Scene:2「世界」
この世界はいくつかの大陸で構成されており、そしてそれらの大陸にはいくつもの国が存在している。
かつては距離と海で隔てられていた各国だが、文明の発展と共に移動速度、移動距離が向上。それに連れ各国同士の関係距離も縮まっていった。
現代に至った今では大半の遠く離れた国へは飛行機や船で行けるようになったし、簡単なコミュニケーションなら電子機器を使う事でリアルタイムに交流できるようになっている。
最早、人々にとって世界とは『広いようで手近なもの』となりつつあった。
最もそれで人々が賢く優しくなったかと言えば否であるのだが……
――『異能』という力が表舞台に現れてから五年。
未だ世界は『異能者』に対する足並みを揃えきれていなかった。
受け入れる者。恐れる者。管理しようとする者。排斥しようとする者。あるいは力なき者の上に立とうとする者。
五年という月日は『異能』に対して様々な思惑や思想を生み出した。
その結果、世界はその思惑の波に飲み込まれる事になってしまう。
――一体、世界は、『異能』はこの先、どうなってしまうのか?
未来を不安に思う人々。
エリンスト大陸の各国で武装蜂起が起こったのはそんな最中だった。
エリンスト大陸というのはこの世界にある大陸の一つ。
惑星の赤道付近~南半球に掛けて縦に長い三日月状に近い形(曲線の内側は西側を向いている)をした大陸だ。
北側は別の大陸であるフランチェス大陸(こちらはエリンスト大陸とは反対に曲線の内側が東側を向いた三日月状の形)と先っぽ同士が引っ掛けあうような形で繋がっており、昔からそこを介して互いの行き来があった。最もそれが不幸の原因でもある訳なのだが……
エリンスト大陸は一時期、フランチェス大陸側から植民地支配を受けていた歴史があるのだ。
近代に移るにあたってそれらは開放されていったが、それだけで長年続いた歴史的上下関係が覆せるはずもない。
当然の結果としてエリンスト大陸の諸国はフランチェス大陸の諸国に対して長年支援という名の支配を受け続ける事となった。
無論、エリンスト大陸側の住民達がその事に不満を持たないはずがない。
特に過激な者達に至ってはフランチェス大陸の企業やフランチェス大陸諸国に従う政府や要人に対してテロといった破壊活動まで行ってしまう始末だ。
けれども、現代において一番の力とは金。即ち経済である。
これの意味する所は武力においてもフランチェス大陸の方が優位だという事だ。
治安維持の支援、あるいは仕事で出向した国民の保護を名目に軍を派遣させる。あるいは民間軍事会社や自前の警備隊を警備につかせる。もしくは現地の政府軍を支援する。
そうやってフランチェス大陸の諸国や企業は各種テロや犯行に対抗してきた。
経済の差が明確である以上、エリンスト大陸側の反抗勢力にこれを巻き返す力はない。
圧倒的な強者と敗者との力の差。しかし、その差は『異能』の出現によって大きく崩れ去る事となってしまった。
異能によって目覚めたフランチェス大陸の『異能者』が最初に思いついた力の使い方。それは言うまでもなく自分達を虐げてきた者達に対する反抗だ。
この時、フランチェス大陸側にとって不運だったのは自身も異能出現による混乱を受けていた事、異能に関する情報が十分ではなかった事、そしてエリンスト大陸側の異能者の中に『戦略級規模の異能者』が複数名存在した事だった。
彼らは自身を『英雄』。あるいはその異能を自身達の信仰する宗教の神によって与えられた力だと高々に宣言し、その力をフランチェス大陸側の勢力に振るった。その成果は壮絶の一言でしか言い表せない。
ただ一度振るっただけで軍事基地が壊滅。場合によっては襲ってきた軍を返り討ちにしたり、都市を一つ地図から消滅させたケースも存在する。
未知の強大な力。こうなると振るわれた側は怯え、振るった側は勢いづく。
かくしてエリンスト大陸の各国各地で異能者を中心とした武装蜂起が巻き起こり、エリンスト大陸は混乱の炎に飲み込まれた。
状況は反抗勢力側の優位に傾いており、多くの政治機能は機能停止。こうして支配者を失った広大な土地が生まれエリンスト大陸は混沌の時代へと逆戻りしていった。
一方、フランチェス大陸側はというとエリンスト大陸側での被害を受け、警戒を増大。各国が同盟を結び、エリンスト大陸側と隣接する地域に防衛用の戦力を共同で派遣する事でエリンスト大陸側からの侵略を防ぐ体制をとった。
