礼はさせていただきます。」


 ―お礼とな?ふむ。聞くだけきいてやるか。


「申してみよ。」


 我は「お礼」と言う言葉に反応し、少し話を聞いてやる事にした。

 エルフの王の話によると、盗賊達による誘拐被害だけでなく、魔物の襲来も頻発しているそうだ。

 その魔物の中には、この森に古くから住まう上位竜である『ガルグイユ』というドラゴンに襲われ、殺された者もいると言う。


 ―ガルグイユか。あやつは自ら他者を襲うような事はせん奴だったはずだが…。


「あやつは竜族のあかでも、比較的、温和な性格な奴だった。あにか貴様らが刺激を与えたのではいのか?」


「それはあり得ません。ガルグイユ様のお力は我々エルフの民も理解しておりますので。」


 エルフの王は首を横に振り、我の質問に答えた。


 ―ふむ。だとすると、他の理由だが…。よくわからんな。まぁ知らぬ仲ではないし、一度会ってみればわかるか…?


「ヴリトラ様、このままでは、この国はガルグイユ様に滅ぼされてしまうかもしれません。どうか、我々にお力をお貸しください。」


 エルフの王はそう言って、我の前に跪いた。


 ハイエルフは高貴な存在だ。他者に頭を垂れるなど、本来ならありない。余程、切羽詰まっているのだろう。


 我はその姿を見て、少しばかり手を貸してやる事にした。


「…よかろう。らば報酬を用意せよ。」


「ありがとうございます!私共にできることならば、なんでも。」


「ふむ。では、我が満足するだけの量の肉を持って参れ。」


 我がそう言うと、エルフの王はまたもや、不思議そうな顔をして我を見てきた。


「…肉…ですか?」


「うむ。豚でも鳥でも良い。エルフは狩猟が得意だったはずだ。まさか肉を食さぬ訳ではかろう?」


「確かに我々は狩猟を得意としています。私は頂きませんが、他の者は食しているはずです。ですが…本当にそれでよろしいのですか?」


「構わぬ。それ以外に欲しい物などい。」


「かしこまりました。たくさんのお肉をご用意致しましょう。」


 ―フッフッフ。しばらくは主殿に頂いた干し肉で我慢せねばと、半ば諦めておったが、杞憂であったな。これでやる気も出ると言うものよ。


 エルフの王と話が纏まり、我が部屋を出ようとすると、一つ言い忘れていた事を思い出した。


「それと、エルフの王よ。いまの我のはヴリトラではくリトラだ。ある方々に仕え、共に冒険者をしておる。間違うでいぞ。」


「ヴリトラ様が誰かにお仕えしていらっしゃると?!」


 それを聞いたエルフの王はとても驚いた様子で、声を上げた。


「うむ。その方々は我より強く、そして心優しい、素晴らしい方々だ。おぬしも会えばきっと心引かれるであろう。」


「そのような方々が…。それは是非ともお会いしとうございますね。」


「フッフッフ。ならば、今度連れて来てやろう。」


「その際は国を挙げて歓迎いたします。」


「うむ。では我はさっそくガルグイユの元へ向かうとしよう。そこで、しばし吉報を待っておれ。」


「よろしくお願い致します。リトラ様。」


 エルフの王は安堵した様に、ニコリと笑い、我を送り出した。

 そして、我もようやく外へ出て、別の意味で安堵していた。


 ―やっと、あの臭い部屋から出る事が出来た。あれをなんとも思わない、エルフの嗅覚は一体どうなっておるのか。


 我はそんな事を考えた後、すぐに報酬の肉の事で頭がいっぱいになり、胸を高鳴らせながら、その足でガルグイユの元へ向かった。

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