第9話 女神テミスと亜神ダイ

 ショウとリオが特異体を追って部屋から出て行った後、シンは別の気配を感じていた。


「…ちっ。厄介なのが来おったな。」


 シンの目の前に門が現れ、その向こうから白装束の者が十数名と、きらびやかな女性が出て来た。


「お久しぶりね。意外と元気そうじゃない。」


「…テミスか。天界の女神がこんな所に何の用だ。嫌味でも言いに来たのか?」


「貴様!主神様に何たる口の聞き方…!」


 きらびやかな女性は、この世界の主女神テミス。ショウをこの世界に呼び、そして屑穴に捨てた者だ。


 テミスは右手を上げ、怒りをあらわにする白装束達を静める。


「貴方達の様子が気になってね。私が捨てた子は元気かしら?」


「やはり貴様がショウをここへ…。よくもそのような事を平然と。あやつは普通の人間なんだぞ。それが神のする事か!」


 シンが怒りをあらわにし、そう叫ぶと、辺りの空気が震え、地響きが起きる。

 その重圧に、白装束の者達は恐怖を覚えて後退ってしまう。


「…あまり我が子達を脅さないでいただける?」


 テミスはシンの重圧を物ともせず、淡々と口を開く。


「あの子は本来、死ぬべき運命にあった者。その運命通り、死なせてあげるのが救済となるわ。それが神である私の慈悲よ。」


「魔物のエサにする事を救いなどとは言わぬ。それは貴様の身勝手極まりない、ただの傲慢ごうまんだ。」


「…あの子をこの世界に呼んでしまった事については、私も罪悪感を感じているわ。けどね、私は世界の秩序と掟を司る女神。冥府の神と同じ力を持った者を生かしては置けないわ。世界の秩序を守るのは私の責務なのだから。」


「何が秩序だ、何が罪悪感だ。思ってもおらぬ事を抜け抜けと。他者の未来は貴様が決める事ではない!本人が決める事だ!人の命を軽々しく、もて遊ぶでない!」


「フフ、何をそんなに熱くなっているの。人の命なんて、私達、神からすれば軽い物でしょ。世界を動かす歯車の、ほんの一部でしかないのだから。…あぁ、これ以上貴方と話していても時間の無駄になるわね。」


 テミスは溜め息混じりにそう言うと、指をパチンと鳴らした。

 すると、シンの足元に魔方陣が表れ、飛び出てきた無数の鎖でシンは拘束されてしまう。


「うぐっ!貴様…!」


『封神縛鎖』ふうしんばくさ。今のあなたでは抜け出す事は不可能よ。無駄な抵抗はしない事ね。知ってるだろうけど、その鎖は抵抗すればするほど締め上げるわよ。」


「…何が目的だ。」


「そうね。あの子の事もそうだけど、本当に用があるのは、貴方とお人形さんの方よ。」


「貴様!リオをどうする気だ!」


「あらあら。お人形さんに名前まで付けちゃって。龍神ともあろう者が、お可愛いこと。」


 テミスは小バカにするようにクスクスと鼻で笑い、続けて口を開く。


「あの人形は貴方の神力を受け継いでいるのでしょう。あの子どもも生きているようだし、放っておけば厄介になると思ってね。その前に処分させてもらうわ。まずは貴方からよ。」


 テミスはスッと右手を上げる。

 すると、白装束の者達がシンを取り囲み、魔力を込め出す。


「「『罪の賠償』」」ペッカートゥム・エクスピアーティオ!」

 シンの周りに無数の黒い粒が現れたと思った瞬間、黒い粒は針の様に変化し、シンの身体を貫いていった。


「ぐはぁ…!」


「フフ。罪深いあなたにはお似合いの償いだわ。まぁ、安心なさい。あの子供もお人形さんも、すぐにあなたの後を追うわ。ダイ、後は任せます。それではご機嫌よう。罪深き堕神おちがみ様。」


「…。」


 ダイと呼ばれた一人の白装束が無言でひざまずく。


 テミスと他の白装束の者達は再び門を潜り、消えて行った。


「…派手にやられたな。シン。」


「ダイ…。リオとショウには手を出すな。」


「それは無理な相談だな。主の命令には逆らえない。まぁ、それもアルマロス相手に生きていればだけどな。」


「…アルマロスだと?何故奴がここに…。」


「俺達が呼んだのさ。「人形と人間を始末すれば、天界に戻してやる」と言ってな。全てはあんたを一人にさせるためだ。これであいつが都合よくリオも壊してくれれば万々歳だ。」


「感じていた気配はアルマロスだったか。…外道め。だがリオはあの程度の輩に負けたりはせぬ。」


「どうだかな。まぁ、目的はあんたとリオを引き離すための時間稼ぎだし。最悪、始末出来なかったとしても、リオのLvじゃアルマロス相手に無傷では済まないだろ。あんたを殺せれば、後はどうとでもなる。」


「…ショウも殺すのか。あやつは貴様と同じ人間だぞ。」


「…それが主のご意志だ。」


 ダイはそう言って腰に携えた金色の剣を抜く。


「そんな事はさせぬ!」


 それに反応するように、シンの身体が光出す。


「おいおい、まだそんな力が残ってたのかよ。仕方ない、『武勇を示す刃』アメノムラクモ!」


 ダイは金色の剣をシンめがけ、力強く振り下ろした。


――――!!!


