Scene:3「勢力」
「「いただきます」」
出来上がった朝食に二人は手を付ける。
これが二人にとっていつもの光景だ。
彼らがいるのはファルネスト家の自宅。現在はシュウの住処でもある。
オルストはいない。
彼はその立場上忙しいようで、この自宅に戻ってくる事自体がほとんど稀なのだ。
なので、この場所はほとんどシュウとリーネの二人暮らし状態となっていた。
「どう?」
「うん、美味しいよ」
朝食を飲み込んだ後の返事にリーネが嬉しそうに微笑む。
その笑顔を嬉しく思いながらシュウは食事を再開する。
窓から差す木漏れ日。僅かに聞こえてくる朝のさざめき。それが心地よく感じる。
穏やかな時間。シュウにとってこの時間がとても好きだった。
正直、こんな時間が再び訪れるとは思ってもいなかった。
両親に売られた直後のシュウの様子はそれはとても酷いものである。
希望もなければ恐怖もない無表情。中性的な容姿で整っているだけにその様はまさに人形の様であった。
だが、そうなるのも当然である。最早彼に帰るべき場所はない。それは即ち彼に向かうべきゴールがない事を示していた。
選べる未来がわからずただ不安しかないのなら、心は己の心が傷つかないよう内に閉じこもるしかない。
彼を買い取った仲介業者もそんな彼の様子を不気味に思ったが、彼の境遇も考えれば精神が壊れるのもおかしくないと考え放っておく事にした。
そうしてこの大陸へと辿り着き、買い手を求めて巡り巡った果てに――彼はオルストに買い取られ彼女と出会った。
オルストに連れられて家にやってきた彼を見てリーネはオルストに問い詰め、そしてシュウの経緯を知ると途端に彼女は怒り出しオルストを家から追い出してしまった。
それから汚れていたシュウをお風呂に入れて綺麗した後、オルストのために用意していた夕食を彼に振る舞った。
久方ぶりの温かい食事。それは食べ物が熱を持っているという意味だけではない。人の優しさを感じられる食事という意味でもあった。
その優しさが内に閉じこもっていた彼の心を少しだけ外へと向ける。
以降は彼女に引っ張られるままだ。
翌日には集落を案内され、そこに住む人々を紹介され、そして今の生活を教えてくれた。
『ごめんない』
全ての案内を終えて家に帰ってきた後、彼女はそう言って謝ってきた。
彼を物のように買ってしまった事、そして危険な場所で戦わせてしまう事、そしてそれを止められない自分達の弱さを。
そんな彼女の謝罪をシュウは黙って聴いていた。なんと答えたらいいのかわからなかったからだ。
彼女達が悪い人達でない事はわかった。自分を買ったオルストも自分にとっては非道な人に見えても彼女達にとっては頼れるべき人なのだという事もなんとなく理解した。
けれども、自身の状況が決して幸福といえないのも確かだ。
これから自分は死ぬかも知れない場所で誰かを殺さないといけない。
それは間違いなく恐ろしい道のりだ。そしてそれをさせているのは目の前にいる彼女達である。
幼いながらもそれはなんとなくわかる。
実際、命じるのはオルストだろうが、要するにこれは『彼女達のためにシュウが犠牲になれ』という事なのだ。
この場合の犠牲とは死ぬことではなく、死を含めた苦痛、痛み、労力をすべて肩代わりしろという事である。
それは理不尽だと思う怒りはあった。なんでこんな目にという悲しみはあった。
けれども、それを彼女達にぶつけたいかというと『そうは思わない』。何故かはわからないが明確にその答えだけは確かにあった。
慰める事も感情をぶつける事もできない。それがその時のシュウの返答であった。
とはいえ、時間は彼の返答を待ってはくれない。
後は流れだったと今のシュウは思う。
ただ死なないために必死に訓練についていき、与えられた作戦に黙って従事し、様々な事を見て知って、そして――
知人の死を目の当たりにして、ようやくシュウはこの世界の事を理解した。
そうなればもう『ここに暮らす人達を助けたい』という思いを抱くのにそう時間は掛からない。
そうしてシュウは現状を受けいれた。今ではもうリーネもシュウにとっては家族のような存在だ。
時に叱られ、時に心配され、時に大切にされる。
そんな彼女をシュウはとても好いていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
朝食が終わり、リーネが後片付けを始める。
「それでシュウ。この後はどうするの? 一応、部屋のシーツは取り替えておいたけど……」
片付けながらこの後の予定を聞いてくるリーネ。
その問いにシュウは答えようとし――止まってしまった。
答えた結果、どうなるのかが予想できてしまったためだ。
「――あ」
代わりに口からが漏れたのは言葉にもなっていない声。
