第20話 リトラ

「伝説竜を…一撃…?」


 ミユは倒れ込むドラゴンを見て固まっている。


「いや。さすがに、この程度じゃ死なないだろ。気絶スタンしただけだと思う。」


 ドラゴンの基礎体力を考えれば、一発二発では倒せないと予想はしていた。それでも予想以上にダメージが通ったみたいで、ドラゴンは起き上がってくる気配がない。


「なら今がチャンスじゃない。早く止めを刺さないと!」


 ミユは剣を構えて、ドラゴンに剣先を向ける。


「まてまてまて。ちょっと落ち着け。確かにちょっとムカつく奴だったけど、こいつ話せるみたいだし、話を聞いてからでもいいだろ?」


 俺はミユとドラゴンの間に割って入り、ミユをなだめた。


「何言ってるの?ドラゴンなのよ?こいつが人里に降りたりしたら、甚大な被害が出るわ。今ここで殺しておくべきよ!」


「だから、ちょっと落ち着けって。こいつのLvなら暴れだしても、俺一人で殺せるから。話を聞いてからでもいいだろ。」


「何言っているの?伝説竜エンシェント・ドラゴンなのよ?その辺の下級ドラゴンとは訳が違うわ!貴方一人で勝てる訳ないでしょ!」


 しかし、ミユの勢いは止まらず、今にも斬りかかりそうだ。

 それでも、めげずに俺がミユをなだめていると、ドラゴンが起き上がってきた。


「…ぬぅ。貴様、一体何者だ。」


 ドラゴンは起き上がって早々、俺に問いかけてくる。

 その問いに答えたのは俺では無く、リオだった。


「貴方、少し頭が高いですよ。この方はシン様の盟友にして、その力を継ぎし御方です。」


 ―え?リオさん、何を言っているの。


「何?…貴様…戯れ言を抜かすなよ!シン様は300年前の『聖戦』ジ・ハードで、とうに亡くなられておるのだぞ!」


 ―こいつ、シンさんを知ってるのか?てか300年?!シンさんはあんなところに300年も閉じ込められていたのか?!


「…嘘ではありません。シン様は『聖戦』ジ・ハードの後、ある場所にずっと幽閉されていたのです。私は300年前に、シン様より作られました。あなたの『竜眼』なら、この話が嘘か誠か、わかるのではないですか?」


 リオがため息混じりにそう言うと、ドラゴンの瞳が金色に光り、リオをじっと見つめる。

 すると、ドラゴンは驚いた様子で口を開いた。


「…な…『龍人族』ドラゴノイド…?それに『神龍眼』に『空間術』…?言われてみれば、かすかにシン様に似た気配が…。まさか本当に…?」


「そうでしょうね。私の中にはシン様の血が流れていますから。」


 ドラゴンは目を見開いて、後退りを始めた。


「では、シン様は生きておられるのか?!」


「…いえ。少し前に亡くなられました。私達を助け出すために。」


「そうか…。」


 ドラゴンは先程までの勢いを完全に無くし、何かを思い返すように天を見上げた。


 ドラゴンは暫く沈黙し、リオとの話が一段落したように見えたので、俺はドラゴンに話しかけた。


「話は終わったか?」


「…あぁ。すまなかったな。」


 ドラゴンはさっきまでの横柄な態度ではなくなっていて、大分しおらしくなっている。


「俺も殴って悪かったよ。これはお詫びだ。」


 俺はそう言って空に飛び上がり、空間魔法で薬草を取り出して、『創造』を使って最上級ポーションを錬成した。

 そして、辺りにポーションの雨を降らせた。


「…今のは…シン様の…。」


 すると、ドラゴンの折れた牙が再び生え、体力がみるみる回復していく。


「あぁ。シンさんからもらった『創造』のスキルだよ。うまく行ったみたいで良かった。」


 本当は聖術の『治癒』リカバリーで充分治せたのだが、せっかくなので、ポーションを作ってみた。その方がドラゴンにも納得してもらえると思ったからだ。


 俺は着地して、ドラゴンの傷が癒えたのを確認して少しホッとした。


 ―あれ?そう言えば、女勇者が全然喋らないな。


 俺は気になったので、ミユに声をかけた。


「大丈夫か?…おーい?」


「……。」


 ミユは驚いているのか、混乱しているのか、空を見ながら口を開けて何も反応しない。


 ―ちょっとやり過ぎたかな。まぁいいか。一段落したみたいだし、帰ろ。


 俺はめんどくさくなり、ミユを置いて帰る事にした。


「リオ、クエストの報告もしなきゃだし、そろそろ帰ろうか。」


「そうですね。私、お腹が空いてきました。」


「だな。おい、ドラゴン。もうむやみに人を襲ったりするなよ。」


 俺はドラゴンにそう言って、リオと歩き出した。

 しかし、ドラゴンは俺達を呼び止めた。


「待ってくだされ。」


 ―?


