第3話

塩生の人形制作は難航した。生気の無い人形に息を吹き込むのは簡単だけど、生気の無い人の人形を作るのは、思ったより難しい。私は何度も人形の断片を捨てては作り直すを繰り返した。そのうち寝食を忘れて作るようになるには時間はかからなかった。母や……滅多に口を挟まない父でさえ、私を心配した。学校も休みがちになった。塩生からはメールは無い。分かっているのだろう。今、己の分身が作られているという事に。そしてそれが相当難しいという事に。

「……出来た……」

数か月。

私はやっと塩生の人形を作り上げた。

出来たその場で写真を撮り、塩生にメールする。出来た、と簡潔な文章を添えて。

返事は中々来なかった。もしかしたら気に食わなかったのかも知れない。そう思い始めた頃、返信が来た。

『最高。明日持って来て』

人形師冥利に尽きる言葉。塩生は私をどんな風に褒めたら良いのか分からなかっただけかも知れない。とにかく私は人形を箱に詰めて飾り付け、そっとカバンの横に置いた。

次の日、朝食もそこそこに塩生とよく遭遇する道に向かった。まだ登校するには早い時間だったが、すでに塩生はいた。

「最高の人形を作ったな」

最初の言葉。

私はそっと箱を渡す。

「私の命を削って作った、最高傑作。絶対に壊さないでね?」

頷き、箱を開けた塩生はしばらく固まっていた。

完成度の高さに驚いている?

それとも予想外の出来に落胆している?

期待と不安が入り混じる中、塩生は「すげえ」としか言わなかった。

「俺の恋人に最適」

「恋人」

「ああ。俺、好きな人見つけたんだ」

箱から人形を取り出し、頬ずりをする塩生。うっとりとしたその表情は初めて見る。

「俺、俺の事が好きなんだ」

嗚呼。

塩生も私と同じ。

人を愛せない。

いや、塩生は自分を愛した分、私よりマシかも知れない。

私は無言のまま頬ずりを続ける塩生に、材料費は要らないと告げた。

「塩生の恋人代は請求出来ないな」

「塩生って、どっち? 俺、それとも……」

「両方に、だよ」

完全に自分の世界に入っている塩生に、私は少しだけ羨ましかった。私の未来には現実しか無く、塩生みたいに人形と生きる未来なんて無い。

塩生は羨ましいというと、良いだろ?と惚気が返って来る。

「俺は俺が愛しい。愛している」

「そう言える塩生が羨ましいよ」

塩生に処女をあげて良かった。

なんとなくそう思ってしまった自分がいる。

多分、塩生は一生人形を手放さない。墓まで持って行くだろう。

そんな恋がしたかった。

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愛言葉 春陽 @yo_usuke

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