第7話 堕天使アルマロス

 今、俺とリオは大きな扉の前にいる。


 この『屑穴』内で、こんな扉は俺達が根城にしている部屋以外で見たことがない。


「今さらだけど、やっぱりただの魔物じゃないみたいだな。虫や獣がこんな物を作れるとは思えない。」


 ―やっぱり、俺達を待ってやがるのか。

 知性を持ってるとしたら、何が目的なんだ?気配を隠さず、ご丁寧にこんな部屋まで用意して。…罠でも仕掛けているのか?


「…ショウ様。私が開けます。」


「いや、俺が開けるよ。なんか嫌な予感がするんだ。何かあっても俺が防げば、リオも反撃しやすいだろ」


「そうですね。なら一応、能力も上げておきましょう。」


 リオは自身と俺に『全能力向上』オール・オーバーを掛けて、後ろに下がる。

 俺は左腕で盾を構えて、いつでもバリアをはれるようにする。

 準備を整え、ゆっくり扉を開いた。


 ――――――――


「…ようこそ。お待ちしておりました。よくぞ、魔物の群を突破しましたね。」


 そこにいたは、黒いローブで頭の先から足の先まで身を包み、黒い翼を生やした者だった。その翼は真っ黒で、まるでカラスの翼のようだ。

 顔はローブで見えないが、声からして恐らく男。性別とかあるのかわからないが。


 俺達は部屋に入り、ローブの者に問いかけた。


「あれはお前の仕業か?お前はなんだ。ここで何をしている。」


「おっと、これは失礼。私はアルマロス。あれはあなた達の実力を測るための演出です。あの程度も突破出来ないような者には興味ありませんから。」


「…何故俺達を?」


「いやぁ、ここに来てからしばらく経ちますが、ここはゴミばかりですからね。正直飽き飽きしていたのですよ。そんな時に、あなたたちの気配を感じまして。興味が湧いた、と言った所でしょうか。あなた達は合格です。」


 ―煮え切らない言い方しやがるなこいつ。

 気配辿れるんなら、待ってる必要なんか無いだろ。


「本当の目的を話せ。」


「本当も何も、これが真実ですよ。」


 ―わからない。何がしたいんだ。


「…おまえはここに『来た』と言ったが、ここで生まれた魔物じゃないって事か?」


「下等な魔物風情と一緒にされては困りますね。しかし、私に興味を持って頂けたのは嬉しいのですが、これ以上はお答えできません。でもまぁ、そうですね。私を屈服させる事ができれば、その時は全てをお話しますよ。」


 ―やっぱそうなるか。こいつの目的は俺達と戦う事っぽいし。まぁ、素直に答える訳ないよな。


「…リオ。奴のLvは?」


 俺はリオにコソッと聞いた。リオは既に『龍眼』を使って、アルマロスのステータスを分析していた。


「…346です。ですが、正直な数値ではない可能性もあります。」


 ―346?!下手したらそれ以上かもって事か?だからこんな余裕な態度なのか。


「それに、あの者は本当に魔物ではないようです。」


「?魔物じゃないなら一体…。」


「堕天使、と言うらしいです。」


 ―マジかよ。確かにあの翼は俺の知る堕天使のそれだけど…。いや、神なんかもいるみたいだし、いてもおかしくないか…?


「お話は済みましたか?では、そろそろ始めましょうか。」


 ―――――!?

 アルマロスはそう言って、目の前から突然消えた。


 次の瞬間、俺の右腕から右脇腹に掛けて衝撃が走り、左方向に吹き飛んだ。その勢いで、受け身もとれないまま壁に激突してしまった。


「おやおや。今の速さで、反応すらできないとは。…ダメですねぇ。ま、あなたにはそんなに興味ありませんから。そこでおとなしく寝ていて下さい。」


「…かっ、はっ…!。」


 …油断をしたつもりはない。アルマロスから目も離さず、注視していた。にもかかわらず、アルマロスは一瞬の間に、俺の右側面に回り込み、蹴りを入れていたのだ。

 ただの蹴りとはいえ、Lv346の蹴りだ。猛スピードで車に突っ込まれたような衝撃に、俺は息すらまともにできなくなっていた。


「ショウ様!」


 うっさらとリオの声が聞こえる。しかし、俺はあまりの衝撃に頭も回らず、息をするのが精一杯で返事もできなかった。


「本当に興味があるのはあなたです。美しいお人形さん。」


 アルマロスはリオの目の前に立ち、両手を開いて挑発する。


「…馴れ馴れしい。不愉快です。」


 リオは槍でアルマロスを突くが、ヒラリとかわされる。

 リオはそれに動じる事なく、目にも止まらぬ速さで、連続して突くが、その全てをアルマロスはかわし続ける。

 リオが横薙ぎの一閃をくりだした所で、アルマロスは後ろに大きく下がり、距離を取った。


 アルマロスとの距離を確認して、リオは俺に駆け寄ってきた。


「ショウ様、大丈夫ですか!」


「…ガハッ。」


 俺は口から血を吐くだけで、何も反応できない。


「すぐ回復します。『完全なる治癒』パーフェクトリカバリー。」


 リオは俺の様子を見て、すぐ回復しようとするが、アルマロスがそれを許すはずがない。


「フフフ。ダメですよ。『黒星』リゲル・ステラ。」


 アルマロスは右手にバスケットボール程の黒い球体を作り出し、リオに向かって投げつける。

 黒い球体は俺達に被弾し、爆音を上げた。


 爆発が収まり、土煙が上がる。黒い球体は俺達に直撃したかに見えたが、リオは瞬時に回復魔法をバリアに切り替え、これを防いでいた。


 アルマロスはその様子に驚きもせず、悠々と口を開く。


「つれませんねぇ。そんなゴミは放っておいて、私の相手に集中して下さい。」


「…。ショウ様はゴミ等ではありません。それを言うならあなたの方でしょう。」


「フフフ。あなたは見処があると思っていたのですが、随分私とは美的感覚が違うようだ。所詮は木偶デク、という事でしょうか。…」


 アルマロスはため息混じりにヤレヤレと言ったポーズをする。


「興が冷めました。もう充分です。終わりにしましょう。『黒星雨』リゲル・ステラ・プルウィア。」


 アルマロスが両の手の平を一度、パンッと叩く。

 すると、俺達の頭上に先程の黒い球体が無数に浮かび上がった。


「これで、終わりジ・エンドです。」


 アルマロスの言葉を合図に、無数の黒い球体は俺達へと降り注いだ。


 

「…『力の解放』ウィス・リベロ。」

リオは動揺する事なく、静かに目を閉じ、そう呟いた。


――――

 どれだけの時間が経ったのだろうか。鳴り止まない爆音に、激しい揺れ。

 終わらない爆撃に時間の感覚も曖昧になる。


 俺は勝つ事を諦め、目を閉じながらひたすら止まない爆撃を感じていた。本当に死ぬんだと思った。

 だが、いくら待ってもその時は来なかった。それどころか、痛みや衝撃が全くない。まるで今この場で起こっている事ではないような、不思議な感覚だった。


 少しずつ取り戻していく意識の中で見たのものは、金色のオーラを纏い、バリア一枚で爆撃を防いでいるリオの後ろ姿だった。





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