それが三年前。以降、現在に掛けてエリンスト大陸側からフランチェス大陸への侵略は未だない。
その理由について多くの専門家はこう唱えている。
『現在、侵略者を追い払ったかの大陸はその支配者を決めるための時代に突入した』と。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
シュウが待機地点に辿り着くと待機地点には一台の車両と二人の男がいた。
車両は屋根のないオープン系。オフロード用の車両で無骨な緑色の装甲がその頑丈さを体現していた。
仲間の二人はそれぞれ運転席と助手席に座っている。
「おう、シュウ。終わったのか?」
「はい。終わりました」
「なら、帰還しよう」
助手席に座っているガタイの良い黒人が陽気に問いかけ、シュウがそれに答えると、運転席に座っていた真面目そうな白人が後部座席へ乗るようにシュウへと促す。
黒人の方はロブ・ロバート。白人の方はイェン・シェルン。歳はロブが四十四でイェンが三十八だ。
促されたシュウが後部座席に乗り込むと、すぐさま車両は発進。廃墟の街中を快走し始めた。
「――それで盗賊団はどうだったんだ?」
「まあ、大した事はなかったです」
「まあ、異能者がいないという話だったからなー。それなら十人相手でもどうとでもなるか。いざとなれば俺達もいた訳だしな」
そんな中、車両の中で三人は雑談を始める。
シュウと違って二人は見つからないように隠れていただけなので暇だったのだろう。
話が始まると同時にロブは饒舌にシュウに問いかける。
「それでどんな風に始末したんだ?」
「えっと、それは――」
そうして廃墟内でのやり取りを説明するシュウ。
そんな彼の報告を二人は黙って聴いていたが、彼の説明が終わると同時にそれまで黙っていたイェンがまず口を開いた。
「相変わらずの手際だ」
「だな。全く便利だよなー。異能ってのは、俺も欲しいぜ」
その羨みにシュウは苦笑を返す。
現在、異能を発現させているのは十代から二十代後半の範囲の若者世代の人間に限られているからだ。
高年の異能者は現在の所、発見されたという情報は全くと言っていいほどない。
それ故にどう返したらいいか困ってしまったのだ。
「くそー。俺ももうちょっと生まれるのが遅かったらきっと……」
「むしろ、俺はお前が異能を持たなくてよかったと思う。どうせ、ろくな使い方をしないからな」
「ひでーなー」
大げさなリアクションでショックを受けた反応を返すロブにイェンはやれやれと嘆息する。
以降はそんな二人のやり取りが続きながら車両は廃墟の道を進んでいく。
そんな二人のやり取りをシュウは苦笑を浮かべて眺めていた。大体、この二人はいつもこんな調子なのだ。
やがて、車両は廃墟を飛び出す。
廃墟の外に広がっているのは何もない砂の世界。
遮蔽物はどこにもなく、そんな世界を無慈悲な太陽が天より降り注いでいる。
真上から襲い掛かる光と熱。それを受けて自然と体からは汗が溢れる。
風は滅多に吹かず、吹いたとしても熱を帯びた空気が彼らに襲い掛かるだけ。
はっきり言えば劣悪な環境だ。始めの頃はシュウもあまりの暑さに何度も我慢の限界を超えてしまった。
けれども、そんな環境も今では十分慣れてしまった。
不快な暑さも今のシュウにとっては最早『常温』である。
しばらく車両はそんな灼熱の砂漠を走り続けていたが、ある時急ブレーキを掛けて静止する。
助手席の男があるものを発見したからだ。
今、助手席のロブは座席から立ち上がり双眼鏡であるものを見ている。
「――間違いねぇ。カルセムの所の車両だ」
「確かか?」
「何度も車両や武装、服装を確認して確かめた」
彼らが見つけたのは車両。
カルセムというのはここエリンスト大陸の東側を押さえている大勢力の名だった。
政府という支配者を失ったエリンスト大陸に国という概念は既にない。
あるのは街や村あるいはそれらが集まってできた勢力だけである。
中には盗賊団のようにあぶれ者が徒党を組んで組織化するケースもあるが、基本寄る辺の地のない勢力に未来への保証はない。
狩られるか飢えるか。いずれにしてもそれが多くの場合の彼らの末路である
カルセムはそんなエリンスト大陸の中ではかなり大規模な大勢力だ。
元は南の大勢力であるベルクランクに属していたのだが、意見の対立があったらしく、そこから独立したのが誕生した経緯である。
東側一帯を勢力圏に置いており、力をもって各小勢力を支配下に置いていっているらしい。大勢力の中ではかなり存在感を増ししつつある勢力であった。