けれども、そんな彼の声の意味合いをリーネは誤る事なく汲み取った。
言うのは不味いという焦りと困惑が形となった声。
当然、彼女は『姉』としてその真相を追求する。
「……ねえ、シュウ。その声はどういう事かなぁ?」
片付ける手を止めて、シュウに迫ってくるリーネ。
近づいてくる顔は笑顔だがその内に収まっている圧は凄まじい。
たまらず後ずさりをしてしまう。
「――――」
「…………」
少しの間、続いた沈黙。
だが、それも少しの間だけだった。
やがてシュウが観念してこの後の予定を口にする。
「一時間の休憩の後、フォルンへと向かってもらうって」
「――そう」
誰がそう言ったのかは尋ねてこない。聞くまでもない事だからだ。
何度も目にしたやり取り。だからシュウもこの後の彼女の行動は予想できる。
「待――」
「待たない!! ちょっと、父さんの所に行ってくる」
そう言って足音を強く鳴らしてドアへと一直線に向かうリーネ。それをシュウが後ろから抱きすくめるように止めようとする。
しかし、悲しいかな。性差はあれどシュウは十一歳で一方のリーネは十七歳。流石に力尽くで止める事は敵わない。
徐々にリーネが玄関に近づいていく。
「離して!! もう本当にあの人は!!」
「俺はいいから」
「良くない!!」
その間も続く言い争い。
このままではいつかの親子喧嘩が再発してしまうだろう。
その事自体は嬉しいと思う反面、自分のせいで仲違いするのは申し訳ないとシュウは思ってしまう。
ともかくリーネを思い留まらせるべく言葉を尽くすしかない。
「実際、俺は買われた身なんだから仕方ないよ」
そうしてどうにか絞り出した言葉。
けれども、その一言はリーネを別の方向で怒らせる事となってしまった。
パシッと乾いたような音が室内に鳴り響く。
唐突な事態に驚くシュウ。
見開いた瞳で見つめるのは己の頬を叩いた張本人であるリーネだ。
怒りの瞳はここにいない父親ではなく既にシュウの方へと向けられている。
振り抜かれた右手は宙を漂うように静止中。静寂もあいまってまるで時が止まったかのようだ。
「――なんでそんな事を言うの?」
彼女の口から漏れ出てきたのは涙声の疑問。
その声でシュウは呆けから我に返る。意識を取り戻した彼が見たのは怒りに満ちていた彼女の顔に流れる一筋の涙。
「買われた身だからって……仕方ないって……そんな風に言うなんておかしいわよ」
その間にもリーネの涙声の言葉は続く。
悲しむように怒るようにぶつけられる彼女の言葉。
それでシュウは何故、彼女が自分に怒っているのかを悟る。
彼女は自身の身を軽んじる発言をした事を怒っているのだ。
「死んでいい人なんて誰もいないわ。だって、シュウが死んじゃったら私、凄く悲しいもの。他の人達だってきっとそう。イェンさんやロブさん、お隣のおばさん達、薬屋さん所の子供たちとか皆、シュウが死んだって聞いたら悲しむわよ」
そう言いながらゆっくりとした足並みでシュウに近づいてくるリーネ。
そうして彼女はシュウを抱きしめる。
肌を通じて感じるのは温かい感触。それをリーネの体温だけが原因ではない。
シュウを案じる言葉が、悲しむ感情が、それらの原動である優しさがシュウの中に温かな感触を生み出しているのだ。
それが心地よくて、安心できて、自然と体から余計な力が抜けていく。目は細め甘えるように少し体重を彼女に預けるシュウ。
それをリーネは抱きとめた。
「だから、自分を軽々しく扱わないで。お願い」
祈るように願うように紡がれるリーネの言葉。
それに応じるようにシュウはリーネの体を抱き返した。
その優しさに感謝するこの気持ちが伝わるようにと。
「ごめん。ありがとう」
気の利いた言葉が思いつかず、そう返すしかなかった返事。
けれども、そのリーネにはその一言で十分だったようだ。
嗚咽を漏らして彼女はさらに抱き返してきたのだった。
「――落ち着いた?」
「……うん。ごめんね。痛くなかった?」
――そうして少し時間が経った後。
シュウが抱擁を解き尋ねるとリーネはそう言って謝り叩いた頬を撫でてきた。
「平気」
多少ヒリヒリするのは事実だが痛みはそれ程ではない。怯んだのもどちらかといえばその行動の方に驚いたのが大きい。
「――あ、時間」
そうしてふと、時計を見ると作戦の時間まで既に残り十分程となっていた。
集合場所までの移動時間を考えるともう出発しないといけないだろう。
「ごめん。私が騒がなかったらもうちょっとゆっくりできたのに……」
その事実に気が付いてリーネが再度謝ってくるがシュウは首を横に振ってそれを否定する。
「あれは俺のために怒ってくれただけだからリー
「…………」
とはいえ、彼女にしてみたらまだバツが悪いようだ。この様子だとしばらく引きずるだろう。
どうすればいいだろうか?
