第11話 ゲンジは何処じゃ?
荒れ果てていた。
元々が険しい山々に囲まれた秘境だったが、そこは木々が生い茂る実り豊かな自然の楽園だったはずである。
黒鬼ゲンジにさえ敗れなければ、ここが赤鬼の故郷となるはずだった。
木々は尽く倒され、大小様々な動物達が無惨な姿で転がっていた。
あの美しかった一面の緑は消え失せ、剥き出しの荒野が広がるばかりである。
「……荒れとるのォ」
鬼の将ヘイジは思わずそうこぼした。
常ならば配下達の不安を煽らぬよう余計なことは言わないが、かつて憧れた大地の変貌ぶりを目の当たりにしては、無言ではいられなかった。
「ゲンジの野郎が暴れてやがんのですかねぇ?」
「そう、思うか?」
「だって、10日ですぜ?」
ダイゴの言いたいことはわかる。
あの忌々しい小人との戦いから、今日で10日ぐらいだった。
その僅かな時で楽園が廃墟に変わることがあるのか。
あるとすれば、強大な力を持つ者による所業しか考えにくい。
ならばダイゴの言う通り、ゲンジが暴れてこうなったというのが一番わかりやすかった。
「まぁ。聞きゃあ解るじゃろ」
「そりゃそうだ」
ダイゴ以下みな不安そうにヘイジに続いた。
仮にゲンジの暴走だとしたら、まともに話など聞けるのか疑問である。
そんなことは承知の上で、みな覚悟を決めたのだ。
「伏せィ!」
太鼓を鳴らした。
鬼ひとり分程の岩が真横から飛んできた。
「何奴!?」
「チッ! 死に損なったか! 老いぼれめ!」
「……スサマか!」
全身に雷が走ったかの様に傷だらけの強面の青鬼とくれば、まず思い浮かぶのがスサマだった。
確か、ゲンジの右腕的な存在のはずである。
「お主、こんな所で何をしとる!? 親分はどうした!?」
問いかけと同時に岩を投げ込んできた。
既に陣形を組み警戒していた為、配下に怪我はなかった。
「貴様の知ったことか! ジジイ!」
スサマが叫ぶと、その背後から次々と岩が飛んできた。
ヘイジは太鼓を鳴らした。
「ジジイ! うるせえぞ!」
「さあて! 貴様の知ったことかいのォ!」
「チッ!」
ヘイジは太鼓で軍を指揮する。
それがわかっているであろうスサマが、露骨に舌を打った。
素早く太鼓を3回鳴らした。
避け、奪い、反す、の合図である。
配下達は乱れることなく飛んできた岩を避け、持ち上げるとそれを盾としてジリジリと詰め寄り敵を包囲した。
「どうじゃ? 少しは話す気になったかのォ?」
「おのれ! 小賢しいジジイよ!」
「ほう? 小細工無しなら勝てるとでも言いたげじゃのォ?」
「は! 力比べなら貴様如き老いぼれに負けはせんわ!」
「なら、久方ぶりに小細工抜きのワシも見せるとするかいのォ!」
ヘイジが配下の前に出た瞬間、真上から岩が降ってきた。
「ハハッ! 馬鹿が! 智将ヘイジが聞いて呆れる! 調子に乗るからこうなるんだ! 老いぼれは老いぼれらしく! こそこそと隠れておればよかったものを!」
土煙が霧散すると岩が地面にめり込んでいた。
これでは無事でいられる筈もない。
ヘイジはぺしゃんこに潰れている事だろう。
と、スサマは思っているに違いなかった。
「まったく聞いて呆れるわい! 智将ヘイジともあろう者が、こうも見くびられとったとはのォ!」
言いながらヘイジは身の丈程もある岩を持ち上げ宙に投げると、拳骨で殴り飛ばした。
砕けた岩の破片がスサマの身体に新たな傷を増やす。
「……ジジイ!」
「さあて! 世間知らずのヒヨッコに、年季っちゅうもんを教えちゃるわい!」
「ほざけ! クソジジイ!」
スサマが駆け、対するヘイジは動かず、受け身の構えを取っていた。
若いのォと、ヘイジは思った。
スサマは真っ直ぐ突っ込まず、撹乱するように跳び回り、隙を窺っている。
先程、腕力を見せつけたのが効いている証拠である。
老いたのォと、ヘイジは思った。
未だ岩をぶち壊した手の痛みが引いていないでいた。
息切れもせず四方八方に跳ね回る姿は、自分の若かった頃を思い出させた。
