第7話 仙女ソルモン

 オヤジ殿が出て行った。

 まさかこんな事になるなどとは、タクマには思いもよらないことだった。

 親が子を育てない鬼族にあって、ヘイジは皆の父親的存在だった。

 できれば付いて行きたかったが、戦いに不向きなタクマは、城に留まることになった。

 生まれつき手先が器用だった。

 武器も甲冑も、鍋から家まで何でも造れた。

 それも残留組に選ばれた一因である。

 戦いこそを至上目的とする鬼にとって、物作りの才能など埋もれるしかなかった。

 だが、その才能に目をかけてくれたのが、ヘイジことオヤジ殿である。

 武器を作れるお前は、唯一無二の貴重な戦力だと誉めてくれた。

 嬉しかった。

 タクマは自分が赤鬼の生まれで良かったと、心底感謝していた。

 もし黒鬼ゲンジの陣営にいたとしたなら、役立たずと言われ続ける一生を送っていた事だろう。

 ただ、タクマとて鬼の子である。

 最強の鬼たるゲンジに強く憧れてもいた。

 オヤジ殿には並々ならぬ恩義がある。

 だが本当は、黒鬼ゲンジと肩を並べて戦ってみたかった。


「タクマ! 次、お前だぞ!」

「……お、おう!」


 前に並んでいた仲間に急かされ、タクマは慌てて前に出た。

 目の前には突き立てた剣を含めても、タクマの腰の高さも無い程に小さな小人が胡座をかいていた。

 そんな小人に、タクマは跪き頭を垂れた。


「いらん。面を上げろ」

「へ!」

「名は?」

「タクマと申しやす!」

「タクマ。この中からお前の取り分を選べ」

「そ、それはオヤジ殿の……!」

「今は、俺の物だ」

「へ、へぇ……!」


 現在この城の主はこの小人である。

 当然ヘイジが持ち出せなかった宝物の所有権も小人のものだった。


「が、小人の俺には無用の長物ばかりだ。だから、くれてやる」

「……へ!」

「気に食わんか?」

「い、いえ! 滅相もねぇです!」

「構わん。聞かせろ。お前の存念をな」


 小人の有無も言わさぬ迫力に圧され、タクマは慌てふためいた。

 だが、小人は気を悪くした様子もなく、ただ返答を待っていた。

 案外、気が長いのかも知れない。

 そう思ったタクマは、戦々恐々としつつも本心を言う腹を決めた。


「……これらの宝は、オヤジ……ヘイジ殿が打倒ゲンジの為に集めていた軍資金でして……」

「そうか! それを聞いて得心した!」


 タクマの説明に、何故か小人は嬉しそうに笑った。


「いやな! あのヘイジなる将。宝を独り占めするような輩には見えんかったのでな! はは! そうか! そうか! 実に奴らしい事よ!」


 良いオヤジ殿だな! と、小人は白い歯を見せた。

 その一言で、タクマは小人を嫌いではなくなっていた。


「さて、タクマよ。知っていたら教えてくれ。この宝の中に、不思議な力を持った道具は無いか?」


 今の一言で、タクマは緩めた警戒心を引き締めた。

 これが狙いかと。

 実は器用なタクマこそが、密かにヘイジから宝の管理を任されていたのである。


「そう身構えるな。皆にも聞いている事だ」

「……そういうことなら」


 小人は自分たちに探りを入れていたのである。

 だがこれは、チャンスかもしれなかった。

 自分たちが不利になるような宝を隠し、あまり役に立たない物を渡せば良い。

 タクマは宝の中からそれらしき物を選び出した。

 並べられた宝を見つつ、小人が尋ねてきた。


「なぁ、タクマよ。物を大きくする道具とか無いのか?」

「さて、聞いたことねぇですが……」

「……そうか」


 そう呟いた小人は、少し残念そうだった。

 だが、多分小人ジョークの類いだろうと、タクマは思った。

 あれ程までに強いのだ。

 今更、体を大きくするまでもないだろうと。


「ん? あれは何だ?」

「あ、あれは……!」


 見つかってしまったと、タクマは頭を抱えた。

 小人が見つけたのは、金縁の姿見だった。


「鏡か。お前の反応を見るに、遠見の鏡とでも言ったところか?」

「な!? なぜそれを!?」

「お! 当たったか! ただの勘だったのだが」


 しまったと、タクマは口許を抑えた。

 もしこの鏡を使われたら、ヘイジの行動が筒抜けになってしまう。


「はは! 素直な奴だな、お前は! 心配せずとも、ヘイジの手の内を覗き見るような真似はせん。楽しみが減るからな!」


 この小人ならば本気で言っていると、タクマは思った。

 それならばと、タクマは鏡の前に立った。


「これは千里鏡と言いやして、お察しの通り遠くの見たい場所を映し出す鏡でさ」

「で? どう使う?」

「こう、気を流し込むと—―」


 タクマが鏡に手をかざすと、城の外から小さく見える山の山頂が映し出された。

 この鏡は流し込む気の量で、映し出せる範囲が決まる。