そんなカルセムに属する車両が大陸西側にまで現れる。
当然、目的は容易に見当がつく。
「くそったれ、今度はこっちにまで手を付けようってか」
「まだ、東側を完全支配していない段階でか? 流石に気が早すぎる気がするが……」
「けど、実際に目の前にいるじゃねえか!!」
そうして言い争う二人。
一方、シュウの方はと言うと、そんな彼らを無視して自身の異能による情報収集を続けていた。
かなり距離があるので音を拾う事はできなかったが、超音波を用いた探知によって車両の動きは把握できている。
真っ直ぐ目の前を横切っているので、シュウ達の存在には気が付かれているという可能性は低い。恐らく発見したこちらが高所だったのが幸いしたのだろう。
その事に安堵しながらシュウは対象の車両の移動向きを算出する。
「すみません。地図を見せてくれませんか」
そうして二人に地図を見せてくれるよう懇願すると、二人はピタリと言い争いを止め、彼の懇願通り車両のダッシュボードからタブレットを取り出す。
シュウはそれを受け取ると画面上に現在地一帯の地図を表示させる。
「こう動いてますね」
地図画面の上をシュウは指でなぞる。
その軌跡に従って表示される黒いライン。
それを見て運転席と助手席に座る二人は唸りだした。
「街や村からの帰りにしてはルートが微妙だな」
「ルートを真っ直ぐ戻っても何もねえもんな。となると、偵察か?」
二人の言う通り、ラインを逆に辿ってもその先に街や村はない。
そうなれば偵察の可能性が頭に浮かぶのは当然だろう。
とはいえ、街や村からの帰りという可能性も完全には捨てきれない。
「接触を悟られないよう遠回りをしている可能性もありますけど」
シュウが口にした通り、発見される事を考慮してルートを誤魔化している可能性もあるからだ。
そうする事でどこの村や街と接触したのかわからなくする事ができる。
「……何にしても現状の情報じゃ推測の域をでねぇな」
とはいえ、今の状態では可能性を無尽蔵に上げる事はできても確定する事まではできない。
はっきりしているのはカルセムに属する車両を見つけた。それだけだ。
「そうだな。いずれにせよ、戻ったら報告だ」
現状はそう結論づけるしかないだろう。
既に対象は車両は双眼鏡でも見えなくくらい遠く離れている。
今なら動いても見つからないだろう。
そうして車両は再び動き出す。
その車両の中でシュウはカルセムの車両が去った方向へと視線を向けたのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そうして太陽が己の存在を主張しだした頃、車両は岩壁へと辿り着いた。
高くそびえ立つ岩壁は縦に真っ直ぐ連なっていて、人によってはまるで不埒者を拒む城壁のようにさえ見えるだろう。
そんな岩壁だが、一箇所だけ谷間となっている所がある。
三人の乗った車両はその谷間の道へと車両を進める。
左右、代わり映えしない景色が少しの間が続くが三人とも気にしない。その景色の裏では密やかに人の動きがある事をシュウは異能で知覚しているが、その事を二人に告げない。そんな事は二人も知っている事だからだ。
そうして程なくして車両は目的地へと辿り着く。
谷間の果てにあったのは広大な窪地だった。
広がる畑、並ぶ家々、奥には湖も見える。
穏やかな小さな営みの縮図。それこそがこの集落『ストラ』の特徴である。
三人はこのストラの自衛部隊に所属する兵士なのだ。
三人の乗る車両は家の立ち並ぶ一帯へと入ると、その中にある駐車場にて車両を止める。
駐車場には同じような形の車両だけでなく、銃座の付いた車両が何台も止まっていた。
それを横目にしながら車両を降りると、三人は駐車場の近くにある大きな建物へと入ってく。
この建物は元々は役所だったもの。現在はその機能に兵達をまとめる本部機能も加わっている。
建物の中に入ると三人は集落の長がいる部屋、町長室へと向かう。
イェンがドアをノックすると中から「入れ」という返事。
その声を聞いた途端、シュウの体に力が入る。
その様子を横目に見ながらイェンとロブは何も言わず、ドアを開け中に入っていく。それに遅れて入っていくシュウ。
町長室は質素な部屋だった。
目に入るのは簡素な仕切り。少し進むとその向こう側の光景が視界に映る。
簡素な机と椅子。どちらもただその機能があればそれで良いという感じのもので、見栄えを良くする装飾もなければ追求された機能性もない。
