第16話 憎さ余って
グノウからの指示だから仕方がない。
鬼を仇に持つシンは、自身にそう言い聞かせて鬼の匠タクマと馬車で人里に向かっていた。
城の修繕の為である。
小人グノウと鬼の将ヘイジの取り交わした再戦の約束。
城が完成した暁には、開戦の火蓋が切って落とされる。
そうなれば、今度こそグノウが鬼を皆殺しにしてくれるかもしれない。
そう思えばこそ、憎い鬼と共に買い物に行く事にも耐えられるというものである。
物資の調達はシンの故郷に行くこととなり、案内役を任されていた。
運び手は遠くから離れて追従している。
「シン。疲れてねェかァ?」
「……別に」
「……そうかァ」
タクマは鬼の例に漏れず恐ろしい強面だったが、根は優し気でどこか気弱な鬼だった。
正直、鬼と行動を共にするなど恐怖と怒りで生きた心地がしないが、相手がこのタクマなのは、まだマシだったのだろう。
前にグノウに技を披露してもうら為に、このタクマがぶっ飛ばされため、多少の負い目があるのもあった。
「……もうすぐ里に着く」
「おう。わかった」
シンの端的な言葉に、タクマは顔を布で覆い隠してフードを深めに被った。
言葉に独特な訛りがあったが、察しが良く恐ろし気な見た目に反して冷静な鬼だと、シンはほんの少しだけ見直した。
鬼には血塗れの野蛮なイメージしか無かったからだ。
こんな形にはなったが、久々の故郷をシンは懐かしんだ。
だが、家族はいない。
鬼に食い殺されたからだ。
不意にそれを思い出し、タクマを睨んだ。
「……どうした?」
「……別に」
どうやら、タクマに人を襲う気はないらしい。
こうやってフードを被り、コートで全身を覆い隠せば、かなり大柄だが鬼だとバレることはないだろう。
「……人間に見えなくも無い」
「そうか、ありがとうな。シン」
口元は覆い隠されていたため見えなかったが、しわの具合から微笑んだのはわかった。
「やめてくれ」とシンは思ったが、タクマはどこか憎めない雰囲気を持っていた。
「こんにちは」
里で一番大きな商店に着いたシンは、取り敢えず顔見知りの店員に声を掛けた。
「シン!? シンじゃねーか! ダンナ! シンが帰って来たぜ!」
シンを見て驚いた店員の男が、慌てて奥から店主を呼び出しに行った。
ドタドタと科恰幅の良い中年オヤジが顔を真っ赤にして走って来てシンを力一杯抱き締めた。
「シン! 無事だったか! 良かった!! 怪我は無いか!?」
「おじさん! 痛いって!」
「おお! すまん!」
店主は落ち着くと、シンの隣で様子を窺っていたタクマに目を止めた。
「……もしかして、あなたがシンを?」
「違う!!」
シンの大声に周りがしんと静まり返った。
シン本人も、こんな風に大声を出すつもりはなかった。
「オレを助けてくれたのはグノウという人だよ!
コイッ……この人はここに買い物に来ただけだよ」
「おお、そうかそうか。
グノウ……どこかで聞いた様な……。
まあ、何はともあれだ。ダンナ、何をお探しで?」
少し戸惑った店主だったが、そこは商人。
詮索する事無く素早く切り替え、タクマに促してきた。
「このリストに書いてあるだけ欲しい。ここで用意できるか?」
タクマからリストを受け取ると、店主は渋い顔をした。
「……こりゃあちょいと難しいですね。この里じゃあ取り扱ってない物ばかりだ。まあ、私のツテで取り寄せって事になりますが……」
「これで足りるか?」
上目遣いの店主に、タクマは袋を手渡した。
「こ! こりゃたまげた!!」
タクマの差し出した袋の中には金貨がギッシリと詰め込まれていた。
グノウから渡されていた鬼の財宝の一部である。
「これだけありゃあ、お釣りがきますわい!」
「釣りは取っといてくれ」
「……成る程、お察ししました。ただ少々お時間を頂けますかな?」
「どれぐらいかかる?」
「まず10日は頂けますかな? 何せ家でも建てる様な物量だ」
「わかった。リストの下に宿が書いてあるから、準備ができたら連絡してくれ」
「かしこまりました。今後とも御贔屓に!」
店主が握手を求めたので、シンは青ざめた。
もしタクマが鬼の手を出してしまえばアウトだと。
「すまないが、手を怪我していてな」
「おお、それは失礼を」
「では、よろしく頼む」
タクマは落ち着いた口調で店を後にした。
しばらく店主の好意で店の一室で厄介になる事になったシンは、翌朝タクマの元を訪れた。
受付によるとタクマは毎朝どこかに出かけているという。
大柄な男の目撃情報を頼りに里の外れにある裏山に行くと、タクマが独り瞑想をしていた。
「シンかァ?」
「……うん。邪魔?」
「いや、丁度休憩しようと思っていたところだァ」
タクマは瞑想中も素顔と肌を覆い隠していた。
粗雑な鬼とは思えない用心深さである。
「シンはデージョーブかァ?」
「え? ああ、うん。あの店で世話になる事になった」
「そうか。良かったなァ!」
「あ、うん」
タクマが無邪気な笑顔で笑うと、口元の布が外れかかり鋭い牙が露となり、慌てて布を付け直した。
(……くそ、鬼のクセに!)
