第10話 鬼の中で

 仕上がってきた。

 良いじゃないかと、グノウはほくそ笑んだ。

 やはり鬼と仙術の相性は抜群だった。

 生まれながらに莫大な気、あるいは魔力を持つ鬼が修行を積めば、凄まじい鬼神が誕生するだろう。

 今回もまた、グノウは己の直感のままに行動していた。

 そうすれば面白い事が起こる。

 そしてそれは現実となりかけていた。


「皆! 集まれ!」


 威勢の良い返事と共に、鬼たちが駆けつけ跪いた。

 丁度修行の終わる頃合いだった。


「さて、そろそろ城の修繕に取り掛かりたいのだが」

「えっ!? 今更!?」

「忘れてたんじゃなかったんですかいっ!?」

「バカ言え。俺はヘイジとの再戦を楽しみにしているんだ」


 口々にツッコミを入れる鬼たちに、グノウは不敵な笑みを浮かべて返した。

 鬼の将ヘイジとは、再戦の約束を取り付けていた。

 時期はこの廃城の修繕が終わる時。

 その時こそ、血湧き肉踊る合戦を愉しみたい。


「折角だ。ただ直すだけじゃつまらん! いっそヘイジ、ついでにゲンジもが度肝を抜く城を築く!」


 グノウの発言にどよめく鬼たち。

 「趣旨ちがくねぇ?」や「何故そこでゲンジ?」などの疑問が飛び交った。


「外れてはおらんさ。俺がヘイジならゲンジと組むだろうし、城を築くのは戦略のひとつに過ぎん。無論、俺が愉しむ為のな」


 「それって……」と何かを察した鬼に、小人の眼光が光った。


「別に今でも構わんが、勿体ないぞ?」


 その一言で、場が静まり返っていた。

 皆、察したのだ。

 今この時に反逆しようと、城が完成してからであろうとも、或いはヘイジが城に攻め込んだタイミングであろうとも、如何なる時でも小人は受けて立つと。

 その際には苛烈な報復が待っているだろう事も。


「別に卑怯だとか気にせんでいいぞ? そもそも今も敵同士だ。裏切るも何もない。調子こいてるチビの寝首を掻くぐらいはやらんとなあ?」


 オヤジ殿にどやされるぞと、グノウは嗤った。

 全てお見通しである。

 暗殺も、裏切りも、修繕時に罠を作ることさえも。

 そしてそれらも、グノウにとっては戦における余興の一つに過ぎないのだ。


「これが俺とお前等の戦だ。心して挑むがいい!」


 「ヘヘエッ!!」と、鬼たちは一同に頭を垂れた。

 これが演技ならば望むところなのだが、本当に信服されては困りものだと、グノウは頭を掻いた。

 別にグノウは鬼を従わせたい訳ではない。

 あくまで、より鮮烈な戦いをしたいだけだった。


「と、言う訳だ。存分に力を発揮してくれよ? その為に修行をつけたんだからな」


 グノウがそう言うと、仙女ソルモンが前に出た。

 足がひきつっているが、なんとか大丈夫のようだ。

 これだけの屈強な男たちの前で取り乱さなくなったのは、重畳と言うべきか。


「タクマ! 前へ!」

「ヘイッ!」


 師に呼ばれ、タクマが緊張した面持ちで前に出た。

 一瞬、ソルモンの全身から鳥肌が出たが、気にすまい。


「魅せてやんなさい! 修行の成果を!」

「ヘイッ!」


 タクマが印を組むと全身から電流が迸った。

 可視化される程の仙気は術者の潜在能力の高さ故だろうと、グノウは満足気に眺めていた。


「喝っ!」


 タクマが印を解き、何かを掴み取るように手を前に突き出すと、何も無いところから金槌が産み出された。


「おおっ!?」

「どうよ!? すごいでしょ!?」

「おう! 凄いな!」


 グノウは素直に感心していた。

 物質創造の術は才能と膨大な魔力量、その生まれながらの資質が揃って成り立つ、高度な術である。

 やはりタクマは逸材だった。

 俺の見込んだ通りだという思いと、生まれながらにほとんど魔力の無い小人の身では出来ない芸当だという歯がゆさをグノウは噛み締めていた。


「今はまだ金槌しか出やせんが、いずれ色んな工具を出せる様に成ってみせやす!」

「ええ! その意気よ! タクマ!」

「工具も良いが、武器はどうだ?」

「武器……?」

「なに。俺にはお前が戦いたがっている様に見えたのでな」

「……戦い。オラが……?」

「勝ちたい奴がいるのだろう?」


 グノウはそれ以上は言わなかった。

 生まれながらに弱者と馬鹿にされて生きてきた小人だったからか、他者の劣等感を敏感に感じ取れる様になっていた。

 そこに秘められる悔しさや願いもまた、おおよそ察しがついていた。

 要は自分と同じだ。

 馬鹿にされた部分で、馬鹿にしてきた奴等を見返してやりたい。

 突き詰めれば、これだけだ。

 他の得意分野で認めさせるのも悪くはないが、やはり劣等感は直接的な要素で超える方が気分が良い。

 グノウの場合は戦いだった。

 タクマも本当は戦いに勝って認められたいのだろうと思った。

 ただの勘だったが、グノウはそう確信していた。


