Scene:4「襲撃」
そこは崖だった。
森が終わるとすぐ目の前に断崖絶壁が広がっており、眼下にも森が広がっている。
緑の絨毯のように視界一杯に広がる森。けれども、その中にポッカリと空いた空間がある。
そこがオルクスの言っていた件の場所であった。
元は行楽地だったというそこは現在、ベリルという勢力によって進行するための拠点へと改造真っ最中のようだ。
木々を素材にして組み上げられた見張り台と木々にまとわり付くように設置された高台。それらは既に設置を終え見張りが一人監視の仕事に努めている。
森と行楽地の境界には木製の柵。それが柵はその内側は自身の領土だと主張するように行楽地を取り囲んでいた。
柵の中では車両が一台バンガローの近くに停車し配線を内部に伸ばしている。そのバンガローの屋根にはアンテナが一つ。さらに言えば大型の空調用設備がバンガローに寄り添うように隣接されていた。
柵内とその周囲にはサーチライトを始めとした明かり類が設置されているが、今はいずれも点いていない。恐らく明かりで存在を悟られたくないためだろう。
そのため、敵兵士達は懐中電灯を使って視界を確保し歩いていた。
そんな様子を一同は崖の上から見下ろしている。
既に明かりは消している。現在は敵兵士の懐中電灯の明かりとシュウの異能によって敵の状況を把握している状態だ。
「外にいるのは五人。車両が三台なので荷物を勘定に入れて……多くても一二人ぐらいだと思います」
「最初の報告から変わりないようだね。残りは屋内かな? こちらは九人だから各個撃破したいところではあるけど……」
「物音が聞こえるバンガローは二箇所。数は声数からして……手前の方が三人。それで……奥が四人だと思います。何かを置く音が聞こえるので恐らく室内で作業中かと。近づけたら会話内容とかも正確に拾えると思いますが……」
こういった状況ではシュウの異能はかなり便利だ。
本来は聞こえない程小さくなった音を増幅する事で聞こえるようできるため、相手に気取られる事なく情報を集める事ができる。
視覚情報ではない分、得られる情報は限定的だがそれも使いよう次第でいろいろな応用させる事ができる。
例えば先のような声の種類からの人数の推察。他にも物音の種類から何をしているのかを推測する事もできるし、会話を拾う事だって可能である。
現在は距離があるので精密な音情報を拾う事はできないが、それでも大まかな情報ぐらいならこの距離でも十分だ。。
情報によるアドバンテージは現代の戦闘においては重要な要素。加えてシュウの異能は隠密行動にも向いている。
音を消して気付かれないように行動し、音によって情報を集める。それがシュウの戦い方だ。
だから、要請があればより詳細な情報を手に入れに行こうするというのは当然の選択肢だった。
けれども、オルクスは首を横に振る。
「ありがとう。でも、今はそこまでリスクを冒す必要はないかな。それよりもまずは外にいる連中への対処が先だ」
それを聞いてシュウも眼下を見下ろす。
確かにオルクスがいうようにこれよりあの領域に入るならまず外に見張りや巡回をどうにかしないといけない。
だが、彼らは絶妙な配置に着いておりどこか一箇所を襲えばすぐに他の場所にいる仲間がその事に気が付いてしまうだろう。
そうなればバンガロー内にいる連中にも連絡が入り、外へと出てきてしまう。
それはシュウ達にしてみれば都合が悪かった。
「敵に気付かれないように仕留めるならタイミングを合わせて同時撃破しかないだろうな」
「やっぱり、そうなるか」
部隊長とオルクスとの会話。
彼らの選択肢は当然の帰結だった。
順番に対応して気付かれるなら、該当の対象を同時に始末するしかない。
だが、同時の攻撃はそれ故にタイミングの問題が付き纏う。
最適なタイミングで動ける一人の時とは違い、一斉に襲う場合、最適なタイミングで仕掛けられず成功率が落ちるためだ。
対策としては声掛け等である程度互いに準備を整えう等があるが、それでもマシになる程度で解決には程遠い。
