第8話 師弟の覚悟

 効果は抜群だった。

 匠のタクマは赤鬼である。

 そんな彼が、何の因果か仙女ソルモンに弟子入りする事と相成った。

 しかも坊主頭の変な仙女である。

 なぜ、こんな事になったのかは、成り行きとしか言いようがない。

 だが、その実力は本物だった。

 ソルモンは指導者としても優れており、彼女の指導の下、たった半日の修行でタクマは空に浮かぶ術を会得していた。


「少し休憩しましょう」

「ヘイ!」


 タクマは威勢良く返事した。

 普段うっ屈としていたタクマとしては、珍しい光景である。


「タクマは物覚えが良いですね。流石はグノウが推した人物と言えましょう」

「そ、そんな、オラなんて……」


 にこやかに微笑む師匠に、タクマもほっこりしていた。

 オヤジ殿もタクマを可愛がってくれたが、それとは別の、母親の様な柔和さに絆されていた。


「ソルモン」

「はい?」


 そんな穏やかな空気に、小人の水を指す様な声が割ってきた。

 何故だろうか、嫌な予感がする。


「仙術で髪を伸ばせよう? 生やせ!」

「は!? ハイィイイイイイイ!? なんでそんなことをっ!?」


 小人の言に、先程まで落ち着き払っていたソルモンが慌てふためいた。

 まだ髪があった時の口調である。


「お前は何の為に、そんな格好をしてるんだ?」


 小人が指摘した通り、ソルモンはかなり露出度の高い服を着ていた。

 ハッキリ言ってエロイ格好だ。

 それが坊主頭なのだから、非常にけったいな姿である。


「こ、これは男性恐怖症を克服するために……!」

「悟りモードで何が克服だ? 師は弟子を育てるが、己もまた高めねばならん。そう言っていたのは、お前だろ?」

「……わかりました、グノウ! 貴方の言う通りです! 弟子を取った以上、師であるわたくしも共に励みましょう!」


 決意を固めたのか、ソルモンが印を組むとみるみる内に髪が生えてきた。

 既にタクマの中でソルモンは尊敬する師匠ではあるのだが、いまいちこのノリには付いていけないでいた。

 などと呆けている内に、ソルモンの頭には長く美しい黒髪が戻っていた。


「はあ……! はあ……!」

「どうした? 流石に疲れたか?」

「耐えてんのよ!」


 息を切らす仙女だが、どうやら仙術による消耗ではなく、髪が生え揃った事で悟りモードが解けてしまった事による弊害の様である。

 内股へっぴり腰をプルプルと震わせ、真っ青な顔でタクマを見ようともしない。

 先程までとは丸で別人である。


「ダメ! ムリ! ゲンカイ!」


 片言になった。

 剃刀を出したソルモンの手から、いつ取り上げたのか、小人が剃刀を担いでいた。


「どうした? 励むんじゃなかったのか?」

「ムリだったの! やろうとしたけどムリだったの!」

「仙女ソルモンともあろうものが?」

「スミマセン! ゴメンナサイ! わたし励めないからハゲになるぅう~!」

「そんなことじゃ、男嫌いなど直せんぞ?」

「男嫌いじゃない! 男性恐怖症よ! ぶっちゃけ男は大好きです!!」

「本当にぶっちゃけたな!」


 カラカラと笑う小人を目を腫らして睨み付け、ソルモンは髪をむしり始めた。


「なあ、ソルモン」

「な、なによ!?」

「髪が長い方が可愛いぞ」

「はい?」

「俺は髪の長いお前の方が好きだ」


 効果は抜群だった。

 真っ直ぐと切れ長の目で相手を見据え、ハッキリと断言するグノウは、男から見ても格好良かった。

 ソルモンは髪から手を離し、真っ赤になった顔を押さえていた。


「な!? なななななな!?」

「だから、むしるな。な?」

「ぐ、ぐのうがそういうのなら……」


 そう言って困った様に笑う小人を、ソルモンは潤んだ瞳で見つめている。

 今は自分の髪を、愛おしそうにくるくると指で回している。


「あ、あのお……」

「おう、タクマ! 待たせたな! お前の師匠も準備が整ったようだ! な? ソルモン!」

「え!? ええ……! がんばるわ!」


 タクマの顔を見てガタガタと震える女師匠。

 本当に大丈夫か? と、タクマは心配した。

 ソルモンが恐る恐るタクマに詰め寄る。

 見た目だけなら破廉恥衣装の美少女である。

 先程までの修行では意識していなかったが、タクマはドギマギしていた。


「か、構えは、こう……!」


 うるうると泣き出しそうな艶っぽい表情は、男として試されるものがあった。

 タクマは人間の女に欲情したことはないが、今は必死に堪えていた。


「印を組んで……!」


 印を組んだところで、ソルモンがタクマに触れて仙気を流し込む。

 そうして術の感覚を掴む修行なのだが。


「喝!」

「ヒギヤアアアアア!!!」


 タクマは全身の孔という孔から光を吐き出してのたうちまわり、失神した。


「おいおいおい!」


 流石にまずいと思ったのか、グノウがタクマに駆け寄り、頬を叩いた。


「大丈夫か!?」

「だ、だいじょうぶよ……!」


 タクマの代わりにソルモンが応えた。


「彼の限界ギリギリで耐えられる仙気を流し込んだから死ぬことはないわ……! それに……! こうした方が上達も早いし……!」

「お、お前な……」


 終始目を反らし言い訳がましいソルモンに、さしものグノウも呆れた表情だった。


「ケハ! コハ! オラ、生きてる……?」

「さ、さあ! タクマ! すぐに修行再開よ! この方法ならすぐに仙術を極められるわ! ……たぶん」

「……いや、……その、オラ、ゆっくりとでいいんで……!」

「……遠慮することないわ! むしろ遠慮してくれるなら、一刻も早く修得して欲しいのよ! わたしの身が持たないの! お願い! お願いします!!」


 泣きながら懇願する師匠を突き放すほど、タクマは非情にはなれなかった。


「おおお……オラは大丈夫でさ! 一思いにやって下せいっ!!」

「嗚呼! タクマ! なんてわたしは恵まれた弟子を持ったことでしょう! 怖がったりしてごめんなさい!」


 タクマの覚悟に胸を打たれたのか、ずっと目をそらし続けていたソルモンがタクマの顔を見た。

 タクマは少しでも恐怖が和らぐようにと、努めて笑顔をつくった。


「ギャー! 犯されるー!!」

「えっ!? そんなっ!?」

「タクマよ、その顔はマズイぞ! 正に女を食らうケダモノの如しではないか!」

「ヒドイ!」


 タクマは大ダメージを受けた。

 しばらくショックで立ち直れそうもない。


「ごめんなさい! わたしったら何てことを……! わかったわ! いっそ犯して!!」

「わけわかりませんて!! ああ! もう!」

「おう! タクマよ! その意気だ!」

「だからなんなんですか!? そのノリは!?」

「吹っ切れたのだろう? 色々とな!」


 小人の一言に、タクマはハッとした。

 確かにその通りだった。

 説明するのも面倒なモヤモヤが、一気に消し飛び、もうどうとでもなれと思ったのである。


「師匠!」

「ひゃっ! ひゃいっ!」

「覚悟は決まりやしたっ! こうなればトコトンやりやしょう!」

「ひゃっ! ひゃいっ!」


 タクマの覚悟に呑まれ、ソルモンも涙目でタクマをシゴく覚悟を決めた。

 師弟の絶叫が響き合う中、小人は実に愉しそうに眺めていた。

 人のいいタクマにしては珍しく、小人の顔が憎たらしく見えた。

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