考え込むシュウはやがて一つの妙案を思いついた。
「それじゃあ、今日の夕食は俺の大好物を作ってよ」
「――え?」
「それでさっきの事はなしにする。それでどう?」
本当にシュウとしては気にしていないのだが、どうせ彼女の事だ。それを言ったところで気にするのは目に見えている。
なので、軽い要求をする事で代わりに彼女の罪悪感を相殺する形をとる事にした。
この要求ならそれ程彼女の負担にはならないだろうし、方便とは言えちゃんとした取引にはなっているので先の件はこれで決着がついたという形にはなる。
「うん、わかった。それじゃあ、夕食楽しみにしておいてね」
予想通り、そんな彼の要求を聞いてリーネが調子を取り戻した声で張り切りだした。
この様子なら先程の事を引きずる事はないだろう。
元通りとなった彼女を見て自然と頬が緩むシュウ。
「うん。楽しみにしてる。それじゃあ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
そうして彼は家を後にする。
玄関を閉める時、振り返った彼の心の中にあったのは帰る場所をくれた
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
合流地点には既に何名か待っている仲間達がいた。
シュウは彼らと挨拶を交わすと、そのまま集合時間まで待機する。
そうして訪れた集合時間。全員が揃ったのを確認すると部隊長が口を開き、一同に説明を始めた。
「全員いるな? 話は聞いていると思うが行き先はフォルンだ。向こうの自衛部隊と合流し作戦行動を行う事になっている」
「作戦内容は?」
「現在、フォルンへと進行中であるベリルの部隊の撃退だ」
その言葉で全員が納得した。
フォルンはシュウ達ストラの近隣にある小勢力だ。ストラと同様に集落から発生した勢力で、そこからわかる通りストラとフォルンは『こんな環境』になる前からの長い付き合いがある。
その関係は今でも継続しており、時折食料や物資、場合によっては人員を派遣し合う等している。
一方のベリルはフォルンの南にある勢力だ。
元はそこにあった大都市の名称でその都市は異能による反乱の際にその煽りを受けて壊滅的な被害を受けてしまった。
現在は都市に残留した人々が集まって勢力を築いている状態なのだが、都市周辺に作物を耕すのに適した土地がなく、加えて水場もないので慢性的な食糧不足の事情を抱えている。
そのため、そういった土地や水場を抱えているフォルンやストラ等をいずれ支配下に置こうと画策しているというのが両勢力内でのベリルへの見解だった。
要するに予想していた事態が訪れたという事だ。
それ故に全員が納得した訳である。
「最終的な目的は?」
「別に連中を全滅させたい訳ではないが二度とこちらに手を出さぬように戒める必要はあるとは考えている」
つまるところ、ベリルに派手な被害を与えろという事だろう。
そうすればベリルも安易に武力での支配を選択肢に浮かべる事はなくなるはずである。
と、ふとシュウの中である可能が浮かび上がる。
「ベリルがカルセム等から支援を受けている可能性は?」
「――そういえばカルセムの車両を発見したのはお前のところだったか。その報告は町長から受けているが、今はなんとも言えん。向こうの様子次第だ」
否定をしなかったところを見るに、彼らの方でも判断がつかないのだろう。実際、今の話だけではシュウもどっちの可能性もありそうだと思える。
「そういう訳で我々はこれよりフォルンを向かう。向こうの自衛部隊と合流後、ブリーフィングを始める事になるだろう。では、出発だ」
そうして一同は車両に乗り込みストラを後にしたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
元々、フォルンは森林地帯の奥にある泉を中心に発展した町である。
行商が旅の中継場所として利用していたという歴史があるらしく、それを証明するように元はただの道だったという太い道路が町を分断するように横断していた。
横断した道路はそのまま町の北と南、それぞれの方角へと向かってどこまで伸びている。そんな南側の道路をシュウ達の乗る車両が走っていた。
