◀︎▶︎12プレイ

僕の生活に大きな変化が起きた出来事が一つだけある。あれからというもの、なぜか神谷と過ごす時間が増えたのだ。流石に毎日行動を共にしているわけではないが、少なくとも週に四回は会っている。店員と客の関係の時はほぼ毎日ではあったが、それとはまた違う。まるで昔から友達だったかのように一緒にいるのが楽と思えてきたのだ。と、言っても僕たちの行く先はゲームセンターか神谷の自宅のみではあるけど、僕たち二人はそれが楽しかった。もしかしたらYouTuberのコンビというのが影響しているのかもしれない。YouTuberを通して自然と会話は広がっていく。あれからいくつか動画をアップしているのだが、まだ大物になったとは言えない。だが、少しずつではあるが、徐々に再生数は伸びてきていた。その度に励ましのコメントと批判のコメントがくるのだが、めげずに続けている。僕からしたら趣味の範囲内ではあるが、神谷は本気のようだ。もっともっと再生数を伸ばす為の試行錯誤は欠かせない。僕も趣味とは言っても神谷と同様意見を出し合うのを忘れない。

「このままでいいのだろうか」

 ふと、神谷は不安の声を漏らしたので僕は「何が?」とすかさず聞いた。

「ワイから誘っといてあれだけど、このままで大丈夫なのかと、つくづく思えてきた。なんていうか、このままYouTuberとして名乗っていていいのかとか同じような動画を投稿しているだけでいいのかとか思えてきたわけであって」

 神谷らしくない発言に僕は何があったと思い視線の先を覗く。そこには批判のコメントの数々が書かれていた。

「もう、投稿すんな!」

「自慢動画みたいで不愉快です」

「そのキャラどうにかなりませんか?」

「面白くない。辞めていいよ」

「カミタツとか名前からしてダサいよな」

 と、神谷の外見を否定するコメントも中にはあったのでショックを受けているようだ。いつも気にしない神谷であったが余程傷ついたのだろうか。

「クレーンゲームばかりの動画だと飽きるのかな? 一層、違うジャンルの動画でも投稿してみたり……」

「それはダメだ!」

 意見を出した僕に対して神谷は否定した。

「ネタ切れで全く違うものを出したら一気に視聴者は離れる。同じような店が隣にできて変に値下げしたり、新しい商品を出しても自分の形を崩すだけだ。だから、このままの形で一気に視聴者を引き込む何かがあれば……」

 神谷の言いたいことはなんとなくわかった。自分たちのあり方で視聴者を虜にするようなものというと何があるだろうか。考えながら思いついたことを呟いてみる。

「イベントがあればいいんじゃないかな?」

「イベント?」

「なんて言うか、うまく言えないけどただ取るだけじゃなくて……ほら、この間みたいに五千円でどれくらい取れるかっていう感じのやつ! あの動画、結構評判良かったし」

「あーなるほど。イベントか……」

 神谷は何かのヒントを得たのか、考え込んだ。

「あ、良い事思いついた」

「何?」

「鈴木! お前もクレーンゲームをしてみてよ」

「え? なんで僕が?」

「二人の動画だろ? だったら鈴木もプレイしていてもなんも問題ないじゃん。そうだよ、なんで早く気付かなかったんだろ。よし、次の動画から開始だ」

「ちょ、ちょっと待ってよ。僕は解説役でしょ? 僕がプレイしたら誰が解説するんだよ!」

「そんなのプレイしながら解説すればいいじゃん」

「えー! そもそも僕は顔出しNGであって、誰がビデオカメラ回すのさ」

「大丈夫! 首までしか映さなければなんも問題ないでしょ。それにどちらかがプレイしていたらどちらかが撮ればいいだけのことだ。なんも心配いらない」

 否定する僕に対し、神谷はそれを見事に打ち崩して見せた。僕には逃げ道がないらしい。そもそも、クレーンゲームはやるより見る方が好きであって僕にはできないものと思っているからどうしても否定してしまう。

「鈴木! クレーンゲームはやるだけなら誰にでもできるんだ。無理して取る必要なんてないぞ」

「いや、全国の人が見ている動画で僕の恥を晒したくないだけだし。失敗する動画なら僕はやりたくない」

「なら、カメラ回さないから。それならいいだろ? ただの遊びさ」

「……まぁ、それなら良いけど」

 僕は神谷に乗せられひとまず承諾した。そう、これはただのお遊び。何も心配することはないと自分に言い聞かせる。


 またしても地元から離れたゲームセンターに訪れてしまった。店内に鳴り響く大音量が心地よく聞こえてきてしまったのは最早病気と言っても良いレベルだ。店内を歩き回ると僕は思わず足を止めてしまうほどのものに遭遇してしまう。それは僕が最も好きなアニメキャラのフィギアに遭遇してしまったからだ。