とはいえ、現状ではそれ以外の方法もなく、彼らはその案を採用する事となった。
「と、なると担当だけど――」
「じゃあ、高台の方の見張りは私がやります」
そうして次に襲撃担当の振り分けの話になったのだが、その話に入った途端、フィアが担当箇所を志望してきた。
「あの場所。私の異能なら丁度良い感じだと思いますので」
「わかった、頼む。見張り台の方は僕がやるよ」
「なら、自分は柵内の巡回を」
フィアとオルクスに続いてシュウも名乗りを上げる。
彼がそこ志望したのは単純にそこが一番自分向きだからだ。
巡回は三人いるのだが内二人は柵の外を柵に沿って周回。残る一人は柵内を一定のルートで巡っている。
柵内の巡回を狙うには見張り台もしくは高台の見張りに見つからずに潜入する必要があり、このメンバーの中でその成功率が高いのがシュウとなる訳だ。
「まあ、そこはシュウに任せるしかないなからね。頼んだ。残りの二人はそれぞれ二人ずつであたってもらって……残りはここで監視。何かあったら連絡してくれ」
その決定に全員が首肯。
こうして襲撃の割り振りは決まった。
合図は見張り台を狙うオルクスがタイミングを担う。
理由は彼だけ見張り台に飛び乗る必要あるからだ。フィアは位置さえわかってしまえば登る必要すらない。
「それじゃあ、作戦開始だ」
その号令を合図に一同は散っていく。
シュウの担当は柵の向こう。そのために見張り台や高台の見張りの目を掻い潜らなければならない。
シュウが選んだのは高台の方。足場によって真下側が死角となっているためだ。
異能で音を立てずにそこまで近づき、異能を使って真上の見張りの現状を確認する。
どうやら見張りは真面目に働いているようだ。呼吸音は聞こえるが会話の声は聞こえない。
ちなみにフィアは既に見張りを視界内に捉えれる位置に潜んでおり、いつでも襲える状態だ。
(早くしないと。後で何か言われそうだな……)
そんなどうでもいい事を考えながら見張りの状態を確認し続ける。
呼吸音や超音波で習得した情報等からおおよその位置や向きを把握し、見張りの視界が予定ルートの範囲から外れた瞬間――彼は一気に駆け出した。
異能の範囲上、草木を掻き分ける音も消えるので躊躇う事なく全速力を出せる。
柵の高さは一メートルと少し。一般的な大人なら頑張れば乗り越えられる高さだが、幼いシュウではそうもいかない。
けれども、彼は柵へと突っ込むように跳躍するとそのまま片足を上げて柵の柱へとそれを蹴り込んだ。
そのまま足に力を込めて体を僅かに持ち上げ、それと同時に柵の縁へと手を伸ばし引っ掛ける。手が掛かれば後は体を引き上げるだけだ。
突っ込んだ勢いはもう失われているが、訓練で鍛えられた腕力が小さなシュウの身体を一気に持ち上げる。
そうしてその勢いで全身を浮き上がらせたシュウはそのまま柵を乗り越え草地に着地した。本来は派手な音が鳴る一連の行動はシュウの異能おかげで周囲に響かない。
乗り越えた後は見張りの死角へと身を隠せば潜入は成功だ。
再び異能を使って目標の巡回の位置を確認する。
目標の巡回は少し離れた所を歩いていた。
「こちらシュウ。柵内への潜入に成功」
『こちらオルクス。了解。こちらも配置に着いた』
『こちらフィア。私の方も準備完了。いつでもいけます』
巡回の背後に回りつつ小さな声で通信機で潜入完了の報告をすると、次々に配置完了の報告が上がってくる。
『よし、それじゃあ皆。僕の合図を待て』
それを確認してオルクスが次の指示を出してくる。
その指示を聞いてシュウは周囲を確認。他の人間の存在やバンガロー側の動きに変わりがない事を確かめると、今度は自身と標的との距離を測り始めた。
今回、用いるのはナイフ。これを額へと投じて一撃で仕留めるつもりだ。
一応、サイレンサー付きの拳銃も持ち込んでいるがそちらは殺傷力はあっても音は完全には消えない。
確実に周囲に存在を気取らせずに攻撃をするなら投擲の方が最適なのである。
ただ、確実当てるためにもある程度距離は詰めておきたい。
動く巡回の後を気付かれないように付いていきながらシュウは合図が来るのを今か今かと待つ。