車両はフォルンに辿り着くと元は観光用だった大駐車場にて己を止める。
そうして車両からシュウ達が降りると、そこにフォルン所属の兵士が近づいてきた。
「ご苦労さまです。こちらへどうぞ」
彼の誘導従って丸太小屋へと案内される一同。
そうして中に入ると、金髪の青年が彼らを出迎えた。
「よく来てくれました」
輝くように澄んだ緑色の瞳。それが精悍な顔立ちと引き締まった体躯と相まって凛々しい雰囲気を作り出している。
平和な時なら俳優としてさぞ人気が出てただろう。そう思わせるくらいの美青年だった。
彼の名前はオルクス・リバート。このフォルンを纏める町長の一人息子であり、この勢力の自衛部隊をまとめる指揮官でもある。歳は二十歳。
「シュウも元気そうだね」
「そちらもおかわりないようで」
部隊長と握手を交わした後、シュウの姿を見つけ話しかけてくるオルクス。
シュウもフォルンには過去何度か作戦やいろんな理由で訪れており、その際にオルクスや知り合いとはよく顔合わせているのだ。
どうやらオルスト経由でシュウの経緯を知って、いろいろと気にかけてくれているらしい。
そのため、いろいろと世話になっており、何かの折にそれを返したいと思っていた。そういう意味では今回の件は良い機会とも言えるだろう。
ふと、シュウは周囲を見回す。
今、室内にいるのは自分達を除けば今回参加するフォルン側の部隊だろう。しかし、シュウはその中に見知った姿がない事に気が付く。
「……あいつは?」
「フィアなら監視で向こうにいるよ。絶対に力になるからってすっごく張り切ってる」
その様は容易に想像できたのでシュウとしては乾いた笑い声しか出てこない。
二人が話しているのは今、この場にはいないシュウの知り合いの話だ。
歳が近く同じ海外から連れてこられた異能者同士のせいか、フォルンとの共同作戦の時はよくセットで作戦に宛てられる事が多かった。
今回も彼女と組まされると想像していたので、彼女の姿がない事に疑問を覚えたくらいだ。
「さて、折角来てくださったところ恐縮ですが、作戦会議を始めたいと思います。どうぞ席についてください」
オルクスに促され、シュウ達ストラの自衛部隊は席へと着席する。
全員が着席したのを見届けると、オルクスは部屋の奥、ホワイトボードの置かれた場所まで戻ると、そこで作戦説明を始めるのだった。
「そもそもの始まりは巡回部隊が不審な車両を発見した事がきっかけです。人目を避ける経路で移動しているのを不審に思い、その車両を密かに尾行した結果、これを発見しました」
そう告げると同時にホワイトボードに写真が貼り付けられる。
写真は複数。映されているのは拠点のようだ。
場所は元はアウトドア用の行楽地だったのだろう。崩れたアスレチックや雑草の生い茂った調理場、バンガローなどが写真の端々に写っている。
そんな所を拠点に改造しているらしい。
木組みの高台や足場を木々に組み上げたり、使われていないバンガローに物資を運び込む様子がいくつかの写真に映されていた。
他の写真もサーチライトや通信設備を設置したり配線を車両のバッテリーと繋いだりといろいろな作業をしている。明らかに大規模な設営作業だ。
そうして最後に映されたのは車両に映されたエンブレム。
それがベリルの証だった。
「設営場所がここフォルンに近い事。持ち込んだ武装類や投入されている兵士達の数。それらから我々はベリルがここを攻めるつもりだと確信しました」
「確かにこの状況なら我々も同様の意見になるだろう」
オルクスの意見に頷く部隊長。
確かにこれだけの大規模な拠点を近くにあるフォルンに知らせもせずに作り始めている以上、攻める意思があるのはほぼ間違いないだろう。
「向こうの状況は?」
「発見したのが昨日でその時点で五割程は完了していました。恐らく設営自体は既に完了していると見ていいでしょう。ただ、人員はまだ揃っていないようです。向こうが準備するバンガローの数に対して現在の人数が少なすぎますので」
つまり、先に迎え入れるための準備をしているという訳である。
と、なれば……
「なら、来る前に叩きたいところではあるな」