そんな机の上にはタブレット。仕事のやり取り用だろう。
現在、エリンスト大陸内のネットワークはその大部分が機能停止しており、大陸外との通信はおろか一般的な情報収集さえ行うことができない有様である。
辛うじてできるのは活きているネットワーク間内でのやり取りのみだが、現在の情勢上、そういった設備は各勢力が支配して利用しており一般利用が可能なネットワークはほぼ存在しない。
とはいえ、建物内に配線するぐらいなら道具と知識さえあれば誰でもできるし、範囲は狭いがとはいえあれば仕事が楽になる。
そのため、この建物内にはネットワークの配線が施されていた。一部のネットワークは役所を飛び出して別の建物や場所にも繋がっている。
タブレットは無線で繋がっているのだろう。何らかの報告らしい映像が映し出されていた。
シュウの目はその映像に興味を持ったものの、直後に聞こえたイェンの声に慌てて視線を戻す。
「イェン以下三名。ただいま帰還致しました」
「ご苦労。結果を報告しろ」
視線の先にいるのは眼鏡をかけた金髪の男だった。歳は五十五歳。冷徹そうな顔をしており、眼鏡の奥にある澄んだ緑の瞳は全てを見透さんと細められている。
名前はオルスト・ファルネスト。元はストラの町長で現在はこのストラという勢力をまとめている長だ。
彼の言葉にイェンがシュウに視線を向け、それを受けてシュウが前に出る。
体には若干の緊張。彼と話をする時はいつもそうだ。苦手意識のような感情がノイズとなって思考を、体を重くさせる。
だが、それはいつもの事だ。流石にもう慣れた。
詰まる事なくシュウは自分が行った事をオルストに報告する。
その報告に対してオルストは特に何も言わない。
そうして彼が一通りの報告を終えると、そこで終了。後はイェンがその後の事を報告する。
「――カルセムか」
「すぐに来るとは思えませんが、警戒は必要かと思います」
その言葉にオルストは腕を組み考え込む。
「それに関してはこちらで対応を考えておこう。ご苦労だ。二人はそのまま別命あるまで待機。シュウは一時間の休憩の後、フォルンへと向かってもらう」
その命令にイェンとロブは『またか』という表情。シュウは慣れたもので特に表情を変える事もない。
「了解しました。時間が来れば駐車場へ向かえばよろしいでしょうか?」
「ああ、メンバーと合流して迎え。詳細はそこで聞け」
「はい」
「話は以上だ」
それで話は終わり。そうして三人は町長室を後にする。
「やれやれ、本当にあの人は……」
「シュウ使いが荒いな」
ドアを閉じると同時に漏れ出る感想。
それにシュウは苦笑いを浮かべるしかない。
「まあ、自分の立場を考えると仕方ないかと」
「まあ、お前が町長に戦力として買われてここに来たのは確かではあるが……」
「もう一年、同じ飯食って戦ってきたんだぜ。集落の中でも完全にお前は仲間扱い。なのに町長だけ、お前を奴隷のようにこき使ってやがる。有能だし悪い人だとは思わないんだが、その一点だけはどうしても納得できねぇな。お嬢だっていつもその事で町長と揉めてるんじゃねぇのか?」
「あー、まあそうですね」
事実その通りなので反論できない。
ロブのいうお嬢とは町長オルストの娘の事である。
シュウは両親に怯えられ、そして人買いに売られた。
当時の情勢は異能が確認されて四年。人々の異能者に対する知識、研究はまだ不十分でそれ故に異能者に対して過剰な怯えや差別も多かった。シュウの両親もまたそんな人々の一部だ。
そんな中、異能者の有用性に真っ先に気が付き利用した者達がいた。犯罪者だ。
彼らはその悪知恵で今の治安システムが異能という
治安組織の方もその可能性は早期に気付いていたのだが、だからといってその
そのせいで異能発見初期の社会は異能犯罪に対して後手後手の状態となってしまっていた。
この件で犯罪者達は調子づき、瞬く間に様々な異能者が求められるようになった。やがてそれらの需要を満たすために異能者を攫う専門の業者や仲介業者まで現れる始末である。
シュウを買い取った人買いもそういった犯罪業者の一つだ。
国内ではなく海外の組織だったようで、シュウは買われたその日には船の中にいた。
そうして混乱渦巻くエリンスト大陸へとやってくると買い手を求めてあちこちを巡り歩き、最終的にはこのストラの町長に集落を守るための戦力として買われる事となった。
最初の頃は大変だった。