もうあれほど駆け回る体力など無い。
スサマが浅く攻撃を仕掛けてきた。
ヘイジは反撃せず、受けに徹した。
徐々にスサマの攻撃が激しさを増していく。
「どうした!? ジジイ! 防戦一方じゃジリ貧だぜ!?」
青いのォと、ヘイジは思った。
確かにダメージは蓄積されているが、許容内である。
それを覚悟し、相手の動きを単調にさせる事に成功した。
後はー。
「食らえ! ジジイ!!」
「成っとらあああああん!!」
スサマ渾身の一撃を見切り、思い切り宙に殴り飛ばした。
これでしばらく拳は使い物にならないだろうが、問題無い。
ヘイジは将であり、頼れる兵達がいるのである。
そしてスサマに立ち上がる力は残ってなかった。
「これが駆け引きっちゅうもんじゃい! よく覚えとくんじゃな!」
「クソォ……!」
一斉に歓声が上がった。
兵が手際よくスサマを鎖で縛り付け、ヘイジの前に突き出した。
勿論、スサマの手下達も同様に縛り終えている。
「で? ゲンジは何処じゃ?」
「……」
スサマは目を伏して黙り込んだ。
「ダイゴ!」
「ウッス!」
「ギャハハハハ!!」
ダイゴがスサマの全身を隈無くくすぐり倒した。
「言う! 言うから止めてくれええええ!!」
笑い叫ぶスサマが涙を浮かべて降参した。
ダイゴはスサマから手は引いたが、くすぐりの構えを保っていた。
「……アニキは、消えた!」
「消えた? ゲンジがか?」
「小人の野郎に倒された後、ひとりでどっかに行っちまった……! それ以来、見てねえ!」
「ふうむ。で、お主はゲンジを捜しておるっちゅう訳かの?」
「……」
「図星じゃな」
ヘイジはスサマとその配下達を眺めた。
ヘイジ率いる精鋭達が襲撃の直前まで気配を気取れなかった手練れ達である。
派手なスサマを陽動とした、鮮やかな手際だった。
まだまだ詰めが甘いが、とヘイジは惜しいとも思った。
ワシが鍛え上げれば、隠密、暗殺などあらゆる技を身に付けられるだろうと。
「確かゲンジは城を持っとったな? お主、彼奴の右腕じゃろ?」
「……うるせえな」
「そうかそうか。他のヤツに城を乗っ取られたんじゃろ? そうじゃろ?」
「うるせえな!」
「流石はゲンジの子分共じゃ! 義理も人情もクソ食らえか!? カッコええのう!?」
「うるせえっつってんだよ! ジジイ!!」
本来ならゲンジの腹心であるスサマが手下達をまとめ上げている筈だ。
にも関わらず、縄張りの境界付近でうろついていると言うことは、ゲンジの配下達が分裂したと考えるのが妥当である。
ヘイジとしてはその勢力図を知りたいところだが、スサマの気性からして素直に教えてはくれないだろう。
ならば煽り倒して聞き出すまでである。
「五月蝿いのはお主の方じゃ! その眼が、顔が、悔しい悔しいと叫んでおるわ!」
「……チッ!」
反論無し。素直な奴じゃ。と、ヘイジは次の言葉を探った。
何人ものオヤジ殿をしているヘイジからすれば、スサマなど息子の様なものである。
反抗期の子供を嗜めるなど容易かった。
「悔しかろうの? こんなジジイに好きがってされて。じゃが、本当に腹立たしいのは、何もできん己の不甲斐無さじゃろう?」
「……何が言いてえ?」
「今すぐワシに借りを返さんか? そうしたら鎖を解いてやろう」
スサマは押し黙って考えているようだった。
こういう若造は、物言い一つで呆気なく頷く事が多い。
「どうじゃ? このまま何もできんよかマシじゃろ?」
「……いいのか? 寝首を掻くかも知れんぜ?」
「そんときゃあ即殺しちゃるから安心せい!」
「フッ! いいだろう! その方が後腐れない!」
こうしてヘイジは、スサマとその配下と共闘関係を結ぶ事に成功した。
思うところは無くはないが、これもあの小人グノウを倒す為の布石である。
城に残った部下達の無事を祈りつつ、ヘイジは荒野を突き進んだ。
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