第2話 黒鬼ゲンジ

 鬼の王は歓喜した。

 こんな奴がいるのかと。

 ここより離れた場所だが、彼の並外れた動体視力をもってすれば、そんな事は関係なかった。

 完全武装した小人が、常人の握る剣を易々と振り回し、並み居る鬼共を蹴散らしている。

 それは、見惚れる程の神業の連発だった。

 鬼の王は小人から目を離さぬまま、敵味方の区別なく押し退け、勇み歩む。

 さも無人の野を征くが如く。

 そして立ち止まり、目を見張る。

 複数同時に鬼の猛攻を往なし、返り討ちにするその体裁き。

 数手先を見据えているか様な、一縷の隙も無い妙技の数々。

 そして倒れ伏す鬼達には、一切の致命傷が見受けられなかった。


「面白れえ‼」


 その怒号には、文字通りの意味と、舐めた真似をしてくれる。という苛立ちが孕んでいた。

 配下の鬼が小人に突き飛ばされる寸前、間近の部下の肩を掴んで庇うと、そのまま勢いづいて一閃かました。

 ただならぬ強者の一撃に、小人は切り結んだ反動で宙を舞い、距離を取った。


「スゲエ剣だな!」


 軽い挑発だった。

 確かに凄まじい力を宿した剣であることは、競り合った時点で疑いようも無い。

 だがそれは、小人の技量無くして有り得なかった。

 これは腹の探り合いである。

 この小さな男の、人となりを見極める為に敢て剣を褒めたのだ。


「ああ。自慢の相棒だ」


 対する小人は不敵に笑うと、屈託なくそう応えた。

 足下の刀身が、誇らしげに煌めく。

 どうやらチャチな挑発を見抜けぬ馬鹿でも、それで癇癪を起こす小者でもないらしい。

 鬼の王は満足そうに笑うと、真正面から小人を見据えた。


「黒鬼ゲンジ!」

「グノウ!」


 気に入ったのか、互いに名乗りを上げた。

 鬼の王ゲンジは、今のやり取り一つで小人グノウを好敵手として見定めた。


「聞こえてたさ。強エ奴が二度も名乗るこたァねエ!」


 先程とは打って変わり、鬼の王は小人に敬意を表した。

 粗暴ながらも礼節を弁えた、武人の振る舞いである。

 グノウもまた、こういったやり取りを好ましく思い、愉快気に笑う。


「はっ! 全くだ! その名覚えたぞ! ゲンジ!」


 こうなれば最早、言葉は不要。

 と、思いきや、黒鬼ゲンジは鉄塊を横に薙ぎ、舌を打つ。

 それと同時に数体の影が奇声を上げて崩れ落ちた。


「ケ! 空気の読めねェ野郎共だぜ!」


 赤備えの鬼共が、ゲンジの背後に回っていた。

 それを払い退けたことで、小人も鬼の勢力関係をおおよそ察した。


「これでテメエも、そのガキィ守らねェで済むだろ?」

「ほう? そう見えたか?」

「ハッ! フザけた野郎だぜ! オレはただ、テメエが負けた時に言い訳されたくねェだけよ!」


 言ってゲンジは巨大な鉄塊を小人目掛けて投げ飛ばした。

 それは小人の横を通り抜け、その背後で身を隠していた子供の後ろに迫っていた輩にぶち当たった。


「これで本気、出せるだろ?」

「はははっ! 素直な奴だな、お前は!」

「ヘッ! うるせェよ!」


 ゲンジは子供に累が及ばないようにすることで、小人が自分との戦いに集中できるよう計らった。

 それと同時に他の雑魚共に邪魔をするなと、更には己はグノウよりも強いとも言っているのだった。

 そしてゲンジなりの、シャイな優しさも垣間見えた。

 ゲンジは悠然と放り投げた鉄塊を拾い上げた。

 仕切り直しである。

 これで最早、この二人の間に割って入る者はいない。

 両雄は構えた。

 一見、先程と変化は無いが、両者の纏う気配がまるで変わっていた。

 久々の緊張感に、ゲンジは奮えた。

 小さな敵に、目を凝らす。

 良く見れば端正な顔立ちの男前だった。

 眼光鋭く、精悍な面構えは強者の覇気に満ちている。

 そしてその尋常ならざる気配を放つ剣と鎧。

 一体どこで手に入れたのか。

 その出で立ちは正に伝説の勇者のそれだった。

 鉄塊に意識を込める。

 今まで生まれ持った剛腕とコイツで、数多の敵を葬って来た。

 例え相手が勇者だろうが、魔王だろうが、代わりはしない。

 剣をへし折り、粉微塵に叩き潰すのみ。

 普段、あまり深く物事を考えないゲンジが、幾多の思いを巡らせていた。

 それ程に、グノウには隙が無かった。


「……行くぞ!」


 痺れを切らしたのか、小人が先制した。

 いや、そういう雰囲気ではなかった。

 硬直状態を先に打ち破る事で、不利を承知で先手を打ってきた。

 ならばこれは、露払いの返礼であろう。

 ゲンジはそう解釈した。

 そんな思考が頭をよぎる中、小人の動きに瞬時に反応していた。

 真正面から来るのはわかり切っていた。

 だから鉄塊を地面に突き刺し盾とした。

 小人が上に跳ぶ、狙い通りだ。

 ゲンジは得物を上に突き上げ、下から小人を叩き潰そうとした。

 だが、巧みに威力を殺され掲げた鉄塊の上に着地した小人が、鬼の首目掛けて突進する。

 鉄塊をぶん回し、反動で回避するゲンジ。

 一進一退。

 両者は一歩も譲らぬまま、激しい攻防を繰り返す。

 戦いの宴は、まだ始まったばかり。

 ゲンジは狂喜していた。

 これ程までに心が躍るのはいつ以来か。

 彼の中には、グノウが小人であるという意識はとうに消えていた。

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