銃の扱い方や短剣の振るい方。何もかもがシュウにとって未体験の領域だった。
訓練は厳しく、ノルマをこなせなかった場合、罰として食事を抜かれる事もあった。(最もそれに反発したオルストの娘が密かに食事をくれたりしたし、反省が済んだら軽い食事は出されたりしていた)
そうしてそれらの基本的な扱い方を覚えた頃、彼は戦場に投入された。
初めての戦いは盗賊退治。三人組の盗賊を味方の援護を受けながら仕留めたのを覚えている。
最初の一人を殺した時は無我夢中で殺したという実感がなかった。
もう一人は味方の援護で死亡し、最後の一人は負傷し抵抗できなくなったところをシュウが拳銃でとどめを刺した。
今でもその時の相手の顔を、声を、シュウは覚えている。
必死の形相。「殺さないでくれ」と懇願する声。そしてそれが聞こえなくなった沈黙の瞬間。
その日の夜はその時の光景を何度も夢で見た。
異能の訓練が本格的に始まったのはその翌日からだ。
最初に行ったのは異能の把握。
それから思考と検証と訓練を繰り返しつつ実戦経験を積んで――そうして今に至る。
集落の人々も今ではすっかりシュウの事を受け入れてくれた。
最初の頃は用件がなければ部屋に閉じ込められていたが、今はシュウの意志で自由に行動ができるようになっている。
ただし、それは任務以外での話である。
町長オルストはこと任務に関してはシュウを酷使する傾向があった。
大体、何かあれば彼を投入するのだ。
とはいえ、愚鈍に使っているわけでもない。無理な状態なら彼を駆り出す事はないし、その分の報奨も支払われている。
向き不向きな内容でも同様だ。不向きな内容ならシュウを出す事はないし、最適な人材がいるならそちらに回す。
思うに優先順位が違うのだろうと最近、シュウはそう思い始めている。
買い取った自分の優先順位はオルストにとって集落の人々より低い。
だから、可能なら自分を出してその分、集落の人々の負担を減らしているのだろう。
そう考えると彼の集落に人々に対する温和な態度と自分に対する非情な態度の差にも納得がいった。
正直なところ、現状に対して不満があるかと言えばシュウにはない。
両親に売られた時点で既に帰る場所はないのだ。ここでの扱いに関してはオルストの件で思うところはあるが、立場を考えれば仕方ないかなと思うし、それを怒ってくれる人達がいる時点で幸運だという思いもある。
戦いに関しても大分慣れてきた。誰かを殺す事への恐れや躊躇いがふとした瞬間に頭の中を過る事もあるが、それでも自分が、見知った誰かが、死ぬよりはマシだと思えるようにはなってきた。
それは幾度も知り合いの死に立ち会ってきたせいもあるのだろう。
最早はここでの生活はシュウにとって非日常ではなく、日常となっているのだ。
「……まあ、いつもの事ですし。とりあえず行きましょう」
その一言で二人は肩をすくめてこの話を打ち切る。
そうして歩き出すと三人は役所を後にした。
入り口で二人と別れるとシュウは足早にある場所を目指す。
彼が目指しているのはとある民家。
そこはこじんまりとした建物だった。外観は質素で色も単一。けれども、それは手入れが行き届いているという証でもある。
中に入ると小綺麗に整理された室内が目に入った。
家具はそれ程、多くはない。しかし、物寂しいという印象を抱かないのはものが綺麗にまとまっているおかげだろう。
小さな窓には薄い白のカーテン。それが風に揺られている。
奥の方からは何かが煮られている音と鼻歌が耳に届いた。
その音の方へと近づいていくシュウ。すると、そこには一人の女性が料理をしていた。
年の頃は十七。シュウよりも六つも年上である。茶色の綺麗な長い髪が鼻歌のリズムに合わせて揺らめくように踊っている。
「ただいま」
シュウが声を掛けると女性、リーネ・ファルネストは声に反応して振り返った。
「おかえり、シュウ。朝食、もうすぐだから」
「手伝うよ」
そう言うとシュウは既に出来上がった料理の盛り付けを始めてしまう。
そんな彼にリーネは『ありがとう』と礼を言いながら残りの料理を完成させようと目の前の鍋の中身をかき混ぜる。
それから五分後……
食卓には二人分の朝食が出来上がったのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
Scene:2「世界」:完
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