第6話 献城の罠
心身ともに頭が痛い。
鬼の将ヘイジは飲んだくれていた。
酒でも飲まねば、やっていられなかった。
なにせ、突然やってきた訳の分からないチビに宿敵を倒され、用意した策は尽く打ち破られ、秘蔵の宝物までもぶち壊され、終いには可愛い手下達まで半殺しにされたのである。
自らもまた深手を負い、命からがら逃げ延びてきた。
小人か、ゲンジか。
どちらにせよ、今攻め込まれたら万に一つも勝ち目はない。
ならばもう、飲むしかない。
赤い顔を更に赤らめ、ヘイジは大声を上げた。
「ぬぁにが我が名はグノウじゃ‼ クソチビめが‼ 来るなら来い‼ このワシ直々に踏み潰してくれるわ‼」
ヘイジが言った直後、城の門が城内に吹き飛んで来た。
続いて例の小人も剣に乗って飛んできた。
相変わらず、何をどうしたらそんな真似が出来るのか。
小人とは思えぬ凄まじい力である。
「面白い。なら、踏み潰してもらおうか」
「ヒョゲッ!?」
ヘイジはおそらく生まれてから一番情けない悲鳴を上げた。
思い出すのも恐ろしい。
小さな竜の鎧が、一瞬にして百鬼の軍団を壊滅させたのだ。
光のオーラに阻まれこちらの攻撃は一切通じないどころか、そのオーラで弾き飛ばされ、態勢を立て直す間も無く無数の光線に狙い撃ちされたのだ。
未だあの凶悪な光線が追ってくるかの様な錯覚に囚われている。
今の小人は白金の鎧に、剣に乗った姿をしているが、いつでも竜の鎧になれると考えた方がいいだろう。
まあ、今の状態でも勝ち目は無いのだが。
「さて、鬼の将よ。決着をつけようか!」
小人から、強烈な圧が放たれた。
まるで目の前の小人が、強大な魔人か何かではないかと思わせる程の覇気。
いや、あれは正しく魔人なのだろう。
もしかしたら、大陸で覇を争う実力者の一人かも知れない。
ならば負けたとしても、恥ではない。
むしろ、敵わぬ敵に最期まで抗うことこそが、闘争本能に支配された鬼の本懐ではないのか?
ヘイジは部下達の顔を見た。
どいつもこいつも、可愛い部下たちである。
死なせるのは、辛い。
だが本当に怖いのは、敵に媚びへつらい、みっともなく服従する事ではないのか?
そんなものはもう鬼とはいえない。
ただの、負け犬だ。
「どうした? 考える時間は充分に与えたのだが?」
小人とは思えぬ響き渡る様な重々しい声に、鬼の大将は身震いした。
これではどちらが鬼か、わかったものではない。
ただ、ヘイジはふと疑問に思った。
返答を待っている? ならば、交渉の余地はあるのではないのかと。
小人は最初に何と言っていた?