「な、なんでこんなところに! しかもこれ新作のものではないか」

 思わずショーケースに顔を貼り付けてしまうほどだ。

「か、神谷! これ取ってくれ! いくらでも出すから」

「自分で取れば?」

恥を惜しんで頼んだ僕だったが、神谷は興味ないといった感じであり、小指で耳をほじる。

「え? なんで?」

「欲しいんだろ? だったら自分で取った方が喜び増すじゃん! たまには挑戦してみたら?」

 確かに今日は僕が挑戦する為に訪れたので、神谷が手を下すことはない。神谷は頑張れよといった感じに遠くから僕を見守る。ここは僕の手でフィギアを取るしかなさそうだ。

 よりによってこの台は壁に透明の穴の開いた板にクレーンに取り付けられている板で穴を通して景品を落とすタイプのものであった。これはミリ単位の操作になるので少しでもズレたら板が壁に当たり弾かれてしまうのでタイミングが最も重要な仕様になっている。このタイプは神谷の得意なジャンルになるので手を借りられないとなると悔しかった。僕は早速、お金を入れた。

 チャランラララーン♪ と、お金を入れると鳴るメロディが流れて僕の挑戦が始まる。横ボタン、縦ボタンと僕は操作していくが微妙なところで板と壁が接触して弾かれてしまう。すかさず百円玉を投入して再度チャレンジを試みる。簡単そうに見えて実は難しいというクレーンゲームの鉄則が僕の行く手を挟んだ。こうなっては取れるまでやらないと気が済まない。チャレンジは何度も続いた。普通に買えばそっちの方が安かったというのはよくある話だけど、クレーンゲームはそういう訳ではない。いくらかかろうと自分の力で取ったという快感はお金では変えられないのだ。皆、快感の為にその景品の金額の価値以上にかけているのだろうと僕は思う。実際に僕もお金がいくらかかっても取ってやりたいと思えてきているからだ。

 しかし、絶妙なタイミングで止めているにも関わらず、数ミリの差で弾かれてしまうのだ。穴のサイズよりも板の厚さの方が太いのではないかと疑ってしまうほどに。

「鈴木! こうだよ。こう!」

 神谷は片手で穴の形を作りもう片方の手の指で穴をズボズボやっている。一瞬、下ネタのような動作と疑いを感じてしまうその行動になんの意味があるのか理解できなかった。おそらく、今僕がしているクレーンのイメージを再現しているのだろうがそんなものでアドバイスされても取れるとは言い難いのでは? 僕はなんもアドバイスにならない神谷を無視して台と向き合った。ギュッと目を凝らして素早くボタンから手を離す。十五回くらいプレイしたところでようやく板は穴に入った。そのまま板は景品に向かって取り出し口まで押し出していく。見事、景品獲得だ。

 デテンテデテンテテーン♪ と、獲得した時の効果音が心地よく僕の耳に響いた。僕は獲得した景品を取り出し口から取り出し、神谷に見せつけた。

「どうだ! 僕だって自分の力で取れる……」

 僕は神谷を見て言葉に詰まる。

 神谷はいつの間にかビデオカメラを回していて、僕の方にレンズを向けていたのだ。

「ちょっと! 何勝手に撮っているの?」

「いやぁ~鈴木の初の獲得の瞬間をビデオに残そうと思って。安心しろ。YouTubeに載せるとしても顔がわからないように編集するからさ」

「でも、体型は出るんじゃ……」

「そんな恥ずかしい体型でもないだろう。太っているわけでもないしどちらかと言えばガリガリって感じだし」

「そのガリガリが嫌なんだってば!」

「顔が分からなければ誰だっていいでしょ」

「うっ……」

 僕は否定してもやはり最終的には僕の方が降りてしまう。確かにそうだけど……と、僕はどこかで思ってしまうみたいだ。

「鈴木! その台、ワイがやっていたら鈴木の半分以下の回数で取れていたのは間違いないで」

 神谷は自分ならすぐに取れてしまうと言った。神谷は達人なんだから取れるのは当たり前だと思っているけど、少々見下された感じがしたので僕は顔を引きつる。

「このタイプの台にはコツがあるんだ」

 そう言った神谷は百円を入れてプレイを開始する。

 台の横の部分もしっかり目視してポイントを定める。目視したままボタンを押して操作する神谷。ここだ! と言ったところで素早くボタンから手を離す。板はしっかりと穴位置を捉えてそのまま景品に向かって板が刺さる。なんと、一回で景品を獲得してしまった。僕が長い時間とお金を賭けたにも関わらず、神谷は短い時間と少ない金額で取ってしまったことに僕は呆然とする。実力の差を見せつけられた瞬間だった。