「それは僕達も同意します。故に作戦説明後、僕達はすぐに現地へと向かいます。車では目立ちますので申し訳ありませんが、森の中を徒歩で移動して頂く事になりますが、どうかご容赦下さい」
「気にするな。ここにそれを気にするような奴はいない。だろ?」
そんな部隊長の問い掛けにストラの部隊全員が首肯で応える。
その返答にオルクスは安堵。
「ありがとうございます。それではこれより作戦の説明を始めます」
そうしてそれまでの写真を取り去った彼はホワイトボードに簡易の地図を描いた。
「作戦は奇襲。敵の不意を突いて拠点を襲撃し拠点機能の破壊とそこにいる人員の撃破、投降を狙います」
「つまり、逃さないという認識でよろしいでしょうか?」
ストラの部隊の一人が質問を投げ掛ける。
この問いは要するに『敵に撤退を促させないのか?』という確認だ。
あえて逃げ道を残しておく事で状況が不利になった際に敵が逃げれるようしておく。
逃げ道がない場合、敵の決死の抵抗によってこちらが大きな被害を受ける可能性があるためだ。
故に被害を抑えるためにわざと逃げ道を残して敵に撤退を選ばさせるという手法が存在する。
「恐らくですが、既にベリルはこの拠点に向かって人員を送っている最中だと考えられます。撤退の場合、それらの人員と合流される恐れがありますのでそれを阻止するために撃破と投降を狙う訳です」
「という事は連戦もあり得ると?」
「初戦の結果次第ですが、恐らく」
オルクスと部隊長の会話を聞いて考え込むシュウ。
確かにオルクスの想定通り既に人員が送られているなら、初戦の結果次第でベリルが襲撃し返してくる可能性は十分考えられるだろう。
連戦は辛いところだが、一度にまとめて戦うよりはマシである。加えて作戦完了時間次第では十分に休憩をとってから再度戦うという展開も望めるので初戦の結果はかなり重要なものになるといえる。
「そういう意味ではシュウの立ち回りが重要になってくるといえるかもしれません」
「そういう事なら任せて下さい」
作戦が奇襲ならシュウの得意分野だ。オルクスもシュウの異能は知っているのでひょっとしたらそれを前提に作戦を組んだのかも知れない。
と、なれば今回の作戦の参加はオルクスからの要請の可能性もあり得る。
その場合、ストラ側も断りにくいだろう。なにせストラの未来にも関わる話だ。多少無理をさせてでもストラ側はシュウを派遣する事になるだろう。
もしそうであるならオルストは恨まれ役を買って出た事になる。
失笑が漏れそうになるがシュウはそれをどうにか堪える。
今はそれよりも作戦の方が大事だ。その話は後で考えればいい。
「それで具体的には何をすればいいんですか」
「それは――――」
そうしてオルクスの口から語られる作戦の詳細。
それをシュウはしっかりと頭の中に刻み込むのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
空が朱に染まる夕暮れの森の中をシュウ達は進んでいる。
既に衣服はこの森に馴染む迷彩色に着替えられており、気配を殺して身を潜ませれば簡単には見つけられない状態だ。
草木を分け入り、小川を飛び越え進む一同。
森は深くまだ日のある今の時間ですら影が濃い。
日が全く刺さないという訳ではないが、それでも多くは木々の枝葉に遮られ、僅かな光しか森の中には届いていない。
恐らく日が沈めば一気に視界は暗くなるだろう。
それを感じてシュウが先頭のオルクスの傍へと近寄る。
「自分が前に出ましょうか?」
暗くなれば明かりを付けざるを得ないが、下手をすればその明かりを敵に見咎められる恐れもある。
けれども、シュウならその異能によって周辺状況を明かりを使わずに把握する事ができる。
しかし、そんな彼の提案をオルクスは首を横に振って応える。
「いや、その必要はないよ。目的地はもうすぐだから」
「わかりました」
それなら大丈夫だろう。
そうして山林を進み続けて少しした頃……
視界の奥から枝から枝へと飛び移って近づいてくる一つの影に一同は気が付いた。
一瞬、警戒を強める部隊だが、見当がついているオルクスと異能によってそれが誰なのか把握していたシュウはそのままその影へと近づいていく。
「ご苦労だったね。フィア」
「いえいえ、これくらいへっちゃらです」