「……勝ちたい!」

「誰に?」

「……」

「言えん様な相手か?」

「……笑われちまいやす」

「男の夢を、誰が笑うものか!」


 グノウの一言で、辺りがしんと静まり返った。

 先程からクスクスと笑いを堪える耳障りな雑音が聞こえていた。

 そんなものは、黙らせるに限る。


「……ゲンジ」

「なに? 聞こえんぞ?」

「黒鬼ゲンジにっ! 勝ちたいっ!!」

「ハハハハハハハッ!!」


 グノウは呵々大笑した。

 タクマが話が違うと歯噛みし、ソルモン以下ほかの弟子達もドン引きしている。

 口々に「ヒドイ」だの「鬼畜」だの野次が飛び交っている。


「いいぞ! いいじゃないか!! そうこなくてはな!」


 だが、決してグノウは馬鹿にして笑ったのではなかった。

 むしろその逆、よくぞ言ったと讃える為に笑ったのだった。

 それを感じ取ったのか、タクマは照れ臭そうにしていた。


「なら、今以上に精進せねばな! 奴は、強いぞ?」

「へ、ヘイッ!」

「が、俺はお前の匠としての腕も買っている。城の修繕はお前が指揮を執れ。そして限られた時の中で、打倒ゲンジの技を磨け」

「ちょっ、ちょっと待って下せえ!」

「待たん! お前がやれ!」


 強引に命令した。

 正直、気弱なタクマに無茶を言うのは気が引けるが、ここは自分が恨まれてでも発破をかけるべきだと思った。

 かつて、タクマの様に己に自信が持てず命を閉ざした友がいた。

 グノウの、一生消えぬ後悔である。

 今のタクマが腐っていくとは思わないが、才能あるものが日々悶々と萎縮していく様など見るに耐えなかった。

 タクマの努力には身を見張るものがあったが、今のままただ修行に明け暮れるだけでは到底ゲンジには敵わないだろう。

 だが、死に物狂いで己が限界を超えれば、或いはとも思った。

 その為には、タクマを極限にまで追い込まなければならない。

 だからこそ、敢えて修行の時間を制限させたのだ。

 そして大工の指揮を任せたのも考えがあっての事だった。


「何故オラなんですかっ!?」

「お前にしか出来んからだ!」

「……オラにしか?」

「ここに居並ぶ鬼の中で、お前より強い奴は何人もいる! だが、ゲンジに勝ちたいと叫んだのはお前だけだ!」

「オラ、だけ……?」

「そうだ! あの、ヘイジの様にな!」

「お、オラが、オヤジ殿の様に……?」


 タクマはグノウの言葉にうち震えていた。

 だが、ここでヘイジを真似られても困る。

 タクマなら匠としての才覚を戦いに活かせると直感していた。

 グノウは己の勘には自信があった。

 その直感で、数え切れないほど命を拾ってきたからだ。


「お前にはお前の、戦い方があるだろう? それを極め、勝て!」

「……オラが、勝つ? あのゲンジに?」

「憧れを、ぶっ飛ばしてこい!」

「おお……! オオオオオオオオ!!!」


 自分がタクマだとして、一番言われたい言葉をかけた。

 その甲斐はあった。

 タクマは、漢の顔に成っていた。


「今からでも遅くはないぞ? 言う機会が無かっただけで、我こそはと打倒ゲンジを掲げる者は他におるか!?」


 一瞬、鬼達は触発されたが、口を開く者はいなかった。

 ここにいる者達は、皆タクマと同じく第一線では戦えないと切り捨てられた者達だった。


「オレも! あいつをぶっ飛ばしたい!」

「ハハッ! シン! お前もか!!」


 「これはいい!」 と、グノウは笑った。


「なら、お前も励まなねばな! よし! タクマと組め!」

「えっ!? こいつと!?」


 シンは露骨に嫌そうな顔をした。

 鬼が仇であるシンにとっては受け入れがたいことだろう。

 だが、それは甘えでもあると、グノウは捉えていた。


「意地を理由にやらんのは、甘ったれでしかない。意地を通すなら、ぶつかってこい!」

 

 男だろ? と、グノウは挑発した。


「……わかった! おれは負けない!」

「よし! 上等だ!」


 シンは真っ直ぐにグノウを見つめてきた。

 その目は、認められたいと語っていた。

 ならば、簡単に認めてやるべきではない。

 一つの試練を超え、一皮剥けたその時こそ讃えるべきである。


「タクマとガキに負けてられッか! 俺もやってやるぜ!」

「お、オレだって!」


 今まで押し黙っていた鬼たちが、続々と叫び始めた。

 男も女も、子供も年寄りも関係無い。

 皆、何が吹っ切れた様に雄叫びを上げていた。


「そして俺を倒しにこい!」


 おう!! と、大歓声が上がった。

 そもそもは、小人と鬼たちとの戦いである。

 鬼らしさを取り戻した一同に不敵な表情を向け、グノウは満足そうに目を閉じた。

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