 激しい火花と金属音が鳴り響き、土煙が上がる。


「…さすがは龍神。あの状態でこれを止めるか。」


 土煙が晴れていくと、剣を振り下ろしているダイと、それを両腕で止めている一人の姿が見えた。


「まだその姿になれたとはな。『聖戦』ジ・ハード以来か。」


「…あぁ、おぬしらを討つために残して置いた力だ。」


 シンはさっきまでの龍の姿ではなく、人型に変わっていた。

 リオと同じ銀髪で無造作に伸びた長髪。肌は白く、長身で引き締まった身体付きをしており、目鼻立ちもはっきりとしたかなりのイケメンだ。

ただ、前腕には鱗があり、龍の姿の名残が残っている。その鱗で、ダイの剣を止めたのだ。


 シンに巻き付いていた鎖は引きちぎれて、胞子のようになり消えていく。


「これは、俺も油断できんな。」


 ダイはシンから距離を取り、そう言って白装束を脱ぎ捨てた。


 ダイは黒髪短髪に黒い瞳をしていて、切れ長な目をしている。見た目は二十歳そこそこで、こちらもタイプは違うが、整った顔立ちをしている。


「ダイよ。貴様はショウと同郷であろう。それでも殺すと言うのか。」


「あぁ。あいつは日本人だな。だが、今の俺は主に仕える神兵だ。もはや人間じゃない。殺せと言われれば人間だろうが元神だろうが殺すまでさ。」


「哀れだな、元勇者よ。我が生きておるうちは、貴様らの好きにはさせぬぞ。」


「神兵と言っても、俺は亜神だ。簡単に殺せると思うなよ。」


 シンの目が金色に輝き出す。

 シンのEXスキル『神龍眼』は対象のステータスを見る事はもちろん、能力の向上や、少し先の未来を読む事ができる。


 ダイ (亜神) Lv 903 ジョブ 剣神

 HP 90170/90170 MP 90050/90050

 攻撃力 9300 防御力 9200 魔力 8800

 器用さ 9100 素早さ 8600 成長度 9.1

 耐性 毒Ⅹ 麻痺Ⅹ 睡眠Ⅹ 魅了Ⅹ 混乱Ⅹ 暗闇Ⅹ

 火Ⅹ 水Ⅹ 風Ⅹ 雷Ⅹ 土Ⅹ 冥Ⅹ 聖Ⅹ

 スキル 気配遮断Ⅹ 気配察知Ⅹ 隠蔽Ⅹ 命中補正Ⅹ

 威圧Ⅹ 水術Ⅹ 風術Ⅹ 雷術Ⅹ 土術Ⅹ

 聖術Ⅹ 体術Ⅹ 弓術Ⅸ

 EXスキル 神仙眼Ⅹ 神剣術Ⅹ 神火術Ⅷ 限界突破Ⅹ

加護 主女神の加護

「貴様、本当に元人間なのか怪しいな。」


「あんたも相変わらずの化物だな、シン。」


 ダイの目は銀色に輝いている。『神仙眼』を発動しているのだろう。


 シン (龍神) Lv 998 ジョブ ーー

 HP 26740/99999 MP 57890/99999

 攻撃力 4650(9999) 防御力 4650(9990) 魔力 4660 (9999) 器用さ 4440(9999) 素早さ 4400(9990) 成長度 10

 耐性 毒Ⅹ 麻痺Ⅹ 睡眠Ⅹ 魅了Ⅹ 混乱Ⅹ 暗闇Ⅹ

 火Ⅹ 水Ⅹ 風Ⅹ 雷Ⅹ 土Ⅹ 冥Ⅹ 聖Ⅹ

 スキル 気配遮断Ⅹ 隠蔽Ⅹ 命中補正Ⅹ

 威圧Ⅹ 水術Ⅹ 雷術Ⅹ 土術Ⅹ

 EXスキル 神龍眼Ⅹ 創造Ⅹ 神空術Ⅹ 神体術Ⅹ

 神火術Ⅹ 神風術Ⅹ 神聖術Ⅹ


「お別れだな、シン。」


「…おごるなよ、小僧。」



 二人は短く言葉を交わし、睨み合い、臨戦態勢を取った。

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