労るオルクスに笑顔で答えるのはプラチナブロンドの髪の色をした少女だった。
髪型はショートボブで水色の瞳。年齢はシュウと同じくらいだ。
愛らしい出で立ちしており、オルクスに見せているその笑顔に周囲の者達も思わずそれまで張り巡らしていた緊張を和らげる。
ただ、その中にあってシュウだけは彼女に対し冷めた視線を向けていた。
そんな視線を知ってから知らずか少女は周囲の彼らを見渡し挨拶をする。
「皆様。遠路遥々お越しくださってありがとうございます。敵の拠点はここよりもう少し先です。ここから先は慎重に進んで下さい」
少女の名前はフィア。フォルンの所属する兵士である。
来歴はほぼシュウと同様。つまり、異能者故に攫われた身であるのだが、若干違うのはそんな彼女をオルクスつまりフォルンが助けたという点だ。
買い手を探して商人が盗賊団にアジトに入った所を丁度、オルクス率いるフォルンが襲撃したという経緯らしい。
以降、フィアはフォルンの保護下に置かれている。
本来であればそんな彼女が兵士として前線にいるのは妙な話なのだが、そうなったのは彼女の意思によるものである。
どうやら助けられた拍子にフィアはオルクスに一目惚れをしてしまったらしい。
後は惚れた勢いで自身を猛アピールし、結果、フォルン側(オルクスの反対はあったが)の異能者の力を利用したい思惑と重なって彼女の兵士入りはあっさりと決まった。
シュウとは互いに協力関係にある勢力の異能者、それも歳や経緯が近い者同士という事もあって互いに意識し合う間柄だ。最も親しいかというと――
彼女の忠告を受けて歩みを再開する一同。
そんな中シュウは歩みのペースを遅めて最後尾側へと回っていく。
それを見て同様にペースを遅めるフィア。そうしてシュウに近づくと――
「なんだ。あなたも来たんだ」
先程の愛らしい顔を潜めて、冷めた視線を投げ放ってきた。
「ああ、こっちの異能者が頼りないみたいだからな」
そんな視線に驚きもせず、ぶっきらぼうな口調で悪態を返すシュウ。
これが彼女の本性だ。
普段見せているのは愛らしいあり方は彼女の仮面。
その本性は目的のためなら己を隠して他者を利用する小悪魔なのである。
彼女の目的は一目惚れしたオルクスに振り向いてもらう事。
そのために本性を隠してぶりっこを振りまきながら異能の力を用いる事を選んだのだ。
『オルクスのためじゃなかったらこんな汚い所ずっといようとなんて思わないわよ』
以前、シュウが聞いた彼女の言葉だ。あまりに堂々と言うものだからシュウも絶句するしかなかった。
ただまあ、動機は人それぞれだし、そんな動機でも彼女はしっかりと己の役割を果たしてフォルンに貢献している。で、あるなら問題ないだろう。
そう納得してシュウは彼女の動機面に目を瞑っていた。
フォルンの人間にその話をした事はない。言ったところで面倒くさい事になるだけである。なら、言わなくていいだろう。ひょっとしたら向こうはとうの昔に彼女の本性に気が付いているかもしれないし。
そして、そんな彼女の本性を何故シュウが知っているのかと言うと見抜いたからであった。
当初はその猫被りに騙されていたのだが、会話の反応、オルクスと他の人間との態度の違い、極めつけに偶然いくつも拾ってしまった小声の悪態から彼女の本性に気が付いてしまった。
ばれた彼女はそれまでの猫被りを捨てて他の人、特にオルクスに告げたら殺すと脅してきた。
以降、二人は密やかに悪態を吐きあう間柄となったのであった。
「音楽家の出番はもうちょっと先だから戻って大人しく待ってたらどうかしら?」
「そうだな。そっちの異能と違ってそういう仕事もできるからこっちは大変だ」
二人のやり取りは小声なので先を行く仲間達には聞こえない。
さながらテーブルの上でにこやかに会話しながらその下で蹴りの応酬を繰り広げている様である。
そうこうしているうちに一同は目的地へと辿り着いたのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
Scene:3「勢力」:完
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます