最強の小人グノウ

電出デン

第1話 我が名はグノウ

 死んだ。

 誰もがそう思った。

 百鬼ひしめく地獄絵図の真っただ中で、年端もいかぬ子供が紛れ込んで無事でいられるはずもない。

 少年は絶望し、天を睨んだ。

 澄み切った青空。血飛沫が舞う地上を皮肉る様な、忌々しくさえ思える蒼天が、いつも以上に眩しく見えた。

 何かが光り、視界が土煙に遮られた。

 そして気付いた時には、目の前に美しい剣が大地を貫いていた。

 文字通り、天空より飛来したそれは、大地を貫き、少年と鬼の軍勢とを隔てたのだ。


「無事か?」


 剣が喋った。

 少年はそう思った。

 これ程の力を秘めた聖剣の如き剣ならば、言葉を発したとしても何ら不思議ではなかった。


「どこを見ている? こっちだ」


 剣をまじまじと見つめていると、またも声が聞こえてきた。

 辺りを見渡す。

 だが、剣以外に声の主らしきものは見当たらなかった。


「柄頭だ。剣の天辺を見てみろ」

「ちっさ!」


 言われるままに視線を移した。

 するとそこには、手の平ほどの小さな男が座していた。

 白金に輝く鎧を身に纏い、腕を組んで胡坐をかいている。


「何だテメエ⁉」


 鬼のひとりが叫んだ。

 様子を窺っていたようである。


「我が名はグノウ」


 小人は背を向けたまま、静かに名乗った。

 それにもかかわらず、その声は反響するように遠くまで響き渡っていた。

 とてもあの小さな体から発せられたものとは思えなかった。

 そして、その場にいた者全てがその名をどこかで聞いた名前だと思い返していた。

 だが、なぜかそれがあの小人の事だと知っている者は、誰一人としていなかった。

 誰もが不思議な現象に戸惑う中、そんな事は無関係に小人が嗤った。


「楽しそうな宴だ。俺も混ぜろ」


 一瞬、何を言ったのか理解できなかったが、鬼たちは一斉に笑い出した。

 こんなチビが何を偉そうにほざくのかと。


「笑うぜ! テメエみてえなチビに何ができるよ!?」

「テメエなんざペロリと一呑みよ!」

「やめとけ! やめとけ! 腹の中で暴れられるぞ!」

「ギャハハ! そういう作戦かよ! 腹いてえ!!」

「おいおい! まだあのクソチビ飲んでもいねえのに、もう腹痛かよ!?」


 罵詈雑言が飛び交った。

 だが小人は眉一つ動かさず、涼しい顔で聞き流していた。

 こんなことは慣れていると言わんばかりに、泰然と座するのみ。


「このチビが‼」


 そのふてぶてしい態度に、激昂した鬼が小人に殴りかかった。

 小人の全身の三倍はあろうかという鉄拳が、容赦なく振り下ろされる。

 だが、小人は気付いていないのか、逃げもせずに座したままだった。


「危ない‼」


 子供が叫ぶと同時に、鬼がふっとんだ。

 何が起きたのか、よくわからなかった。

 わかっているのは、小人に殴りかかった鬼が泡を吹いて失神しているということだけだった。


「確かに危ないな。如何に俺とて、不意打ちされては加減し辛い」


 一瞬にして、静寂が訪れた。

 誰も、小人の言っている意味が理解できずにいた。

 しかし時間が、徐々に鬼の本能を刺激していった。

 コイツはヤバイと。


「こ……! よくもアニキをッ‼」


 別の鬼が武器を片手に潰しかかる。

 小人は柄頭から飛び降り柄を蹴り飛ばし、その反動で自身の数倍もの長さの剣を地面から抜き放ち、鬼の棍棒を両断した。


「な……⁉」


 鬼が呆気に取られる間に、流れるように鬼の腹目掛けて柄頭を突き当てた。


「ガッ……‼」


 鬼が白目を剥いて倒れ伏す前に、小人は宙返りして元の位置に剣を突き刺し、再び胡坐をかいていた。

 そのあまりに信じがたい光景に、誰もがただ茫然と立ち尽くしている。

 そんな様子に何を思ったのか、何の気無しに小人が言った。


「案ずるな。峰打ちだ」

「……おい!」


 小人の言葉にはっとした鬼たちは頭に血を昇らせつつも、互いに目配せした。

 流石に現状を理解し、認めたのだ。

 この小人は、強い。

 納得はできないが、戦いの中で生きる自分たちよりも遥かに強いと。

 ならば、今いる味方同士で束になって倒すしかない。

 三人の鬼が息を合わせ、たったひとりの小人に襲い掛かった。

 一人が斬りかかり倒されるが陽動だった。

 すかさず二人目がその隙を突こうとするが、小人は一人目を打ち据えた反動で二人目を打倒し、背後に回った三人目の顎を柄頭で叩きのめした。

 鬼たちの連携の練度はかなりのものだったが、相手が悪過ぎた。


「す、すごいっ……‼」


 少年は魅入っていた。

 目が慣れたのか、小人が遊んでいるのか。

 子供の目でも小人の動きが見えるようになっていた。

 そしてとうとう、周囲の鬼が残らず地に伏していた。


「もう終いか? さあ、遠慮は要らん! どこからでもかかってこい!」


 小人は物足り無いと言わんばかりに、声を張り上げた。

 直後、大地が震える程の足音が響き渡る。

 辺り一帯を埋め尽くす鬼の軍勢を前に、たったひとりで立ち向かう小さな勇者。

 その日少年は、小さな奇跡に憧れた。

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