『――今だ。襲撃開始!!』
そうして待ち望んでいた襲撃の合図が出た瞬間、シュウは通信機を収めながら一気に巡回へと近づいていった。
必中の距離に入ると同時に彼はナイフを投擲。その頃には巡回も背後の気配に気が付いて振り返る。
巡回がシュウとナイフを視界に捉えるのとナイフが巡回の目前にまで迫ったのはほぼ同時。そのままナイフの刃は巡回の頭部へ深々と突き刺さった。
絶命し仰向けに倒れていく巡回。そんな遺体にシュウは近づきナイフを回収すると、再び通信機を手に取り結果を報告する。
「柵内の巡回。完了しました」
『高台の方も終わりました』
『見張り台の方も成功だ』
それから次々に寄せられる報告。どうやらどこも上手くいったらしい。
これならバンガロー内に外の状況は伝わってないだろう。
とはいえ、それでも誤魔化せるの短時間。連絡がこなければ流石に怪しむだろう。
今回は外の連中の声や会話をシュウが確認してないので、彼の異能で誤魔化すという手も使えない。故に迅速に行動する必要がある。
オルクスは隊を二つに分けて同時にバンガロー内を襲う案を提案。これに反対する者はいなかった。
部隊分けはシュウとフィアとストラ側の兵士二名が手前のバンガロー。それ以外の面々は奥のバンガローとなる。崖上の二名は監視の継続だ。
オルクスと別行動となる事にフィアが一瞬、不満げな表情を浮かべたがそれも次の瞬間には元に戻っていた(なお、そんな彼女の内心を見透かしていたシュウがその表情をしっかり目撃していた事は語るまでもない事だろう)。
そうして一同は二手に分かれる。
先頭は情報収集のできるシュウ。その後ろにフィアが続き、さらに二人の兵士がそれを追い掛ける。
バンガローの明かりが見えると彼らはさらに身を低くしてゆっくりとバンガローに近づいていく。
彼らの向かったバンガローは近くに車両がある方だった。
天井にアンテナが付いている事からも十中八九通信用施設として使う予定なのだろう。
シュウが窓に寄って異能で音量を増幅して聞き耳を立てる。
聞こえてきたのは室内の会話。どうやら通信設備で連絡をとっている最中のようだ。
『――了解した。既に本隊は出発している。時期にそちらに到着するはずだ』
「了解。彼らと合流し準備が整い次第。作戦を開始します」
『頼むぞ。諸君らの働き次第でベリルの未来が決まると言っても過言ではない』
「それは理解しているつもりです。必ずやフォルンを手に入れてみせます」
『では、以上だ。健闘を祈る』
そうして通信が終了する。
通信をしていた兵士は通信が終わったことを見届けると、椅子から立ち上がりそのままドアの向こうへと消えていった。
「やっぱり、本命の本隊がこっちに向かっているみたいです。合流して準備が整えば作戦開始だと」
「予想通りか」
「本隊の迎撃の準備をするためにも急いでここにいる兵士を片付けて、向こうと合流しないと……」
「私も同意見です。迅速かつ確実に仕留めましょう――って事でシュウ♪」
「…………もう少し待って下さい」
フィアの催促にため息交じりの返事を返しながらシュウは異能を継続。窓に耳を当て、さらに音量を増幅させる。
聞こえてくるのは足音や会話。さらに作業音等の室内の音。
ただ、今はその内容に興味はない。大事なのはこの音がどこから発せられているのかだ。
窓の向こうの室内に人影がいない以上、音の源は全てドアの奥から漏れ聞こえているという事になる。けれども、同じドア向こうからの音と言っても音源の位置が違えば音の性質も変わるはずだ。
当然、その差は些細なもので普通は気付かない。加えていえばドアで遮られているので漏れ聞こえる音量は僅かなものだ。
しかし、シュウはその音を増幅して聞き取る事でその違いを把握。さらにそれを分析し逆算する事で音源の状況を把握しようとする。
当然、この手法は異能だけで成立し得ない。実のところ、それは『超音波による把握』も同様である。
シュウの異能はあくまで『音の操作』であり『音の解析』はその効果の範疇外。つまり、音から様々な情報を拾う場合、自力で音を解析しなければならないのだ。