「我も貴方達にお供したい。」


 ―??…何を言い出すんだよこいつ。


「いや、無理。」


「何故ですか?!」


 ドラゴンは俺の反応が予想外だったのか、すごく大きな声をあげた。


「だっておまえ、ドラゴンじゃん。そんなデカイ図体でどうやって俺達と生活するつもりだよ。それに、おまえの姿を見たら街の人間が怯えてしまうだろ。」


 勇者でさえあの反応だったのだ。こんな大きなドラゴンがいきなり街に現れたらどうなるか、容易に想像できる。


「…では、人の姿なら問題ありませぬか?」


「は?」


 ドラゴンはそう言うと、身体が輝きだし、みるみる小さくなっていく。

 そして、見事に人間の女性の姿に変わった。

 背は170センチ程あり、薄紫の長い髪に少しウェーブがかかっている。瞳の色はエメラルドグリーンで妖艶な雰囲気が漂っている。そして何より大きい。何がとは言わないが。


 ―…デカイ。リオもデカイが、これはさらにデカイぞ。ドラゴンにとってはこれが標準装備なのだろうか。


「…じゃなくて、ストーップ!服!」


 俺は咄嗟に着ていたローブを羽織らせた。


 人型に変化したドラゴンは何故か裸で、少しも隠そうとしない。むしろ堂々とした姿で、得意気な顔をしている。


「これなら問題ありませぬな。我も一緒に連れて行って下され。我は見も心も捧げる所存ですぞ。」


 ―ぐぅ…、こいつ、こんな事できたのか。クソ…女の姿で言われると断りずれぇ。てかそんな姿で、誤解を招くような事言うんじゃねぇよ。


「いや、でもなぁ…。リオからもなんとか言ってやってくれよ。」


 俺はリオに助け船を求めた。


「良いのではないですか?忠誠も誓っているようですし、旅の移動も楽になります。」


 ―ダメだったぁぁ。てかリオさん、コキ使う気満々だぁ!

 クソッ…かくなるうえは女勇者に!


「おい、あんたも黙ってないでなんとか言って…!」


 ―!?


 振り向くと、ゴミを見るような目で、俺を見下しているミユの顔が目に入った。


「…あんたの正体がなんとなくわかった気がするわ。…ただのクズね。」


 ―えぇ?なんでぇぇ!?さっきまでこいつの事、殺そうとしてたじゃん!


「…で、どうするつもりなの?あんたがあの時、殺さなかったからこうなったのよ?」


 ミユは正気に戻ったのか、かなり不機嫌そうだ。


 ―ムムム。確かにその通りなんだが…。まさか、こんな話になるなんて思ってなかったんだよ。でも追い返すって言ってもみんな納得しないよなぁ…。


「わかったよ…。俺が責任持って監視する。それでいいんだろ?」


 俺は諦めて、ドラゴンを連れていく事にした。

 とはいえ、裸のまま連れて歩く訳にもいかないので、余っている屑穴で狩った魔物の素材を使って、服を作ってやった。

 即興で作ったので、シンプルにTシャツと短パン。それとブーツだ。決して考えるのがめんどくさかった訳ではない。時間が無かっただけだ。


「おぉ!やはり『創造』の力は素晴らしいですな。ちと胸の辺りが窮屈ですが…。」


「急ぎで作ったんだから文句言うな。今度ちゃんと作ってやるから、今はそれで我慢しとけ。それよりおまえ、ちゃんと俺とリオの言うこと聞けよ。」


「わかっております。しかし、主殿。できれば我の事も名前で呼んでは下さらぬか?」


「名前?ヴリトラだっけ?」


「はい。そうでございます。」


 ―うーん、見た目女なのにヴリトラって名前はちょっと変じゃないか?


「なんか呼びづらいし、リトラでいいか?」


「おお!新しく名を付けてくださるのですか!?では今日からリトラと名乗らせていただきます。」


 ―付けたと言うより、省略しただけなのだが。まぁいいか。気に入ってるみたいだし。

 それにしても、今日も疲れたなぁ。まったく…、次から次へと…。やっぱり俺って呪われてるんじゃないだろうか。


 俺はもう考える気力もなくなり、ただ空を見上げていた。

 すると、不意にミユが話しかけてきた。


「…あなたの事、少し誤解していたわ。」


 ミユは剣を収め、そう言って先に街へ戻って行った。

 と思ったら、振り返って「でも貴方の誤解が解けた訳じゃないんだからね!」とまた捨て台詞を吐いて行った。


 ―…はぁ…。帰って寝よ。


 ーーーー


 こうして、新たにリトラが仲間?になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る