決着をつけたいと、確かにそう言っていた。
「しばらく!」
ヘイジは大仰に手を前に出した。
小人は覇気を放ったまま、じっと待っている。
恐怖と緊張の中、必死に考えをまとめる。
覚悟もまた、必要だった。
「しばらく、何だ?」
小人の問いかけに、全身が粟立った。
つまらん返答なら許さんと、言われた様な気分だった。
「決着をつけたいと申したな? じゃが見よ! 我らはこの有り様じゃ! これでは貴公の望む勝負は出来まいて! そこでここはひとつ、一時休戦というのはどうかのう!?」
ヘイジは賭けに出た。
あの小人は勝ち方に拘っている。
ヘイジとしては、既に負けた気でいたのだが、小人の中では未だ決着がついていないらしい。
これまでの小人の振る舞いを見るに、手負いの敵をいたぶる趣味は無いだろう。
だが、見逃すつもりもないらしい。
ならば言うべきことは、自ずと見つけられた。
「ほう? で、いつだ? いつまで待てばいい?」
食いついた。
だが、小人からの覇気に殺気が加わった。
ここで単に日取りを提示しようものなら、即座に切り捨てられる。
そう直感したヘイジは、額に汗を浮かべ両腕を広げた。
「この城をくれてやる!」
「ここを?」
小人が天井に開いた穴を見た。
すかさずヘイジはいい募る。
「部下を五十……いや、百貸そう……! 器用な者達じゃ!」
「つまり、城の修繕が終わる時が、再戦の合図と言ったところか?」
「左様……!」
「ふむ。悪くない余興だ」
小人の承諾を受け、ヘイジは思わず下げそうになった頭を堪えた。
立場的には圧倒的にこちらが不利であるばかりか、小人にとってメリットはこの廃城と百匹の鬼のみ。
しかも、それらはヘイジの策略であるため、足枷にしかならない。
全くふざけた申し出である。
にもかかわらず、グノウはそれを受け入れたのだ。
なんとなくだが、ヘイジは小人が自分の思惑を見透かしていると思っていた。
戦いに明け暮れた自分達よりも、戦慣れしている。
こちらの手の内まではわからずとも、策があること位は見抜いているだろう。
間違いなく強いが、それだけではない。
場を支配する覇者の振る舞い。
不利を承知で挑む、その心意気。
あれが英雄というものであるかと。
自然とヘイジには、グノウに対する敬意の様なものが芽生え始めていた。
「待て」
ヘイジは「かたじけない」と出そうになった言葉を呑み込み、立ち去ろうとした。
が、小人に呼び止められた。
すごく嫌な予感がした。
「あの大所帯を連れていくつもりか?」
「……仕方あるまい。ここは貴公にくれてやったのでな」
「なら、戦えぬ者は留まれば良い。女子供まで追い出したとあっては、このグノウの名折れとなろう」
ヘイジは蒼白した。
温情があるような申し出だが、要するに人質である。
前言撤回、奴は英雄ではなく悪魔である。
ヘイジは憤慨し、同時に恐怖した。
この小人、知謀にも長けている。
「……しかし!」
「なに、遠慮するな。このグノウの名において、決して悪いようにはせん」
ここまで言われたならば、引き下がる他はない。
智将としての自分もまた、戦略的にはこちらが有利になると言っている。
なにせ小人は、戦えない大勢の敵を抱えることになるのだ。
ただ、これでこちらも退路を絶たれたと言える。
オヤジ殿と慕われるヘイジに、残る者を見捨てる選択肢など無かった。
「……か、かたじけない……!」
今度は嫌味の意味を込めて言った。
「気にするな。次にまみえた時、存分に愉しませてくれよう?」
ヘイジは苦々しい顔で鼻を鳴らし、住み慣れた城を後にした。
傷心の兵4000の行軍は、見るも無惨な程に痛ましかった。
休戦とはいえ、事実上の負け戦である。
だが、誰一人文句も言わず付いてくる。
ヘイジは、今ほど部下を可愛く思ったことはなかった。
よくぞ誰一人欠けることなく、先の激戦を生き延びたと褒めてやりたかったが、努めて口を閉ざしていた。
戦いはこれからなのである。
「怖かったッスねェ! あの小人ォ! 目からビームでも出すんじゃないかと思いやしたぜ!」
「全くじゃ! 本当に出そうで怖いわい!」
ダイゴの軽口で、ようやくヘイジは口を開いた。
続く兵達にも安堵の表情が見える。
どうやら相当に心配させていたらしい。
「で、この先どうすんでさ?」
どうやら皆も、今後の方針を知りたい様子だった。
ならば安堵させるのが、将の務めだろう。
「残った者には小人暗殺の命を出しておる。ひとまずワシらは、ゲンジを探し出すんじゃ」
皆一様に驚くが、それ以上質問をする者はいなかった。
皆、ヘイジの意図を汲み取ったのである。
それを誇らしく思いつつ、ヘイジは宿敵の本拠地を目指した。
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