当たり前だが素人がいきなり挑んで上手くできるはずがない。
シュウがそれを可能なのはオルストの指示でこれらの技術を会得するための訓練を初期の頃から受けていたためだ。
元々、こういった論理的な思考は彼の得意分野だし小学校に通っていた時は算数や理科が得意科目だった。
オルストが彼の異能の使い方を研究する中でこの手法を思いついたようだが、その判断は正しかったとシュウも納得せざるを得ない。それくらいのこの技術を活用する機会は多かった。
各種の音の反響からドア向こうの空間形状を逆算。声や足音の変化から音源の位置と移動ルートを算出。音の正体から行動内容を推測。
叩き込まれた知識の数々。それらを駆使して演算する事でシュウは己の脳内に仮想のドア向こうの風景が再現させていく。
時間が掛かる上、計算に脳や意識が割かれるため無防備になりやすいのが難点だが、それでもこういう状況なら便利ではある。
そのイメージに従い、シュウはフィアに敵の位置と中の構造を教えていく。
「了解。まとめて仕留めます」
彼の指示を受けフィアがそう返事を返すと、直後に自身の異能を発動。
次の瞬間、彼女の周囲に小さな光の球体が三つ、同時に姿を現した。
三つの球体は一拍の間を置いた後に飛翔。光線となって宙を駆け巡る。
屋根を登り煙突を経由して屋内のダイニングルームに入り込んだ光線は竈口から飛び出すと同時に散開。
それぞれが別々の軌道を描いて己の標的へと向かい、そしてその脳天を撃ち抜いた。
「――全弾ヒット」
着弾特有の音を聞き取ったシュウがフィアにそう報告。その報告を受けて彼女は満面の笑みを浮かべる。
「どうかしら?」
これが彼女、フィアの異能だ。
その内容は拳銃程の物理的威力を伴った光線を任意の軌道を描いて放つ事ができるというもの。
同時に放てるのは八発まで。発動は生成、その後に発射という流れで、軌道の設定は生成時に行われる。
その特性上、発射までにタイムラグがありそれ故に速射には向いていないのだがそこそこ射程が長い事と任意の射撃軌道が可能という応用性の高さもあって周囲からは便利な能力と評されていた。
「フィアだけの力じゃないんだけど」
自慢げなフィアにすかさず目を細めたシュウがツッコミを入れる。
実際、今の攻撃はフィア独力では不可能な攻撃であった。
軌道設定する事で見えない所に光線を飛ばす事はできるが、そのためにはフィア自身がその構造や標的の位置を把握している必要がある。
でなければ、光線は壁や天井等に当たったり、標的いないの方向へと飛んでいてしまうからだ。
シュウが敵の位置と障害物を把握して報告。それを受けてフィアが障害物を避けて標的に当たる軌道で光線を発射する。
この相乗効果のある連携は二人が組んだ当初から行われていた。
発案者はオルスト。その特性上、かなり奇襲性が高く奇襲の初撃として多用されている。
初見の敵としては思いもしない所から攻撃が飛んでくるのだ。対応しきれる訳がない。
結果、二人はこの連携で何度も作戦を成功導いてきた。
とりあえずシュウはもう一度中の様子を異能でチェックし、物音がない事を確認すると、すぐさま出入り口に回り込んだ。
そうして彼はドアを勢いよく蹴破る。
吹き飛んだドアがそのまま奥の壁へと激突が一同はその音に怯むことなく屋内へと侵入しすぐさま周囲の警戒を始めていく。
ドア影、異常なし。下駄箱の影、異常なし。曲がり角先、異常なし。
シュウの異能で一応物音がないのは確認はできてるがそれでも彼らは油断しない。
何事にも完璧等ありはしないと知っているからだ。ひょっとしたら異能によってその探知から逃れている可能性だって十分に考えられる。
故に突入からの安全確認は迅速かつ丁寧に。これは彼らにとって基本の事であった。
当然ながら、慎重に慎重を重ねても駄目な時はある。場合によってはその行動自体が裏目になるなんて事もザラだ。
しかし、だからといって手を抜いて言い訳でもない。その慎重さが命を救う場合もあるからだ。