「やり~」

 嬉しそうに神谷は獲得した景品であるフィギアを僕に見せつけてきた。そんな神谷に僕は聞いた。

「どうしたらそんなにうまくできるの?」

 神谷は一時停止を押されたかのように固まった。そして、なんて言おうかと考えているようだ。

「まずは台の観察から始まって頭の中で動きをイメージトレーニングする。そして、最後に実行すれば取れる」

 的確に言っているように見えるが具体的なものがなかったので聞いてからそうなのかと思ったが後から意味が全くわからなかった。それは神谷だけにしかわからないような取り方なのだろう。

「それより、さっきの動画に撮った?」

「あっ……」

 僕は見とれていたため、神谷から託されたビデオカメラで撮るのを忘れていた。

「おーい! 撮ってないんかーい」

 神谷はノリツッコミみたいにオーバーリアクションをした。

「もう一回やってよ。今度はちゃんと撮るから」

「やめた! 気分乗らないから今日は終わり!」

 そう言って神谷は徐ろに自販機の方に向かった。僕も仕方なく神谷の後について行く。

「ほい!」

 神谷はジュース缶を僕に投げてきた。

「あ、ありがとう! あ、お金……」

「いいよ。ワイの奢り」

「ありがとう」

 僕は再度お礼を言って缶の蓋を開けて中身を飲んだ。

「クレーンゲームの魅力、分かってきただろ?」

 ジュースを飲みながら神谷は聞いてきた。

「そうだね。実際にプレイしてみたらわかったけど、楽しくなってきた。ギャンブルと同じで当たれば快感はすごいけど外れた時の絶望感は凄まじい。お金がいくらあっても足りない趣味の一つかもしれないね」と、僕はそんなコメントをしてみる。

ある意味パチンコや競馬と同じようなギャンブルと似たところはある。見返りは現金ではなくても当たった時、外れた時の感覚はいっしょなのかもしれない。

「うまいこと言うじゃないか。確かにある意味ギャンブルのようなところはあるな。まぁ、ワイは負けた感覚は少ないがな。ははは」

 自分は天才とでも言いたいような言い方をしているがこれが神谷なんだと僕は理解して受け流した。

「だがな、鈴木。今日はお前にクレーンゲームの魅力を知ってもらう為にワザとプレイしてもらった訳だ。少しは奥深さがわかったかな?」

 分かったも何も僕はそのクレーンゲームの配置やアームの動きを設定していた人間であった為に奥深さというのはよくわかっている。プログラマーと同じだ。遊ぶ人の事を考えてゲームを作っていくみたいに常に試行錯誤して繰り広げてプレイしてもらう人に感動と難題を与えていくみたいに。自分の手でクリアした快感はプレイする人次第だ。だから僕は「痛いほどに分かっているよ」と言って見せる。

「ん? ん~?」

「何?」

 神谷はわざとらしい反応して突っ込まれるのを待っている様子だったので仕方なくは聞いてあげる。

「これ何かな?」

 神谷は自販機横の壁に飾られているポスターを指さした。僕は神谷に言われてそのポスターを覗き込む。

『全国クレーンゲーム大会のお知らせ。地区大会は○○支店で挑戦者受付中。優勝は現金百万円』と書かれていた。

「クレーンゲームの全国大会? 聞いたことないけどそんなものまであるんだ」

 僕が棒読みでそんなことを言うと、横で神谷は目を輝かせているのがわかる。そして次に言う言葉は予想出来た。

「よし! 出よう。こんなのワイの為にあるような大会ではないか」

 と、当然といった感じで神谷は闘争心を燃やしていた。

「あ、でもここに注意書きが書かれている。二人一組の参加か単独参加の受付だって。どうする?」

「なら当然、鈴木も参加だな」

「そう言うと思ったよ……」

 僕はまたしても神谷の行く道に付き合わされる形となった。ほぼ強制ではあるがクレーンゲームの大会に参加することを誓い合った。

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