タクマは優しく純朴な人柄で、鬼だがシンは憎めないでいた。
その上頭が回り機転も利き、何よりグノウにえらく気に入られている節がある。
ちょっと嫉妬する部分もあるが、自分と同様タクマには別の師を推しているのでおあいこだ。
「仙術の修行?」
「ああ。どうやらオラには才能があるらしくてなァ。自分でもビックリだァ~」
「……いつもの喋り方だ。昨日のはワザと?」
「おう。舐められねぇようになァ。この口調だと、田舎者だと思われっからなァ」
「ふ~ん」
だったら常に普通の喋り方をすればいいのにと、シンは思った。
「やっと普通に喋ってきてくれたなァ」
「あ……」
タクマに言われて気が付いた。
確かに、気付けば普通に話をしていた。
「いやそっちこそ、普通の口調で喋ればいいのに」
「ハハッ! ちげーねェ! クセだコリャァ~!」
久しぶりにシンは少し笑った。
親を亡くして以来、グノウの前以外で笑えたのは初めてだった。
だが、シンはハッとして俯いた。
どんなにいいヤツだろうが、所詮は鬼だ。
そんな鬼に少しでも気を許したかと思うと、怒りが込み上げてきた。
シンはバツが悪くなり、小石を蹴けろうとした。
すると石が転がってうまく蹴れなかったため、意地になって追いかけた。
「あぶねエ!!」
「えっ!?」
ドボンと、シンは川に落ちてしまった。
川は意外と深く、流れが急だった。
タクマがいとも簡単に立っていたからか油断していた。
「シン!」
タクマが必死に泳いでシンを追うが、追い付けないでいた。
あれよと言う間に流されていき、大きな滝の手前まで流されてしまっていた。
「岩だ! そこの岩に掴まれ!!」
タクマに言われてシンは必死に岩にしがみついた。
だがよじ登れず、今にも流されそうだった。
「待ってろ! 今行く!!」
タクマはシンの背後に回るとシンを抱え、もう片方の手を術でかぎ爪に変化させて岩にめり込ませた。
しかし、タクマが岩に体重をかけると、岩が割れてしまった。
タクマは混乱しつつもかぎ爪の手にありったけの仙気を流し込み、川底を貫いて何とか滝から落ちずに留まった。
「デージョーブだ! すぐに上がっからな!」
「……放せよ」
「は?」
「放せよ! 鬼なんかに助けられたくない!」
シンはこうなった原因は自分にあると己を責めたが、同時に鬼に助けられるのも嫌だった。
こうなっては、いっそ消えて無くなりたいと思った。
「馬鹿野郎!! 誰が放すかっ!!」
タクマのらしからぬ怒号に、シンはビクつき力が抜けた。
川に流されたのか、剥き出しになった恐ろしい鬼の形相。
だが、それは自分を必死に助けようとする人の懸命な表情だった。
「オラの背にしがみつけ! 早く!!」
タクマの気迫に圧されて、シンは言う通りにしがみついた。
それを見計らい、タクマは片手を川底に突き出した。
「今から飛ぶぞ! 初めてやっからしっかり掴まってろ!!」
シンの頷く気配を感じ、タクマは残った気を手に集中させ、一気に解き放った。
タクマの巨体は勢いよく跳び上がり、川沿いに投げ出された。
シンが気が付くと、タクマが覆いかぶさっていた。
おそらく投げ出された時に、咄嗟にシンを庇ったのだろう。
タクマは地面からシンを庇う様にして気絶していた。
「……ねえ。
ねえ! 起きてよ!」
気付けばシンはタクマを揺さぶっていた。
何度も声をかけ、タクマの体に怪我が無いかを確認して、絶句した。
「……デェージョーブかァ……?」
「タクマ!!」
タクマが目を覚ますと、シンは安堵と同時に罪悪感で押しつぶされそうになった。
「……よかったァ……生きてたかァ……」
「……くない。……よくないよ! タクマの……腕がぁああああああ!!!」
シンは堪らず泣きじゃくった。
タクマの右腕は、跡形もなく消し飛んでいた。
おそらく、術に耐え切れなかったのだろう。
「……そっか。
まァ、オメェが無事なら、よかったァ……」
「タクマ! タクマアアアアアアア!!!」
再び目をとじるタクマに、シンは泣き叫んだ。
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