それ故に大事なのはベストだと思うを常に選び続ける事。それをせずに失敗してしまったのなら後悔しか残らない。ならば後悔しない選択をする方が納得できる分いくらかマシだろう。
そうして一同が二度目の曲がり角を曲がり廊下を望んだ時だ。彼らの目の前の二つの遺体が姿を現した。
遺体はどちらも正確に頭部を撃ち抜かれている。
念の為、心拍音だけを対象にして音量を増幅してみるが心臓の音はどちらからも聞こえない。
間違いなく死亡している。その事をシュウは視線で一同に知らせると、その視線を受けて仲間達はさらに奥へと進んでいった。
道中のドアも開けて中を確認。そのうちの一つに遺体を確認すると、彼らはさらに先へ。そうして彼らはリビングルームへと辿り着いた。
人の気配はどこにもない。やはり、あの三人で全員だったようだ。
「こちらシュウ。こっちのバンガローは片付きました」
『こちらオルクス。了解。こっちも片付いたよ。どうやらこっちは倉庫として用いるつもりだったみたいだ。いろんな物資が運び込まれているよ』
「こっちは通信施設ですね。先程、通信しているのを盗み聞きしました。やはり本隊がこちらに向かってるようです」
『――急いで対応に動いたほうが良さそうだね。通信はカメラも使ってるのかい?』
「はい。なので、なり変わるのは難しいかと」
『わかった。シュウ達はそのままそのバンガローを調べてくれ。僕はフォルンに連絡をとって増員を送ってもらう。監視組は周囲を警戒。本隊らしき部隊が近づいてきたらすぐに知らせてくれ』
「了解しました」
通信機の向こうから聞こえる返事を耳にしながらシュウは通信を切った。
「オルクスはなんて?」
「このバンガローの調査を頼まれた。要するに本隊に関する情報をできるだけ集めてくれって事だと思う」
そう言いながらシュウはリビングルームを後にし、先程盗み聞きしていた部屋へと向かう。
部屋は異様な有様だった。
木の温もりを感じる柔らかな雰囲気の室内に並ぶ、無骨な機械の数々。
ケーブルが足元を駆け巡り、くり抜いて広げたドア下のスペースを通って室外へと伸びている。廊下へと出たケーブルは隅の方でまとめられそのまま玄関へと向かっており、そのまま車両から伸びているケーブルと繋がっているのだろう。
そんな室内をシュウ達は物色する。
整理された書類に目を通したり、端末やパソコンの電源を入れて中のデータを確認してみたり……
それを見て手伝い始めるフィア。後の二人は他の部屋を調べ回っている。
「――あったか?」
「――駄目ね。ほとんどフォルン関係の資料よ。あ、ストラ関係の資料も多少はあったわね」
「まあ、こっちが協力態勢をとっていたのは別に隠してなかったからな。仕掛ける以上、警戒して当然か」
軽く嘆息して作業を続けるシュウ。
画面に映るのはフィアの言う通りフォルン関係の情報だ。たまにストラ関係の情報もあるが、あるのはそれだけで本隊や作戦に関わる情報はどこにも見つからない。どうやら万が一を警戒して持ち込んでいなかったようだ。
「お得意の心理読みで何か見つけたりできないのか?」
「残念だけど、その結果ここの隊長は真面目な人間だと結論が出てるわ。まずそんな横着、部下にも許さないでしょうね」
『本当に残念な返事だなー』と返して作業に戻るシュウ。
彼が口にした『心理読み』。それはフィアの得意とする技術の事だった。
観察等で相手の情報を収集し相手を把握。そうして相手の行動を推測する。
原理を言ってしまえばそれだけだが、フィアの場合その的中率が並の人間より遥かに高いのだ。
本人曰く幼少より家の事情で常に他人の顔色や裏の意図を探っていた結果だと自嘲していたが、恐らく本当の事だろう。
これはオルクスから聞いた話だが、救出された当時、彼女の着ていた服はボロボロではあったが、上等な素材を用いた高級そうな代物であったそうだ。
恐らくどこかのご令嬢だと彼は予想していたが、その可能性は彼女の態度等からシュウも同様の結論に至っている。