 タクマの力量では、これが限界だった。


「ほう! 面白い宝だ! 気を使うと言ったな……。アビィ!」


 小人は一拍考える素振りを見せると、不意に何かを呼んだ。

 すると小人の剣が巨大な竜の姿となった。

 突然現れた恐ろしい偉容に、タクマは尻餅をついていた。


「聞いてたな? アビィ」


 何をと言わず、竜が小人の意図を汲んだかの様に淀みなく千里鏡に力を流した。

 鏡は強く輝き、そしてある女性を映し出した。

 黒髪の美女である。


『誰!? 私を覗いてるのは!? 痴漢!?』

「ん? タクマよ。この鏡は映した相手にもこちらが見えるのか?」

「いやぁ、そんな筈は……」


 千里鏡はあくまで使用した側が、頭で思い描いた対象を見るだけの道具である。

 そもそも、相手に気づかれずに見れる事が、千里鏡最大の強みなのである。


『え!? その声はグノウ!?』


 そんなタクマの疑問などお構いなしに、女はこちらに話かける。

 どうやら小人とは知り合いのようである。


「ああ、俺だ。ソルモン」

『私に何か?』

「結婚してくれ」

『ファッ!?』


 次の瞬間。

 天井から鏡に映っていた女が降ってきた。

 屋根をぶち破ったのか、瓦礫が飛散している。


「ちょっと!? ちょっと!? ちょっとォオオオ!? さっき何て言った!?」


 女は顔を真っ赤にし、涙目でグノウを見つめている。

 よく見ると、鏡に映っていた時と服装が違っていた。

 純白のドレス姿である。


「何か言ったか? 俺」


 小人はニヤニヤしてとぼけている。

 完全にからかっている様子である。


「けっこんしてくれっつったでしょおおっ!!?」

「冗談だ。こう言えば来ると思ってな」

「なによそれ! ムカつく~! この仙女ソルモンを! どこぞの夢見る小娘と一緒にすなー!!」


 女は地団駄踏むと、額に青筋を浮かべて小人を睨み付けた。

 これだけ見ると、本当にただの癇癪持ちの小娘である。

 あれが仙女かと、タクマは渋く口を歪ませた。

 仙女といえば、空を飛び、不思議な力を使う不老不死の存在だと、オヤジ殿から聞いていた。

 目の前で小人とじゃれ合うこの小娘が、本当にその仙女とは、いまいち信じられないでいた。


「で? 何の用よ?」


 なとど思っていたら、先程の子供っぽい雰囲気が一変して、落ち着いた淑女の振る舞いとなった。

 流石は仙女と言うべきか、切り換えが早い。


「なに。お前に頼みがあってな」


 言うと小人は、タクマに前に出ろと目配せした。

 要領を得ないまま前に出ると、仙女はワナワナと全身を震わせていた。


「タクマと言う。中々に見所のある奴だ。鍛えてやってくれ!」


 突然の事に混乱するタクマだが、流れに呑まれて頭を下げた。


「よ! よろしくお願いしやす!」

「ぼんのー!!!」


 仙女は宙に浮かぶと、無数の何かを全方向に飛ばし出した。

 三鈷杵という仏具である。

 タクマ他、後ろに控えていた鬼達も、衣服の至るところに三鈷杵を打たれ、張り付けにされている。

 更に何をとち狂ったのか、仙女は長い黒髪を根こそぎ剃り始めたのである。

 美しい髪が、見るも無惨に剃り落とされていく。

 それは残虐非情な鬼の社会にあって尚、異様な光景だった。

 タクマはどうしていいかわからず、小人に目で訴えた。


「すまんな。彼女、男嫌いでな。」

「は、はぁ……」


 意味がわからなかった。

 男嫌いならば、髪を下ろすのか?

 髪は女の命ではないのか?

 タクマが混乱している内に、地肌の露になった女が出来上がっていた。

 花嫁姿の様な純白のドレスに坊主頭とは、実に異様な出で立ちである。


「……ふう! これで大丈夫!」


 何が!? と、タクマは叫びそうになった。


「うむ! これで大丈夫だな!」


 だから何が!? とタクマは手で目を覆った。


「悟りモードだ」

「さとり……へ……?」

「頭を丸める事で、無我の境地へと至れるらしい」


 本人曰くな、と小人が説明してくれた。


「いや、意味がわからんのですが……」

「静粛に—―」

「ぅをッ!? まぶしっ!!」


 タクマの質問を強い光が遮った。

 女のツルツルに剃り上がった頭が、ピッカピカに発光しているのである。


「タクマと言いましたね。他ならぬグノウの頼みです。貴方に、我が仙術を授けましょう—―」

「は……? え……?」


 この情況にまったく付いていけないが、場の空気に呑まれ、タクマは両手をついて頭を下げた。


「よ……! よろしくお願いしやす!」


 自分も頭を丸める事になるのかと、タクマは軽く溜め息をついた。

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