今回の場合、部屋の整理の仕方や遺体の身だしなみ、端末のファイルの並び方や中の文章等といった情報からフィアはこの部隊を指揮する者の性格を推測したのだろう。
シュウが尋ねたのはその特技で隠し情報等を見つけられないかという事だが、流石にそう都合良くはいかないようだ。
ただし――
「けど、今ある情報でいくつかの事は推測する事はできたわ」
それとは別に思いもしない返答が返ってきた。
「――というと?」
一瞬にそれに驚き、けれども、おくびにも出さず問いを投げ掛けるシュウ。
彼女の言う今ある情報とは今自分達が眺めているこれらの事だろう。
他にも細々した情報はあっただろうが、それらの情報だけで彼女は何かを掴んだらしい。
そんな彼の反応にフィアは満足気な表情を浮かべつつ、問いに答える。
「まずはフォルンの情報に対してストラの情報がそれ程多くない事。ここから向こうはストラと戦う可能性は想定してても絶対に戦うという前提ではない事がわかるわ」
その推測に首肯を返す。確かにその考えは納得できた。
「つまり、今回のこの拠点。連中は見つからない自信があった訳か」
見つかる可能性を考慮しているならストラ側の資料をもっと用意しているはずだ。
しかし、少ないという事はストラの増援がこない。つまり、奇襲が上手くいくという見込みがあったと考えている可能性が高い。
「実際、今回の発見は偶然の産物だしね。そういう意味じゃ相手も運が悪かったわね」
「それで他には?」
「単純に動かせる人数の限界。ベリルは何もない代わりには人だけは多いのが特徴だけど、守りを考えるとこの作戦に何人も投入できるわけではないでしょ?」
それはその通りだ。強盗や敵対的な勢力、そういった連中に暮らす場所を荒らされないよう戦力を残しておく必要がある。
ストラがフォルンに送った増援がこの人数なのもそれが原因だ。
「向こうの人口と都合とフォルンの戦力。そこから推測するに来るのは多分、多くて二十人辺りじゃないかしら」
「――それだけ動かせれれば十分脅威だ」
シュウやフィアの集落の人口はそれぞれ百人前後。その内、戦力となるのは三十人くらいがやっとである。とてもそれだけの人数を攻撃に振り分ける事はできないだろう。
「そうね。だけど、ベリルも決して余裕がある訳じゃないわ。多分だけど、この部隊を壊滅させる事ができればしばらくフォルンを襲ってくる事はなくなるんじゃないかしら」
「逆を言えばそれは向こうも失敗しないために手を尽くすという事じゃないか」
自力で食料を生み出す力のない勢力がこの環境で生きていく手段はただ一。それは持っている所から奪うという手段だけだ。
それを担うのが鉾、つまり攻めに用いられる戦力となる。
要するにベリルにとって鉾の損失は食料の供給量の減少と同義なのだ。
決して許して良い損失ではない。
で、ある以上、成功率を上げるために本隊の戦力もかなり強力な内容となっているはずである。
「――十中八九異能者がいるよな?」
「いないと考える方が楽観すぎるわよ」
「ベリルの異能者の数は確か――」
「――四人よ」
『四人か』と思わず愚痴が溢れてしまう。それだけ多い数なのだ。
こちらの異能者は合計三人。ただし、二つの勢力でその人数だという事を考慮すれば向こうの異能者がどれだけ多いか理解できるだろう。
「一人は炎使い、もう一人は遠視系、三人目が身体強化まではわかってるけど最後の一人は不明のままだったわね」
「切り札として隠している訳か」
「とはいえ、全員を投入するって事はないでしょ。万が一にも失敗したら貴重な異能者を失うリスクがあるんだもの。私なら堅実に二人辺りが限界ね。それも炎使いと遠目系を」
それを聞いてシュウは想像する。
今回、ベリルは奇襲を予定していた。もしフィアの言う異能者を投入するならまず間違いなく彼らのとる手段は火攻めだ。
まず遠見で情報収集。そうして警戒の薄い所を見つけ出してそこから侵入して炎使いが建物を燃やす。
そうすれば住民や兵が驚き混乱するだろうから、そこ大人数で狙って襲う訳だ。
「ベターなやり方ではあるな」
「やられる方はたまったものじゃないけどね」
そんなやり取りをしながらも二人は調べ事をしている手と視線は止めない。
今もそれぞれファイルや画像、動画に目を通し続けている。
とはいえ、芳しい成果は今の所ない。
「やっぱり、フォルンの情報ばかりだったな」
「そうねー」
そんな会話をシュウとフィアの二人は交わす。
徒労感はあるが、だからといってやらないという選択肢がない以上、これは必要経費だと割り切るしかない。
一応、他を調べていた二人の方にも結果を聞きにいってみたがそちらもそれらしい収穫なし。
結果、手に入ったのはフィアの推測結果だけであった。
「オルクスの方はどうだろうな」
「倉庫という話だからいろいろと判明しているかもしれませんね」
二人きりではないため猫かぶりモードそう応えてくるフィア。
拠点の設置目的がフォルン攻略の足掛かりな以上、ここに置かれる物資はそのために用いられる物のはずだ。
で、あるなら見つかった物資から作戦や人数を推測する事も十分可能なはずである。
例えば食料の量。そこから人数や作戦日数を導き出す事ができるだろう。
それは銃弾も同様だ。ある程度予備用に余裕は持っておくにしても必要以上の量を持ち込むメリットはどこにもないからである。
他にも装備の類から作戦を推察する事はできるし、その過程で人数を予測することも可能である。
「報告がてら少し聞いてみるか」
そう言って通信機を取り出したシュウ。そうしてスイッチを入れ――ようとした所でそれを横合いからフィアにぶんどられてしまった。
唖然とする一同だが、彼女はそんな彼らを無視して通信機のスイッチを入れて通信を始めてしまう。
「こちらフィアです。オルクス。そちらはどうですか?」
相変わらずの声色に思わずシュウが白い目を向けるが、フィアは気付いているのか無視しているのか無反応。そのまま話を続ける。
『こちらオルクス。倉庫内からは銃弾と大量のガソリン、酸素マスクやゴーグルが見つかったよ。どうやら向こうは集落を燃やすつもりだったらしい』
「確か向こうの異能者に炎使いがいましたよね? そいつと共にガソリンを撒いて火をつけていくつもりという事でしょうか?」
『恐らくそうだろうね。報告では向こうの炎使いは時間差で炎を発生させる事ができるようだし……』
そういう能力なら事前にガソリンを撒くだけで済むだろう。指定時間に一斉に火がつくように調整すれば現在位置を悟られずに済むし混乱の度合いも拍車が掛かる。
場合によっては逃げ道を塞ぐ事だって可能。まさに奇襲にはうってつけの異能だ。
「保管数から作戦に参加する人数は予測できませんか?」
『既にやってる――恐らく二十人近くはいると見るべきだろうね』
どうやらフィアの予想が当たったらしい。
その報告を受けて得意げな顔を浮かべるフィア。それにシュウは苦笑交じりの『お見事』という表情を返す。
『そっちはどうだい?』
「端末やパソコンにはフォルンに関する情報ばかりが保存されています。ストラも稀にありますが、情報量からいって想定はしてても前提ではないようです」
『それだけここが見つからない自信があったという事か。とりあえずわかった。合流しよう。今からそっちに向かう』
「わかりました。ところで増援の方はどうなりました?」
『六人程追加でくる事になった。彼らもそちらに向かわせる』
という事はこれでこちらは一五人。想定される敵の数と比べるとやや不利だが、そこは地の利と状況の利用次第でどうにかなるだろう。少なくても九人で挑むよりは遥かに良い。
『それじゃあ、フィア後で』
「はい、オルクス。お待ちしております」
そうしてオルクスとの連絡は終了。
シュウ達はフィアに呆れ混じりの視線を投げ掛けながら、これからやってくる仲間を迎えるためにダイニングルームの後片付けを始めるのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
Scene:4「襲撃」:完
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